*6. Where are you from?
森を抜けることができると、一気に視界が広がった気がした。諏訪曰く「次は侯爵夫人の家に行く」だそうで、小さな俺たちはただただひたすらに真っすぐ歩き続けている。
ちなみに道に寝ていたあのイモムシは、俺たちが通り過ぎてもずっと寝続けていて起きることもなかった。随分と深い眠りに落ちていたらしい。
「俺、イモムシよりもっと他の動物が良かった」
「何の動物が良かったんですか?」
「……ハリネズミとか」
「先輩、この話にハリネズミは確かでてこなかったです」
来人先輩も俺たちと一緒に行動を取ることにし、先ほどから俺の横で諏訪と先輩はこんな会話を繰り広げている。
俺たちがこの世界のこと、キャラクターのことなどを全て話したのちに、彼は、
「分かった。そういうことだったんだな」
と一言だけ頷いて即座に納得してくれた。恐るべし適応力の高さとしか言いようがない。
「先輩はここに来る前何してたんですか?」
俺が問いかけると、先輩はこちらを向いて答える。
「学校の図書室で課題をやってたんだ。眠くてうとうとして、気づいたらここにいた」
先輩も学校に居たのか。と思っていると、諏訪も口を開いた。
「……虚空が倒れた後、俺もすぐに眠気に襲われてな。ジョウも同じだったと思う。ダイナの前では能力が使えなかったんだ。跳ね返してやろうと思ったんだが」
この世界で能力は――きっと通用しないだろう。「能力」という概念がないのだから。
「でもさぁ、物語の世界なんて今後絶対体験できないよ。満喫して帰ろうぜ」
そんなことを言いながら、隣の先輩は頭の後ろで手を組むと意気揚々に歩いている。
彼はあくまでこの世界を楽しむつもりらしい。黒ちゃも同じことを言っていた。
「ま、そうですね。残りの人たち探して、虚空に、『アリス』に物語を終わらせてもらおう」
「待てよ、俺がどうにかするだろうと思っての言葉だろそれ!!」
呑気な諏訪の言葉に反論をかますと、諏訪と先輩は声をあげて笑い始めた。
全く。他人事のように。こっちはすごく大変なんだからな。重大責任だぞ。
「他にどんな人が紛れ込んでるんだろうな」
多少楽しそうな声で諏訪は言う。
他の人、か。まだジャックに会えてないや。大丈夫かな。心配……だな。
「大丈夫だって」
ふとかけられた言葉に我に帰ると、来人先輩が頷いていた。
「流れに身を任せればどうにでもなる。逆に歩こうとせず、今は流されるのが最善だ」
この先のことを俺が案じていると思ったのか、先輩は静かに言う。カッコいいこと言うなぁ……。
「重く受け止めすぎるなって。無事に、最後まで物語を辿ればそれで問題は無い」
諏訪も同じように励ましてくれた。
「おう、やってやるさ」
ニッと笑顔を見せて俺は二人に頷く。
大丈夫だよね。ジャックも、記憶は無くしているかもしれないけど、絶対会えるよね。
「……あ。あの家じゃないの?」
先輩が指さす方向には一軒の家が建っていた。見た目は二階建てで、レンガ造りのアンティークな雰囲気を纏っている。にしても、大分大きい気がする。俺たちの体が小さいせいかとは思ったが、それでも大きすぎるような。
「この小ささで入って平気なのかな」
「確かに……。この体の大きさじゃ、なぁ」
不安を口にすると諏訪が同意してくれた。
でも元の体のサイズに戻ればきっと入ることはできないだろう。それでは俺たちが大きすぎてしまう。微妙なラインだ。
「小さくなるのがクッキーなら、大きくなるには何を食べればいいんだ?」
手元に食べ物は無い。俺の呟きで諏訪も先輩も黙ってしまった。
「あ。そういえばさっきからポケットに何か入ってたような……」
唐突に先輩はそう呟いて、自身のズボンのポケットに手を突っ込み漁り始めた。
「……小瓶?」
呟きと共に彼がポケットから取り出したのは金平糖が入った小瓶だった。これまでの瓶やクッキーと同じく、やはりコルクの部分に『EAT ME!!』と書かれた紙が紐によって括りつけられている。色とりどりの金平糖はまるで星のようだ。
「これ食べれば大きくなれるとか」
その可能性は十分にあるだろう。先輩の言葉を聞いた諏訪は、ハッとした表情で口を開く。
「……そうだ、思い出した。イモムシは確か、体が大きくなれるキノコと、小さくなれるキノコの上に居たんだ。アリスにキノコの効果を教えて、その後彼女はそのキノコを使って自由に体の大きさを調節していたんだよ」
「ってことは、先輩、他にも何か持ってたりします?」
彼が『イモムシ』なら、あともう一種類食べ物を持っていてもおかしくないと思ったからだ。
「え? ちょっと待って」
小瓶を俺に預けると、先輩は再び服のポケットの中に手を入れて探り始めた。しかししばらく待っても彼は何かを持って手を出すことは無い。どうやら持っていたのはこの金平糖の小瓶のみらしい。
「他には何も入ってないや」
一通り探し終えたのか、先輩はお手上げ、と言うように両手を肩のあたりまであげて首を振る。となると、恐らくこの金平糖たちは大きくなれるものと小さくなれるものが混合しているのだろう。
「今度はロシアン金平糖かぁ……」
うなだれて俺は言う。
「今回は大きくなれるか小さくなれるのかの二択じゃないか。さっきのクッキーみたいに、効果も分からないわけじゃない。まあストーリー上の展開から推測してるだけで、確定じゃあないんだが。それでもクッキーと比べたらマシな方じゃないか?」
諏訪の言うことはごもっともだ。それでもどのくらいの割合で体の大きさが変化するかまでは分からない。クッキーを食べた時は結果的にはいい方向に進んだものの、不安は取り除けないもので。
「そうだけどさぁ。……あ。『イモムシ』が『アリス』にキノコの効果を教えたんだよな?」
なら先輩が選んだ金平糖を食べればいいのでは、と一つの考えが頭に浮かんだ。一応俺、アリス、だし。
諏訪と先輩は顔を見合わせた後、こちらを見る。
「何? 俺がこれ食べろ、って言えばいいの?」
「先輩は『イモムシ』ですから。先輩が選んだものを食べれば大きくなれるんじゃないかなって」
彼は俺の考えをくみ取ってくれたみたいだった。
「よし、分かった」
一つ頷いて俺から小瓶を受け取っては、コルク栓を開けて逆さにし、一番初めに出てきた白い金平糖をこちらに寄こす。同じように諏訪にも白い金平糖を手渡していた。
「これが大きくなる金平糖。ちょうどあの家に入れるくらいの、な」
先輩はきっぱりと宣言すると、自身も白い金平糖を口の中に放り込んだ。俺と諏訪も、目で頷き合って金平糖を口に含む。――今度は甘い、甘いカフェラテの味がした。クッキーを飲み込んだ後に強い眠気に襲われたことを思い出して、俺は目を瞑ってから金平糖を飲み込んだ。
――いつの間にかまた寝てしまっていたらしい。目を開けると、先ほどよりかは幾分も遠くまで物を捉えることが出来た。体を起して左右を見ると、俺の右側に諏訪が、反対側には先輩が横になっている。二人とも同じくらいに体が大きくなっているのが分かっては、内心ほっと安堵の息を吐いた。良かった。俺の考えは正解だったらしい。
二人を起こすと家に向かって再び歩き始めた。
「体が大きくなるって案外寝て覚めたらあっという間なんだな」
「小さくなる時もそうでしたよ」
「『アリス』ってすごいよな、これ何度も繰り返すんだから。俺も同じようにしなきゃいけないのかなぁ」
会話をしつつ、目的地となる家の前まで来た俺たち。一度立ち止まって玄関のドア付近に居る、召使の服を着ているカエルを見た。なんとそのカエルは立ったまま頭を揺らして眠りについていた。
「……寝てる、な」
「ここも例外なく、か」
先輩は目を瞬かせて、諏訪はやはり、と言いたげそうに呟いた。
「中にいる侯爵夫人も寝てたら、俺この家に住むことにしようかな」
「冗談じゃないですよ、先輩」
彼ならやりかねないだろう。冷や汗をかきつつ俺がツッこむと、先輩はニッと笑った。
「とりあえず、中に入ってみよう」
諏訪の言葉に俺ら二人は頷いた。扉の前に立っていた俺は、木でできたそれをドアノッカーで三回叩く。
「はいはーい。どなたかしらー?」
中から女性の声がした。続いて足音が聞こえてくる。
「起きてたか。じゃあ住めないな」
「って、先輩、この声聞いたことありませんか?」
残念そうに呟く先輩に諏訪は言う。確かにどこかで聞いたことあるような。棘の無い、優しい声だ。
「招待状のお届けかしら。そろそろ来ると思ってたのよね……あら?」
ガチャリと扉がこちら側に開いて、中から出てきたのは一人の女性。浅葱色の髪を一つにまとめて肩にかけ、ふんわりとした白いシフォンワンピースを着ている。首には二重のネックレスをしていた。彼女の目線と、俺ら三人の目線がぶつかった。彼女の正体が分かると俺は目を見開く。
「まぁまぁ、どうしたの、あなたたち。道に迷ってしまったの?」
――彼女は、俺の一つ上の先輩、陸人響先輩だった。響先輩はにこやかに俺たちに笑みを見せる。
違和感、無さすぎでしょ、先輩。役柄も服装も似合いすぎ。完全にこの世界の同化している先輩に、俺たち三人は何も言うことができなかった。