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風纏う獅子

喧騒に包まれる、昼の商店街。

ボロボロになった買い物袋の代わりに、学校のバッグに食材を詰め込み僕とアエリアは歩く。

どうやらあの紫の空間にいる間、ここでの時間はほとんど進んでいないらしい。空間の事も、後でアエリアに聞くとする。

さすがに、さっきまで走っていた僕にこの荷物の重さは辛い。

「私も持ちますよ。貸して下さい」

「す、すまない」

同級生の女子に荷物持ちを頼む事になるとは……何か、悔しい。

「気にしないで下さい、志輝くん。私達は“仲間”なんですから」

アエリアは嬉しそうに笑って言った。

僕は仮として、アエリアと手を組む形をとった。

この「戦い」の中でまさか他の参加者と協力できるとは思ってもいなかったし、いざ戦闘となると一人だけでは力不足が目立つ。

これからを生き抜くためには、これが最善と僕は判断したのだ。

そして、その相手がクラスメイトなのも大きい。昼間は大抵同じ場所にいる事になるので、敵に襲われても連携が取りやすい。各個撃破される事はまずなくなるだろう。

それに……もし裏切りを働こうとしている様子が見られたら、すぐ対処できるように監視する意味もある。

口では仲間だと言うが、これは「戦い」だ。僕は常に、誰かから命を狙われている。同じく僕を狙う立場にいるアエリアを、そう簡単に信頼できない。

……まあ何にせよ。早い段階で、形だけでも協力者を得られたのは幸運だった。



「アエリア、ここだ」

しばらく歩き、僕の帰る家でもあるさくらい孤児院にようやくたどり着く。

戦闘のせいで長く感じたが、今の時刻は昼食を作るのにちょうどいい時間だった。

「早速、キッチンに案内してくれますか?」

「こっちだ」

僕が先行して廊下を進み、その後ろをアエリアがついてくる。

しかし、他のことに思考を回していて気付けなかったが……こうして「戦い」の参加者であるアエリアに、僕の食べる昼食を作らせていいのだろうか。

気を許させておいて、昼食に毒を混ぜてコロリ……では笑えない。

それに毒を含まれた食事を、孤児院の子供達が食べてしまったら……想像したくないが、可能性はある。

アエリアの動きに十分警戒しつつ、孤児院の料理をいつも作る、食堂のキッチンに着く。

と、食堂の奥からトタトタと歩いてくる足音が。

僕と同じようにここで暮らす、物静かな少女、夢積ムツミだ。常に何かの絵本を一冊抱えている、風変わりな小学生だ。

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」

「ただいま、夢積」

「お邪魔します」

僕の後ろから現れ、丁寧にお辞儀をするアエリア。しかし、知らない人に声を掛けられたからか、夢積はアエリアから距離をとった。

「き、嫌われちゃいました?」

しょんぼりとした表情で僕を見るアエリア。お前も子供か。

「驚いてるだけだ。ほら夢積、こっちは僕のクラスメートだから、怖がる事はない」

本当は不用意にアエリアに近付かせたくないが、アエリアに警戒を気取られないようにするためにも、仕方なく夢積に声を掛ける。すると、夢積はちょこちょこと僕達の方に近寄ってきた。

「アエリア・サダルメリクと申します、夢積ちゃん。よろしくお願いしますね」

膝を折って同じ目線までしゃがむと、アエリアは夢積の前に手を差し出した。

夢積は困ったように僕を見る。が、恥ずかしそうに夢積はアエリアの手を掴んだ。

「よろしく、お願いします……っ」

ぼそぼそと小さく言うと、顔を真っ赤にした夢積は、手を離して逃げるように食堂を飛び出していった。

「可愛い妹さんですね」

「血は繋がってないがな」

「“可愛い”は認めるんですよね?私に対する時と声が全然違います」

「うるさい」

僕はアエリアをキッチンに連れ、食器や器具、食材の大まかな位置を教える。

アエリアに気付かれないよう、袖に小型のナイフを忍び込ませる。いざという時は、これで……

監視する意味でも、「料理の手伝いでもしようか」と言ったのだが、一人でやりたいと言って、できるまで食堂で待機する事になってしまった。

不安な時間ができてしまった。……この時間を利用して、さっきの空間や「戦い」について色々と聞いてみるか。話に気を逸らさせて、毒を入れるタイミングをずらすことができればいい。

「なあ、アエリア」

「私なら大丈夫ですからっ」

……いや、そうではなく。

「あの空間は一体何だったん……」

「私なら大丈夫ですから〜っ」

……これじゃ話にならないな。

どうしたものかと席に座り、しばらく次の作戦を考えていると。

「ごっはんだごっはんだツっツムっくんっ♪」

謎の歌と共に千里が食堂に入ってきた。

「むきゅ、お兄ちゃん発見ですっ」

僕を見つけると駆け足で寄ってきて、キッチンに立つアエリアに驚き立ち止まる。

「お、お兄ちゃん……あの人、誰ですかっ?」

わたわたと忙しそうに両手を振り、動揺する千里。面倒だな……

「あいつはアエリア。僕のクラスメートだ。今日はあいつが昼食を作ってくれる」

簡潔に紹介してみる。アエリアは調理に夢中で、千里が来た事にすら気付いていないようだが。

「むきゅー……もしかして、お兄ちゃんの彼女さんですか?」

千里は膨れっ面で、僕に疑いの視線を向けた。

……凄まじく飛躍した考えだな。

「それはない。あいつは三日前に僕のクラスに転入したばかりだ。深い関わりなんて持ってない」

形の上では、「戦い」の中で共闘する仲間ではあるが。そんな現実離れしたような事を一般人の千里に言う必要はない。

じっと見つめてくる千里に見つめ返すと、千里は頬を薄く染めていつもの無邪気な笑顔に戻る。

「心配して損したです、むきゅっ」

「うわっ」

笑顔に戻った途端に、頭から僕に突撃する。何なんだ一体?

「せ、千里も、後でアエリアに挨拶しておけよ。ご飯を作ってくれているんだからな」

毒入り、かもしれないが。

「ふぁーいっ」

突撃した状態のまま僕の胸に顔を埋める千里は、モゴモゴした返事を返した。本当にこいつは……

「志輝くん、お待たせしました。出来ましたよー」

キッチンから嬉しそうなアエリアの声が響く。僕はひっついたままの千里を引きずり、キッチンへと向かう。

しまった、途中経過で毒見をするつもりだったのに……



食堂のテーブルに並べられたのは、昼食とは思えない豪華な料理。

「すっごーい、おさかなさんのあたまがあるーっ」

孤児院の子供達は、初めて見る料理の数々に驚き、騒いでいる。

「これは、すごいな……」

正直、僕もここまでのものは初めて見る。

しかし、これらに毒が入っていたとしたら……

「ふふ、志輝くん、みんなが待ってますよ」

アエリアに言われ、子供達が僕に注目している事に気付く。

昼間は慎次郎さんは別の仕事でここを空け、他の人も用事などで抜けている。そんな時は、孤児院の最年長である僕が号令を掛ける決まりになっているのだ。

しかし、せめて僕が、毒が入っていないかの確認をしてから……

「それじゃあ皆さん、いただきましょうっ」

「「「いただきまーす!!」」」

なんとアエリアが勝手に号令をして、待ち兼ねた皆が続くと、一斉に箸やフォークが料理に伸びた。

な、なんてことを……

「アエリア!」

「どうですか?ちゃんと味見もしたので、食べられるものだとは思いますが」

昼食が勢い良く減っていく中、アエリアは首を小さく傾げて聞いてきた。

くそ、すまない、皆……僕のせいで。

「あら、まだ手を付けてないんですか?皆さんよく食べてくれますから、すぐになくなっちゃいますよ?」

しかし……子供達に、毒で苦しむ様子は見られない。無邪気な笑顔で、見た目は豪華な料理を食べている。

だが、遅効性の毒である可能性もある。吐かせてでも、食べるのをやめさせるべきなのだ。

でも。

「……大丈夫です。毒なんて入れてませんよ」

「っ!?」

アエリアが、僕の耳元で囁く。

「私は貴方の仲間ですよ。お互いがお互いを疑ってしまえば、連携が上手く取れませんよ?」

あくまで、自分はシロだと言いたいのか。

「私……私を助けてくれた志輝くんに、疑われたくないです。仲間として……信頼されたいですから」

その眼に……嘘は、感じられなかった。

これも演技だとしたら大したものだが……観念した僕は、恐る恐る目の前の料理を口にする。

……………

「……どうです?」

「……悔しいが、美味い」

これが最後の晩餐になっても、いいかもしれないと、思ってしまう。

「あ……ありがとう、ございます」

上気した頬に手を当てて、恥ずかしそうに俯くアエリア。

……何故か、その時見せたアエリアの顔が、直視できなかった。



食器の後片付けを終え、アエリアがここに来た本題である「戦い」の話し合いをするため、僕の部屋へと移る。ここの周辺は比較的静かだからちょうどいい。

アエリアを椅子に座らせ、僕はベッドに腰を掛ける。

「まずは、この「戦い」について知っている事を教えてくれ」

今の僕には、とにかく情報が少ない。能力も自分で調べた結果でしか把握できていないし、そもそも大筋である「世界を手に入れるための戦い」の事すらわからない。

しかし、アエリアは少し驚いたように目を見開いた。

「えと、それって……志輝くんはすでに知っているんじゃないんですか?」

さも当然のように言うアエリア。

「僕は知らないから聞いているんだが」

「で、でも貴方を担当する“実行委員”の方が説明してくれたはずでは……」

実行委員?何の事だ?

「私や貴方に不思議な能力を授けた、この「戦い」の実行委員の人です。能力があるなら、面識がある上説明も受けていると思ったのですが……」

この「戦い」を始めた、実行委員。

僕に未来眼の能力を授けたのは……あの時事故に遭い、病院で意味不明な事を話していたピンク髪の少女だ。

まさか、あいつが実行委員だったのか?

「思い当たる節はあるが……」

なら、あの時話していた意味不明な事が、この「戦い」についての説明だったとでもいうのか?

しかしそもそも、あいつはあの時、説明らしいことを言っていただろうか……

「そうですか……では、私が知る限りで説明しますね」

アエリアはスカートの裾をきゅっと掴むと、目を少し細めて語りだす。

「貴方は、この世に“絶対”というものがあると思いますか?」

「“絶対”……?」

「そうです。1に1を足すと2になるように……この世の全てを統べる、唯一無二の“絶対”的なモノが、存在しているそうです」

……何だか、いきなり途方もない話になったな。

「それを手にできるのは、私達のような超能力者と、そのパートナーである実行委員の人だけ。そして、“絶対”は唯一無二。一つしかありません。ですから……」

「だから、それを「戦い」によって決める。その“絶対”とやらを手に入れる能力者に、誰が相応しいかを」

僕が後を引き継ぐと、アエリアは静かに頷いた。

成程。あの少女が告げた、「世界を手に入れるための戦い」とはこういう意味か。

「じゃあ、この「戦い」の勝敗は、やはり……」

能力者の生死で決めるのか、そう問おうとした時。

ピンポーン。

来客のチャイムが鳴っていることに気付いた。

続いて、とてとてと小さな足音が部屋に近付いてくる。

「お兄ちゃん、はやく来てっ!」

孤児院の少年の一人だった。何か焦っているようだが。

「夢積ちゃんが、お客さんに……」

「夢積が、どうした……っ?」

少年の表情に、嫌な予感を強く感じる。

「アエリアはここにいろっ」

「し、志輝くん!?」

僕は不安に耐えきれず、部屋を飛び出した。

無事でいてくれ、夢積っ……



「どぉ〜も、初めまして、朔来志輝」

玄関を出ると、夢積の頭を手で鷲掴みにする、近寄り難い雰囲気を纏う青年がいた。

「い、痛いよっ……お兄ちゃん……」

夢積は蚊細い声で、僕に助けを求めている。

「夢積を離せ」

「おお、怖いねえ……そう睨むなよ。このガキは返してやる」

青年は手にぐっと力を込めると、僕に向かって夢積を強く押した。

「きゃっ」

「夢積っ」

「ただし、だ」

僕が前に押し出されて転びそうになる夢積を抱えたかどうか、その瞬間。

「お前にはここで脱落してもらうがなァッ!!」

青年が吼えると共に、僕の身体が突然宙に放り出されたっ!?

「ぐはあっ……」

僕の横腹に、何かが衝突したような衝撃が走る。

何が起こったんだ。奴の、能力か?

為す術もなく孤児院の庭に転がり、奥の砂場でようやく止まった。

「ぐっ……げほっ、げほっ」

全身が痛い……さっきアエリアと戦ったばかりだから、体力もほとんど残っていない。

まさか、こんな時に……新たな能力者からの襲撃に遭うとは!!

「おいおい一撃で倒れてくれよ。俺、今日はもう能力使いたくねーんだから」

ざっ、ざっ……

青年がゆっくりと歩み寄ってくるのが分かる。

僕だって、能力は使いたくない。アエリアとの戦いの中で、すでに上限である三回を使いきってしまったのだから。

四回目以降を使えば、僕の眼と脳に多大な負荷を負ってしまう。

「あーあ、さっきのガキも足とか擦り剥いてるぜ?痛そうにしてるし、楽にしてやってお兄ちゃんの後を追わせてやろうか」

僕が宙に飛ばされたことで、夢積は支えを失って玄関前で倒れていた。くそっ……

「関係のない人を、巻き込むな……っ」

「いいじゃねえか。この「戦い」に無関係な人間を巻き込むな、なんてルールは、生憎だが実行委員の奴から聞いてないんでね」

更に近寄ってくる青年は、倒れる僕を、弱者を嘲笑う強者のように見下す。

「お前、まだ誰も殺したことないんだろ?良かったな。じゃあきっと、天国に逝けるぜ」

僕の眼前に立ち止まった青年の右足が、靴の爪先から“消えていく”。

それだけではない。足があった場所に、代わりに周囲の砂場の砂が巻き上がっていく。

奴は、砂を操る能力か……?

それとも、風か……

「じゃあな、おやすみ。朔来志輝」

思考が、目の前の砂嵐のように掻き乱れた。



「志輝くんっ!!」

声が、響いた。

刹那、僕の身体は、地面から突き上げられた蒼氷の柱によって打ち上げられる。

「んだと……っ」

砂嵐の蹴りが氷柱に掻き消される。

二度も標的を仕留められなかったことに、苛立ちを顕わにする青年。

ぐいぐい地上との距離が離れていく間に、空が紫色に染まった。

人の気配や雑音が消えた、隔離空間の発現。

「遅いので心配していましたが……やっぱり、敵でしたか」

いつの間にか、倒れる僕の傍らに、アエリアがいた。

「お前……能力の、上限は……」

確かアエリアも、僕との戦いで能力の上限に達していたはず……

「ええ。正直、辛いです……でも、志輝くんは仲間ですからっ」

額に冷や汗を浮かべながら、アエリアは優しい笑みを見せた。

僕がやるような、作ったものではない。慎次郎さんや孤児院の子供達が見せてくれる、心からの笑顔を。

「……お前、予想以上に馬鹿だな」

「なっ……仲間だから助けてあげたのに、馬鹿とは何ですかっ?」

顔を真っ赤にして怒るアエリアが可笑しくて、ふっと息を吹いてしまった。

そうか……仲間なら、いずれは戦うことになる敵でさえも、その身を賭してでも助けるのか。

やはり、馬鹿だな。

「下ろせ、アエリア」

「そ、その身体で、ですか?」

「僕の顔も所在地も、何故か奴には割れている。今逃げたところで、“家”の被害が出てしまうだけだ」

だが僕は……アエリアよりも、大馬鹿者らしい。

「頼む」

アエリアはどう返すか少し迷う素振りを見せ、頷いてくれた。

「……忘れないで下さい、志輝くん。私達は、共に戦う仲間ですよ」

アエリアの身体が、水色に発光する。

上限を越えて能力を行使する負荷に顔を歪めながらも、氷装骨の能力で氷を自在に操る。

柱は段々と地上へ向かって降りていき、同時に空中に生み出した幾つかのつららを地上の青年に向けて放つ。

「能力者同士で手を組んでるのか?正気じゃねえなァ、朔来志輝ィッ!!」

青年はまた吼え、今度は左足をも砂嵐に変えるとその場から姿を消した。

僕は降りていく中、コンタクトを外してその動きを見ていた。

視界が霞み、頭痛が激しくなるが……数秒後の、奴の動きを見る!

「アエリアっ……!」

激しい痛みで、言葉による説明は無理だと判断し、僕は未来眼で見た青年の出現場所を指差す。

そこは、普通ならあり得ない、地上から遥かに離れた僕達の上空。

しかし確かに、僕の眼はそこを映した。そこに、奴が現れる映像を。

瞬間、竜巻が巻き起こったかのように、凄まじい強風が吹き荒れる!

「二人まとめて吹っ飛びやがれェッ!!」

僕の身体が吹き飛ばされそうになるが、氷の柱にしがみついて何とか留まる。

見上げる、その強風の渦の中心には、腰から下を風に変える、青年がいた。

「はあっ!」

しかし、青年が現れるよりワンテンポ速く、アエリアがそこに……僕の指差す先、青年の現れた場所に、細いつららを一本放っていた。

アエリアの声を受け、加速するつらら。

真っ直ぐ、青年の腹を狙っていた。

当たる。だが、当たれば奴は……

「チィッ……まさか、この俺が……」

当たる、そう思ったのだが。

「……なんてな」

吹いてきた強風の一部が、青年と離れたまま、人間の足へと戻った。足は風の勢いを受け、放つ強烈な蹴りでつららを砕いた。

「そ、そんなっ……」

「危ねぇな……俺の神速の「瞬風脚ブロウイング・フット」の動きを持ってしても、居場所を特定できたのはお前らが初めてだ」

青年の顔が、愉悦に歪む。

「見つけたのは朔来志輝か、女か……どちらにしても面白え……面白えぞ、お前らァッ!!」

より強く青年が吼えると、巻き起こる強風は一層勢いを増して僕達に襲い掛かる。

好戦的……いや、戦闘狂とでも言うべきか。

青年の鋭い視線は僕達を捉えて離さず、口の端は戦いの中に感じている快感に釣り上がる。

青年は言った。自分の能力の名を。

やはり、奴の操る能力は風。そして媒介となるのは足か。

マズいな……僕もアエリアも、上限を超えて能力を使ってしまい、体力もほぼ無いに等しい。

どうやら奴は、僕が未来眼を……奴の動きを知る術を持っていることを確信してはいないようだが。

性格、能力、戦況、全てが最悪。

「さあ!俺を!!楽しませてくれよォッ!!!この俺をォオッ!!!!」

全滅も……あり得る、か……



「そこまで」

凛とした、鋭い声が僕達の鼓膜に響く。

同時に、あれだけ荒れ狂っていた風が、何事も無かったかのように掻き消される。

能力によって滞空していた青年は、地上に降りると共に恨めしそうな表情で声の主を睨む。

「邪魔すんじゃねえよレジスト!!真空で刻まれてェのか!!」

「馬鹿言ってんじゃないよ、レオ。あんた、自分の足がどうなってるのか分かってるだろ?」

吼える青年……レオに物怖じしない声の主は、僕と同じかそれ以上の身長の、褐色肌の女性だった。

「あんた達、悪いね。この戦いはお預けにさせてくれ」

女性……レジストは僕とアエリアにそう告げると、レオに向き直る。

実行委員パートナーとして、あんたが能力の上限を無視して無茶しているのが心配なんだよ」

「関係ねーな、俺の身体だ。さっさとそこどけ、折角面白くなってきたんだからよォッ!!」

「黙りな、この我が儘坊やが……」

「坊や、だァ?どうやら千切りになりたいみてェだな、ババア……」

……何か、反抗期の息子と母親の喧嘩を見ているようだ。

しかし、あれが、噂に聞く実行委員。他の人間とは違う、何か異質な雰囲気を纏っている。

「とにかく、ここは退きな。あんたの足を看てやるから」

「余計な世話だ」

「……はあ」

額に手を当てて溜め息をつくレジスト。苦労しているようだ。

「んじゃ、一度寝てな」

「あァ?誰が寝……ぐはっ!!」

今にも暴れそうなレオに近付き、その鳩尾に華麗なパンチを繰り出す。レオは意識を失い、レジストの肩に乗せられた。

……実行委員、なかなか手強い人間のようだ。

「あんた達、無事かい?」

格好良いとさえ思える褐色の女性は、敵である僕達にも優しい声を掛ける。

「……あんた達も、あんまり無理するんじゃないよ。「戦い」は、まだ始まったばかりなんだから」

「あ、ありがとうございます……」

アエリアがおずおずと言葉を返すと、レジストは優しく頷いた。

その表情のまま僕の方を見るのだが……僕も何かを言えということか。

「……助かった。感謝する」

「ふふ、目つきに反して可愛い坊やじゃないか。助けてやったのに感謝も言わないこいつとは、大違いだ」

いかにも大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべる。その視線は、コンタクトを外したままの、僕の銀の左目に注がれていた。

「……へえ。あんた、あの娘から能力を貰ったのか」

「あの娘……?」

未来眼の能力を僕に与えた、ピンク髪の少女のことか。

「奴を知っているのか?」

「あの娘、そろそろあんたのところに来るよ。色んな準備の最中だったけど、もう一区切り付いてる頃だろうし」

準備?一体何の話をしているんだ。

「そっちの娘の担当は……バリアか。今度会ったら、「レジストがバリアの淹れるコーヒーを飲みたがっている」って伝えておいてくれるかい?」

「は、はあ……?」

ついさっきまで生きるか死ぬかの争いをしていたのに、どうして彼女はこんな世間話をするのだろう。

それよりも、僕はこの「戦い」について、実行委員から色々と訊きたいのだが……

レジストは紫の空を見上げると、一人小さく頷いてレオを抱えなおす。

「それじゃ。頑張って日々を生き抜くんだね、少年少女」

「ま、待て……」

僕達にまた笑いかけると、レジストはなんとレオを抱えたまま地面を蹴って大きく跳躍し、孤児院の隣の民家の屋根に着地する。

そこからまた大きく跳んで……すぐに、二人は見えなくなってしまった。

「行って、しまいましたね」

「……ああ」

実行委員……奴は人間なのか?

それとも実行委員も能力者?

疑問を消化しようと思っていたのに、また疑問が増えてしまった。


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