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1-3

続きです。

 定期試験まで二週間足らずとなったある日。いつものように朝一番に教室に入るとそこには見慣れない花が飾ってあった。そもそも花など触れる機会がなかった所為でとても新鮮に見えた。

 本当ならもっとゆっくりと眺めてみたかったのだけど、そこには担任の教師がいた。別に普段なら気にすることでもないけれどその時はとても邪魔に思えた。

「あぁ、君か。おはよう」

 教師が声をかけてくる。

「...おはようございます」

 僕は返事をした。と表現するには小さすぎる声だっただろう。

 教師は一つ息を吐いた。その間も僕は足元に広がっている茶色の床が自分の歩みで後ろに流れていく様子を見ていた。

 挨拶の為に頭を下げたことを少し後悔した。


 どんな存在も最初は物珍しさで騒がしいものだが、こうもあっさりと流行が去ってしまうことに驚きを感じる。そんな状況は僕にはとてもありがたいことであった。人知れずいつものように一番に登校し、一番に花瓶の水を変える。別に毎日、水を変える必要なんてないと分かってはいるけど何故だか気になってしまう。

 いつものように花の差された花瓶を手洗い場に持っていき中に入っている古い水を捨てる。花瓶の中を少しゆすいで新しく水を入れる。手に持った花に気を使いながら空いているもう一方の手で行う作業にも慣れた。

 新しく水を入れ替えた花瓶を教室に持っていく。

 傷つかないよう、零れないよう、ぶつけないよう、僕の視界には彼女しか映らない。

 教室に戻り、抱えた花瓶をそっとロッカーになっている棚の上に置く。少しでも陽に当たるようにと窓際に。僕はいつも通りの朝を過ごして、自分の席に着いた。

 席に着いたとしてするべきことは何もないので僕は寝ることにした。


「おはよう。今日も早いのね」

 顔を上げるが声の主は見えない。

「いつも、私のお世話をしてくれて嬉しいわ」

 ゆったりとした声が耳に届く。後ろから声が聞こえてくる。僕は反射的に振り向いた。

 そこには窓から射す陽光に包まれた彼女がいた。彼女は教室のロッカーになっている棚の上に腰掛けている。丁度、僕の目線は彼女の投げ出された綺麗な足と同じ高さで一瞬だけドギマギしてしまった。

「ソムニフ。おはよう」

 自分の動揺を悟られ無い様、うまく声を出せたと思った。けど、

「...別に見られるの嫌じゃないわよ。それにあなたが新しくしてくれて、せっかく綺麗になれたのだから」

 彼女の言葉に軽い酩酊感を感じる。心を寄せる存在に「綺麗な自分を見て欲しい」などと言われて冷静に自分を振舞えるなんて僕には無理だ。

 僕は席を立ち、ソムニフの前に進んだ。手を伸ばせば触れられる距離にいる。きっと僕は身体中に力が入ってガチガチになっているだろう。そんなことはお構いなしにソムニフは何も変わらず僕を見ている。

「ソムニフ...」

 自分の体が嘘みたいに固い。何年も手入れされていない機械になったみたいに遅々として動かない腕に指令を出す。

 腕が動き始めてからソムニフの頬に手が届くまで一体、どれだけの瞬間を費やしたのか分からないくらい長い時間が経ったような気がする。

「あなたの触れ方が一番、優しい」

 彼女は無感動な表情で言う。

 僕はとても虚しくなるのだけれど、それと同じかそれ以上に心が震えてしまう。

「ソムニフは誰かを好きだって思ったことはある?」

 自分から投げた質問に後悔した。だってソムニフは...

「あなたはあるの?」

「・・・あるよ」

 僕はそう答えるしかなかった。

「そろそろ、時間みたいよ。騒がしくなってきたから」

「うん。じゃあ、おやすみ、ソムニフ」

 目を閉じていても彼女の姿が瞼の裏に浮かぶ。


 ガヤガヤとした喧騒が聞こえてくる。周囲には登校してきたクラスメイトが会話に興じている。僕には不思議に思う。いつもくだらない話題に花を咲かせることができるのか...。そして、ここにいる人間はさほど変わらない時間を生れてから得ているはずなのに同じだけの能力を有することができないのか...。

 僕は腕に伏せていた顔を上げる。寝る前と後で教室の雰囲気が真逆になっていた。僕は後ろを振り向いてそこに一輪の花が咲いているのを見て安心した。

(今日も綺麗だ...)

 言葉は声になることはなく、ただ空気の塊として一つ溜息をついた。

読んで頂きありがとうございます。次話で一段落する予定ですが予定は未定です。感想やら改善点などがございましたらよろしくお願いします。

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