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なろう冬の短編祭り  作者: 企画参加者一同
6/9

冬猫 作、硝子町 玻璃

 寒さが身に沁みる季節になってきた。冬猫ふゆねこは空を仰ぎ見ながら、くわぁと欠伸をした。ふゆねこ、だなんて一体名付けたのは一体誰だったか。四季の中で一番嫌いな季節の名を与えられるなんて迷惑極まりない話なのである。


 春は紅に雪を溶かし入れたような優しい色合いの桜が見られて好きだ。

 夏は星や月に加えて漆黒の夜空を火で作った彩り豊かな花が飾るのが好きだ。

 秋は緑色だった木の葉が黄色や燃えるような紅に変色していくのが好きだ。

 冬は……寒いし、辺り一面真っ白になるし、花もあまり咲いていないので嫌いだ。大嫌い。


 憤慨するふゆねこの毛色は雪という忌々しい冷たい物体と同じ白。ビー玉のように丸い瞳は春や夏の木の葉の色と同じ翡翠色。

 毛並みは栗色が良かったと嘆いても仕方ない話だ。何せ、ふゆねこは冬の神の使い。言わばペットだ。いくらにゃーにゃー抗議しても、冬の神は「お前が茶色くなったら冬っぽくない」と取り合ってくれなかった。


 日本の四季を司る神は四人いて、彼らは全員使いである猫をたくさん飼っている。そして、自分が担当する季節がくると、猫たちに自分の力を分け与えて日本中に放つのだ。

 ふゆねこにはどういう原理かは分からないのだが、それで日本の季節は調整されているらしい。なので、実質春夏秋冬を操っているのは神ではなく、猫たちなのかもしれない。


 ふゆねこは冬は寒いし面白くないので、他の季節の猫になりたかったと愚痴を吐くことが多い。一番嫌な季節にしか人間界に来られないなんて。

 猫は飼い主である神が司る季節にしか人間界には来ることが出来ない。他の季節の猫は桜が見れたり花火が見れたり、紅葉を楽しんでいるのに冬の猫は冷たい雪に埋もれるだけ。

 やってられん。そう内心毒づきながら凩の吹く町をのそのそ歩く。


 ……ずっとそんなことばかりを思っていたのだが、三十年前から少し事情が変わった。

 ふゆねこはとことこと、とある場所を目指していた。まだ『あの店』が残っているとは限らない。ふゆねこが冬の神の下にいる間は人間界の情報は一切入って来ない。春の猫たちに調べてもらってもいいのだが、自分しか知らない場所が他の連中に知られてしまうのは、どことなく不愉快だ。

 別に閉店してしまっているのならいいのだ。寒くてもふゆねこは生きてはいける。いくらでも暖を取れる場所はある。


(奴らの間抜け面も見なくて済むからな)


 そんな偉そうなことを考えていたくせに、見慣れた風景の中に見慣れた店の看板を見付けると、ふゆねこは心底安心した。平静を装ってゆっくりゆっくり歩くが、本当は今すぐにでも駆け出したかった。

 遠野氷雪細工店。古めかしい木造の看板にはそう書かれている。三十年前から変わらない看板。民家と民家に挟まるようにして佇む小さな店からは、白い髭を生やした老人が出てきた。よぼよぼのくせに身なりはしっかりしていて、店の脇に停まっていた黒い車に乗り込んだ。きっと金持ちの客だろう。


 成金めとふゆねこは思いながら、引き戸を前足でからりと開けて店内に入り込んだ。ほんのりと暖かい空気が冷えたふゆねこの体に纏わり付く。

 店内のショーケースには、様々な硝子細工のようなものが飾られていた。

 桃色を基調とした様々な花をあしらった花束。翼を羽ばたかせ、今にも飛び立ちそうな鶴。僅かに黒みを帯びた透明な球体に閉じ込められた七色の星屑。

 どれもショーケースの下部に設置された弱い照明の光に照らされて輝きを放っている。もう少し光を強くしてもいいのではと思うのだが、この程度でちょうどいいと語るのは、これらを作った職人たちだ。


「おっ、今年も来たか冬の神様の使い」

「にゃん公、今年の冬もよろしくな」


 細工を眺めていたふゆねこに気付いた従業員たちが近付いてくる。皆四十代の中年ばかりで、やたらと撫でてくる。冬の神の使いだと知っているなら、もう少し敬えとふゆねこは尻尾で床を叩いて抗議する。

 そんなふゆねこの前に真っ白な皿が置かれた。真っ白な皿の上には、真っ赤な苺をちょこんと乗せた真っ白なショートケーキ。ふゆねこの大好物だ。


「今年もいらっしゃい、ふゆねこさん」


 皿を置いたのは、この店の主人の息子で氷雪細工師の卵である睦月むつきだ。今年で高校生三年生になると言っていたが、そのおっとりした性格は健在のようだ。幸せそうにふゆねこを見ている。

 別にお前を楽しませるために、この店にやって来たのではない。ただ、暖も取れて大好物のケーキもたくさん食べられるから毎年やって来るだけだ。ふゆねこはそう言ったものの、人間達には「ニャア」だの「ナウ」にしか聞こえないのだ。これでは甘えているようではないか、とふゆねこは憤慨しながらケーキを食べ始めた。

 生クリームの甘さと苺の酸味。それぞれを単体で食べると辛そうなものだが、こうして一緒にセットにして食べるとちょうど良い味わいになる。雪のような色をしているくせに生意気だ。相手は食べ物なので文句を言っても仕方ないかと心の中で留めておくことにする。


「よーし、それじゃ今年も冬猫さんが来たことだし、皆気合入れて作れよー」

「そうだなー」

「睦月、親父さんは? 冬猫様がきたことを知ったら喜んでホールケーキ買って来るんじゃないかな」

「お父さんなら今度うちの商品を展示してくれるっていうデパートに行ってます。そろそろ帰って来るとは思うんだけど、電話してみます」

「やめといた方がいいよ、兄さん」


 そう言って携帯を取り出そうとした睦月を止めたのは、睦月の弟の春弥はるやだ。このお気楽な店の人間の中では一番賢い男ではないだろうかと、ふゆねこは前々から思っている。


「本当にホールでケーキ買って来られても、冬猫様以外でケーキ食べる人なんて兄さんしかいないでしょ。もったいないから、父さんには帰ってくるまで黙ってよう」

「そうだねえ」


 へらり、と笑う睦月には全く危機感が感じられない。春弥が溜め息をつくのを他所に、従業員もいつまでもふゆねこには頼っていられないので、仕事を再開する。

 人間の頭ほどの大きさのある氷の塊を彫刻刀で削っていきながら、その都度着色を加えていく。ただの塊だったそれらは、来年の干支の主役の羊になったり、鏡餅のようになっていく。


 四季の神は、大昔に一度だけ人間に力を与えたことがある。高い地位についてふんぞり返っているだけの権力者ではなく、自然を心から愛する優しい人々に感謝の念を込めて。

 数百年、数千年が経っても、その力は子孫たちに受け継がれている。

 冬の神が授けたのは、触れた氷や雪が溶けないようにする力。氷雪細工とは、そんな冬の力を持った人々にしか作り出せない氷や雪で作った芸術品だ。

 店に飾られている作品も一見硝子細工にしか見えないが、全て氷雪細工だ。その証拠に近付いてみれば、金属や硝子では出せない冷気が漂っている。

 氷雪細工師が一番忙しくなる時期はちょうど今頃だ。全国の氷雪細工の店には依頼が殺到して細工師たちは嬉しい悲鳴を上げている。


「じゃあ、ふゆねこさんはこっちね」


 ケーキを食べ終わって皿に残ったクリームを舐めていたふゆねこを睦月が抱き上げる。「ふわふわだねえ」と言って微笑む彼にお前がふわふわしているじゃないかと言葉を返す。睦月にはただの鳴き声にしか聞こえないだろうが。

 睦月に連れて来られたのは、リビングだった。炬燵にストーブ。テーブルには蜜柑と新聞紙の上に散乱している氷の残骸と細長い氷。睦月はまだ一人前ではないため、こうして練習をしている。


「そろそろふゆねこさんが来ると思って作ってたんだ。もう少し待っててね」

「ニャ」


 待ってないぞ。朗らかに笑って氷を削り出した睦月に一鳴きして、縁側で兄と同じように氷をしゃりしゃり削り始めた春弥の隣に移動する。睦月は一度作業を始めると周りが全く見えなくなる。一年ぶりに来たのに、その態度は何だと怒りそうになるも、本人がふゆねこのためだと言っているのだ。怒るに怒れない。


「氷なんぞ要らないからケーキを寄越せ」

「さっき食ったばかりじゃないですか」


 ふゆねこの独り言に反応したのは春弥だった。春弥は他の人間よりも神の力を強く持っているようで、ふゆねこの言葉が聞こえるらしい。馬鹿にしたような眼差しでふゆねこを見てくる。

 賢いと思うが、子憎たらしい男でもある。背も高く、いつ見ても澄ました表情をしている。お前、本当に中学生かとふゆねこは毎年聞きたくなる。


「それに兄さんはあんたが来るのをすごく楽しみにしていたんです。そんなこと聞いたら、あの人悲しみますよ」

「うるさい。欲しくないものを貰っても意味はないだろう。ケーキが食いたい。猫じゃらしで私と遊べ」

「そんなこと兄さんの才能を欲しがる奴らが聞いたら、あんた毛を一本残らず毟り取られますよ」


 睦月はこの店の創始者であり、日本一の氷雪細工師と謳われた祖父を将来は超えるのでは、と言われている逸材だ。ふゆねこがこの店にいるのは三か月という短い期間。その間にも高校を卒業したらうちの店で働かないかと勧誘してくる細工師や、専属細工師になってくれという金持ちがたくさんやって来る。ふゆねこがいない期間も、そんな感じらしい。

 睦月本人は「僕は皆がいるこの店にいたいかなあ」と言っているし、睦月の父親の現店長も息子の意思を尊重するつもりのようだ。


「あんたも冬の神の使いなら、ああいう奴らを氷漬けにしてくださいよ。いい加減面倒臭いんですから、あいつら」

「私に期待をするな」

「分かってます。あんたに期待なんて最初からしてません」

「可愛くないな。お前は本当に中学生か」

「兄さんはあんなんだから頼むって祖父から言われてるんです。一応、遺言なんですからちゃんと守ってやらないと」


 ふゆねこが二人の祖父に出会ったのは、今から三十年前の話。寒い寒いと言いながら町を彷徨っていた時に遠野氷雪細工店に迷い込んだのが始まりだ。祖父も睦月とよく似て天然気味の男で、仕事の傍らでふゆねこに色んな物を作っては、一方的にプレゼントを送っていた。

 そんな祖父が亡くなったのは、三年前。ちょうど、この店に春弥がやって来てから一年が経った頃。春弥は睦月の弟ではなく、遠い親戚で家族が交通事故で全員亡くなったので遠野家に引き取られたというわけだ。その話を決めたのは祖父だった。そのため、春弥は祖父を絶対的に信頼していた。


「それにあの人は俺の兄なんで」


 春弥は新しい家庭に全く馴染めずに塞ぎ込む毎日を送っていた。初めて彼と出会った時、ふゆねこが「このまま家族の後を追うのでは」と思ったぐらいだ。

 春弥が遠野家の一員になったきっかけは皮肉にも祖父の死だ。慕っていた恩人の死に再び絶望のどん底に落ちた春弥を一生懸命掬い上げたのが睦月だった。自分だってとても悲しかったはずなのに、泣き顔一つ見せず、兄として気丈に振る舞い続けていた。そんな『兄』に春弥も次第に元気を取り戻していったのである。

 本当に皮肉な話だ。


「ふゆねこさん、ふゆねこさん出来たよ」


 春弥の隣で日向ぼっこしながら微睡んでいると、睦月が花の付いた枝を持って縁側まで来た。正確に言えば、桜の木の氷雪細工だ。枝の部分となる場所は透明なままだが、花びらの部分にはほんのりと薄紅色の着色がされている。十分売り物となるレベルの作りだ。そんなものを自分が貰っていい物かと、ふゆねこは悩んだ。

 隣では、春弥が意地悪そうな笑顔を浮かべてふゆねこを見下ろしてくる。あれほどケーキケーキと言っておきながら、いざこの時が来ると戸惑うしかないふゆねこを馬鹿にしているのだ。


「……ケーキの方がいい?」


 受け取ろうとしないふゆねこに、睦月が悲しそうな顔をした。ふゆねこは反射的に枝を口に咥えた。氷の冷たさが口内に広がって、びくんと小さな体が大きく震える。

 耐え切れないと言った様子で春弥が笑い出したのは十秒後のことだ。



硝子町 玻璃 代表作『異世界の役所でアルバイト始めました 』

http://mypage.syosetu.com/361433/

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