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護りたい

あの“事件”によって、俺は全てを失った。

後輩達がプレゼントしてくれた新品のスパイクも。

小さい頃に志輝とかなめと一緒に撮った、想い出の写真も。

母さんも。……月乃も。

全てが焼かれ、爛れていった。



俺は、月乃と約束していた。

一人で家を守ってくれている母さんを、二人で守ってあげようって。

俺は、月乃に誓っていた。

月乃に何かがあった時は、必ずお兄ちゃんが、この拳で護ってやるって。

だけど、できなかった。

約束も誓いも、果たせなかった。

轟々と唸る炎を前に、俺は、ただ叫ぶしかなかった。

母さんを……月乃を!俺が!護ってやると誓ったのに!

護れなかった。

無力な自分が、悔しかった。

母さんと月乃を失った事が、悲しかった。

自分が、炎が、憎かった。

俺は、もう死んだも同然だった。

その翌日。テレビや雑誌などのマスコミが、しばらく俺を追い続けた。

俺はただ逃げるばかりで……気付けば、すっかり灰や炭に変わった家の前にいた。

消火活動を続けているうちに降り出していた雨は、勢いを増して、崩れかかった天井の一部から強く入り込んでいた。

埃のように灰と雨粒が舞う、いつ崩れてもおかしくないような、家の中に入った。

二人の焼死体はすでに運ばれていて。本当に、俺は一人ぼっちになってしまっていた。

いっそ俺も、このままここで朽ちていってしまおうか……そう、思った。

そんな絶望の灰にまみれた世界に、彼女はいた。

「……日向、陽祐くん、ですね」

灰と雨が交じる、月乃の部屋に。

「……月、乃……?」

月乃が、そこにいた。

「私は、月乃ではありません。……ケア、と呼ばれています」

月乃の姿をした少女……ケアは、哀しげな瞳で首を横に振った。

ケアは、本当に、月乃に似ていた。

髪も、声も、顔も、姿も、まるで同じだった。

ただ一つ。瞳の色が、碧かっただけで。

でも、そんなもの、どうでもいい。

俺は、目の前の“月乃”を抱き締めた。

「よ、陽祐、くん……っ?」

「月乃……月乃ぉ……ごめんな……護って、やれなくて……っ」

炎を前にあれだけ泣いた後でも、まだ俺の涙は枯れてなかった。

月乃の温もり、月乃の感触。

全てが、昨日までの月乃のままだった。

涙はぼろぼろと零れ、月乃にも落ちてしまう。

「お兄ちゃんが……護ってやるって、誓ったのに……護れなかった……」

「……誰かを護る力。欲しいですか?」

俺の腕の中で、月乃は……ケアは、囁いた。

「護る……力……?」

「貴方の、その腕に……その手に。誰かを護る力を、与えましょうか?」

ケアの手が、俺の腕にそっと触れる。

「……力が、欲しい。俺は今度こそ……お前を、大切な人を護りたい!!」

力が無いから……俺は、月乃を護れなかった。

誰かを護る力が、俺は欲しい!

「……陽祐くん。貴方は、誰かを殺めることになっても……それでも、力を求めますか?」

「……お前を、護る為なら」

抱き締める腕に、力が入る。

月乃は、もう死なせない。

「私は、ケアです。月乃ではありません」

「……それでもだ」

月乃……いや、ケア、だけじゃない。志輝もかなめも。俺の大切な人は、全て俺が護ってみせる。

もう誰も、失いたくない。

「……分かり、ました」

そうして俺はケアから、紅蓮拳の能力を受けた。この「戦い」に、参加した。

「戦い」の目的である“絶対”を手に入れて、もう誰も失わない、争いの無い世界を願った。

誰にも奪われない世界で、ケアと生きることを、誓った。



「待て、陽祐……お前の担当は、フィアーズではないのか?」

呆然と聞き入っていた中で浮かんだ、疑問。

月乃に似た実行委員が陽祐に能力を与えたのなら、陽祐の担当はそいつになるはずだ。

僕がフィアーズの名を口にすると、陽祐の表情が一層強張った。

「フィアーズは……ケアを幽閉した」

「幽、閉?」

「奴は能力を持つ実行委員。その能力は、自分の触れたモノを、自身が作り出す特別な異空間に転移させる」

能力を持つ実行委員……レジストのような、一部少数の特別な存在。

あの時二人が一瞬で消えたのも、フィアーズの能力が発動したからか。

「その能力によって、ケアは異空間に幽閉されてしまったんだ。自分の思うままに俺を利用する為に、ケアを人質に取って……」

陽祐の拳が、固く握られる。

「……ケアを取り戻すには、「戦い」を勝ち抜かなければならない。勝ち抜き手に入れた“絶対”と引き換えに、ケアを解放すると約束した」

「だから、決着を付けると?」

戦闘の気配を強く感じ、僕は竹刀を抜いて構える。

「違う。志輝に……頼みたいんだ」

しかし、陽祐は首を振った。

「ケアの為に死んでくれ、と?」

「話を聞いてくれ、志輝。……俺と共に、フィアーズを倒してくれ」

……何?

「奴を倒すことができれば、能力の効果がなくなり、ケアを解放できるはず。その為には、相手の行動を見切れる、志輝の能力が必要なんだ」

陽祐は藁にも縋る思いといった様子で、僕に共闘を要求してきた。

……甘い。

「一度死ねと言った相手に、頼む事ではないな」

考えが甘過ぎる。

陽祐は既に、僕を裏切っているんだぞ。

「あれは、フィアーズの前だったから……奴に背く様を見せれば、ケアに危険が及んでしまうからだ」

「なら奴がここにいて僕らの会話を聴いていれば。ケアに危険が及ぶのではないのか?」

「それは無い!奴は定期的に、俺の前から姿を消す時間がある。今がその時だから、俺は志輝を頼っているんだ……」

「フィアーズがここに戻ることがあれば、お前は僕を殺しにかかるんだろう?敵対の意志を見せたら、ケアが殺されてしまうのだから」

「それ、は……」

一旦口論が止むと、森は再び静寂に包まれた。

風も無い紫の世界で、陽祐の髪が震える。

「お前はケアを……心の支えを奪われた時点で、どうすることもできない。奪われたモノは戻らない。戦うべき敵に手のひらを返す余裕など、無いはずだ」

「俺は……お前を敵だなんて思いたくない!」

何を、今更っ……

「お前は他の参加者と共に戦っている。それが許されるのなら、俺も……志輝を護る、力になってやりたい!」

「…………」

こいつは……僕を、裏切ったんだぞ?

どんな事情があろうと、裏切った事に変わりはないんだ。

「ここでお前と組んだところで、フィアーズと対峙する以上、ケアを危険に晒す事は避けられない」

「奴は自分の触れているモノ“全て”を異空間に飛ばす。志輝が奴の能力の発動タイミングを見切って、俺達で奴の体の一部に触れることができれば、ケアに何かさせる前に俺が奴を倒す」

……考えが短絡的過ぎる。

僕の眼が奴の能力発動を捉えたって、所詮その数秒後には実際に発動している。消えるのは一瞬なのだから、間に合うはずがない。

そして、一度のそれに失敗すれば二度目は無い。既に陽祐が敵対する事が分かっているのだから、フィアーズがケアに何をしようとしても仕方ないだろう。

「……無理だ」

「いや、志輝が一緒なら、やれるはずだ!」

また根拠の無い事を。子供か。

「何故」

「俺と志輝は幼なじみで、一番の親友だからだ」

幼なじみ……一番の親友、か。

いつも以上に、薄っぺらい言葉に聞こえる。

「裏切った奴が、今更何を言う」

「……志、輝」

「お前は僕を裏切った。結局は、他の奴らと変わらなかった。親友という僕らの繋がりを断ち切ったのは、お前のはずだ、陽祐」

居心地が悪い。

陽祐からの返事が無いので、僕は森を去ろうと踵を返す。

「ま……待ってくれ、志輝……」

ポツリと、擦れた声が耳に入ってくる。

「……すまなかった」

「……ちっ」

苛々する。本当に。

少しでも早くこの場を離れたくて、僕は竹刀を袋にしまうと駆け出した。

今更、何なんだ。



学園には、二時間目の授業中に着いた。

最後に授業に遅刻したのはいつ以来だろうか……などと思いつつ、自分の席に座る。

……机の中に、何かが入っている。

僕は普段から教科書の類は全てバッグの中に入れている。だから基本的に机の中は空のはずなのだが。

取り出してみれば、丁寧に折り畳まれた花柄の便箋が二枚重なっていた。

僕は板書をしつつ、便箋を開く。

一枚目。

『大切なお話があります。お昼休みに、屋上に来てください。アエリア・サダルメリク』

……「戦い」の事で、何か動きがあったのだろうか。

行かないとまた説教されるだろうし、面倒事はごめんだ。

二枚目。

『志輝だけに大切な話があるの。昼休み、図書室に来て!』

こっちの便箋には名前が無かったが、文字や文面で分かる。かなめだ。

何で二人が同じ便箋で、同じ時間に別々の場所を指定してくるんだ。どう考えても、二人で打ち合わせて書いたものだろう。

かなめは普段から手紙なんて書かないから、アエリアの便箋を分けて貰ったのだろうが。

僕が手紙を読んでいる様子を見ているらしく、後ろの方から強い視線を感じる。

かなめと、その隣のアエリア。二人して、僕の様子を伺っていた。こいつら……

嘆息する。さて、どうしたものか。

アエリアもそうだが、かなめもかなめでややこしいからな。

どちらにも行くためには……



指定された、昼休みになる。

そそくさと教室から出ていく二人。それぞれの場所で、僕を待つ……のだろう。

喧騒が沸く教室の中、僕はそれに掻き消されるような小ささで囁いた。

「隔離空間、発現」

一粒の雫が水面に落ち、波紋を拡げるイメージを浮かべながら。

喧騒は静まり、生徒の姿が消える。「戦い」に関する者のみを時間の流れから隔離した。

「……屋上だったか」

最初はアエリアの話を聞くとするか。



屋上に着くとすぐ、アエリアが駆け寄ってきた。

「能力者ですか!?」

「違う」

僕の答えに、ポカンとするアエリア。

「お前達が同じ時間に別々の場所を指定するから、隔離空間で時間の流れを止めた。ここで話が終われば空間を解いて、かなめの方に行く」

そうすれば、どっちも昼休みに行った事になるからな。

「戦い」の為の能力を私的利用するのは気が引けるが、仕方ない。

「……志輝くん、ずる賢いです」

何故かアエリアはむくれてしまった。

「どうせ「戦い」の話になるなら、時間は長く取れた方がいいだろう?かなめの話も聞かなきゃならないから、昼休みの間で二人分の話を聞くならこれしかない」

「それじゃダメなんですっ」

……ダメとは?

「うう……これでは秘密を話せない私が、負けになっちゃいます」

「負け?さっきから一体何の話をしているんだ」

今日の僕は今朝のせいで機嫌が悪いというのに。

「い、いえ、志輝くんはお気になさらず……」

問い掛けると、我に返ったようにはっとしたアエリアは、首を横に振って愛想笑いで誤魔化そうとする。

「……でも、本当は私の勝ち、なんですよ。かなめさん」

また自分の世界に入ってしまったのか、ぶつぶつ何かをつぶやきだす。

「「戦い」に関する話じゃなかったのか」

「あ……そ、そうでしたね……ふふ、すいません」

どこか嬉しそうに見える様子のアエリア。何が面白いのやら。やはり、変な奴だ。

「実行委員のレジストさん、覚えていますか?」

「ああ」

レオの担当の、褐色肌の女性。僕が初めて出会った、エリクシル以外の実行委員だ。

「彼女から連絡があったんです。私の担当の、バリアを通じて」

アエリアはさっきまでの緩んだ表情から切り替わり、「戦い」の際に見せる真剣な顔になる。

「実は、エリクシルさんという実行委員の方が……」

アエリアの言葉の続きを聞いていた僕だったが、ふと何か嫌な気配を感じて振り替える。

「お話し中に失礼。「戦い」の始まりだよ」

気付かなかった。

間近に立たれないと気付けないくらいに、気配を殺したその人物。

「あ、お嬢さんにはまだ挨拶してなかったね。こんにちは、実行委員のフィアーズだよ。よろしくね♪」

実行委員フィアーズが、笑みを張り付けた顔をこちらに向けていた。



「さあヒナタ、さっさと戦って、二人を殺すんだ!」

パチンと、フィアーズの指が鳴る。

すると“虚空に穴が空き”、そこから炎を腕に宿した陽祐が現れる。

陽祐と目が合うと、陽祐は視線を逸らす。今朝の事か。

しまった……竹刀は、教室に置いたままだ。取りに行くしかないが、そんな余裕があるかどうか。

「ボクは反対したんだけど、どうしてもヒナタは君達をまとめて相手したいんだってさ。まあ、結果的に勝ってくれればいいや」

けらけら笑うフィアーズは、陽祐が出てきた穴に指先を入れる。

その指をくるりと円を描くように回すと、穴が徐々に収縮していき、閉じた。

「志輝くん、私の後ろに」

アエリアはあくまで冷静に、僕を護ろうと一歩前に踏み込む。

「お前が口を開くと、必ず敵襲が来るな」

「ううっ、確かに……申し訳ありません」

「……偶然じゃないのか?」

「偶然ですけど……責任感じちゃいます」

それでも、冗談にはいつも通りの様子で返してきた。

陽祐のみに集中せず、常に周りに注意させる為に敢えて言ってみたが、不要だったようだ。

これで冗談はやめろ等と言われていたら、それは目の前の戦闘にしか気が向かない獣と同じだ。

アエリアはちゃんと、落ち着いて周囲を警戒している。

「……任せた」

「はい、任されましたっ」

力強く返事をしたアエリアの身体から、白い煙が立ち上る。

周囲の温度が下がっていく。アエリアの能力、氷装骨が発動したのだ。

「……志輝、ゲームを始めよう」

対する陽祐は、それだけ呟くと両腕の炎を爆発させる。

ゲーム?何の事だ。

そんな一瞬の無駄な思考が、僕の未来眼発動を一歩遅らせた。

「天火明命!」

爆発し飛び散った炎の小さな塊が、雨のようにこちらに向かって飛んでくる。

「させません!」

アエリアの手が前方に伸びると、僕とアエリアを護るように、屋上を二分にする横長の氷壁が床から突き出た。

突如現れた壁に、炎が次々と叩きつけられていく。

「そんな壁っ!」

しかし、炎の勢いは止まない。無数の炎の連打は、氷の壁を確実に破壊していく。

次第に、壁に罅が入ってきた。

「志輝くん、私に指示を!」

「ああ」

氷と炎のぶつかり合いに見惚れている場合ではない。僕はコンタクトを外し、翳した左手を払う。

左目は熱を帯び、視界に銀のシェルターを降ろす。

未来眼、発動。

「アエリア、僕の合図でこの氷を解除しろ」

「えっ、いいんですか?……いえ、分かりました」

こいつとこいつの作り出した氷には感覚がリンクしている。氷が砕かれる事でアエリアの身に何か起こるのではないか、そう危惧した。

「戦い」を生き抜く為には、アエリアのサポートが必要だ。ここで失うつもりは無い!

「今だ!」

「はい!」

僕の声で、アエリアは氷の壁を消した。

「何っ?」

このタイミングは、陽祐の炎の雨が止む瞬間。

「アエリア!」

「はいっ!」

僕が陽祐に向かって指を差すと、そこに向けてアエリアがつららを五本、空中に作り出して飛ばす。

「くっ、迩迩芸命っ!」

右腕に集まった炎が凝縮し、巨大な拳をかたどってつららを消していくが、つららは五本ある。

全てを捌き切れず、最後の一本が陽祐の左足に当たった。

周囲の高温で尖った先は溶けて丸くなっていた上、咄嗟に足を動かした為に十分な打撃を与えることはできなかったが。

「ぐうっ……」

それでも、思った通り……いやそれ以上を、アエリアは実行してくれる。

僕はつららを三本放ってくれれば十分だと思っていたが、今当たったのは五本目。それ以外は全て溶かされた。

アエリアの機転があったから、与えられたダメージだろう。

「よそ見をしてる場合かっ?」

思考に気が入っていると、陽祐の接近を許してしまう。

前回のように、フェイクを交えた連続パンチが襲い掛かる。

が、進化した未来眼の力によって身体能力が上昇した僕は、左目で軌道を見切り、全てを避けることに成功した。

「またっ……」

「今だ!」

今度は陽祐の足下を差して叫ぶ。

攻撃が当たらず焦る陽祐の足下から、氷が這い上がって動きを制限する。狙い通りだ。

その隙に僕は陽祐から離れ、アエリアの近くに戻る。

「すごいです……いつの間に、あんな体術を?」

「詳しくは後で話す。……アエリア、奴をコールドスリープしてくれ」

アエリアから襲撃を受けた時、アエリアは僕をコールドスリープさせると言った。

それができるのならば、陽祐を「戦い」が終わるまで眠らせる事ができる。

そして、こいつは知っているはずだ。相手を殺さずに、「戦い」に於いて負かさせる方法を。

「……分かりました」

アエリアの身体が、水色に発光する。

すると陽祐を捕える氷も呼応するように光り、氷がじわじわと更に這い上がってくる。

「……コールドスリープ、だと?」

拳の先からも氷が現れ、炎を掻き消す程の冷気を放ちながら陽祐を蝕んでいく。

「死にはしません。ただ、長い間眠りにつくだけです」

そう言うアエリアの額に、大粒の汗が滲んでいた。アエリアにも相当な負荷が掛かるようだ。

「ふざけるな……俺は寝てなんかいられないっ……ケアを護る為に、俺は!」

氷によって掻き消えたはずの炎が、ぽつぽつと灯り始めた。

それらは小さいが、強い冷気を放つ氷をも溶かしていく熱気を持っていて。

腰や左半身が氷で覆われた中、右腕だけが炎を取り戻した。

「うおおおおっ!!」

その炎は、今までとは明らかに違う密度だ。迩迩芸命と呼ばれた炎の凝縮よりも、さらに濃い。

まさか……奴の紅蓮拳も、進化したというのか。

濃密な炎に耐え切れず、陽祐の身体を覆っていた氷が蒸発していく。

「そん、な……」

体力が一気に消費されたのか、その場に倒れそうになるアエリアの肩を支える。

氷装骨を使ったからだろうが、体温が低過ぎる。制服越しに感じた体温は“冷たかった”。

左腕からも濃密な炎を放つ陽祐は、まるで業火を背負った鬼神のように。

両腕から燃え上がる爆炎は、とぐろを巻くようにうねり、紫の空を紅蓮に染める。

「誓ったんだ……この腕で、この拳で!今度こそ、ケアを護る!」

銀の視界が見せるのは……陽祐の背に現れた、禍々しい炎の魔神。

「焼き尽くせ、火之迦具土ヒノカグツチ!!」

逆巻く爆炎は陽祐の背で魔神の姿をかたどり、陽祐の動きと連動する。

その強大な拳は、一振りで屋上を凪払えそうだ。

アエリアの氷すら溶かす炎。勝ち目が、見えない。

「行くぞ……志輝」

陽祐がぐっと拳を握ると、魔神も同じ動きをする。

避けられない。この拳は、炎は、今の僕には回避できない。

アエリアを支えている僕は、陽祐の拳でも……

「おおー、カッコいいじゃん、ヒナタ!その炎で、三人まとめて焼いちゃいなよ!」

貯水タンクの上で、フィアーズがニタニタ笑う。三人?

「え……何、これ……」

時が止まったように思えた。

僕とアエリアの後方には、校舎に続く扉がある。

そこが開いていて……声が聞こえた。

この場に於いて、一番聞くことの無いと思っていた、声が。

「志輝、アエリアちゃん、それに……陽祐?」

何故だ。お前は、この隔離空間にはいられないはず。

「戦い」に関わる人間しか、ここにはいないはずなんだ。

なのに、どうして……

「「どうして、お前がここにいるんだ、かなめ……」」

僕と陽祐の重なる声が、目の前の光景に驚愕するかなめに掛かった。


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