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*1. Welcome to Alice

 放課後。夕暮れの光がさす教室にて。

 俺、虚空零と諏訪浩、ジョウ・ライナーは居残ってテスト勉強をしていた。

「ここはマイナスがついてるから、符号が逆転するんだ」

「プラスになるってこと? え、でもさ。そしたら答えは5にならないんじゃね……?」

「お前、足し算引き算もできんようになったんか?」

 ……と言っても、だ。圧倒的に二人より勉強が出来ない俺が、彼らと同じペースで問題を解く手が進むわけじゃなく。手を止めるこちらを気にかけて、彼らが教えてくれる形を続けて早一時間以上は経っていた。何だかここまでくると申し訳なくなってくる。

 今やっているこの数学の問題も教えてもらいつつようやく答えが出てきそうだった。

「あ、よし、できた。解けた!!」

 教えてもらったことを参考に解いていくと、解答と同じ数字が弾きだされた。

 内心ガッツポーズをしながら、顔をあげて答えの書いたノートを二人に見せる。

「おー、おめっとさん」

「解き方、忘れるなよ。これテストに出すって先生言ってたからな」

 ジョウ――ジャックはクスリと笑いを零して、諏訪はうんうんと頷いてそう口にした。

 時間かかったけど、案外単純な計算が続いただけで、公式も難しいものではない。うん、これは覚えられるかもしれないぞ。計算続きで少し疲れたけど……。

一度シャーペンを机に置いて、んー、と伸びをした。目の前に座る諏訪は社会の問題を、隣に座っているジャックは古典の問題に手を付けている。

 机に頬杖をつくと二人を交互に見た後に、そっと俺は提案した。

「なー。少し休憩しないかー……? 糖分欲しい」

 数学ばかりやっていたせいか、もう頭の中はいろんな計算式でごちゃ混ぜになっていた。単に数学が苦手だからかもしれないけど、一度整理しないとちょっとツラい。

 それに諏訪もジャックもずっと休みなしに勉強しているし、少しくらいの気分転換は良いだろう。

「せやなぁ。だいぶ長いことやっちょるな」

 隣の彼はそう言いつつ、持っていたペンを机に置いて大きく息を吐いた。

 ちらりと彼のノートを盗み見れば、赤ペンで訂正している部分がいくつもある。

「……日本語って、ムズいもんじゃな」

 こちらの視線に気がついたらしい。顔を上げれば肩を竦めて頬を掻くジャックの姿があった。

 それだけ流暢に方言喋っといてどの口が言うのかと思わないでもないがまぁ、一応外国人だしな、うん。

「購買行って、何か買ってくるか?」

 諏訪も手を止めるとこちらを見る。

「お、いいな、それ。お菓子買ってこようぜ」

 そう言いながら俺は椅子から立ち上がった。ジャックと諏訪も立ち上がると、一緒に教室を出て廊下を歩き始めた。




「今回のテスト範囲、広くないか? あれはけっこうキツいもんがある」

「じゃなぁ。追い込むような範囲やわ、あれ」

「あ、そういえば、何で今日四月一日誘ってこなかったんだよ? 一緒に勉強しようって、言えば良かったのに。二人きりじゃなくて俺らもいるんだからさぁ」

「ッ……それは、だな。あ、あいつにも予定というものがあるだろう……?」

「他の女子に誘われとったな。全部断っちょったが」

「ほーら見ろ。言えば良かったのにー」

 なんて会話をしながら、購買から教室までの廊下を歩く。

 ジャックと二人して諏訪を茶化すと、彼は恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。それを見たジャックは肘で彼を小突く。見ていておかしく思えて、クスクスと笑いが止まらなかった。

 好きなチョコのお菓子とオレンジジュースも買えたことだし、食べ終わったらまた頑張ろう、と思っていた時。

 ――ゆらりと、前方の空間が歪んだように、そこに黒いローブを着た人物が現れた。

「……え?」

 困惑の声が口から出て、思わず歩く足を止める。前を歩いていた二人も、同じように足をとめた。

 黒いローブの人物は、フードを深くかぶっていて、表情も上手く見えない。というより口と顎しか見えない。これじゃあ、相手もこちら側が見えてるのかどうかも危ういぞ。

「ほう。まぁたこれは。おもろいもんやなぁ」

 ジャックが余裕ありげにそんなことを言った。

 いや、うん、面白いのかどうかは、別として。一体誰なんだろう?

「――リス」

 ローブの人物は不明瞭にボソリと呟いた。何て言ったのか上手く聞き取れず、俺は首を傾げる。ここからローブの人物までの距離は三メートルもない。呟く声が、小さすぎて聞こえないのだ。

「今、何て?」

 諏訪も同じように首を傾げていた。次にまたローブの人物が口を開く。

「アリス」

 今度は上手く聞き取れた。けど、アリス? 外国人の人でそういう名前の人はいるだろうけど、ここは日本だし。少なからず俺たち三人には当てはまらない。

「……一体誰のことを言うちょるんじゃ、あいつは」

「さあ……? 知り合いに『アリス』なんて名前の奴、いるか?」

 諏訪に問いかけられて、俺もジャックも首を横に振る。ジャックも知らないとなればローブの人物は一体誰のことを言っているんだ……?

「誰のことを言っているんだ?」

 諏訪は前を向き直ってローブの人物に聞きただす。するとその人物は、ゆっくりと腕をあげてこちらの方を指さした。

「アリスは、君でしょう」

 指さされた個所は、諏訪とジャックの間。二人はローブの人物の指す方向に顔を向ける。つまり、彼らの後ろに立つ――俺の方を見た。

 ……訳が分からない。アリスなんてあだ名は持ってない。本名に掠りもしてないぞ。

 驚いてローブの人物と、こちらを向いた諏訪とジャックの顔を見た。彼らも戸惑いの表情を浮かべている。

「みんな探してる。さぁ行こう、アリス」

 え、待って。どういうこと? みんなって誰?

「し……知り合い、か?」

「んなわけないじゃん、知らないよ!!」

 若干引いたような目をしてこちらを見てきた諏訪に、否定の言葉を投げつければ、ローブの人物を改めて見る。

 こんな人なんて知らない。声にも聞き覚えは、ない。

「……あぁ、そっか。白ウサギに、ハートのジャックだね。そうか、先にこっちで出会ってたんだね」

「は?」

 俺ら三人の声がハモる。いよいよ本当に訳が分からなくなってきた。

「じゃ、ジャックって。じゃあお前の知り合い?」

「な訳あるか。知らんわ、あんな奴」

「でもお前の本名はジャックだろう?」

 俺と諏訪にそう言われ、ジャックは腕を組んでは首を横に振る。確かに彼の本名は「ジャック」だけど、そう呼んでいるのは今現在俺くらいだ。

「ふふふ。さぁ行こう、アリス」

 再びローブの人物はそう口にした。

「――物語を終わらせられるのは、君しかいないんだよ」

 ローブの人物がその言葉を言った途端、目の前の視界がぐらりと揺れる。めまいのような感覚に対応できずにしゃがみこんだ。驚いたジャックの声が耳に入るけど……それすらも上手く聞こえない。体に力が入らなくなる。視界も段々暗くなって、ぼやけて、何も見えなくなって――。


「ようこそ、アリス」


 最後に聞こえたのは、そんな言葉だった。


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