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社会人 転落そして再会


 俺が高校を卒業して社会人として働きだした頃は、正にバブル景気の絶頂期だった。

 大企業は海外の不動産や有名絵画などを買いあさり、外国企業を買収したりしていた。テレビでは連日のようにトレンディドラマが流されると、世間では“三高”なる言葉がもてはやされ、うわべの格好良さを追い求める風潮がはびこる。人々は“安いものは悪かろう”と値段の高いものを求め、湯水のごとく金銭をばらまいていた。俺もだが、当時の人達は“バブル”なんて言葉も知らず、この景気がいつまでも続くと思っていたし、むしろもっと景気は良くなると思っていたものだ。

 そして俺は、どこか狂騒めいた騒ぎの中、社会人となり世の中に飛び出した。



 俺は高校を卒業するとちょっとした無頼を気取り、夜ごとディスコだなんだと、仕事もせずふらふらと遊び歩いていた。

 両親や周りの人達には、

「俺は小説家を目指す。今はその勉強中」

 とか言い訳して、だが実際には、一行も文章なんか書いていない。

 そして、高校を卒業して数年が過ぎた頃、俺はいつものように夕方に起き出し、夜の街に繰り出そうとしていると、母さんに呼び止められた。

「ヒロ、話があるからこっちに来なさい」

 俺が「何だよ」とぶつぶつ文句を言いながら居間に行くと、兄と父さんが難しい顔を並べている。兄は大学を卒業した後、何故か父さんの手伝いをしていた。わざわざ大学まで行って職人になるとか、俺には兄の考えてる事が一向に分からない。

「なんだ、説教かよ。それなら明日にしてくれよ。今日は今から友達と会う約束してるから」

「話はすぐすむ。いいからそこに座りなさい」

 文句を言う俺に父さんが厳しい顔を向け、目の前のソファーを指差した。俺はしぶしぶソファーに腰かけると、兄が話し掛けてきた。

「今度、立花創建という会社を創業する事にした。最初は有限だが、ゆくゆくは株式にしたい」

 俺が唖然として皆の顔を見渡すと、

「それでお前にも手伝ってもらおうと思ってな」

「そうよ、あなたもいつまでもふらふらしていても駄目でしょ」

 父さんと母さんが俺に言ってくる。


 こうして俺は無理矢理なかば強引に、家業を手伝わされることになった。

 そして立花家はバブル景気の後押しもあり、立花創建なる有限会社を立ち上げる。そして20人を越える従業員を雇い、順調に業績を伸ばしていく。立花創建の仕事は内装全般に及び、俺は営業マンとなり仕事を受注するため、建設会社の間をとびまわることになった。といっても、世間はかつてないような好景気、なにもしなくても向こうから勝手に仕事が舞い込んでくる。俺の仕事は接待だといって仕事先の建設会社の社員を連れて飲み歩くぐらいだ。

 今日も得意先の社員を伴い、行き付けのクラブに顔を出している。俺は接待相手の社員をホステス達に任せると、ひとりカウンターの席で一休みしていた。

「あらっ、ヒロさんお久しぶり」

「おっ、朱美か」

 横を通りかかったホステスのひとりが声を掛けてきた。そして俺の横に座ると、

「それはそうと、あの話はどうなったのよ」

「あー、うまくいったよ。そうだな、何かお礼をしないとな」

 朱美には前に大手の建設会社の部長を、お店の中ではあったが紹介してもらっていた。

「それじゃあ、お店が終った後にどこかに飲みにいきましょうよ」

「そうだな」

 俺はそう答えると、目の前にあるブランデーを一気にあおった。

 朱美が店をあがる頃、接待相手の社員をタクシーで送り出し、俺は朱美と飲みに行くことにした。朱美とは親が同じ地域の出身ということもあり妙に馬が合い、かなり酔っぱらうまで飲んでしまった。結局その日は、朱美のマンションに泊まり一晩一緒にすごすことになった。

 こうして俺と朱美は付き合うことになったが、朱美はとにかく派手な女だった。俺達は毎晩のように豪遊したが、それは悪いことでもなかった。朱美は派手な性格のせいか顔が広かったからだ。俺をあちこちの会社の社長や部長などに紹介をして、馬鹿に出来ないほどの金を会社にもたらしてくれた。朱美を介して実入りの良い仕事を紹介してもらい、その見返りに俺が朱美に貢ぐ、少々ドライな関係であったが俺達の交際は順調に進み、3ヶ月後にはめでたくゴールインした。

 兄が会社を立ち上げ俺が手伝い数年たつと、俺達の会社は順調に業績を伸ばし、それなりに大きくなっていた。父はとっくに引退して、母と始終どこかしらに旅行に行ったりしていた。相変わらず俺と兄は、毎晩豪遊して飲み歩いていたが。月の飲み屋の請求が百万二百万はざらで、一晩で五十万百万なんて月もあった。

 だが、盛者必衰の理にあるように、そんな絶頂期は長く続かない。日本経済はゆっくりとだが、確実に坂道を転がり落ちていく。その煽りをもっとも早く受けたのは建設業界であり、その下請け業者であった。会社の売上は十分の一程度にまで落ち込み、毎月大赤字を抱えるまでになる。

 家では朱美と些細なことで諍いになり、喧嘩が絶えなくなった。ある日疲れて家に帰ると、家の中には俺の愛用の机と、俺の衣服の入った安物の衣装ケースを残して、一切合切全てが無くなっていた。そして机の上には判の押された離婚届と、残金20万の預金通帳が残されていた。俺は呆然となり、家の中を見渡していた。

 それは仕方のないことだったのかも知れない。朱美は派手好みで浪費癖のある女だった。今の生活に耐えられなかったのだろう。


 それから数ヶ月後、今度は兄が亡くなった。睡眠薬の多量摂取によるものだった。警察は事故だと断定したが……。

 兄は景気の良い時に、他業種の飲食業にまで手を出し、そちらでも赤字を出していた。あげくに株や不動産にまで手を出していたようで、にっちもさっちも首がまわらない状態だったようだ。俺は兄は自殺だったと思っている。

 兄が亡くなったことで会社は巨額の負債を抱えて倒産。両親にも負債がのし掛かるが、相続放棄や弁護士に相談したりと、ある程度は難を逃れたが、家や財産は全て差し押さえられた。両親はその心労からか兄が亡くなってから、一年を待たずして相次いで亡くなった。正に絵にかいたような転落劇。俺は30代なかばにして、天涯孤独無一文になってしまった。


 俺は今ではワンルームに住み、その日の暮らしにも事欠く始末だ。俺が景気の良い時に、群れるように周りに集まっていた友人知人は、さんを乱すようにいなくなった。俺は全てに絶望していた。そのせいか、俺はいつのまにか、かつて家族が楽しく住み暮らしていた市営住宅に足を向けていた。市営住宅は幾度か改修をしているようだが、かつての面影を色濃く残している。俺は誘われるように広場にあるブランコに腰かけた。

 よくこのブランコで遊んだものだが、今の子供達はあまり遊ばないのか、所々に錆びが浮いている。その広場は小学生の時に、集団登校で集まっていた広場だった。俺がその原風景ともいえる風景を懐かしんでいる時、ひとりの女性が俺に駆け寄ってきた。

 その女性は30過ぎのショートカットにした可愛らしい感じ女性だったが、俺の前にくると探るような視線を向ける。俺も不審に思い女性に視線を向けると、いきなり俺の右腕の袖をめくりあげ叫んだ。

「ヒロにぃ! やっぱりヒロにぃだよね!」 

 俺の右腕には小学生の時に大怪我したあとが、まだくっきりと残っている。そして俺はこの女性が昔、隣に住んでいた尾川さんちのノリちゃんだと気付いた。

 その後、ひとしきり昔話に花を咲かせたが、今の俺にはノリちゃんの輝くばかりの笑顔が眩し過ぎる。俺は早々に話をきりあげようとした。

「それじゃあ、ノリちゃん。また今度ゆっくり話そうよ」

「あっ、待って! ヒロにぃ!」

 立ち上がり歩きかけた俺のシャツの裾を、ノリちゃんが掴んだ。

 その時、俺の中でなにかがはじけた。周囲の風景のせいなのか、昔の思い出が次々と浮かんでくる。幼い時からノリちゃんは、こうしてシャツの裾をつかんでは俺の後をついてきた。数々の思い出と共に、かつて抱いていたノリちゃんへの想いも浮かび上がってくる。

 俺は何故か涙を流していた。



 こうして、俺とノリちゃんは奇跡ともいえる再会を果たした。後でノリちゃんに再会した時のことを聞くと、「ふふふ、神様のおかげかしら」と、いつも微笑んでいた。

 

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