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一区切りです。
定期試験まで残り幾日もなくなったある日。僕はいつものように誰よりも早く登校した。誰もいない教室の空気は軽く、自分の知らない場所のようだ。けれど、昨日と同じ場所にそれはあって、確信を持ってここが自分の属する空間であるとわかる。
僕は鞄を自分の机に置く。ここから僕の一日が始まる。
いつものように花瓶を持って教室から出る。流しに着いて始めにする事は家から持ってきているタオル地のハンカチを濡れていない場所に広げてそこに花瓶から丁寧に取り出した一輪の花を両手で全体を支えながら静かに横たえる。そこから花瓶の水を入れ替えて、再び丁寧に花を戻す。
作業を終えた僕が教室に戻ると、誰もいなかった教室には数人が登校していた。試験が近いこともある所為なのか机の上には問題集が広がっていた。
僕はすることが終わったので寝ることにした。
僕は少し憂鬱を感じながら体を起こす。
後ろを振り向くといつものように彼女がいた。窓から差し込む光に包まれた彼女は伏し目がちに外を眺めていた。その姿は美しく見えた。
「おはよう。ソムニフ」
僕は声をかけるが、彼女はこちらを見るだけで何も返してはくれない。
小さな溜息を吐き出し、彼女が口を開いた。
「ねぇ、あなたは私だけをずっと愛していてくれるの?」
彼女から投げられた諦念の質問に僕は一つしか答えを知らなかった。
「...もちろんだよ」
「そう...。あなたは優しいのね」
彼女の前まで近づいた僕は右手で髪を撫でた。重力に従った手の動き、それと一緒に色が抜けた髪が窓からの陽光に照らされてゆっくりと落ちていく。手に残った毛髪に艶はなく、よく目を凝らさなければ見えないくらいに痩せ細っていた。
「僕に出来ることは無いかな?詳しい人に頼めば何とかなるかもしれない。ソムニフはどうして欲しい?」
「私は...、美しくありたい。いつまでも咲き誇っていたい。それだけで良い」
ソムニフの言葉には、理想ではなく自然に美しく在り続けたい。それさえあれば何も求めない、そんな強い意志を感じた。
「無理だよ、ソムニフ。永遠に美しく在るだなんて...」
そんな言葉を伝えられるのならどれほど僕の胸の内は楽になるのだろう。事実、僕の口から出た言葉は
「うん、わかったよ...。これからもずっと僕が世話をする。毎日、ずっとだ」
僕には「無理」だと伝えられない。少しでも優しいと思われたい一心で希望に満ちた言葉を使う。
「そう、わかったわ。あなたに任せる」
彼女はそう言って微笑んだ。
「はい、そこまで!」
鐘の音と同時に試験監督役の教師が声を出した。それと同時に教室は脱力した空気に満たされる。
「じゃあ、後ろから解答用紙を受け取って自分のを上に重ねて前に送って」
試験中の静寂が嘘のように、教室は騒がしくなっていた。ある者は試験の難度を嘆き、また違う者は近くの者と答案を確認をしている。
試験の為に生徒番号の順で座る試験期間。僕は答案を受け取る為に体を後ろに向けた。
多分、クラスメイトの誰も気付いていない唯一の違いに僕は寂しさを覚える。
「昨日まで良く世話をしてくれた。流石に見るに忍びないから最後の世話はしておいた」
今朝、担任である教師から伝えられた一言に僕は安堵した。
「もし君が望むのならだが、回収した種を渡すこともできる。欲しいか?」
僕より頭ひとつ大きい教師が僕を見下ろしていた。
僕はポケットの膨らみに暖かみを感じながら答案用紙を前の席に渡した。
最後まで読んで頂きありがとうございます。感想、改善点等がございましたらコメントを頂けると嬉しいです。次のネタは考えているので程々で細々と頑張っていこうと思います。