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信頼と責任

光が満ちる。

視界から慎次郎が、玉座が、月が作る神殿の景色が消える。

僕の目の前にあるのは、真っ白なキャンバスだ。

そこで僕は、発動した能力「真実眼」の両目に意識を向ける。

すると、目の前のキャンバスにさらさらと描くように文字が浮かび上がってくる。

『朔来慎次郎は玉座に座っている』

そう書かれて、キャンバスが霧散する。

光が散って、視界は元通りに戻る。僕の目の前に慎次郎がいて、月の神殿の景色が映る。

慎次郎はまさに僕に触れようとしている、その寸前で、世界は再び動き始めた。

「志輝……ッ!?」

僕の瞳の色の変化に気付いたのも束の間、慎次郎の身体が急激に後方に“吸い寄せられた”。

彼は成す術なく、玉座に身体を縛り付けられたのだ。

「なんだ、これはッ? ……身体が動かない。私に何をしたんだい、志輝」

「僕は何もしていない。ただ、“真実”を見ただけだ」

「真実……だって?」

僕に触れるだけで、僕を殺すことができる。そんな大層な奴でも、僕を止めることはできないようだ。

「星の意志を操り、僕に真実を見せる。それが僕の「真実眼」。僕の能力だ」

左目に手を翳すと、両目に共通して感覚していた能力の効果が消え、左目の視界に銀のシャッターが降りる。また、そのまま意識を右目に向けると、左目の視界が戻ると共に右目の視界が黒のシャッターに支配される。

未来眼、魔王眼も顕在だ。僕と、獣と、僕らの能力が全て機能する。

両目に一斉に熱が籠ると、真実眼が開く。世界から意識が切り離されるように、僕の視界が光に満ちて音や感触といった感覚が失せる。

『ふたつの力の結晶は朔来志輝に従っている』

光のキャンバスに、文字が浮かぶ。

それが霧散すると共に、全ての感覚を取り戻す。慎次郎を前に、僕は自分の能力を説明していた。

左目に手を翳して、そこから僕の描いた“真実”が動き出す。

緑光が巻き起こると、僕を挟むように二体の獣が出現した。

一方は漆黒の毛並みを持ち、全身を鎧のように厚い氷で覆っている巨大な氷狼。アエリアの獣と同じ「氷装骨」だ。

もう一方は全身が鋭い刃を纏う尖るフォルムを持つ、二足で立つ蜥蜴……いや竜だろうか。凪いだ水面のように穏やかな中に一瞬の剣戟を与えんとする敵意が潜む剣の性質は、「鋼縛爪」を持っていた一ノ宮時雨と同質のモノだろう。

二体の獣は僕には危害を与える様子は無く、静かにそこに立ち慎次郎を睨んでいる。

「何故だ、何故志輝がアルーフを出せる。このチカラは、私が“絶対”を、星の意志を支配しているからこそできるモノなのに……」

「そうなのか。だとしたら、僕の真実眼は“絶対”と同格なのかもしれないな」

「“絶対”と同格……? あまり滅多な事を言うもんじゃないぞ、志輝ィ!」

激昂した慎次郎は、玉座に座りながら星の意志の操作を試みる。

玉座から神殿全体に緑光の線が走り、それと共に大きな地震が起こった。

「私の計画達成のキューピッドになってくれたよしみで生かしておいてあげようと思っていたが、やはりお前は私の歴史から抹消してやることにしたよ! 新たな歴史の人柱になるがいいッ!!」

緑光の奔流が激しくなると、僕とその後ろのエリクシルを飲み込もうと白い土石流が現われ二人を取り囲むように渦を巻き始める。

これは、本物の土砂ではない。僕とエリクシルの“歴史”を飲み込み消し去ろうとする、星の意志のエネルギーだ。

二人を守ろうと前に出た二体の獣が、エネルギーの渦に触れたことで緑光と化し取り込まれたことがその証明だろう。あの潮流の去った後には何も残らない。

「操作指は、もう使えない」

後ろからこちらに寄って来ていたエリクシルが囁く。この状況下で相変わらずの無表情だが、そんな能面でもどこか焦りを感じているらしい。そんなことが見て取れた自分に笑えた。

「問題ない。なんでもできる」

「なんでも?」

「なんでもだ」

きょとんとする彼女を背に、僕は真実眼を開く。

光のキャンバスに、意識を浮かべようとすると。

『そういう仕組みか、真実眼』

僕の浮かべる文字ではなく、介入してくる別の意識が文字に言葉を表した。

『膨大な数の星の意志をここまで意識的に支配できるのか、それなら成程確かに“絶対”を得た私と同じ力を手にしたと言っても過言ではないのかもしれないね』

まずい、僕の意識による文字が浮かばない。

真実眼は自らが望む真実を星の意志を従わせることで実現させる。だが今星の意志は慎次郎が掌握しており、その一部を僕が再掌握しているに過ぎない。慎次郎の能力に直接作用していると言えるこの能力、それは同様の事を慎次郎はいとも容易く行えるということ。相手が悪過ぎる。

真実眼が乗っ取られた以上、解除をしなければ。

しかし今何もせず解除すれば。僕とエリクシルは星の意志に飲み込まれて消滅してしまう。

『だがそれでも、“絶対”的存在者となったこの私の前には遥かに小さいッ! お前の扱うそのさらに多量の意志を! 星そのモノたる“神”を操ってお前たちを抹消してやるッ!!』

光が霧散し五感が戻る。真実眼が、強制的に解除された。

眼前には、白の激流が迫っていた。

「今度こそ最後だァッ!!」

もう一度真実眼を開く間もなく、僕の存在が星の意志に分解された。



白の世界。無。

いつかの空間と同じモノでもない。もう一人の僕もいない。

僕という歴史は、抹消された。

では、僕はどうなった。何故、意識は消えずにこの奇妙な世界を漂っている。

これが、死後の世界だとでも言うのだろうか。

だとしたら、僕は地獄に行くのだろうな。僕は人を信じることを、覚えるのが遅すぎた。

人を信じてこなかった。多くの人に恨まれるような言動もしていただろう。

だがそれでいい。最後に僕は、人を、自分を信じることができたのだから。



「いいわけないじゃないですかっ」

「ッ!?」

ぽかん、と。頭を殴られた。

「いきなり何をするんだアエリア!」

声の主には覚えがある。僕は怒りと共に振り返り、その名を呼ぶと。

そこには思っていたのと違う姿があった。

「殴ったのは俺だよ、悪いな志輝」

「陽祐、お前か? アエリア、陽祐の背に隠れるんじゃない」

「うう、早々にバレちゃいました……」

陽祐と、アエリアだ。二人が目の前にいた。

そんないつか当たり前だった光景を見て、そして僕はようやく事の異様さに気付き困惑した。

「お前たち、どうして」

「志輝くんが、私たちを呼んでくれたからです」

気付くと、何も無いはずの世界に色が広がった。

そこは、何年も過ごしてきた僕の家、さくらい孤児院のリビングの景色が映し出された。

「お前がその目を使って、俺達が溶け合っちまった“絶対”のいくつかをお前のモノにしてくれただろ? だから、お前に俺達の彷徨ってた意識が移ったみたいだ」

「引き寄せられたのだ、志輝。貴公の持つ真実の輝きにな」

陽祐の言葉に、懐かしい声色が続いた。見れば、食卓の席に時雨が座っていたのだ。

「本当に、最後まで他者を傷付けぬ能力を持ち続けるとはな。鍛練の成果も発揮されていたようだ」

あの頃とまるで変わらない、静かで穏やかな面持ちだ。彼から教わったことは多い。再会に素直に喜んでいる自分がいた。

「ほとんど、能力の副作用だがな。だが時雨、お前にも会えるとは思わなかった」

「志輝きゅん、あたしはあたしはっ?」

続いた声を聞いて、僕は辟易する。

「お前には会いたくなかったぞ、河水樹」

言い放って、僕に飛び込んでくる河水樹を避ける。対象を失った突進は、あえなく食卓に顔面から突っ込んだ。

「そうは言ったって、志輝くんがここに辿り着けたのだってあたしの能力をエリクシルから受け取ったからでしょ。あたしは志輝くんに会いに来てもらう理由、あると思うんだけどなぁ」

突進の勢いで宙に舞った麦わら帽子が、伏せたままのアルビノの髪に優しく着地する。

「余計なお世話だ」

「もーめんどくさいなー。でもそういうトコ、好きよ。志輝くん」

「黙れ」

見なくていい顔も見てしまうこの面々。ここまで能力者が揃っていると、つい奴の顔を探してしまう。

僕はあいつに良い印象は持っていないが、性根から悪い奴であるわけではないだろうと今では思うが。

「……チッ」

「やはりお前もいたか。久しぶりだな、レオ・マイオール」

テレビに一番近い席で、ずっとそっぽを向いていたらしいレオは、僕に気付いて挨拶代わりに舌打ちで答えた。

「今のお前、弱そうだからすぐに倒せそうだ。一人で戦ってやるッつう気迫が見えねェ」

「人を信じることを覚えたばかりだからな」

「何で弱そうだッつッてんのに、んな自信満々な顔してんだよてめェ。むかつくぜ、目も逸らしゃしねえしよォ」

「「目を逸らすのは弱者がする事」、だったな」

かつてレオに言われた言葉を返してやると、レオは再び舌打ちをして後ろに向き直ってしまう。

孤児院のリビングに「戦い」の参加者が集まるこの風景は、かつて奇妙な同居生活を送っていたことを思い出す。

「ここで暮らしているのか、お前たちは」

「そんなわけないでしょー、今この世界は、あなたが作ってるのよ志輝くん」

ようやく身体を起こして、河水樹が答えた。並んでいた料理はほとんどひっくり返されている。

「お前は俺達と違って、力の結晶になりながらでも朔来志輝で在り続けられた。だからお前は朔来志輝という名を持つ星の意志になったんだ」

陽祐が説明を代わるが、こいつから説明を受けていると、いつもと立場が逆転しているようでむず痒い。

言っている内容も要領を得ない。僕が星の意志になったことなら理解しているつもりだが。

「私達は違います。今はこうして生前の姿を借りて志輝くんの前にいますが、存在としては非常に不安定なモノ。名前だってもう無い、星の意志のひとつなんです」

「“絶対”は慎次郎氏によって支配された星の意志だ。だが貴公の存在だけは“絶対”の一部ではない星の意志であるから……」

「てめェは“絶対”の影響なんか関係なく、星の意志を使って好き勝手できるってことだ」

僕の存在が“絶対”とは異質である……ということか?

だが、慎次郎は星の意志そのモノを支配する。現に僕は星の意志として分解されているだろう。

「星の意志を支配している慎次郎さんでも、支配できない星の意志。それはつまり、「別の星の意志」とも言えます。それは例えば、隔離空間の世界とか」

またアエリアが付け加えて、ようやく彼らが伝えたかった意図が伝わった気がする。

僕は僕らが生まれてきた地球という星の持つ意志ではなく、違う星……土星とか天体なんかが思い浮かぶが、とにかくそうした別の星の意志になっている、という解釈か。

化け物の次は異世界人扱いか。今更僕の身が何であろうと驚きはしないが。

「それがどうした。僕はもう戦える状況じゃない。別の星の意志か何か知らないが、もう僕の存在は歴史から消滅されているんだぞ」

ここに来て、かつて殺し合い助け合った参加者たちと再会した。エリクシルとの、二人だけの長い戦いが終わってしまった今、僕には再び立ち上がれる気力も、理由もない。

僕は自分の願いのために戦い、そしてそれは果たされた。慎次郎が何をしようと、僕はすでに僕の願いを叶えている。世界がどうなろうと、僕にはもう関係無いじゃないか。

僕は人も自分も信じられた。それで僕という存在は満たされたんだ。

「……志輝くん。目を覚ましてください」

頬に、乾いた音と痛みが走る。アエリアの手だ。

「私たちを裏切るつもりですか?」

「裏切る、だと……?」

僕が恐れてやまない、他人の行動。信頼してくれる人を嘲笑い、心に深い傷を残すモノ。

「僕が裏切るだと、そんな事あるわけが……ッ」

「てめェ、人を信じることを覚えたって喜んでたよなァ。だがその信頼を早速踏み躙ろうってェのはどういうことだァ?」

レオが立ち上がると、僕の首元に掴みかかってくる。息が苦しい。

「貴公はまだ我らを信頼していない。それは無垢で無謀な甘えだ」

「甘え……?」

「人を信頼するには責任が伴う。人から信頼されるには、相応に応えられる責任を果たさなければならない。貴公が今まで逃げてきた、信頼の責任というモノだ」

信頼の、責任。

僕が、逃げてきたモノ、だと?

「あたしはそれでもいいけどね。だってあたし、志輝くんの子供みたいに甘ちゃんなところが好きなんだもん。可愛さ余ってキライなとこでもあるけど」

唯一妖しげに笑う河水樹も、その冷たい視線だけは僕に鋭く突き刺してくる。

「俺がお前と共に戦った時を覚えているか? 志輝。お前は俺に攻撃のタイミングとかを教えてくれて、俺はそれを信じて攻撃する。あの時、俺はお前を心から信じていたぞ。幼馴染だからじゃない。能力者として共に戦ってくれる仲間だった、その責任をお互いに果たし合っていたからこそ信頼していたんだ」

陽祐が近寄りながら僕に語りかける。その間にレオは腕の力を抜いて、僕をその場に沈めていた。

息ができるようになって咳き込む僕を参加者たちは見下ろしていた。

信頼の責任、お互いに果たし合うこと、か。

僕は戦いで参加者たちと協力する時、僕は信頼とは別の、こう指示すればこう動くだけのチェスの駒としか思っていなかった。

信じるなんて言葉も、運要素が絡む戦局で好転するように祈るための意味の無い言葉としてしか使っていなかっただろう。

しかし、陽祐やアエリアは僕を信頼して、信じて行動していた。そして、その責任を果たし信頼に応えていた。

「信じるって、言葉にすればするほど信用できなくなりますよね。多分、今までの志輝くんだったら絶対に口に出すことなんてなかったと思います」

美しい琥珀の瞳が伏せられ、憐みの視線を落とす。

「私たちは貴方を信じているんですよ。前から変わらず、例え死んでいったとしても、ずっと、貴方のことを」

アエリアの言葉をきっかけに、世界は再び色を失い始めた。

孤児院の景色はセピアのように色褪せていき、段々と元の無の空間へ戻っていく。

「それに、エリクシルさんだって……」

声が、遠くなったような気がした。

僕は顔を上げると、そこに彼らの姿はもう無かった。

「……アエリア?」

僕を囲んでいた五つの影を探そうと、立ち上がろうと力を込めた時。

とん、と何かが僕の背を覆った。

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