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序幕 出会い


 供花を抱えた男が幼い女の子の手を引き、墓所の中を歩いていた。そして、ある墓石の前にくると、供花を供えて目を閉じ手を合わせる。


     *


 俺は小さい頃、線路際に建つ少々古くなった市営住宅に住んでいた。

 時は高度成長期、世相を反映したかのように“オー、モーレツ”などといった流行語も流行り、日本中が“より新しく、より速く、より便利に”と急激に変化を遂げていた。そのためか、各家庭間に大きな格差をも生み出してもいた。

 そんな時代に、親が当選した市営住宅で、俺は産まれ育った。

 俺達の住んでいた関西は当時は職を求め、かなりの人が九州から移り住んできていた。俺の家族立花家も、九州から関西へと移り住んだ人々の中の家族のひとつだった。

 当時、俺達家族が住んでいた市営住宅は、5階建てのエレベーターもない建物が数棟建ち並ぶ、いわゆる住宅団地と呼ばれるものだった。ひとつの棟に幾本もの階段があり、階段を上がると各階に2軒ずつ部屋がある。そして、向き合うように扉があった。

 長方形の建物が整然と建ち並ぶ姿は、近未来的だとか言われていたようだが、俺にはまるでアリの巣のように感じ、その閉塞感は牢獄にいるように感じたものだ。

 市営住宅内の間取りは四畳半と六畳の二間に小さな台所があり、父親謙二、母親洋子、兄の英明、そして俺、博文の四人家族で住むには、今から思うと少々狭く感じるが、当時は和気あいあいと楽しかったように思う。そんな俺達家族が住む四階の部屋の隣に、ちょうど俺が物心がついたかという頃だろうか、赤子を抱えた若い夫婦が越してきた。



 それは日曜日のお昼頃、休日ということもあり家族が寛いでいる時だった。“ピンポーン”チャイムの音が、家の中に鳴り響く。

 朝から引っ越しの車が、隣に荷物を運んでいるのはわかっていた。

「いったいどんな人だろうね」

 母は朝からそわそわと様子を覗いたりしていたが、父は鷹揚(おうよう)に構えてにこにこしている。兄と僕は「子供はいるのかな」と、話し合っていた時だった。

 慌てて母が玄関に向かうと、

「どうも、こんにちわ。隣に越してきた尾川といいます」

 母が玄関の扉を開ける音と共に、若々しい華やいだ声が家の中に届く。その声に兄と顔を見合わせた僕は、玄関にとんで行った。

 玄関にはまだ20歳ぐらいの男性と女性が立っていた。そして女性は腕の中に生後間もない赤子を抱えている。

「おやおや、これはどうもご丁寧に」

 僕達の後ろから現れた父が、玄関先にいた2人に挨拶をしている。男の人が「つまらない物ですが」と、菓子折のような物を母に手渡し挨拶をして、お互いの家族の紹介なんかをしていた。

 だけど、僕は女の人が抱える赤子から、目を離す事ができなかった。ふっくらとした真っ赤な頬っぺたの赤ん坊はどこか頼りなげで、強くさわると壊れてしまいそうだった。

 赤ん坊は周りに人が集まり騒ぐのが気に障ったのか、急にぐずり始める。赤ん坊を抱えた女の人が慌てたようにあやすのと同時に、僕は思わずそっと赤ん坊に手を伸ばしていた。

 すると、赤ん坊は最初はきょとんと驚いた様子だった。が、僕の指を握り締め、僕を見つめてにっこりと笑った。

「あらっ、うちのノリちゃんに、えーと博文君だったわね。随分と気に入られたようだわ。これからもよろしくね」

 女の人がそう言って笑うと、母も僕に向かって言う。

「ヒロちゃんが、お兄ちゃんだからこれからはノリちゃんの面倒をみるのよ」

 これから先、何度も聞かされることになる言葉を、母が僕に向かって言うこれが最初だった。

 僕は「うん」と生返事をしながら、赤ん坊と見つめあっていた。



 これが、俺と尾川典子、ノリちゃんとの初めての出会いだった。大人になった時に、ノリちゃんに教えると、

「馬鹿ねぇ。赤ん坊の時には、そんなにはっきりとは見えないはずよ」

 そう言って笑っていたが、俺はあの時、確かにノリちゃんと見つめあっていたと思う。



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