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博文 幸福そして……。


 俺がノリちゃんと奇跡の再会を果たした頃、世の中はバブルが弾けて、長い不況が続いた時代だった。街ではバブルの頃とは一転、人々は安い物を追い求め消費は冷え込み、日本経済は先の見えないデフレスパイラルに陥っていた。出口のない不況に世相は暗い閉塞感が漂っていたが、俺は幸せの絶頂期だったのかもしれない。



 俺はノリちゃんと再会して救われた。どん底に落ちていた俺は、全てにおいてやる気を無くしていたのだ。そんな俺をノリちゃんが救いあげ、励まし背中を押してくれた。俺はもう一度やり直すため前を向いて歩き始めたのだ。

 あの日ノリちゃんは、親類の結婚式に出席するため、東京からこちらに戻ってきていた。そして昔を懐かしむためあの市営住宅にやって来て、偶然にも俺と再会したのだ。あの日はもう東京に帰る日だったので、近況や現在の住所など話して別れたが、なんと驚くことに、翌日には身の回りの物だけ持ったノリちゃんが、俺のもとに転がり込んできた。

「ヒロにぃを見てると危なっかしくて、それに……」

 最後は口の中でゴニョゴニョ言っているので聞き取れなかったが、驚く俺にそう言うとにっこり笑っていた。俺は昔のどちらかといえば、内気だったノリちゃんからは考えられない行動力に、目を見開いて驚くばかりだった。

 それからというもの、ノリちゃんは働く気を無くしていた俺の尻を、叩かんばかりに追い立てる。

「ほらっ、もう朝の七時よ。早く起きる。今日もちゃんと面接に行くのよ」

 まともに仕事もせず、パチンコや賭け事でその日暮らしをしていた俺を、朝早くから起こすと弁当を持たせて送り出す。その後にノリちゃんは自分の仕事先の事務所にでかける。まるで押し掛け女房なようなノリちゃんに閉口させられたが、俺はどこか嬉しくもあった。

 いつしか俺は平穏な日々を取り戻していた。そう昔の市営住宅に暮らしていた時のように。

 それからの俺は、かつての伝をたどってどうにか就職すると、真面目に働きだした。そして一年がたとうかといった頃、俺はノリちゃんにプロポーズしたのだ。

 ある日、夕食の後二人で寛いでいる時に、俺はテーブルの正面にノリちゃんを座らせると、テーブルの上に判の押した婚姻届の用紙を差し出す。

「ノリちゃんは初婚で俺は二度目だけど、よかったら俺と一緒になってくれないか」

「……あ、ありがとう……」

 蓄えのない俺には気の利いたサプライズもなく、少々味気無いプロポーズであったが、ノリちゃんは大粒の涙をこぼして喜んでくれた。その後、ノリちゃんが激しく嗚咽混じり泣き出し、俺は大いにびっくりしたけど。

 それからの俺達はトントン拍子に話が進んでいく。まず、ノリちゃんの両親にちゃんと挨拶に行くことにする。俺は二度目の結婚という事でかなり緊張していたが、

「ヒロくん、久しぶりね。本当に立派になって、これからも、うちのノリちゃんをよろしくね」

 ノリちゃんの両親は温かく迎えてくれた。俺の家族についても、ノリちゃんが前もって話してくれていたのか、「ご家族は残念だったわね」というだけでそれ以上のことは聞かれなかった。

 俺とノリちゃんは再会してから一年と半年で結婚をした。近くの教会で式をあげ、知り合いのレストランで披露宴を行う。出席者は数名の本当に質素なものだったが、俺達は満足している。終始見つめ合う二人を出席者が野次るほど、俺達は幸せだったから。

 それからの数年は幸福だった。心からの安らぎを覚えたのはいつ以来だろうか、いや生まれて初めてのことかも知れない。

 そしてノリちゃんは妊娠した。少し高齢なので俺は危ぶんだが、

「大丈夫よ。それより子供の名前を考えてよね」

 笑ってノリちゃんは取り合わない。数日かけて子供の名前を考えノリちゃんに披露する。

「他人に優しい人に育ってほしいから、女の子なら優子。男の子なら優人でどうかな」

「優しい人か。ヒロにぃみたいな優しい人になってくれるかな」

 ノリちゃんは喜んでくれて、自分のお腹を撫でる。それから数ヶ月後、無事女の子が生まれた。

 しかし、好事魔が多しのことわざがあるように、俺の不安は的中する。

ノリちゃんは産後のひだちが悪く体調を崩し、そのまま病院で寝たきりになってしまったのだ。

 ある日、俺の仕事先に病院からノリちゃんの容態が急変したと、緊急の連絡がきた。慌てて駆け付けると、酸素供給用のマスクを付けたノリちゃんが、弱々しくほほえんだ。

「ノリちゃん、早く良くならないと、優子も待っているから」

「……ヒロにぃ……優子をお願い……」

 ノリちゃんは俺の指を握りしめにっこり微笑むと、俺の耳元で弱々しく答えた。それは、初めて出会った時の赤ん坊のノリちゃんみたいだった。

 その後ノリちゃんは意識を失い、数時間後には逝ってしまった。

 俺と生まれたばかりの優子を残して。



 俺は、ノリちゃんと再会して救われ幸せだったけど、果たしてノリちゃんは幸せだったのだろうか。俺はいつも、答えのない自問自答を繰り返す。



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