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高校生 別離


 俺が高校生だった頃はアイドルが全盛となり、その反面、漫画などの影響か、ツッパリなどがもてはやされてもいた。テレビにもツッパリ系の格好をした人達が多数登場すると、街を歩く男性はパンチやリーゼントなど派手な格好をしたり、女性の間では聖子ちゃんカットなる髪型が流行したりしていた。街ではトラバーユなる言葉が飛び交い、日本経済は高度成長期の終わりを告げていたが、右肩上がりに安定成長を続けており、どこか浮かれた時代だった。

 それは、この後訪れるバブル景気を予兆させるものだったのかも知れない。



 僕が高校生となり、ノリちゃんも中学生となると、さすがにもう僕の後をついて歩くことはなくなった。どちらかといえば、僕を避けてる様子さえみせる。

「ノリちゃんもお年頃だからね」

 母さんは笑って言っていたが、僕はどこか寂しく感じていた。

 その日の朝も、僕が学校に行こうと玄関から外に出ると、ちょうど向かいの扉からノリちゃんが出てくるのと鉢合わせした。しかし、やはり挨拶を交わす間もなく、ノリちゃんは俯きかげんで階段をかけおりていく。人見知りが激しく内気だったノリちゃんも、中学生になると陸上部に入り、少し大人びて活発になっていた。駆け降りるノリちゃんの後ろ姿を眺め、スカートから伸びる日に焼けた健康そうな素足に、僕はドキッとさせられる。

 僕は首を傾げて、しかし、何かした覚えはないのだけども……。そんなことを考えながら階段を降ると、階段下でノボルが待ち構えていた。ノボルとは小さい時からのくされ縁で、今も同じ学校に通っている。

「よお、今ノリちゃんとすれ違ったけど何かあったのか」

「いや別に」

 ふーんと気のない返事をしたノボルが話しかけてきた。

「それよりタッチン、今日の放課後空いてるだろ」

「空いてるけど、何かあるのか」

 僕の返事にノボルが顔をにやつかせる。

「へへっ、昨日、山園女子の生徒をナンパしてよ。今日の夕方に駅前のゲーセンで待ち合わせなんだよ」

「えっ、まじで。それで俺も行けんのかよ」

「当たり前だろ。俺とタッチンの仲だ。向こうも二人で来るっていうからタッチンと一緒に行こうと思ってさ」

 僕達二人は思わず顔を見合わせ笑いあった。


 その日の放課後、僕とノボルは急いで団地に帰ってきた。服を着替えて駅前に向かうためだ。

「タッチン、早く出てこいよ」

 そう言うとノボルは隣の階段を上っていく。

 僕も急いで階段を上がろうとすると、どこかに行くつもりだったのか、息を弾ませ下りてくるノリちゃんとまた鉢合わせした。

「あれっ、ノリちゃんどこかに行くの?」

「あっ、ヒロにぃ……あのね……話が……」

 僕が何気なく話しかけると、前で立ち止まったノリちゃんが何か言いたそうにしているけど、なかなか言い出せないでいた。

 俯くばかりで何も言わないノリちゃんに、しびれを切らした僕が口を開いたちょうどその時、

「タッチン、リーゼントできめて、この間一緒に買いに行った革ジャンでダブルデートと……あらっ、まずかったか」

 何故か戻ってきたノボルが、僕とノリちゃんを交互に見て気まずそうな顔をしていた。


 結局その後、真っ赤な顔したノリちゃんが「なんでもないの」そう言うと、階段を駆け上って家に帰り、僕らも駅前で待ちぼうけをくわされ散々な日だった。

 そして、その日の夕食の席で、母さんが驚くことを言いだした。

「今日聞いたのだけど、お隣の尾川さんち、来週には引っ越すらしいわ。急な話だけど、なんでも旦那さんが東京の本社に栄転するらしいの。それでね……」

 母さんの話に父さんや兄は「そうか、良いお隣さんだったのに残念だな」とか言って頷いていたけど、僕は呆然として話を聞いていた。

 もしかして、ノリちゃんはその事を……。

 僕は複雑な気持ちで、ノリちゃんを思い浮かべる。


 それ以来僕は、ノリちゃんと二人きりで話す機会がなかった。僕が話をしようとノリちゃんを探していると、ノボルと仲良く肩を並べて歩いてる姿を見掛け、話しかけるのを止めたり、お互いがなんだか気まずいまますれ違い、とうとう、引っ越しの日を向かえてしまった。

 お互いの家族が引っ越す挨拶を交わしている間、僕とノリちゃんはたがいの思いをうまく伝えられず、黙って見つめ合い頷くだけだった。

 そして僕達家族が見守るなか、尾川さんちは引っ越していった。それ以降、空き家となった隣を見る度に、僕は心の中にぽっかりと穴があいたように感じている。

 それから2ヶ月後、僕達立花家も引っ越しのため市営住宅を後にした。父さんは内装関係の職人さんだったが、独立して親方となったのでこの機会にと一軒家を購入したからだ。

 こうして僕とノリちゃんの間に繋がっていた糸は、ぷっつりと切れてしまった。僕とノリちゃんは将来を約束したわけでもなく、もとよりちゃんと付き合っていたわけでもない。しかし、僕は心の奥でノリちゃんとは、このままずっと年老いるまで一緒だと思っていたのかも知れない。

 無くした物は無くしてからでないと分からないとよくいうけれど、僕はその意味を初めて思い知った。



 今から考えると俺の初恋は、やっぱりノリちゃんだったと思う。大人になったノリちゃんに当時のことを聞くと、「もう、いやねえ」と言って、いつもどこかに逃げていったものだ。

 しかし、あの時……俺はいつも考えてしまう。



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