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なろう冬の短編祭り  作者: 企画参加者一同
1/9

くまがおでんを買いにきた。 作、天那光汰

「ふあぁ」


 沢田友則は隠しもせずに口を広げた。

 時刻は深夜の二時。これでもかというくらいに深夜の暗闇に光を提供している店内には、自分以外は誰も居ない。


 ぼうっとレジの横の保温機を見つめて、友則はぽりぽりと頬を掻いた。

 大学の長期休暇を契機に始めたコンビニバイトだが、今では何故だか深夜のシフトに就かされている。明日の午前中の講義は休むかと、友則はもう一度大きく欠伸を出した。


「くそっ! また死んだっ!!」


 バックヤードから、店長の怒鳴り声が聞こえてくる。またゲームでやられたのだろう。何だか複雑な気分になって、友則は視線をレジ前のおでん売場に移した。


 そとは寒風荒ぶ冬の夜だ。待っていれば、買いにくる客もいるだろう。そう思い、友則はおでんの中身を見つめる。


「……あっ、いらっしゃいませー」


 おでんの中身を数えていた友則は、肌に冷気を感じて入り口に視線を向けた。入り口が開いた気配に、一応欠伸を内に止める。


「って、ーーッ!?」


 しかし、その欠伸は友則の体内で霧散した。驚愕の二文字が友則の表情を覆い尽くす。


「なっ!? ……えっ!?」


 目の前の信じられない光景に、友則は言葉にはならない声を出した。


 熊が店内に入ってきた。


 直面している光景を文字にすれば、そんなところだ。

 のっしのっしと店内を見渡す熊に、友則はぱくぱくと口を動かす。出掛かった悲鳴を、何とか飲み込んだ。


(……え? な、なんだ? 熊っ? ベアー? ほ、本物……)


 思考が、焦燥と恐怖に支配される。

 都心部ではない、郊外の田舎町。その店の立地が、目の前の非現実を僅かながらリアルにさせた。


 ゆっくりと、友則はバックヤードの方向へ後退する。

 その間も、熊はのっしのっしと店の中をうろうろしていた。


(ど、どうする? け、警察? 警察呼ぶか? 警察でいいのか?)


 がくがくと震える足に落ち着けと命じながら、友則はそんなことを考える。しかし、ともかくは避難しなければと友則はちらりと熊の様子を確認した。



 ぺらりと、少年スキップを立ち読みしていた。



(す、スキップ読んどるーッ!!)


 器用に二本足で立ち上がり、熊は有名少年雑誌を立ち読みしていた。

 友則の頭に、混乱が生じる。


(……え、着ぐるみ?)


 そんな考えが、友則の頭に浮かぶ。ほっと、安堵の気持ちが友則の胸に広がった。

 そう思えると、心に余裕が生まれてくる。

 なんだなんだと、友則は身を乗り出して熊を確認した。


 ふむと、友則は熊を注視する。確かに本物としか思えない見た目だが、あの直立。中身は人間だろう。友則はそう判断し、きょろきょろと店の外へと目を向けた。


 カメラを構えた仕掛け人が、駐車場にいやしないかと思ったからだ。しかし、どうやらそのような人物はいないようで、友則は呆れたように熊を見つめた。


 動画に撮って動画サイトに上げるとかならともかく、ただの悪戯にしては手が込んでいる。何かの劇団員かと、友則はレジから出て雑誌コーナーへと歩みを進める。


 何にせよ、いい出来には違いないのだ。驚かされた代償に、少し触らせて貰うくらいはいいだろう。そんな好奇心と共に、友則は熊に向かって声をかける。


「すみませー……」


 友則の動きと声が、ぴたりと止まった。

 臭う。人外の臭いが。


 がさささーと、友則は慌ててレジまで舞い戻った。


(めっちゃ臭うっ!! めっちゃ臭うっ!! マジ獣臭っ!!)


 はぁはぁと、友則は声を上げずにレジの中へと身を潜める。

 先ほどの臭い。友則に僅かに残った動物としての本能が告げていた。


 奴は、本物だと。


(な、なんで熊がっ!? 立ち読みっ!? 嘘やん。ありえへんやんっ!?)


 涙目で、友則は何故だか関西弁でレジの裏のカラーボールを握りしめていた。焦る友則には、そのオレンジ色のボールの無意味さに気がつかない。


(……奴は)


 カラーボールを右手に、友則は雑誌コーナーを覗き見る。


 ごそごそと、熊は下に積まれた雑誌の山を探っていた。友則の頭に一瞬疑問符が浮かび、数瞬後に合点がいく。


(う、売れ残りのチャンプ探しとるーッ!!)


 先週の売れ残りがないかを確かめた熊は、ふむと残念そうに雑誌コーナーを見つめ、のっしと四本足へと戻っていった。そのまま、奥のコーナーへと巨体を向ける。


(ほ、他に何を……)


 何となく、恐怖よりも好奇心が勝り始めた友則は、ちらりと角度を変えて奥を見つめる。どうやら、飲み物売場で熊はごそごそと何かをしていた。


 見ると、熊の両手には二本の牛乳パック。それを見比べて、うむと熊は一本を列に戻した。


(ぎゅ、牛乳の賞味期限を確認しとるーッ!!)


 熊の猛攻はなおも続く。そのまま酒売場へ振り返った熊は、考える素振りもなしにとある摘みを抱え込んだ。


(さ、鮭とばっ!? く、熊らっすぃーッ!!)


 友則は右手でガッツポーズを決める。その瞬間、右手に握りしめていたカラーボールが破裂した。

 オレンジ色に染まった友則には気にも止めず、熊はパンコーナーを見つめている。そして、ふんと苛立たしげに何かを見下ろした。


(あ、あれは……ゆ、ゆるっくまだっ!! パンに付いてる、ゆるっくまの応募シールだッ!!)


 べしべしとパンを叩きだした熊に、友則は興奮したように両手を握りしめる。熊も熊で、奴らには思うところがあるのかもしれない。そう思い、友則は頑張れとエールを送った。


 そうこうしているうちに、熊がのっしと友則の方へ振り向く。

 器用に商品を抱き抱え、熊は二足歩行でレジへと真っ直ぐに近づいてきた。


 がさりと、商品がカウンターの上に置かれる。

 友則の心には、最早恐怖はない。ぴっと、新しい牛乳パックのバーコードを優雅に読みとった。


「合計で、480円になります。……?」


 レジスターに表示された数字を友則が読み上げる。しかし、熊はじっとレジ前の何かを見つめていた。動かない熊に、友則の視線もレジの前へと動く。


「……お、おでん。つ、つぎましょうか?」


 友則の声に、はっとしたように熊が友則を見つめる。こくりと頷く熊に、友則はレジの前へと出て行った。


 おでんのパックを取り、おたまを構える。


 まずは卵。嫌う人もいるがこれは外せない。つゆに溶かすもよし。そのまま食べるもよしの影の人気者。


 そしてちくわ。これがなければおでんとは言えない。まさにキングオブザ具。


 続けて牛スジ。他の具に比べ三十円も高い、まさにブルジョアを感じさせる一品。これもやはり、無理してでも揃えたい一品。


 さらにはんぺん。コンビニでしか買えない、なんか奇妙な形。UFOかと見間違うようなその異形は、実は計算され尽くした企業努力の賜。


 最後はがんもどき。『飛竜頭』と、漢字で書くとなんか格好いい。


 汁を入れ、仕上げを行う。友則は、完璧だとその器を熊へと見せつけた。


(どうや。これがプロの仕事やで)


 何故か関西弁になる友則の器を見下ろして、熊はごそっと口を動かした。


「あっ、汁多めで」

(プロやッ!!)


 完全敗北を喫した友則が、ううぅと悔しそうに汁を追加する。そして、その器と他の商品を袋に入れて、熊はよいしょとそれを器用に持ち上げた。


 友則が、熊を見つめる。


 最後に熊は、友則にぺこりと頭を下げた。そして、最後に言い残す。


「あんまり、森をいじめないでね」


 その顔が、泣いているような気がして、友則は去っていく熊の背中をいつまでも見つめ続けた。









「……あいつ、金払ってねぇ」




 天那 光汰 代表作『異世界コンシェルジュ』

 http://mypage.syosetu.com/38053/

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