レギドのゴブリン 作、紫炎
まったく。こんな真冬の季節に大変なこって。
ああ、そうだね。アレのことを聞きたいんだったか。
俺もうちの爺さんから又聞きした話なんだけどね。
だいたい今から五十年ほど前らしいよ。そいつが生まれたのは。
ああ、そうだ。これからアンタが行くって言う……ここから北のレギドの森でそいつは生まれたのさ。あそこにゃあいくつもゴブリンの集落があってね。そいつのテリトリーになる前までは近隣の村々にかなりの悪さをしに来てたって聞いてるよ。
そんでだ。そいつは生まれた当初はやっぱりただのゴブリンの赤子だったらしい。いずれはゴブリンの長を護り、子を成すこともなく死ぬただの兵隊の運命を背負わされた一介のゴブリンだったってんだな。
で、アンタは知ってるかい? ゴブリンってのは人と比べても成長の早い種族らしくてよ。まあ生まれて半年ほどで立ち上がって獲物を狩ることを強要されるらしいんだわ。
持たされるのはそこらの木の棒。道具を使うってのはある意味では知性が高い証拠だって話だが、どうなのかね。俺にはただの野蛮な化け物にしか見えねえが。それでゴブリンはそこら辺の野鼠などを殺して喰らう。それができなければ死ぬ。ゴブリンを研究してる偉い先生が言うには、だいたい半分くらいはそこで死ぬらしいんだわ。
だからそいつも否応なく森に狩りに出されたんだろうね。
産んだゴブリンの母親は息子への愛情などは持ち合わせてもいないし、子がひとりで動けるようになれば長の寵愛を再びもらおうと媚びにいっちまうもんみてえだしな。子供にしてみりゃたまったもんじゃあ、それがゴブリンってヤツさ。ゴブリンは基本徒党を組んで襲いかかって来るもんだが、そういうのも狩りが一通りこなせるようになってからだから、そいつは当然ひとりで森に向かったわけだ。
ともあれ、そいつはゴブリンの中ではどうやら筋が良いらしくてね。獲物を仕留めるに無事成功していたらしい。野鼠の親子だ。そいつはすぐさま獲物を噛みつきたい衝動に駆られたんだが、獲物の半分は群れに献上するのがしきたりだ。偉い先生が言ってた話だがな。
ある程度慣れてくれば適当に見繕った獲物を用意して、後は己で食べてしまう……みたいな応用力も身に付くんだろうが生まれて日の浅いそいつにはまだそんな芸当ができるはずもない。
それでともかく、まずは集落に帰ろうと考えて戻り始めてみれば集落の方から煙が上がっていたんだな。その時点でそいつが知る由もないだろうが、集落に襲撃があったんだな。
そいつも当然何事かと警戒しながら戻ったんだが、集落に着いたときにはすべてが終わってた。えばりくさった長も愛情もない母親も含めて仲間は全滅、集落も燃え落ちていたのさ。
それでだ。その集落を襲ったのは人間の傭兵たちだ。
話を少し戻すが基本的にゴブリンってのは群れのメスはすべて長のもの、そいつの母親も含めて群れのメスゴブリンはボスの女で、群れの男のほとんどはボスの息子たちってぇわけだ。けどよぉ、メスを全部長に取られてる群れのオスはどうするかって知ってるかい? ああ、有名な話だものな。そりゃあ知ってるかい。そうだ。人間の女をさらって使うのさ。
ウチのカカァの妹もやられた口でね。運良く助けられはしたんだが……いや良かったのかね。体ぁブッ壊されて頭もイカレて結局は死んじまったんだから、さっさとくたばった方が良かったのかもしれねえが、まあカカァの妹のことはいいか。
で、当時はゴブリンの数がかなり増えちまってて、被害も増えてたんで近隣の村々が金を集めて傭兵を雇ったわけだ。そういうわけで連中は仕事をこなしてめでたくそいつの集落は燃え落ちたんだな。
そこでそいつがどうしたかと言えば当然逃げたよ。何しろ煙は森中から見えてたはずだ。場合によっては他の魔物たちが察知してやってくることもある。そいつは本能的に危険だと察したんだろうな。
それとそいつは長の持っていた錆びた剣を手に入れたらしい。傭兵には持ち帰るに値しないようなもんだったんだろうが、ゴブリンには十分すぎる武器だ。ともかく、そいつはその剣だけを持って急いでその場から逃げた。
そいつはそれからひとりで生きていくことになったわけだ。
さっきも言った通り、そいつは出来はそこそこに良いゴブリンだ。もしかするとそのまま群れが残っていればいずれは長に成り代わってたかもしれねえ。獲物を捕り自分で食べて日々を過ごしていた。自分よりも大きいものからは逃げ、弱いものを喰らい続けた。
そんな日々の中でそいつはある日、人間の一団を見たんだ。
奇しくもそいつの集落を襲った連中だが、そいつにはそんなこたぁ分からなかった。ま、連中は魔物を倒しにきていたのさ。定期的に間引かねえと周辺に被害が出るから殺すと国から金が出るからな。
そいつは連中が魔物の群れと闘っているところに遭遇しちまったんだな。そこでその中の人間のひとりが剣を振るって、己よりも大きな熊を切り裂き倒していたのを見てんだ。そいつはそのことがとても印象に残ったらしい。それからそいつは後を尾けて、その剣士を観察し続けた。そして夜に素振りをする姿を見た。
そいつはその剣士の真似をして自分も剣を素振りしてみて、なるほどと思ったんだとよ。単に叩くもの、突くものだと思っていた剣がそいつにとってもっと頼もしく力強いものに変わっていったそうだ。
それから傭兵たちが去った後もそいつは剣を降り続けた。より速く、より強くなるために、一心不乱に降り続けた。
その鍛錬の甲斐あって、そいつは次第に大きい獲物を狩れるようになっていった。強くなれば獲物がより多く手に入るのだからそいつは頑張って強くなろうとした。努力する方法は知っていたし、怠けると言うことをそいつは知らなかった。おまけに毎日良い飯を食ってる。
そりゃあ強くならないはずがない。身体の方も以前よりも随分と大きくなったが、それでもなお、以前に見た剣士を思い出すたびにそいつは強い衝動に駆られて剣を降り続けた。
最初に集落から持ち出した錆びた剣はすでに折れちまってたが途中で倒し喰らった戦士の剣をそいつは手に入れていた。
気が付きゃそいつは魔物だけではなく人間とも戦っていた。魔術を初めて見たときには驚き、戸惑ったらしいが、どうにか殺すことに成功したって言っていたな。
鎧なんかも見よう見真似で付けてみたらしい。それはまるで落ち武者のような姿に見えたが、まあそいつにしてみりゃ、見てくれなんぞどうでも良いことだ。
その頃にはそいつも人間の味を覚え始めていた。もっとも弱々しい人間、村民の肉には興味はなかった。より強者の肉を嗜好として欲していたんだ。そうだ。強い相手を求めていたのさ。
己を鍛え、強い相手を倒し、より良い肉を得る。そいつはそれがもっとも己の喜びを満たす方法だと理解していたんだ。ははは、アンタらみたいのにとっちゃある意味では憧れる話だろう?
そんだけ強くなりゃ群れのボスにでもなっていそうなもんだけどよ。そいつの体つきはもう完全に同種を超えたものとなっていたんだ。日々の食事の質と、日頃の鍛錬が、ただのゴブリンと大きく違えてしまったんだな。
結果としてそいつは群れに入ることも群れを奪うことも群れを作ることもできなくなってた。ゴブリンなんて弱き存在と自分が同種とはそいつにはもう思えなかったようだし興味もなかったんだろうがよ。
ともあれだ。そいつはそれからも単独で動き、人里に近いところで傭兵や冒険者を襲い闘って喰らってきた。弱い肉しかない村を襲うこともないから、周辺の民にしてみればそれほど害のある存在とも映らなかったし、そいつが近くにいるから他の魔物もあまり寄りつかなくなっていた。ある意味では守護獣扱いさ。
それから相当に時が過ぎてもそいつは勝ち続けていた。その頃にはそいつは今呼ばれているようにレギドのゴブリンと呼ばれていたそうだ。
傭兵を襲う魔物として名付きとなったんだ。これには傭兵連中も怒り心頭だったんだが、問題なのは周辺の村々からそいつを討伐するような要請がまったくこないことだった。
被害らしい被害はないから当然なんだがよ。けど最終的に傭兵に無視できぬ数の犠牲が出たことで討伐隊が組まれてそいつを退治しに動き出した。
だが、そいつは連中の想定よりも随分と厄介な化け物だった。森の奥へと誘い込み、最初に魔術師を駆逐し、戦士たちをバラケさせ、弱ければまとめて、強き者には一対一に誘い込んで倒していった。
結局、討伐隊は四回組まれたがそれらがすべて失敗して傭兵たちも放置せざるを得なかった。どう考えても割に合わないからな。
ところがだ。同時に『無敗の魔物』の噂は広がっていった。レギドのゴブリンを倒す栄誉を得ようと国中から強者が集まり挑み始めたんだ。言うまでもないわな。アンタのご同類だ。
だがな。今まで誰もそいつを倒すことはできなかった。
そいつの身長は今や並のゴブリンの三倍はある。何人もの戦士から剥いだ装甲を重ねて着込み、剣も背には常に何本も差していやがる。
もっとも挑んだ連中が戻ることはなかったよ。多分そいつの腹の中に収まっちまったんだろうね。戦い続けて五十年だよ。それでもそいつはまだ生きている。な? あんたが挑もうとしているのはそういう化け物だ。これでもまだ殺り合いたいってのかい?
え? 随分と詳しいって? そもそもそいつが生まれたときのことを知っているのはおかしい?
ははは。いや何。ゴブリンだって何十年も立てば人と話せるようにだってなるのさ。俺が直接聞いたわけじゃあないけどね。そいつの話した内容と当時の状況なんかを合わせるとそういう話になるってことらしいんだが……ま、信じる信じないは勝手だがね。
けど、レギドのゴブリンは確かにいるよ。今まで誰も勝てなかったのも事実だ。で、ここまで聞いてもあんたはまだ挑もうとするかね?
ああ、そうかい。ま、それもアンタの人生だ。俺が止めなきゃならん義務もない。頑張っておくれよ。
毎度あり。三杯で百十ゼルドだ。おっと、百ゼルドでいい。十ゼルド硬貨は戻ってきたときに改めて払っておくれ。それと今は冬だからな。ちゃんと体暖めてから行くんだぜ。筋肉ってのは冷えると固まるらしいからな。ああ、言うまでもねえか。
さてと。そんじゃあ、あんたがあのゴブリンの首を持って帰ってこれることを祈っているよ。良い闘いを。
紫炎 代表作『まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~ 』
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