雪だるまの精 作、水星
「じゃあ、行ってくる。私が留守中の間屋敷のことは頼むぞ、ステイル。……それから、ウィリスタ。屋敷の使用人にあまり迷惑をかけないようにな」
「畏まりました旦那様」
「はい、父上……」
「では、行ってくる」
そう言って、父は出かけていった。
執事長のステイルに留守を頼むと言い、息子である僕には大人しくしていろか。仕方ないのかもしれないが随分と差のある言い方だ。
「じゃあ、ステイル。僕は自分の部屋に戻るよ。昼食の時間が来たら、勝手に広間に行くから、迎えは寄越さなくていい」
「……畏まりました」
父上より浅い会釈をするステイルを横目に僕は自室に戻った。
ウィリスタ・アスタ・ファンベル。
無駄に大層な名前だと屋敷の廊下を歩きながら、僕は思う。
中流貴族、ファンベル家の四男として生まれた僕。
不自由はしていないが、満足もしない生活。
生まれて八年程しか経っていないが、僕は今の生活をどう楽しめばいいのかわからなくなっていた。
男なのに少女のように細い身体。
顔つきも女顔だと兄上達には馬鹿にされ、剣も振れず、魔法もろくに覚えられない。
使用人達からも冷ややかな視線が送られ、自室でただ本を読む毎日だ。
自室に着くと椅子に座り、テーブルの上に乗せておいた読みかけの本を手に取る。
「なあなあ、俺って面白いか?」
「たまには僕も読んでくれよ」
「私を使って欲しいな。いつまで待たせるの……」
「そろそろ洗って欲しいんだが」
「……っ、ああ、煩いな。読書くらい静かにさせてくれ!」
僕は椅子から立ち上がり、何かを振り払うかのように、叫んだ。
すると聞こえていた声がぴたりと止む。
先程までがやがやと騒がしく聞こえてきたのが嘘のように。
「……またかよっ!」
僕は苛立ちを隠せないまま、椅子に座り読書に戻った。
僕を悩ませているのは自分の不出来だけじゃない。
小さい頃から様々な物から声が聞こえてくるのだ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい話である。
こんな恥ずかしいことは誰にも言えず。
しかし、一人では解決も出来なく、時間が経ってもこの現象は収まってくれなかった。
「くそっ、この本にも載っていないのか」
僕は読んでいた本を乱雑に机の隅に置いた。
これは何かの病気だと思い、父上に頼み混んで医療関連の本を借りたというのに。
「まだだ、次の本にこそ必ず……」
僕は違う本を手に取り、読み始めた。
自分の病気は何なのか、制御する術は、または完治するのか、そもそも病気なのか。
本を読み漁ったが結局収穫はなく、気がつけば夜になっていた。
「ああ、見つからない。どうすればいいんだ」
僕は頭を抱えるがどうすれば良いのかわからない。
悩めば悩む程、深みにはまっていく気がする。
「幸い今は声は聞こえない。……今の内に気分転換をしよう」
僕は部屋の空気を入れ換えるために窓を開けた。
「……っ、寒いな」
窓を開けると部屋の中に一気に寒気が入ってきた。
いつからか、雪が降り始めていたようだ。
「雪か……ん?」
ベランダにこんもりと積もった雪に目をやる。
最近読書ばかりで疲れていたし、何より僕はまだ八歳。
子供心か、積もった雪を手ですくう。
そのまま僕は何を血迷ったのか、積もった雪を集めて出した。
ある程度集まれると、丸めて球体を作る。
大小二個の球体を作り、重ねてと。
「ふっ、僕は何をやっているんだか」
完成した雪だるまを見て思わず笑ってしまった。
部屋にある物で有り合わせの顔と手を作ったが。
「雪だるまにはバケツ……と何かの本で読んだんだけどな。如何せん、サイズがないな」
ベランダに積もった程度の雪で作ったので、サイズは小ぶりだ。
屋敷にあるバケツでは頭に乗せるどころか、全体を覆ってしまう。
「ま、仕方ないな。直ぐに溶けてしまうだろうし。もう、寝よう」
手がすっかり霜焼けになってしまったので、今日はもう読書は出来そうにないし、する気分でもない。
開けていた窓を閉めて、ベッドに潜り混み、眠りについた。
「…………けて」
「うん?」
誰かの声が聞こえる気がする。
僕はのそのそとベッドから起き上がった。
昨日降った雪のせいか部屋が寒い。
「……開けて!」
「またか。なんだよ、朝っぱらから」
僕はキョロキョロと周りを見渡す。
しかし、声は部屋からではないみたいだ。
「開けて!」
「外か? 全く、昨日煩いって言っただろ。頼むから消えてくれ、うんざりなんだ!」
僕は耳を抑えてうずくまる。
僕が拒否をすれば大抵の物から声は聞こえなくなるからだ。
しかし、耳をふさいでも聞こえてくるあけてと言う声。
良く聞くと少女の声だ。
もしかして、物ではなく屋敷に迷いこんだ子供かもしれない。
僕は恐る恐る声が聞こえる、ベランダへ向かい窓を開けた。
「あっ、やっと開けてくれた」
「……君は、誰?」
ベランダには僕と同じくらいの背丈の少女がいた。
雪のように真っ白な白髪で白い衣を着ている。
「やっと……開けてくれた」
「いや、だから君は誰かな。ここはファンベル家の屋敷だ。不法侵にゅ……」
僕は自分で言いかけ、口を閉じた。
考えて見ろ、彼女は人間なのか。
僕の部屋は二階だぞ。
こんな少女がどうやって二階のベランダに来たんだ。
泥棒や暗殺者っていうことも考えられるけど。
「私を作ってくれてありがとう。どうしても、お礼が言いたかったから、騒いじゃった。ごめんね」
「はい?」
状況を整理している間に、新しい爆弾を投下された僕は、久しぶりにまぬけな声を出してしまった。
とりあえず、寒いので部屋の中に招き入れた僕は彼女から説明を聞いた。
「つまり、君は僕が何の気無しに作った雪だるまの精だと」
「うん!」
「意志が芽生えた云々は分からず。ただ、僕にお礼を言いたいと想い続けて、気がついたらベランダにいたと」
「うん!」
「で、勝手に部屋に入るのは気が引けたから、窓を開けるようにずっと叫んでいた、で合ってるかな?」
「うん、そうだよ!」
ニコニコと宙に浮きながら、僕と話す自称雪だるまの精。
一体、何故……声が聞こえるのは日常茶飯事だったが、こんな人型の精が見えるなんて始めてだ。
あまりの唐突な出来事に頭を抱える。
こんな少女に目の前から消えろとは中々言いづらいしな。
「どうするか……」
「ねぇねぇ、何かしようしよー。しゃべろうよー?」
僕の周りをくるくると飛び回る彼女。
こっちはどうしようか思考している最中だというのに。
「ふぅ、少し待ってくれないか。今、どうしようか考えている最中なんだ」
「えー……」
残念そうな表情で俯く彼女。
同い年くらいの少女の相手など、あまりしたことがないから対応に困る。
こういう時はどうすればいいのかと、今まで読んできた本の知識を引っ張り出す。
「わ、わかった。とりあえず、君の話を聞こうじゃないか」
何かの本に相手が落ち込んでいる時は、黙って話を聞くものだと書いてあった気がする。
僕の提案に俯いて彼女の表情は一変し、満面の笑みを浮かべてきた。
「やったぁ。……でも私は貴方の話を聞きたいなー」
「……僕の話?」
これは、全くの想定外だ。僕が話せることなど、今まで読んできた本の話か、薄ら寒い身の上話しかないぞ。
「ねーねー。僕とか君とか面倒だよぅ。名前を教えてー」
「まずは自己紹介からか……僕の名前はウィリスタ。ウィリスタ・アスタ・ファンベルだ。君の名前は?」
「わかんないー」
「はぁ?」
僕としたことが、またもやまぬけな声を発してしまった。
「私、気がついたらベランダにいたって言ったよー」
「……ああ、そういえばそうだったね」
彼女は僕が作った雪だるまの精に過ぎない。
人間ではないのだから、名前があるわけないのだ。
「私を作ってくれたのはウィリだから、ウィリがつけてー」
「僕がつけろって、大体ウィリってなんだよ。僕の名前はウィリスタ・アスタ・ファンベル……」
「長いからウィリだよ」
「ぐっ……」
断言しているので、変える気はないっぽい。
別に愛称で呼ばれるのも悪くない気がするし、いいか。
それよりも彼女の名前だ。
「そうだね……雪だるまからとってルマでいいかな。考え過ぎるのも良くないし、無難だろう」
「ルマ……じゃあ私はこれからルマだね。よろしくね、ウィリ」
「ああ、よろしく」
「じゃあ、このままウィリの話にいってみよー」
「……はぁ」
浮きながらのこのハイテンションに着いていけず僕は額に手の平を当てて、ため息をついた。
しかし、たまにはこういうのも悪くない。
むしろ、身体の中に着々と溜まっていた何かを吐き出す絶好の機会だ。
「じゃあ話すよ……僕が今溜まりに溜まっている感情すべてをね」
「いいよー」
明るく振る舞っているのもこれまでだ。
僕の話を聞いて後ろ暗い気持ちでいっぱいになるがいい。
そんな黒い感情をこめつつ、僕はルマに自分の現状を包み隠さず話した。
「うーんとね。とりあえず、がんばろー」
「……」
話した結果、僕が不甲斐ないと批判されしまった。
そればかりか、何故か身体を鍛えて魔法の修業をするはめに、一体何故こうなった。
「お本ばかり読んでても頭でっかちになるだけだよー」
「ルマ、君は今、世界中の読書家を敵に回したよ」
とりあえず腕立てからだと言われ、言われた通りにやる僕。
逆らうことは出来るが、やらないと耳元で騒ぐと脅された。
対処のしようがないので、致し方なくといった感じだ。
「毎日やるよー。期限は私が消える春までねー」
「わかったわかった。……消える?」
「うんー。私わかるの。季節が過ぎれば私は消えちゃう。例え私が生まれるきっかけになった雪だるまを残しておいてもねー」
自分のことをまるで他人事のように話すルマ。
しかも、変わらずの明るい口調でだ。
自分が消える話だというのに、それでいいのか。
「ふぅん、じゃあそれまでは君の提案したこてに付き合ってあげようじゃないか」
人型の相手は始めてだが、声の相手は何度もしてきた。
この類いのものは大抵少し相手をしたら消えることが多い。
ルマもきっと気がついたらいなくなっているだろう。
……そうなったら、それはそれで少し寂しいかもしれないが。
何はともあれ、いずれ消える。
そんな軽い気持ちを抱いていた僕だったけど、ルマは中々消えてはくれなかった。
久しぶりに身体を動かしたからか、筋トレ開始直後、直ぐに寝入ってしまった。考えてみたら、良い子はもう眠る時間だったのをすっかり忘れていたのだ。
翌日、当たり前のように宙に浮くルマに起こされ、修業開始。
淡白屋敷での生活をしつつ、ルマからはダメだしの嵐。
使用人達にはルマの姿は見えていないらしく、僕の近くを浮いていても全く気にするそぶりは見せない。
「ルマは僕にしか見えないのか……当然か」
「ウィリー、次は魔法のお勉強だよー」
ルマに急かされたので、僕は歩く速さを上げる。
。
「わかったよ、全く」
「じゃあ、いっくよー」
ルマは待ってくれず、僕にあれよこれよと提案して実行させる。
僕もぶつぶつと文句を言いつつやる。
そんなやり取りを繰り返している内に、月日はどんどん過ぎ去っていった。
「もう冬も少しで終わりか……何だかんだでルマは消えなかったな」
「私、消えるのは春だって言ったよー」
「はいはい。もう冬も残すところあと少しか。僕、少しは変われたかな」
未だに筋トレをしては息が詰まるし、魔法も蝋燭程度の火や、静電気程度の電気を発することが出来るようになったくらいなんだが。
「ウィリ、継続は、力なり、だよ」
「ルマは何処からそんな言葉を覚えて来るんだ?」
時々変、というか難しい言葉をルマは使う。
大抵は僕と一緒にいるはずなのに何時、何処で覚えているのか謎だ。
「それより、ほら修業、修業〜」
「はぁ、分かったよ」
ルマに促され、筋トレを始める。
すると、ノックもなく勝手に部屋の扉が開いた。
いくら僕が嘗められているとはいえ、使用人も最低限の礼儀くらいはわきまえている。
つまり、入って来たのは使用人ではない。
「よう、ウィリスタ。邪魔するぜ」
「……ふん」
「何かご用ですか、クレイグ兄上、ミスティ姉上」
ずかずかと人の部屋に入ってきたのは僕と血を分けた兄と姉。
巨漢で少々小太りなクレイグ兄上と細めで釣り目なミスティ姉上。
クレイグ兄上は武術、ミスティ姉上は魔法に才がある。僕と年が二、三しか違わないのに、二人は同年代よりも頭角を現しているらしい。
「最近やっと本から卒業したんだってな。もう、屋敷の本全部読み終わっちまったのか?」
「魔法書があるから、無理でしょウィリスタには」
「ああ、そうだった。悪いなウィリスタ」
少しも悪いと思ってないくせに、どの口が言うのか。この二人は僕のこと毛嫌いしているので、普段は近づいて来ない。
来たとしても散々嫌みを言うくらい。
暇なのかと何回言ってやろうと思ったか。
「むうー、ウィリは修業中なんだから、邪魔するなー」
ルマがクレイグ兄上のニヤケ面にパンチとキックをするが、当たるわけがなく、ただ通り抜ける。
「用件は何でしょうか」
「最近、ウィリスタがいろいろと何かやってるって使用人から聞いてよぅ、かわいい弟の様子を見に来たわけだ。で、見に来たはいいが……まさか、雪遊びの真っ最中だったとはなぁ」
「年頃だし、仕方ないとは思うけど……ふふっ」
ベランダにある雪だるまを見て笑いをこらえる二人。いきなり扉を開けて部屋に入ってきたので、窓を閉める暇がなかった。
自分が笑われることには慣れているので、表情は変えず、ただこらえる。
「私はウィリのおかげで生まれたんだぞー。馬鹿にするなぁー」
ルマは黙ってられないようで、何度も飛び蹴りを繰り出している。
黙って宙に浮いていて欲しい。
「やっぱり、ウィリスタもガキだなぁ。一人でこんなもん作ってよ」
「別にいいんじゃないかしら。何をしようと本人の自由でしょ」
僕がルマに気を取られていた間に二人はベランダまで行っていた。
置いてある雪だるまをしゃがんで凝視している。
嫌な予感しかしない。僕が振り向き、駆け出した時にはもう遅かった。
「あっ、やべぇ手が滑ったわ」
クレイグ兄上が雪だるまに拳を振り下ろした。
偶然でも事故でもなく、故意にだ。
作ってから数ヶ月間、形を保っていた雪だるまは簡単に崩れ、雪の固まりになった。
「あ、あ……」
ルマは僕が作った雪だるまから生まれた精だ。
春になったら消えると言っていたが冬の精ではない。あの雪だるまがあってのルマだと僕は思っていた。
今日まで形を保っていたのがその証拠だ。あの雪だるまはルマと強い関係があったはず。
それが壊された今、ルマは。
僕は部屋を見回す。
隅から隅まで、全体を隈無くだ。宙を浮いていたはずのルマがいない。
僕を励ましてくれて、くじけそうになっても、中々成果が出なくて頑張れと言ってくれたルマが。
「おいおい、そんな顔することないだろ。わざとじゃないって……」
「ふざけるなぁ! 僕は見ていたぞ、口角を吊り上げて、楽しそうに拳を振り下ろした瞬間を……がっ!?」
激昂していた僕の腹には、いつ近づいてきたのか、クレイグ兄上の拳が埋まっていた。
その場でうずくまることは許さないと言わんばかりに、下顎を膝蹴りされ頭をわしづかみにされる。
「おいおい、ウィリスタ。偉大なる兄上にその言い草はないだろぅ?」
「ちょっと、クレイグ止しなさいよ。いくらなんでもやり過ぎ……」
「かわいい弟でも礼儀は守らないといけないだろ。そうだよなぁ、ウィリスタ」
「ぐぅぅ」
あんなに修業したのに、何も出来ず僕は無様な姿を晒している。
今の僕をルマが見たら何と言うだろうか。
あまりに自分が無力で、悔しさからか涙が出てくる。そんな自分が酷く情けなくて、唇を思い切り噛み締めた。
「何の騒ぎだ」
いきなり部屋に響いた声。それは僕でもクレイグ兄上でもミスティ姉上でもない。
クレイグ兄上以上の武術、ミスティ姉上以上の魔法の才を持った、次期ファンベル家当主、アルシア兄上の声だった。
「あ、アルシア兄様……」
「何があったか状況は分からんがクレイグ、何時まで実の弟の頭を持ち上げているつもりだ?」
「ひっ、わ、悪い」
クレイグ兄上が手を離した瞬間、僕は自分で立っていることが出来ず俯せに倒れた。
ここまで無様だと笑えてくるな。
「ウィリスタは無理そうだな。二人共、俺の部屋でゆっくり話を聞かせて貰おうか」
何とか顔だけ動かし、二人の表情を見る。
予想通り真っ青に染まっていた。
こういう、権力に頼るのは好きじゃないがざまあみろと言ってやりたい。
「ウィリスタ、治療は必要か?」
「いいえ、自分でなんとかします。お気遣いに感謝します、アルシア兄上」
「そうか」
二人を連れてアルシア兄上は部屋から出ていった。
身体が起き上がるようになってから、僕は治療もせずにただ呆然と宙を見つめる。
声が聞こえないのだ。
僕に頑張れと、修業だと、頭でっかちと言った声が。
「ルマ、消えるのは春だって言ってたじゃないか。冬の間は、いなくならないと、てっきり……」
僕は声を押し殺して泣いた。
消えろ、うっとうしい、邪魔。
僕がルマに対して何度も思ったことだ。
読んだ本にはこんな言葉があった。
大切だと思っていたものは失ってから気付くと。
薄々は感じていたのだ。八年しか生きていないくせに、卑屈になり何もかもが嫌になっていた僕を励ましてくれた。
始めて僕に手をとってくれた存在だった。
開けっ放しの窓を見ると、雪だるまの形をしていた雪の固まりが見える。
また雪だるまを作ればルマは戻ってくるのでは。
そんな考えが頭を過ぎる。しかし、僕は無言で立ち上がり窓を閉めた。
「同じ物なんて作れるわけがない。例え雪だるまを作って精が出てきてもそれはルマじゃない気がする」
だったらどうするか。
ルマがいなくなった今、僕がすることは……。
「ねぇ、そこのお兄さん。私と契約しない?」
屋敷の庭に座り込み、本を読んでいるといきなり話しかけられた。
これで今日何回目の契約希望の精霊だろうか。
「申し訳ないけど、精霊と契約はする気ないんだ」
「何よそれ。精霊術士なのに契約する気ないなんて。苦労するわよ、考え治したら?」
中々しつこい精霊だなと思い交渉すること半時。
ようやく諦めた精霊が一生一人前になれないわよと捨て台詞を残し去っていった。
「あれから七年か」
読んでいた本を片手に僕は空を見上げた。
ルマがいなくなっても、僕は何事もなかったかのように日々を過ごした。
ただ、ルマに言われた通り修業は怠らない。
武術と魔法を学び、自分を磨き、本を読み知識を満たすこともやめなかった。
そうして、育っていく内に僕は僕を知ることが出来た。
僕には精霊術士としての才があったらしい。
物の声が聞こえたのは上手く力を制御出来ていなかったせいだった。
修業をし、知識を身につけた今、物の声は聞こえなくするようにしている。
「契約か……」
精霊術士として一番大切で重要なこと。
それが契約なわけだが、一回きりのやり直しは効かず。
自分が生涯を共にする相棒を決める大事な儀式。
「別に契約はしなくても、戦う際に近くの精霊の力を借りればなんとかなるよな」
精霊術士が精霊と契約しなければならないなんて決まりはない。
だから、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「あの、私と契約してくれませんか?」
考え事をしている内に、また先ほどとは違う精霊が契約を申し込んできた。
また、丁重に断ろう。
そう心に決めて、精霊を見る。
「……済まない。契約の話から逸れてしまうんだけど、君が何の精霊か聞いてもいいか?」
目の前の精霊は美しい白髪の長髪を左右に分けている。
見た目は僕と同じ位だ。
衣服は全身を隠す、ローブ。
問題はそんな美しく整った彼女には不釣り合い極まり無い、頭に乗せた赤いバケツ。
一体何故、バケツを頭に乗せているのか。
「くすくす。私が何の精霊か、ですか。私が被っているバケツが気になるのですね?」
口に出していないのに分かるとは、
凝視し過ぎただろうか。
「すみません、失礼なことを……」
「いいのですよ。では、バケツを被っていることからについてお答えしましょう」
「いや、貴女が何の精霊かだけでよろしいのですが」
「遠慮しないで下さい。理由はですね…………ウィリが望んだからだよっ!」
「えっ……!?」
驚く間もなく、目の前の精霊はローブを脱ぎ捨てる。
脱ぎ捨てたローブは空中で消え、白い衣を纏った精霊が僕に抱き着いてきた。
しかし、精霊なので僕の身体に触れることはなく、擦り抜ける。
「ふっふっふー。サプライズは大成功だね」
「まさか、ルマ?」
「大正解!」
「そんな、なんで……」
「ウィリ、細かい話はあとあと。契約しようよー」
「え、でも君が本物のルマだとは……」
「相変わらずの頭でっかちだなーもう。そうだ! じゃあ、ウィリと私が過ごした思い出を語ろう」
目の前の精霊は僕が八歳の頃、ルマと過ごした冬のことを事細かく語ってくれた。
腕立て何回目でばてただの、一つの魔法習得に何日かかっただの、僕のヘタレ話も含めて。
「わかった、わかったよ。だから、もう止めてくれ。聞いてるだけで虚しくなる」
「じゃあ、信じてくれるー?」
「はぁ。そこまで知っているとなると本物なんだろうね。他の精霊が化けているわけでもなさそうだ」
「そんなことわかるんだ」
「僕は優秀な精霊術士だからね。じゃあ、契約しようか」
「うん、今度はずーっと一緒だよー。期限はなーし」
僕とルマ手を取り合う。
触れ合う瞬間、まばゆい光が発せられ契約が完了した。
「よし、これで契約出来……うわぁっ!?」
いきなり、ルマが抱き着いてきたので、地面に仰向けで倒れる。
「契約者と契約した精霊同士は触れ合うことが出来るんだよねー。むっふっふー」
「ちょっ、離れ……」
「よいではないか、よいではないかー」
「……はぁ」
これからルマに振り回される日々が容易に想像出来てしまい、僕はため息をついた。
……赤いバケツは取らないのかな。
「これからは楽しく。充実した日々を過ごそうね」
「今までの僕が楽しく充実していない日々を過ごしていたと言いたいのかな。あと、バケツは取らないのかい?」
「これは、とらないよー。だって私は、ウィリが作ってくれた雪だるまの精霊だもん」
僕の見る限り、ルマは雪だるまではなく別の精霊っぽいのだが。
この七年でルマがどう変わったのかは知らないがルマはルマだし、気にしないようにしよう。
僕は少しだけ笑い、ありがとうとルマの耳元に囁いた。
水星 代表作『勇者パーティーにかわいい子がいたので、告白してみた。』
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