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太陽の墜ちる日

志輝が獣と戦い、未来眼を失って帰ってきたあの日の夜から、俺は奇妙な夢を見ることが多くなった。

俺の身体の中から熱い何かが突き破り、溶岩のような翼と嘴が飛び出す夢だ。

俺の身体から出たそれは周囲の全てを燃やし尽くし、家族を奪った時と同じような炎を撒き散らす。

そうして、気付くと目の前には炎に囲まれて動けず、それの姿に怯えるケアの姿が映る。

それは……俺の中に潜んでいるであろう獣は、何の躊躇いもなくケアを塵に変えて。

そこで目を覚ます。

それが現実になるのが怖い、俺の中に獣がいると分かってからずっとその恐怖が付いて回った。

ケアを、月乃を壊すのが怖い。

月乃を、ケアを忘れてしまうのが怖い。

俺は気付けば、今までよりも強く“絶対”を手に入れたいと考えていた。

この「戦い」に参加することで、俺はケアを護る力を手に入れることができた。それだけで、“絶対”を手にすることなんか考えなくても、よかった。

だがこの力がいずれケアに牙を剥く可能性があるというのなら、俺だけでなく志輝やアエリアにも獣になる可能性があるというのなら。

能力者達の中に巣食う獣を全て消し去れる魔法のような力があれば、この「戦い」から最後まで俺がケアを護り通すことができるのに。

そう考えた時、俺の口元が笑っていた。そうだ。どんな奇跡をも起こし得る力が、“絶対”が、俺には手にできる権利があるじゃないか。

結局アエリアは間に合わず獣となり、俺ももうじきそうなるであろう予感を覚えているが、まだ俺が俺である限りはチャンスだ。

志輝には志輝の叶えたい願いがあるのだろうが、俺にも俺の願いがある。だからまずは俺と志輝だけが残り、対等の条件に立った上で最後の勝負を決める。そして俺は勝ち、“絶対”を手にする。

“絶対”なんて呼ばれているんだ。もしこの「戦い」で去って行った時雨やアエリア、レジストにレオを蘇らせることだってできるかもしれない。能力者が駄目だとしても、月乃と母さんを取り戻せるかもしれない。

俺は“絶対”が欲しい。そのための第一段階として、河水樹白里を殺す。

以前は負けてしまったが、獣の解放が近いのか、あれから俺の能力は急激に成長した。

炎の中で回復をする奴の不死身の身体を、今度こそ灰にできる。その自信がある。

わざわざ来てくれたのは有難かった。こっちから出向く手間が省ける。

さあ、焼き尽くしてやる。お前の魂ごと、破壊し尽くしてやる。



「あんた、なんて目であたしを見てんのよ。まるで獣よ、あんたがなりたくないって喚いてたヤツ」

服に付いた汚れを払いながら、白里が陽祐に近付いていく。

彼女の傷はすでに癒えて、透明のように白い肌が炎の影の揺らめきを映す。

陽祐は右肩から先を失った。今、彼の右腕は凝縮した炎によって象られているだけだ。

「やっぱ幼女には優しくしないとね。あたし、絶対キュリオだけには喰われたくないわ、なんか雑菌とか凄そうだし」

「河水樹白里」

名前を呼ばれたことで、白里はその軽い口を閉じた。

「あんたね、なんで死なないのよ。その傷にその血、もう既にヤバいレベルなんじゃないの?」

陽祐の足元には、夥しい量の血が広がっていた。それはキュリオの球体のものと混じり、赤黒く地面を彩る。

「……くく、っはははははっははははははははははっっ!!」

血の海の上で炎を操る陽祐は、その決して混じり合わない二つの赤の狭間で、笑った。

瞬間、陽祐の右肩から炎が鞭のように伸び、白里の身体を縛って引き寄せる。

「なっ、あ、熱いんだけどっ!?」

陽祐の近くまで引き摺られた白里は、陽祐の身体から発せられる炎の熱によって焼かれる。

しかし彼女の肌が焼け爛れる度に、緑色の光が発せられることでその傷を癒していく。

癒えた肌がまた焼かれ、癒えて……その繰り返しが彼女の全身で行われる。

「あんた、まさか能力制限とか考えてんの? だったら無駄よ、回帰骸は唯一能力の発動回数に制限が無いステキ仕様なんだから! だからさっさと離しなさいよ!」

白里の声は、もう陽祐には届いていないようだ。狂ったように笑い続ける中、彼の身体に溶岩のような赤黒い罅が這い始めている。

どこからともなく炎が灯り始める。キュリオの球体にも、白里の身体にも、そこにあるモノから炎が起こされてゆく。

その炎が、陽祐を中心に集まり始めた時。白里の視界に、この場に不釣り合いな桜花色の髪をした少女が遠く映った。

「エリクシル! こいつも獣になるわ、離れててっ!」

白里は炎の轟音に負けずエリクシルに叫ぶと、陽祐を囲う四方向に砲台を創造し、発射する。

当然自分をも巻き込むことになるが、それもすぐ再生する。これで拘束を剥がし、集中砲火でとどめを刺そうと画策する白里だが。

「ちょっと、何で出られないのよっ!」

白里を縛る炎の鞭は弱ることなく、むしろ砲撃による炎を飲み込んでさらに強力に、白里を捕えていた。

発射を終えた砲台は光となって消えるより先に、陽祐から吹き出す熱風で炎が灯って飲み込まれる。

至るところで灯った炎が陽祐に集約されてゆく。彼の身体はもう人型を保っただけの溶岩となり、心臓の位置に一際目立つ灼熱の光球を残すだけだった。

その光球が、炎を飲み込んでいく。砲台も、キュリオも球体も、そして、白里の身体をも飲み込もうとしていた。

「い、いや……なんかこれ、やばそうなんだけど……」

白里は初めて、自分の存在の消滅の危機感を覚える。今まで感じたことのない恐怖と、自分の背後に忍び寄る虚無感が彼女を追い詰めていた。

最後に縋れる存在、遠くに見たエリクシルは、あれから動くこともなくただこの状況を傍観していた。

エリクシルには操作指の能力があると聞いた。その能力があれば、どうにか自分を救ってくれる算段が立つかもしれない。

「…………ッ!?」

彼女に助けを呼ぼうとして、白里は喉が炎の熱で焼かれて声が出なくなっていることに気付く。

それは回帰骸によってすぐ治るはずの傷が治らないことへの衝撃。白里は初めて、この異常事態に混乱した。

回帰骸に限界が無いのは見栄ではなく事実であり、外傷だけでなく体内の負傷に対しても効果が発動するはずなのに。何故、どうして。

炎がさらに凝縮されて、視界の全てを塞がれた。喉以外の火傷は治るため、回帰骸が機能していないわけではない。しかし、この傷が残り続けていることに困惑する白里に冷静な判断は下せない。声にならない悲鳴を、彼女は上げた。

そうして、白里は死の恐怖に怯えながら、気絶した。



子供の叫び声によって目を覚まし、僕は中庭に出た。

そこに広がっていたのは地獄のような光景だ。もはや人間としての姿も残っていない肉塊と鮮血が、そこにぶち撒かれていた。この理不尽な紅の光景に思い当たるのは、特殊部隊キュリオしかいない。

そして孤児院を出た先に、隔離空間が展開されているのが分かる。河水樹はキュリオと同じファミリア側の能力者であるはずだ、なら今奴と戦っているのは陽祐だろう。

時間は零時を過ぎている。魔王眼を完全な状態で行使できる今なら、キュリオが相手でも負ける気がしない。

僕は起き出した子供達を部屋に追い返し、隔離空間へと向かった。



空間に入り込むことで、空の色が暗闇の黒から異質な紫へと変化する。そして、瞬時にその世界に“太陽”の光が差した。

立ち入った瞬間に頬を抜けた風は、まるで火で炙られたように熱い温度を伴っている。

いつも紫の空によって薄暗く感じる隔離空間が、まるで昼間のように眩しく照っている様子に、僕は戦慄を覚える。

隔離空間に太陽は現れない。だから僕が見た太陽……空に昇る光源は、能力者によるもののはずだ。

そして光と熱、空間内の至る所に点々と燃えている炎を見るに、僕の想像は恐らく間違ってはいないだろう。

あの光源は、陽祐だ。いや、陽祐の存在を喰らって生まれた獣、と言った方が正しい。

「クルァアアアアアアアアアアアッ!!」

太陽が、甲高い咆哮を上げる。僕という標的を見つけたのだろう。

灼熱の翼を羽ばたかせ、獣は僕に向かって飛翔する。近付くほどに肌に刺す熱気も増していく。

すれ違うだけでも身体が焼けてしまいそうだ。どこか住宅の影に隠れてやり過ごさなければ。

戦闘態勢を、と魔王眼を発動させようと意識を向けた矢先。

操作指ハッキング・フィンガー

か細い声が、僕の耳に届く。

同時に、熱源から発せられる光が途絶えた。こちらに飛び掛かるはずの獣は、その翼の溶岩が冷え切ったように黒ずんだことで動かなくなったようで、僕の前方に墜ちてきた。

発する炎が消え失せたことでようやく目にできた獣の姿は、禍々しく煌く朱色の身体を溶岩で纏った巨大な怪鳥。鋭い嘴や翼爪は絶えずに熱されており、煙と塵を焦がす臭いを放っている。

僕を護ると言っていたあの陽祐が、こんな獣に成り果てた。

「来たのね」

呆然と獣を眺めていた僕に、あのピンク髪が近付いてきた。

「お前、何故こいつを操作した」

僕は振り向くことなく、エリクシルに問う。

「アルーフが、貴方を狙ったから?」

相変わらず、質問を疑問形で返してくる。見なくても、真顔のまま首を傾げる様子が手に取るように分かる。

「貴方は“絶対”を手にする権利を得た。だから、もう戦わなくていい。だから、助けた」

僕の右眼に意識を向け、漲る熱の動くままに僕は彼女の首元に掴み掛る。

「ふざけるなッ!」

「事実。河水樹白里は戦闘不能、日向陽祐はアルーフになった。「戦い」の参加者で生き残っているのは、朔来志輝……貴方だけ」

強化された握力で細い首を絞めているにも関わらず、エリクシルは表情も変えずに淡々と続ける。

納得行かない。こうして目の前で獣を簡単に無力化させたこともそうだが。

「河水樹、あいつが戦闘不能? 不死の能力を持たせて、ファミリアはあいつを勝たせるつもりじゃなかったのか!?」

「足下」

エリクシルが指す先、僕の足下の近くには、白い灰の塊があるだけだ。

「彼女は灰になった。私が操作指で、彼女の不死を書き換えただけ」

言われて、僕は手の力を失う。エリクシルは抜け出し、小さく咳き込むがそんなことはどうでもいい。

不死を書き換えた? 操作指の能力で?

何故だ。

「何故そんなことをする? お前はお前の「戦い」のために僕と組むが、河水樹のサポートは続けるんじゃなかったのか?」

「その余裕が無くなった。すぐにでも“絶対”を貴方が手にして星の意志に返さなければ……」

『返さなければ……なんだい? エリクシル』

新たな声が、僕とエリクシルの間を抜ける。



『嫌だなあ、早速ボクの期待を裏切ってくれちゃってさ。キュリオも白里も、せっかく大事にしてきたお人形さんだったのに』

「……ファミリア」

実体を感じないホログラム体の姿で、ファミリアはそこに現れた。

何時いつからいた? 本当に、幽霊のようにどこからでも現れる。その神出鬼没で飄々とした存在に、僕は何度となく状況を掻き乱され続けてきた。

『さて、朔来志輝。まずはこの「戦い」に勝利したことをお祝いしよう。おめでとう。これまでの戦いの中で、キミはきっとこれまでの人生では実感し得なかった様々な思いを感じ、価値観を見てきて、ぶつけ合ってきたことだろう。この体験は、これからのキミの人生をより充実したものにしてくれる糧となるはずさ』

用意されたような形だけのお祝いとやらを並べながら、ファミリアは身動きの取れない獣に近付いていく。

そうして、ファミリアは身に纏った銀色の衣の奥から、スペリオルが持っていた巨大な黒水晶・“絶対”を取り出した。

「何をするつもりだ」

『キミ達能力者が行使する能力は、全て“絶対”の中にある星の意志の一つなんだ。「戦い」は終わったんだから、きちんと回収しないとね』

と、“絶対”を獣に押し付ける。

すると水晶は眩い光を放ち、それに伴って獣がまた甲高い叫び声を上げる。苦しんでいる、ような声だ。

獣の身体自体も、“絶対”と同じ緑光を放ち始めると、獣の身体が光の粒子となって分解され、水晶の中に吸収され始めた。

叫び声も次第に薄れ、獣の存在は亡骸を残すことなく完全に消滅した。

『キミはどうする? 魔王眼の能力、もう必要ないでしょ。もらってあげようか?』

“絶対”を拾い上げ、ファミリアは僕に向き直る。

「僕は「戦い」の勝者になった、だがそれはお前の目的が果たせなかった結果になるはずだ、ファミリア。何故、そんな余裕を持てる?」

『Open Your Eyes...』

以前一度、僕はファミリアを相手に魔王眼の発動を成功させている。僕は魔王眼によって、今再びファミリアの意識を掌握を試みた。

やはり、今度も成功する。ファミリアの意識を掌握、支配する。“絶対”をその場に置かせ、十分な距離を開けさせる。

『やっぱり強いなあ、魔眼の能力は。気に入っちゃった?』

ファミリアの戯言を無視し、僕はついに“絶対”をその手に掴んだ。

僕が手に持つことで、水晶はまるで息づいているかのように緑光の明暗を繰り返すようになる。

この「戦い」を生き延びた者にのみ与えられるモノ。願えば世界でも手に入れることができる、星の意志を具現化した奇跡の結晶。

その妖しい輝きと吸い込まれそうな黒に、僕自身の意識までもが引き寄せられていきそうだ。

『困ったなあ、「戦い」の勝者であるキミが“絶対”を手にして願い事を叶えてしまったら、ボクの長年の計画は全て水の泡じゃないか』

まるで焦りを感じない、ファミリアの変わらない平坦な口調に違和感を覚え、僕はぼうっとしていた意識を目覚めさせる。

はっとなって急に視界が開けると、さっきまでいたはずの存在が一つ欠けていることに気付いた。

遅過ぎた。

突如、僕の背に何かがぶつかった。

同時に、背から腹にかけて、一気に熱されたような痛みが襲い来る。

僕が、誰かに刺された……?

力が抜けていく。僕の身体が、路上に沈み込んでいく。

『なーんてね。ありがとう、エリクシル』

掌握を解かれたファミリアは、僕の後ろで立ち尽くす誰か……エリクシルに、明るい声を掛けた。

どういうことだ。彼女は僕に協力を持ち掛けて、ファミリアの野望を阻止するのではなかったのか。

僕を、パートナーだって、言っていたのではなかったのか。

彼女は瞼を伏していた。桜花のような髪が、薄い風によって僅かに揺れる。

「……ごめんなさい、志輝」

手から零れ落ちたナイフが、僕の作る血溜りの中に落ちる。

『くっく……はははっ! こんなにあっさり事が運ぶなんて、はは、呆気ないにも程があるよ! ははははははっっ!!』

ファミリアの笑い声は、今までの彼女とは違った空気を纏っている。悲願の達成で気でも違ったか。

なんて、言葉を発することもできない。

内側から血の気を感じなくなってくる感覚。だけど、刺された箇所だけはまるで熱せられた鉛のように熱く重い。

『やはり志輝を選んで良かった! エリクシルを作って良かった! この二人だからこそ、私の計画の全てが上手く進んで行ったんだ!!」

視界が薄れていく中、僕の目の前にまで歩みを進めてきたファミリアは、そのホログラムが欠けることでその中に別の人間の存在を認識させる。

声も、女性から男性へ。地に足も着けていて、背格好等もまるで別人だ。

だというのに。ファミリアの内側から出てきたその姿も声も、僕にとっては馴染みがあるモノで。

そして、この場に一番相応しくない筈のモノだった。

「これだよ。この感じ。ポーンでキングを討った時の、最弱の駒で最後の大詰めを完遂させる、この達成感。君ならわかってくれるだろう? 志輝」

朔来慎次郎。

僕を受け入れて、育ててくれた、唯一信じられる人。

「慎次郎さん」が、ファミリアだった。

「よくやってくれたね志輝。あとは私が、この世界をイチから作り直すだけだ。君も、エリクシルも、もう用は無いよ」

彼は何か悪霊にでも取り憑かれているかのような、狂気に歪めた笑顔を変えずに、懐から取り出した拳銃を向ける。

「用があるのはこの“絶対”と志輝の血のみ。これで私は星の意志を支配して、新たな世界の神になるという最終フェーズに進む。その神聖な儀式を前に、不要なモノは邪魔でしかないんだよ」

僕が、慎次郎さんに、拳銃を向けられている。

信じていた人に、また、裏切られた。

「真の王者の登場なんだから、前座はさっさと退場しておくれ。バイバイ、志輝」

僕の意識が落ちるのが先か、銃声が耳に届くのが先か。

目の前が真っ白になって、僕の世界が閉じてゆく。



ああ、そういえば。

あいつ、初めて僕を名前で呼んだな。

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