悪役令嬢の願いは……
苦手な恋愛ものに挑戦してみます。
――私、エリーデ・アルゼベルクは悪役令嬢です。
とても唐突な話ではありますが、私はつい先日に高熱を出し生死の境を彷徨いました。
そして思い出したのです。この世界が前世で好んでいた乙女ゲームの舞台であり、私の立場が悪役令嬢であるという事を。
ゲームのストーリーはテンプレ的な乙女ゲームであり、特殊な魔力を秘めた平民出身のヒロインが特待生として王立学園に入学し、そこで出会った男性と恋に落ちるといったものでした。
攻略対象となる男性は、王太子・その弟・宰相の息子・騎士団長の息子・学園の教師でしたか。
……そして私の立場はヒロインのライバルたる悪役令嬢。
王太子の婚約者であり、ヒロインに様々な嫌がらせを行う役割です。
私の最後は王太子によって婚約破棄された挙句――斬首。
本来であればそのようなことはあり得ません。
貴族制度によって成り立つ国家では、王族と言えど絶対的なものではなく貴族を無視することはできません。
まして実権のない王太子程度の意向では、政治的意味合いを持つ婚約の破棄など出来るはずがないのです。
ヒロインに対する嫌がらせも、身分差を考えれば黙認されて当然といったものですし。
そんなあり得ないことが現実のものとなってしまった原因は――我がアルゼベルク公爵家の不正です。
王太子による婚約破棄と重なって、父が行っていた不正が明らかになり公爵家は取り潰し。
哀れ、私も斬首の憂き目に遭ってしまうのでした。
というかヒロインの行動がきっかけとなり、不正が明らかになるのですけどね……困ったものです。
……しかし父を良く知る私からすれば正直あり得ないことです。
あの真面目で小心な父が、国を揺るがしかねない大それた不正を行うなど。
いずれにせよ、こうして前世を思い出した以上シナリオ通りになど進むつもりはありません。
原作開始まで十年以上あるのです。出来ることからコツコツと頑張りましょう。
目標は処刑END回避……そしてこの前提をクリア出来たらもう一つの願いを叶えられるよう努力しましょう。
◇ ◇ ◇
「アルフリード、貴様を廃嫡とする」
この国の中心たる王城、その謁見の間に威厳ある声が響きます。
言うまでもなくこの国の最高権力者たる国王陛下です。
「なっ!? なぜですか!? 父上!!」
顔色を蒼白として陛下に詰め寄るのは、私の婚約者である王太子殿下――いえ、元婚約者で元王太子殿下ですね。
「貴様の放蕩振りはもはや目に余る。王位はイグニスに継がせる」
その言葉に信じられないという顔をするのはイグニス様――第二王子殿下です。
「……ッ! エリーデ! 君もなんとか言ってくれ!」
おや、私に振られるのですか?
「……とても残念です、アルフリード様。どうかこれからもご自愛ください」
「エ、エリーデッ!?」
そのような顔をされましても……そもそもあなたの行状を調べ上げ陛下に報告したのは私ですよ?
婚約者のいる身で平民の女性に現を抜かす方ですからね。叩けば埃はたくさん出ました。
「――連れていけ」
「なっ!? はっ、離せッ! 私を誰だと思っているのだ!!」
無駄だと思いますよ、アルフリード様。
その方々は陛下の近衛の中でも特に忠誠心厚く、裏の仕事も熟される方々なので。
……いきなりの廃嫡だと王家の威信に傷が付きますし、病気療養のような形になるのでしょう。
「……イグニス、聞いての通りだ。身を引き締めて励め」
「はっ、はい!」
イグニス様はまだ状況が呑み込めていないようですね。
「それでは陛下、私はこれで失礼いたします」
「……うむ」
陛下に一礼し、謁見の間を出ます。……これで最後のフラグが折れましたね。
アルフリード様は学園に入学自体なさりません。
イグニス様は優秀でありながら、王位継承権で劣ることにコンプレックスを感じ、それがきっかけで彼女に近づくことになりますから。
私は深い満足感を得てこの十年を思い出します。
この十年の間、私はフラグを折るために奔走しました。
まずは騎士団長の息子――彼は既に騎士団に入団し、騎士見習いとして扱かれています。
確か騎士団長に「学園で学ぶよりも、将来背中を預けあう騎士たちと切磋琢磨した方がご子息のためです」とか勧めたんですよね。
さすが脳き――んんっ、勇猛で豪胆な騎士団長様。
快く賛成してくださいました。
次にロリコ――もとい学園の教師。
彼はアルゼベルク公爵家のバックアップの下、大好きな研究に没頭しています。
もともと天才的に優秀なのに、老害に疎ましがられて学園に左遷された経歴の持ち主ですからね。
この世界では私が父に進言しヘッドハンティングしました。
お陰様で我が家の財源もウハウハです。
そして宰相の息子ですが――彼はとっくに墓の下です。
ゲームで父が行ったとされる不正――その真犯人が宰相だったのです。
父が不正に関わってないのなら、必ず近くに犯人かそれに準ずる人物がいるはずだと張っていれば、父の重用していた部下が宰相と通じていました。
ゲームではこの二人が父に罪を被せたのでしょう。
当然ですが証拠と共に陛下に報告しました。
息子さんはお気の毒ですが――貴族社会の義務ですからね。
最後の障害たる王子様方の排除も終わりました。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ」――当人たちではなく、外堀から埋めていったのは良策だったようです。
……これで彼女に寄ってくる小蠅を一掃できましたね。
来年の学園入学が楽しみです。
◇ ◇ ◇
「わぁ、エリーデ様、このお茶美味しいですね!」
「お口に合いましたら幸いですわ」
お茶を口にし、無邪気な笑顔と共に華やいだ声を上げる彼女――ヒロインたるアリシアに私は微笑み返します。
学園入学後、彼女と出会えた私は積極的に彼女との交流を図りました。
初めのうちは身分差ゆえに恐縮していた彼女でしたが、今では親友と言って良い間柄です。
――そう、記憶を取り戻して抱いた願いを私は見事成就させたのです。
彼女の笑顔を見るたびにこの十年の苦労が実を結ぶ想いです。
不満があるとするならば――なぜ私は異性に転生してしまったのか、ということくらいですか。
前世での私は、男性でありながら乙女ゲームを好むという、世間一般の常識からすれば、やや倒錯した趣味を持っていました。
だからこそ誰に対しても偏見を持たない彼女に心惹かれたというのに……これでは結婚はもちろん出来ませんし、子供もつくれません。
たいへん不本意ですが……アリシアには弟を紹介するとしましょう。
あの子は幼い頃からの調きょ――ではなく教育で私には絶対服従ですし。
これなら彼女とは結婚は出来ずとも家族になれます。
私は……どうしましょうね?
公爵家の事を考えるとどこかの家に嫁入りするのが自然なのですが……正直言って彼女以外との結婚など御免こうむります。
……元王太子殿下の件を利用しますか。病気療養のため表に出てこれなくなった元殿下を今でも想っている――と。
ふむ。思っていたよりも役に立ってくれますね、元殿下。
父も宰相の一件以来、私に頭が上がらないようですし、いけるでしょう。
「……ところでアリシア、今度の休みは街に出てみませんか?」
「はいっ、ご一緒させていただきます!」
――やっと手に入れることが出来た彼女の笑顔を目に焼き付けながら、私は明るい未来に想いをはせるのでした。
……どうしてこうなった?