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*5. Why you call me?

「なるほどな。物語を終わらせる……それが、『アリス』としての役目、か」

「うん。まだ詳しいことは全然。手探り状態だし、知り合いに会ったのはこれで二人目だし」

 少し先に木が覆い茂る森が見える。休み終えた俺たちはその森に向かって歩いていた。こんな状況じゃなければ、この草原で今すぐ昼寝したいところなんだけど。

 これまでのいきさつを全て諏訪に話し終え、これからどうすればいいか相談したところ、しばらく彼とは一緒に行動することになったのだ。物語上、一緒に居られない場面がくる時まで。俺もその方が安心するし、話が分かってくれる人が傍に居るだけでどれほど心強いか。ダイナとは全然話が噛みあわなかったからね。

「『アリス』が既にここを通った、か。すごく引っかかるな」

 腕を組んで、考えるように諏訪は呟く。

「そうなんだよ。この物語に主人公は二人も要らないでしょ? そこだけどうしても引っかかって。動物たちが嘘ついてるようにも思えなかったからさ」

「俺は今のところ虚空以外の人間には会ってないぞ。動物には会ったがな」

 あぁ、やっぱり他にも動物たくさんいるのね。『白ウサギ』の諏訪が、本物の『アリス』に会っていてもおかしくないと思ったんだけどなぁ。

「あぁでも……。会ったというより、見かけたという表現が正しいか」

「見かけた?」

 会話はしていないのだろうか。思い出すように彼は口を開く。

「皆寝てたんだよ。地面の上や家の中でな。本来、『アリス』は『白ウサギ』に見つけられ、そのままウサギの家に行くんだ。『アリス』をメイドと勘違いしてな。さっき俺が虚空を探していたのも同じ理由だ。思い返せば、『白ウサギ』の家でも執事やメイドが立ったままで寝ていて、反応が全くなかったんだ」

 寝てた。……寝てた?

「立ったまま寝てた? 何それ」

「俺にもよく分からん。あの時は『アリスを探さないといけない』っていう思いだけが体を動かしていたから、気にも留めなかったんだ。今考えたら大分おかしいと気づいたところだよ」

 この世界は本当に何でもアリなんだな。立ったまま寝るとか。足、痛くならないのかな。

「じゃあさ、今から『白ウサギ』の家に向かわないといけないんじゃないの?」

 物語の順序を辿らなければいけないのであれば、『白ウサギ』の家に行くのが先のはず。

「そのはずなんだが……。どうにも、家がどこにあったのか思い出せないんだ」

「あーあ……」

 お互い顔を見合わせて肩を竦める。うだうだしてるより動いた方がいいのは明確だ。方向転換することなく俺らは歩き進める。

「後は『ダイナ』、か。ふむ……。確か、『ダイナ』はアリスが現実世界で飼っている猫の名前なんだ。あのローブの人物が『ダイナ』と名乗るのであれば、それこそおかしい。その猫は不思議の国には迷いこまないはずだからな。不思議の国には登場しないのに、どうして登場しているのかも分からない」

 何故ここまですらすらと解説してくれるかというと、諏訪はこの物語の原作を一度読んだことがあるらしい。でもそれも大分前のことだそうだ。記憶もおぼろげで、物語の細部までは思い出せないのだとか。

「ますます意味分かんねぇ……」

 思わず口の端から言葉がもれた。聞き逃さなかったのか、諏訪が隣でくすりと笑う。

「アリスはそんな口調じゃないだろう?」

「す、諏訪までそんなこと言うのかよ!!」

 ダイナと同じ言葉を言われるとは予想外だ。ここに来て何度口調を注意されたんだろう。

「ははは、すまん。冗談だ。まあ、少しは直した方がいいかもしれないとは思うがな。その口調も個性だし、適度に保つくらいで十分だ」

「……はーい」

 そうだよなぁ。自分でも思ってたけど。そろそろこれ直さないとなぁ。クセになっちゃってて直らないんだよな。

 そんな会話をするうちに、辺りの景色は森の中に変わっていた。太陽の光が木の葉と葉の間から差し込んでいて、さぁ早く、先へ先へ、と言うように、風が背中を押してくる。

「この先に何かあるのかな」

 俺は周りを見ながら呟く。

 そういえば、この物語特有の、『体のサイズが変化する』現象をまだ体験してないような。そろそろ来てもおかしくないんじゃないか。っていうか、来ないと駄目だった気がする。この体のサイズじゃ通れない道を通ったりするはずだもの。

「この先には……イモムシが居たはずだ」

「い、イモムシ?」

 思い出すように呟いた諏訪の言葉に、俺は聞き返してしまった。

 イモムシってあの、けむくじゃらの? 緑色の?

 彼は縦に首を振る。

「大きな青いイモムシだ」

 緑色じゃなくて青色だそうだ。うーん、けむくじゃら系の虫は苦手なんだよな。でも会わないといけないだろうし。避けては通れないよなぁ。

 一人悩みながら足を進めていると、ふと何かを踏んだような感覚を感じる。何を踏んだのか、確認しようと立ち止まり足をずらした。

「……クッキー?」

 そこに転がっていたのは粉々になってしまったクッキーだった。アイシングクッキーだったのだろうか、破片がとてもカラフルだ。

「おい、虚空」

 隣に居る諏訪の声が聞こえると同時にワンピースの腕袖を少し引っ張られる。顔をあげて諏訪を見ると、彼は無言で前方の方を指さした。

「相当食べてほしいんだろうな、お前に」

 前を向いた俺の目に映ったのは、道端のあちらこちらに落ちているアイシングクッキーだ。苦笑混じりの諏訪の言葉には、景色に呆気にとられて何も言い返せない。道にクッキーが落ちてるなんて初めて見た。

 試しに一番近くに落ちていたクッキーを拾い上げてみると、それには確かに『EAT ME!!』と描かれている。他のクッキーも全部同じようだった。

「これ、ロシアンクッキーとかじゃないよね? 一つだけ大外れとか、そういうのじゃないよね?」

「まさか。……食べたらどうなるかは俺にも分からんが」

 それこそ笑えない。単純に辛かったり不味かったりする方がきっと何億倍もマシだ。

「さっき、そういえばまだ体が縮んだり大きくなったりしてないなーとは思ったけど。これは露骨でしょ。これだけ数が多いと逆に食べる気も無くなるってー」

 ため息をついてクッキーを何枚か拾う。色こそそれぞれ違うが描かれている文字は一緒。普通のクッキーなら迷わず食べていただろう。

「一つ、食べてみるか?」

 持っていたクッキーを覗きこんだ彼は、そう提案してきた。

「……諏訪も食べるって言うなら」

「おいおい、巻き添えかよ」

「一人だとやっぱり怖いじゃん?」

 あえて明るくそう言う。諏訪は深く息を吐いた後、困ったように笑っては手をこちらに広げて見せる。その手の上に俺は持っていたクッキーのうち一枚を乗せた。

「いっせーのせ、ね」

「おう。どうなっても動揺するなよ」

 クッキーを口元に持っていきながらそんなことを言いあった。

「分かってるって。じゃ、いくよ。いっせーの、せ」

 俺は言い終えると持っていたクッキーを一口齧った。すると甘い味が口の中に広がってくる。あれ、普通に美味しいぞ。チョコとバナナと生クリームを混ぜたような味だった。ってこれじゃあバナナチョコパフェみたいじゃん!!

 パフェの味がするそれを咀嚼して飲み込むと、目の前がぐらりと揺れて、思わず立ってもいられなくなった。ものすごく強い睡魔に襲われ、抵抗することもできないままに意識を手放してしまう。

 ――次に俺の目が覚めたとき、周りの景色が異様に大きく見えた。ゆっくりと起き上がり、周りを見る。森に入ったはずなのに、ジャングルのように見えてしまう。こういうときは大概周りが大きくなったのではなく見ているこちら側に変化があるがお決まりだ。ということは、つまり。

「……小さくなったのか、俺」

 自らの手を見ては呟いた。幸い服はそのままで脱げてはいない。服や靴も一緒に小さくなったみたいだった。立ちあがってワンピースについた土埃を払う。ぐるりと辺りを見回すと、何もかも全てが大きく見えた。

「そうだ、諏訪は……」

「俺はここだ」

 振り返ると、クッキーを食べる前と同じ身長差の諏訪が立っていた。身長差が同じということは彼も同じように小さくなったということだろう。

「小さくなったな」

 まじまじと彼を見て言う。彼も同じように、服も靴も一緒に小さくなっていた。

「大きくなっても大変だけどな」

「踏みつぶしちゃうからなー」

 冗談を飛ばして前を向いた。先ほど地面に転がっていたクッキーも、例外なく見事に大きく目に映る。段がそれほど高くない踏み台のようだ。

「先に進もう」

 諏訪の言葉に頷いて、また俺たちは歩き出す。クッキーの横を通りながら、なるべく前を向きながら。よそ見してたら何かにぶつかりそうだし、方向間違えそうで怖い。

「クッキー、何の味がした?」

 まさかだと思うけど、諏訪も普通の味じゃなかったりして。冗談半分に問いかけた。

「我ながらおかしいと思うが、何故かアップルパイの味がしたよ」

 冗談だったのに。

「……へぇ、俺のクッキーはチョコバナナパフェの味がした」

 もしかしたら、食べる人によって味が異なってくるのかもしれない。チョコバナナパフェは俺の好きな物だから、諏訪はアップルパイが好きなのかもな。

「小さくなったはいいけど、イモムシ全然出てこないじゃん」

 歩きながら不満を漏らす。その方が良いけどね、とまでは言わなかった。

「おかしいな。確かにここにはイモムシが……あ」

 諏訪は首を傾げてから、何かに気がついたような声をあげて立ち止まった。

「え? 何? ……あ」

 彼につられて俺も前を見て立ち止まる。そして小さく息を飲んだ後、

 「っわあああ……ッ!?」

 俺の口から出たのは何とも言えない不快感を声にしたものだった。何故かって、俺たち二人の数歩前に青いけむくじゃらのイモムシが地面に横になっていたからだ。小さくなった俺には、それは自分の背丈と同じくらいの大きさに見える。寝ていて俺の背丈と同じくらいだというのだから、起き上がって上に伸びでもされたらきっと怪獣か何かに見えるだろう。ただでさえイモムシって伸縮性があるんだから。

 後ずさりをして顔を背けようとしたが、イモムシのおかしな点に気づいて目が離せなくなる。

「……何で学ランをかけ布団代わりにしてるんだ?」

 そう、諏訪の言う通り、イモムシは制服の学ランをかけ布団にして寝ていたのだ。

「この世界に学校なんてあった?」

「無い」

 気になって問いかけたら即座に答えが返ってきた。

 何で、学ラン。俺や諏訪がファンシーな格好をしているというのに。何でイモムシだけ現実味を帯びているんだ。

「寝てる、な」

「あぁ。さっき言った『動物たちが寝てた』っていうのも、まあこんな具合だったよ」

 の割には随分とぐっすり、気持ち良さそうに寝てるけど。

「起こしてみる? 何か分かるかも」

「わざわざ起こすのか? それはありかもしれないが……」

「声、かけるだけでも。大丈夫だって、この世界の動物たちみんなフレンドリーだったし!!」

「……虚空、自分がやりたくないからって、人に押し付けるのはよくないぞ」

「はい、すみません」

 諏訪もあまり近づきたくない様子だった。確かに、押しつけるのはよくない。素直に彼に謝って、ため息をついてイモムシに一歩、二歩と近づいて行く。近づくにつれて段々と毛がくっきりと目に映った。

 うわ、やだ。イモムシには申し訳ないけど、やっぱり俺はこういうの苦手だ。

「あの……。い、イモムシ、さーん」

 イモムシと俺との距離が一歩分にまでなったところで、そっと声をかけてみた。反応は無い。規則的に体が上下に動き続けるだけだ。

「い、イモムシさん? あのー。起きてもらえませんか」

 ……ノーリアクション。爆睡もいいところ。


「あのさぁ。イモムシイモムシって、さっきから何度呼んでんの?」


 聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。ハッとしてイモムシの横を見れば、そこには口にキセルを棒付きキャンディーのように咥え、仁王立ちをして腕を組む一人の少年が居た。アホ毛がたった茶髪に眼鏡、シャツに青いベスト、ハーフパンツにソックスという出で立ちだ。

 あれ、この人、確か。学校の先輩にいなかったっけ。

「き、来人先輩……!?」

 後ろの諏訪が驚愕の声を発した。俺はそれを聞いて再度少年をじっと見る。

 来人先輩。そうだ、二年生の先輩だ!! どこかで聞いた声と見たことある姿だと思ったら!!

「誰が来人だ。俺はイモムシ!! 来人って、変な名前だなあ」

 ――それ、あなたの名前ですよ、先輩。思わず内心でツッこんだ。

「諏訪、お前もこんな調子だったんだぞ」

 俺は後ろを振り返り、肩を竦めて告げる。諏訪は何かを察したような、理解したような顔をすると一度深く頷いた。

「来人先輩がイモムシ、なのか……」

「だから来人じゃない!! 俺はイモムシだ。’生糸’を作るのは俺じゃなくて蚕だからな!!」

 呟いた諏訪に来人先輩は乱暴に言葉を投げた。一方、諏訪は腕を組んで考える素振りを見せた後、俺にこう問いかけてくる。

「虚空。記憶を取り返すには、その人の大切な物を触れさせればよかったんだよな?」

「あ、あぁ。でも来人先輩の大切な物って……」

 俺には分からない。物に触れることさえできれば、持ち主が分かるのだが。

「それで、その大切な物の持ち主が誰かは、それに触れれば分かる。そういうことだったな」

 俺は頷いた。諏訪の眼鏡に触れた瞬間、彼の姿が脳裏に浮かんだことを思い出した。

「なら、こうだ」

 彼は迷いなくイモムシに近づき、かぶさっていた学ランを手に取るとイモムシから引き離したのだ。

「えっ、それってまさか」

 俺はイモムシと諏訪を交互に見る。イモムシは気づかないのか、かけ布団がなくなったというのに眠ったまま。しばらく諏訪も黙っていたが、おもむろに口を開いた次にはこう言葉にした。

「正解だ。これは来人先輩、あんたのだろう」

 諏訪は笑みを見せ、学ラン片手に来人先輩に歩み寄る。

 きっと諏訪にはこれを着ている『来人』先輩の姿が見えたのだろう。その表情には自信が見えた。

「は!? 俺はこんなもの知らないね!! そんな真黒いもの知らないよ。俺は黒じゃなくて白が好きだ。砂糖の色だからな!!」

 めちゃくちゃなことを言う来人先輩。イモムシはこんな性格なのだろうか。

「ああ、そうかい。触れれば全部思い出すさ」

 諏訪は言い終わるや否や、来人先輩に半ば押し付ける形で学ランを手放す。

「何すんだ――ッ!?」

 すると来人先輩は不意打ちをされたような驚いた顔をしつつも、落ちかけた学ランを掴んで目を瞬かせた。俺が諏訪に眼鏡を触れさせた時と同じリアクションだ。彼は穴があくほど手元の学ランを見た後に、顔をあげて諏訪と俺に目をやる。

「……さぁ先輩。あなたの名前を教えてください」

 何かの刑事ドラマでも見ているようで、こっちの心拍数が上がっている気がする。諏訪、お前今すごく様になってるよ。

「来人……。来人だ」

 震える声で答える来人先輩。諏訪はこちらを振り返ってサムズアップをした。堪らず俺も同じ仕草で返す。

「俺、何してたんだ……?」

 来人先輩は茫然と呟いた。

 俺は諏訪の隣に行くと、彼と顔を見合わせて頷き合う。来人先輩にも知ってもらわないといけない。ここがどんな場所なのかを。

「落ち着いてください、来人先輩。お話したいことがあります」

 諏訪が告げる。

 先輩は俺ら二人の表情を見ると打って変わって真剣な表情になって頷いた。

「あぁ。……でも少し待って」

 何をするのだろう、と首を傾げると、先輩は持っている学ランを羽織って一度大きく息を吐いた。神妙な雰囲気が流れる中、彼は言う。

「よし、いいぞ。やっぱりこれがないと落ち着かないんだ」

 大真面目な顔をする先輩に、俺と諏訪は思わず吹きそうになってしまった。

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