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ウィザード・オブ・ビギナーアーツ  作者: 九条智樹
第一章 One cannot become a hero. 「……実は、お前が厄病神だったりしない?」
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第1話 「何故にメイド服……」


 もう誰にも、不幸になってほしくなかった。

 だからずっと、手を差し伸べてきた。


 人には人を救えない、なんて、少し考えれば分かったのに。

 気付いたのは、その手が真っ赤に染まった後だった。


     *


 背にした光が、少しばかり西に傾き始めた、そんな頃だった。

 どうせ自営業だからと勝手気ままに昼休憩を延長して、近所の大衆食堂で特盛りランチを頬張ったその帰りだ。

 東雲一基しののめかずきは事務所まであとほんの十数メートルという曲がり角で、思わず、歩いていた足を止めていた。



 何故なら。

 悩ましげに立つ一人の少女の姿に、目を奪われてしまったからだ。



 ただ、息を呑む。

 左側で少し束ねたブロンドのウェーブヘア。黒曜石のように輝いた瞳、すっと通った鼻に薄桃色の瑞々しい唇。病弱とさえ思えるほどに真っ白い肌。そのどれもが、思わず見入ってしまうほどに美しかった。

 歳の頃は十五か十六と言ったところだろうか。ボディラインは未熟だし顔立ちにも若干のあどけなさは残るが、それは全体の印象を『綺麗』から『可愛い』に変える程度のものだ。どちらにしても、視線をくぎ付けにすることに変わりはない。


 単純な魅力だけの話ではない気がした。彼女の姿を見た途端、どこか、胸が苦しくなる。

 そこまで理解して、東雲一基はハッと我に返った。

 そう、彼は見惚れてしまっていたのだ。

 ただし。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、である。


 ガンガンとすぐ傍のブロック塀に額を何度も打ちつけ、どうにか冷静さを取り戻そうとする一基。実際には、今の様子の方がよっぽど冷静さを失っている訳だが。


「疲れてんのか飢えてんのか……。どっちにしろとりあえず今日は休業にしてもう休むか……」


「あ、あの……? どうかしましたか……?」


 挙句、当のその少女の方が心配そうに覗き込んでくる始末だった。突然奇行に走った不審者に対し、些か以上の警戒心が滲み出ている辺りが、一基の心を僅かな傷と共に平常へと引き戻した。


「な、何でもない。全く以っていつも通りだ」


「おでこから血を噴き出している状態で言われましても……」


 やや呆れている彼女に対し、一基は努めて冷静を装い続けた。彼女の方もその一基の強引さに流され、額からだくだく流れる血から意識が逸れていく。


「それで、君の方こそどうかしたのか?」


「え、あ、はい。少し道に迷ってしまって……。東雲探偵事務所を探してるんです」


「……すぐそこだぞ?」


 そう言って、一基は彼女の背後を指差す。

 その先にあるほとんどただの一軒家と変わらない建物こそが、この東雲一基の営む事務所である。


「あ、あれですか? 看板とか見えなくて……」


「一応、電柱には載せてもらってるけど、やっぱ見づらいか……。まぁいいや。ついて来いよ」


 そう言って一基は彼女の一歩先を歩き、カンカンと金属の外階段を上っていく。後ろを戸惑ったように可愛らしい少女もついてくる。


「あの、お昼休憩の札が……」


「休憩はたったいま終わったからいいんだよ」


 そう言って一基は玄関扉に下げておいた『休憩中』の札を取り下げ、鍵を開ける。休憩中に来訪者があれば、と玄関横に立てかけておいたホワイトボードは今日も今日とて真っ白なので全く見なかったことにして、一基は土足のまま事務所へと上がり込んで灯りを点ける。

 その様子を見て、彼女はポンと手を叩いて納得する。


「あぁ、ここの事務所の方だったんですね。もしかして、東雲一基さんの弟さんか何かで?」


「いや、俺がその東雲一基だけど。本人」


 そう一基が答えると、彼女は目を丸くした。「え? え?」と何度も言いながら一基の頭の先から足の先まできっちり視認し、そして、頓狂な驚愕の声を上げた。


「えぇ!? こんなに小さいのに!?」


「うるせぇよ、ほっとけバカ野郎!」


 唐突に失礼なことを口走った彼女に、一基もほぼ反射的に、ツッコミという名の怒号を飛ばしていた。

 だが実際、彼女が驚くのも仕方のない話ではあった。

 何せ、一基の身長は一六四センチ――中三男子の平均以下である。疲れたような目つきのおかげか着ているスーツのおかげか、最近ではあまり年下に見られることも減っていたのだが、それでもままこのような勘違いは生じている。と言っても、ここまでストレートに失礼なことを口にする彼女の方が珍しいが。


「え、あ、失礼しました……っ!」


 はっ、とようやく自分が何を言っていたのかに気付いたらしいその少女は、土下座しかねない勢いで頭を下げた。

 背が低かろうともれっきとした大人である一基も、それ以上怒る気はなく謝罪を受け入れようとする――が。


「だって、わたしより背が低かったのもですからてっきり」


「ようし、お前は喧嘩を売っているんだな? あと実際に測ればたぶんお前の方が数センチ低いはずだ!」


 四捨五入をこよなく憎む自称一七〇センチ(一の位切り上げ)の一基は、食い気味かつ声を張り上げて反論していた。彼女の方はただ何とか取り繕おうとしていただけで悪気がなかった分、「ひっ!?」と怯えてしまったほどだ。

 そんな子供っぽい自分の様子に気付き、気恥しさが怒りをさっと冷ます。軽く咳払いして大人の余裕を取り戻した体を装い、ジロリとした目で一基は彼女を睨んだ。


「それで、君の名前と用件は? 言っとくけど、彼氏の浮気調査なんて探偵に頼むもんじゃねぇぞ。そういうのは結婚してからにしろ。離婚まで行って慰謝料ふんだくらねぇと調査料損するだけだ」


神崎真咲かんざきまさきと言います、よろしくお願いします。それと用件ですが、彼氏はいませんし別にそういう訳ではなくて。――あ、まずはこちらを」


 そう言いながら、彼女――神崎真咲は手にしていたカバンの中から一枚の紙を出し、一基に手渡した。

 彼女の整った顔の写真が張り付けられた、白い紙。そこには、丁寧に書いたらしい綺麗な字で、神崎真咲という名前や住所、簡単な経歴などが記載されていた。


「……これは?」


「履歴書です」


 それは見れば分かる。


「……どこかにうちの事務所がバイト募集してる、みたいな貼り紙でもあったか?」


「いえ」


 当然だ。一基はそんなものを貼っていない。そして、今後も誰かを雇い入れる気などさらさらない。


「悪いがバイトは募集してない。日が暮れないうちに帰りさない」


 明確に拒絶の意を示して、一基は軽くはない扉を閉めようとする。

 だが、そこでガッと音がした。

 真咲の履いた黒のパンプスが、扉の間に差し込まれた音だった。それはもう、さながら悪質な新聞勧誘のようだった。


「何をしている?」


「うっかり足が挟まってしまいました」


 さらりと全く悪びれる様子もなく言う彼女に、一基は深くため息をつく。

 何が目的なのか、と不審に思うことは確かにある。だが自分よりも遥かに年下の彼女を警戒しろ、というのもまた無理な話だった。


「……もう少しだけ話を聞いてやるから、そんな怪我しそうなことをするな。その革の薄そうな靴じゃ痛かったろ」


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げてお礼を言う彼女だが、一基からしてみれば「礼を言うくらいなら端からこんなことするなよ……」と思うだけである。

 最初に見かけた、あの深窓の令嬢然とした悩ましげで儚げな雰囲気はどこへ行ったか。もはや一基の胸のときめきごと、闇へ葬り去られている気がする。

 渋々といった様子で扉を開き、一基はもう一度彼女と向き合う。改めて見ても整った顔の美少女だ。自分がもう少し若く、かつこの強引ささえなければ、声をかけられただけでもへどもどしたかもしれない。


「で、本当に何がしたいんだ。初対面、それも未成年の女の子をいきなり『採用!』とか言い出したら、それはそれで、犯罪の臭いがしてしまう状況な訳だけど?」


「そ、そっち方面のことを望まれるのは少し困ります……。――で、でも! その代わり仕事へのやる気はありますよ!」


 ぐっと拳を握り締める真咲に対し、一基は呆れたようにため息で返す。


「お前にやる気があったとしても、うちには人件費がねぇんだよ……。だいたい、いきなり俺をチビ呼ばわりした人間を雇うことは絶対にねぇ」


「器もちっさい!?」


「本気でぶっ飛ばすぞテメェ!」


 最大のコンプレックスを無邪気な顔と共に抉り倒す悪魔的な美少女に、一基は気付けば半ば涙目で怒鳴っていた。

 いい加減にこのやり取りにも疲れてきた一基は、面倒そうに首に手を当ててうんざりした顔をする。初対面の相手にここまで強情になれる人間を一基は知らないし、必然的にどうすれば彼女が諦めるのか、想像もつかない。


「もう帰れよ、お願いだから……」


「雇ってくれるまでは帰れません」


「弟子入りかよ、お前……」


「あ、確かに弟子入りかもです」


 一基の放ったただのツッコミに、しかし真咲は一人納得したように言う。

 そして、彼女はこう続けた。



「だってわたし、()()()()()()ですから」



「――ッ!?」


 その言葉に、東雲一基は凍りついた。

 先程までのふざけた気配は全て途絶えていた。真咲の方には変化はない。ただ一基が一方的に、そして無意識にその空気を断ち切ってしまっていた。

 いま彼女は()()()と口にした。

 普通ならきっと、首を傾げるか笑い飛ばせば終わる場面だった。普段の一基だったら、そう偽っていただろう。

 だが、彼女に対しあまりに気を抜きすぎていたせいで、そんな当然の反応さえ忘れてしまった。そんなごまかしが通用するタイミングを逸してしまった。

 彼女は、()()()()()()()()

 だがそれを認める訳にはいかない。見習いと言うことは、まだその道に足を踏み入れていないのだ。一基が自ら関わってやる必要はどこにもない。


「な、何のことでせう?」


「あの、今さらそんな知らないフリをされましても……。正直さっきの表情だけで、わたしが間違えてないことは分かってますし」


 その言葉に、一基は「うっ」と言葉を詰まらせる。この段階から挽回できるほどの、知らぬ存ぜぬを突き通す嘘スキルは持ち合わせていない。


「……はぁ。今のリアクションは完全に俺のミスだしな……。仕方ねぇしもう少し詳しく話を聞いてやるから、中に入りな。表で話せることでもねぇし」


 ため息と共に一基が部屋へと引っ込むと、真咲は変わらない様子で「お邪魔します」と丁寧にお辞儀してから後ろをついてきた。


「奥のソファにどうぞ」


 テーブルを挟むように縦に並んだ二つのうち奥のソファ――上座を真咲に譲り、一基はいつも通り対面に座る。この対応は、いつも依頼を受けるときと同じである。


「改めまして。神崎真咲と言います。歳は十六で、進学していないので一応無職になります」


「こちらこそ改めまして。俺は東雲一基、二十四歳だ。一応、探偵ってことでここに事務所を構えてる。――あぁ、ちょっとそこで待ってろ。お茶を淹れてくる」


「いえ、お構いなく」


 真咲の謙遜は謙遜として受け入れ、一基は立ち上がり上着をソファにかけて階下へ向かう。

 本来はこういう応対をする前に済ませてしまうし、客人の前で服装を乱すなどあり得ないが、これにも理由はある。

 一つは警戒していないことを真咲に見せつける為。もう一つは、その間に彼女が何をするかを測る為だ。金銭目的なら部屋を漁ったり、上着のポケットを確認したりするはず。一基が戻って来たときに、その前の風景に比べて何かしらの違和感があれば、彼女にあるだろうその目的を浮き彫りに出来る。


 そんな役に立つかも定かではない些か簡易的すぎる罠を張って、一基は階段を一段一段わざとゆっくりと降りる。

 二階建てのこの建物の二階部分が事務所に当たり、一階部分が居住スペースとなっている。外階段から二階へは直接入れるが、逆に一階と地上は繋がっていないという少々欠陥のある住宅でもある。

 中の階段を下りた目の前のテーブル上のポットから一基はカップに湯を注いで、適当にティーバックをぶち込んだ。

 お茶の成分が抽出されるまで少し待つ間、一基はふと思考を張り巡らす。


(魔術絡みで俺を尋ねる理由、ねぇ……。見当も付かねぇな)


 真咲が訪ねた通り、一基は正式な()()()()()ではある。だが魔術師として活躍していたのはある事件が起こるまでだ。六年前には当時在籍していた魔術結社も退団しているし、今は本当に何の変哲もない私立探偵だ。

 たまに依頼人や捜査対象の動向を知るのに魔術を使ったりもするが、所詮はその程度。今さら魔術関連で一基と関わりを持とうとする人間などいるはずもない。


(だいたい、男のところに女子一人で来るかよ……。どっかで知り合ったかな)


 しかし、どんなに思い返しても彼女の顔に見覚えはない。

 いったいどこの誰で何を目的としているのか、さっぱり分からぬまま一基はティーバッグを上げ、そのカップをトレイに載せて今度は足音を立てぬよう二階へと上がった。

 樹に蜂蜜を塗りつけただけのような簡易な罠に引っ掛かるとも思っていなかった一基は、そのまま何の気なしに応接室を見やる。

 そこで、危うく一基はなみなみと紅茶の注がれたカップを割ってしまいそうになった。

 最初、彼女を見たときにもあまりの可憐さから目を奪われたが、今度は全く逆のベクトルで目を奪われていた。それは何も、こっそり引き出しを漁って通帳を得ようとしていたとか、そういう類の話ではなくて。



 神崎真咲が、一基の脱いでいったスーツの上着に顔をうずめて「くんかくんかすーはーすーはー」言っているのである。



「……何してんの?」


「は!?」


 一基に声をかけられて、ようやく我に帰った真咲は手に持っていたそれを半ば落とすような形で放した。

 誰がどう見たって、やましい行為をしていたとしか思えない。トラップを仕掛けた本人でさえ、こんな方向の目的だとは想定外である。


「怪しい奴だとは思っていたが、まさか変態さんだったとは……」


「そそ、それは誤解です!」


「では何をしていたのか詳しく」


「あぅ……」


 顔を真っ赤にして真咲は口籠ってしまう。可能性としては何かの見間違いだと思いたかった一基だが、この反応を見ればもう匂いを嗅いでいた以外の解答はあり得ない。


「……あの、その出来心と言いますか、本当に申し訳ありませんでした……。ですから、あの、見なかったことにしてくれませんか……?」


「帰ってくれるんなら別にいいけど」


「うぅ……。一基さんは意地悪な人です……」


 泣き顔で言いながらも、彼女に立ち上がる気配はまるでなかった。どうやら、彼女にとってはこの痴態を記憶に残すことになっても、雇ってもらうことの方が重要事項のようだ。


「さて変態さん。とりあえずお茶をどうぞ」


「酷いあだ名です!?」


「酷いのは君の行為だからな? ――で、魔術師見習いの君は、俺に何の用だよ。新手の下着泥棒ですか」


「下着ではなくて上着です!」


「泥棒の方を否定しようか」


 テンパって訳が分からなくなってきている真咲に冷静にツッコミを入れ、一基は疲れたようにため息をつく。


「だいたい、初対面の男の上着なんて勝手に触るもんじゃありません」


「……いえ、じ、実はですね。初対面ではないんです……」


 真咲は紅茶のカップを両手で持ち、俯きがちにぽつりと零す。


「前に一度だけ、お会いしているんです」


「ほう」


「そ、そこで、一基さんに一目惚れしまして」


「あらまぁ」


「それでですね。も、もう一度会いたいなと色々一基さんのことについて調べているうちに、魔術とこの探偵事務所に行きついた次第でして」


「ふむふむ」


 適当に頷いて、一基は押し黙る。

 真咲の方は清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちだったらしく、頬を赤く染めたまま一基と視線を合わせられずにいる。自分が高校生くらいの年齢だったなら、こんな彼女を見れば胸を撃ち抜かれていたかもしれない。


「よし、話は分かった。さぁ帰れ」


「対応が変わらない!? 一世一代の大告白ですよ!?」


 真咲が涙目になりながら訴えるが、正直一基としても動揺のしようがなかった。


「あのなぁ、八歳も年下だと完全に対象外だ。小学生の初恋の相手が新生児だったら嫌だろ? それと同じだ。可愛いなーとか見惚れることはあっても、全く心は動かない」


 初対面で心が動きそうになっていたという事実はあるが、実際話してみるとどんどん冷めていく。おそらくはアイドルをテレビで見る程度の感情でしかなかったのだろう。いざ話してみればただの人になり下がった訳だ。


「酷い理屈です! それに八十歳のおじいさんが七十歳のおばあさんと再婚するのはアリだと思います!」


 即座に反論し返す真咲だが、子供に言い負かされるほど一基も馬鹿ではない。


「確かに年齢を重ねれば歳の差は次第に関係なくなってくけどな……。それってつまり、まだ若いお前となら変わらず歳の差が問題になるぞ」


「あ! う、うぅ……」


 反論しようにも論破するきっかけすら掴めず、真咲はすっかり俯いてしまった。

 流石にそのしょげた姿には胸も痛むが、しかしそもそも、十八歳未満の少女がガッツリ恋愛対象に入っている成人男性は色々と危ない気もする。


「眼中にない、ですか……。頑張って着飾ったりして、少しでも可愛く見えるようにしたんですけど……」


 さっきまでの図々しいほどの元気はどこへ行ったか、すっかり気落ちしてしまっている。まともに振られたならまだしも、こんな断られ方では納得も出来ず。立ち去るに立ち去れないのだろう。

 疼くような胸の罪悪感にため息をついて、一基は首に手を当てながら少しばかりのフォローを入れる。


「まぁ、その努力は認めるし、正直なところ、十分に可愛いとは思う」


「――っ!」


「でもその努力は『くんかくんか事件』で水泡に帰している訳だ」


「だからそのことは忘れて下さいってば!」


 顔を真っ赤にして憤慨する真咲だったが、おかげで少しは元気を取り戻していた。――しかしそのせいで、僅かに瞳に滲んでいた諦観の光まで消え失せてしまっていた。


「眼中にないなら頑張って振り向かせてみせますから、どうかお傍に置いて下さい! お願いします! えっと、ほら!」


 そう言いながら真咲はカバンの中に手を突っ込んだかと思うと、何かの衣服を取り出した。

 ブロードか何かで出来た、白と黒のモノトーンの衣装だ。ばさりと広げられたそれはワンピースタイプで、形と色合いだけなら地味に見えたかもしれない。

 だが、シルエットを整えると一つの大きな()()になってしまう。これは地味どころか、街を歩けば十人が十人振り返るに違いない。

 そのフリルだらけの短い裾が印象的な、可愛らしい服の正体は――


「何故にメイド服……」


「これを着れば男性は喜ぶと聞きました!」


「うん、まずはその偏見の説教から始めようか」


 いきなり人をメイド好き扱いする失礼な少女相手に青筋を立てた笑顔を浮かべつつ、一基は面倒くさそうにソファにどかっと座る。


「悪いがコスプレには興味ない。あとそんなもんで『よし雇う』とか『君の好意は受け取った』とか言い出したらそれは危ない男だぞ。いいから帰れ」


「そんな、ご主人様!?」


「――ッ!」


 誰がご主人様だ、とツッコもうとした一基だったが、言葉は出なかった。

 理由は単純で、こんな美少女からそんな呼び方をされて動揺が走ったのだ。

 だが、その隙を真咲は決して見逃さなかった。


「ご主人様! この呼び方が好きなんですね、ご主人様!」


「不名誉な誤解は止めて!?」


 真咲に連呼され、嫌な汗が一基の全身から噴き出す。こんな場面を知り合いの誰かに見られでもしたら、それだけで自殺もの、次点で社会的他殺だ。


「雇って下さいませんか、ご主人様!」


「まずはその呼び方をやめろ!」


 そんな風にぎゃあぎゃあとしばらく言い争っていると、試合終了だとでも言うようにまたしてもインターホンが鳴り響いた。

 来客である。


「……話は後だ。とりあえず接客優先だ」


「はい、頑張ります!」


「お前に仕事はねぇんだよ……」


 一基の疲れ切った呟きも無視して、真咲の眼はきらきらと輝いてやる気に満ち溢れていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「それは全体の印象を『綺麗』から『可愛い』に変える程度のものだ。」などの表現がいいですね!尊敬します! [気になる点] 特にないです [一言] 続きが気になるので、時間があるときに一気読み…
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