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王者の旋風(かぜ)、女帝の冷風(かぜ)

無数の炎の筋が、混沌色の空間を走る。

両拳の先から前方へ向かって炎を放つ俺の技、「須佐之男スサノオ」だ。

雷のように鋭く走る炎は前方を走る獣を狙うが、気付いた獣が後ろ足を旋風に変えることで炎を切り裂き無効化する。

それでも、奴の気を引くことができた。

俺もさっきのダメージが残っている。無闇に追い続けるくらいなら体力は温存しておきたい。

「勝負だ、獣!」

俺は再び火之迦具土を作り出し、動きを止めてこちらを振り返る獣に炎の拳を伸ばした。

「グルァアッ!」

獣は強い勢いで後転するように跳躍して拳をかわす。

空中に躍り出た獣は暴風を放ち、俺を炎諸共切り裂こうと襲い掛かる。

炎が風に掻き消える前に、俺は敢えて襲い来る暴風に向かい直進する。

爆炎の魔神が俺の身を守りきり消滅する寸前に、俺は獣の懐に飛び込むことができた。

俺の右腕に力が篭もる。腕に炎の推進力を与えて、爆発的な加速力を生み出した俺の拳が、獣の腹に突き刺さる。

「うおおおおおおおおっ!!」

「グギャァァァッ!!」

突いたままの拳から炎を放ちつつ、左腕からもジェット機のエンジンのように炎を噴出させる。

俺と獣は、拳によって繋がったまま際限の無い上空へと一気に飛翔した。

唸る獣は痛みに苦しみながらも、風と化した後ろ足を俺の背後で能力解除し再構築させ、鋭利な爪で俺の背を抉った。

「がはっ!!」

俺の体勢が崩れ炎の噴出が一瞬止まったのを逃さず、獣は身体を無理矢理くねらせて長い尾の鎌を振り切り俺の喉元を狙う。

生物としての直感だろうか、俺の身体は思考より先に動き、咄嗟に作り出した濃密な炎の楯で自身を包み込みながら首を曲げて狙いを外した。

そしてお互いに落下していく。獣は風で、俺は炎で、勢いを殺しながら着地を目指す。

俺も獣も、今の攻防だけでかなりの消耗を強いられた。レジストの容態を気にするまでもなく、短期決戦になりそうだ。

しかし、ただの獣にしては知性を感じるような戦術を取っているように思える。能力を一部解除して攻撃を行おうなど、生存本能のみで戦う獣としては有り得ないような行動が見受けられるのは確かだ。

まさか、本当にレオの意識が残っているというのか。

「……そんなわけ、ないか」

もうすぐで地面に着く。互いに降り立ったのを合図に、俺達は勝負を決めるだろう。

だから、それまでに馬鹿な考えは振り払え。奴はレオから生まれた能力の塊、ならレオの戦闘パターンを本人のように再現することだって有り得ない話じゃないはずだ。

レジストには悪いが、奴には強い一撃で伸びてもらう。あんたは生きて帰って、レオが既に死んでいる現実と、獣にレオの魂が無い現実と向き合ってくれ。

獣もここまで攻撃をしてこなかったのは、俺と同様追い討ちを掛けられる程の余裕がないからだろう。

俺と睨み合いながら落ちる獣の眼には、人間らしさなんか微塵も感じられない、血に飢えた殺意の色しか見えなかった。

そして今。炎と風が、地に触れて消える。

「はぁああああああああああ!!」

「グルゥアアアアアアアアア!!」

俺の左腕が、燃え上がる炎の煌きで光を放つ。

獣の右足が、吹きすさぶ風の轟きで刃を纏う。

小さな太陽の如き灼熱の輝拳「天照アマテラス」と、疾風の刃で近寄る全てを切り裂く孤高の腕が、激突した。



煙が立ち込める。

左腕から流れる血と痛みが、俺が生きていることを教えてくれる。

うっすらと見える。獣は、倒れていた。

お互いの一撃がぶつかり合った衝撃によって、俺達の身体が吹き飛んだ。

俺は立ち上がれた。立ち上がり、うつ伏せになって倒れたままの獣を視認することができた。

だが、俺がこうして立ち上がれた以上、獣も完全に倒しきれているわけじゃないはずだ。

油断はしない。薄れ掛けている意識をなるべく獣に向けながら、寝かせているレジストの方へ歩く。

俺は、寝かせていた場所からレジストがいなくなっていたことに気付けなかった。

「れ……お……」

背後から声がした。さっきまで向いていた、獣の方だ。

煙が徐々に晴れてくる。レジストを寝かせていた場所から、血の滴の跡が俺の足元を越えて残っていたことにようやく気付いた。

声と血の跡を辿って、再び獣を見る。獣の腹部から、赤い液体が広がっていた。

血の跡は獣にまで続いていた。しかしその跡は、獣から広がる液体に侵食されて消えていた。

煙が晴れた。獣は、どうやらやはり起き上がれたようだ。

白銀の鬣が、赤く染まっている。

俺はその先、獣の影に隠れて見えなかった、獣の内側に……人影を見た。

「……あんた、ばか、やってんじゃ、ないよ……」

女性の声だ。掠れて、息も絶え絶えの様子の、女性の声だ。

俺は頭が煙のように真っ白になっていた。真っ白な頭の中に、真っ赤な眼前の光景を焼き付けていた。

レジストの身体が、獣の腕によって貫かれていた。大の字に倒れたレジストから、死に至る量の血が流れ出ていた。

「まったくあんたは、すなおじゃ、ない、ね……」

満足に呼吸ができず、声はもう声ではない。

それでも、彼女は最後まで信じたんだ。

「れお……」

この獣が、自分のパートナーなのだと。

虚ろな笑みを湛えたまま、彼女は最後の息を引き取り、絶命した。

獣は彼女の血で出来た水溜りの中で、彼女の命の果てる様を見下ろしていた。

「お前は……本当にレオ、なのか?」

自分でも愚かだと思う。だが、無意識のうちに俺の口が動いていた。

「お前は、レジストをパートナーと知って、それでも殺したのか?」

獣に言葉など通じない。そんなこと、分かっているはずなのに。

獣は俺の言葉を受けてか、血溜りの中でこちらに振り返り、ゆっくりと歩みを進め始めた。

彼女の血を踏みつけて、赤い足跡を刻み込みながら。

「お前は、誰が敵で誰が味方なのか、分からないのか?」

一歩。

「お前は、大切な人を、大切な仲間を、大切な思い出を、忘れてしまったというのか?」

また一歩。

「お前は……お前達は、皆、そうなのか?」

獣は近付いてくる。

「俺は、お前みたいになるのか?」

見るモノを不幸にするように、不気味に光る深黒の双眸を向けて。

「俺は、大切な人も思い出も、敵も味方も、叶えたい願いも全て忘れて、目の前をただ壊していく獣になるのか?」

立ち止まった。

獣は、俺と眼を合わせ続ける。

仲間の血に染まった顔を、背けることはできない。

まるで、俺自身を映した鏡のようだった。

「俺は……俺はっ……」

獣は動かない。ただ、俺を見る。

その瞳が、怖い。

「俺は、俺は嫌だぁああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

傷付いた左腕も構わず、俺は天照を超える炎で獣を焦がした。

目の前の獣が、何の抵抗もせずに塵へと還っていく。

獣は最後まで、俺から眼を逸らさなかった。

俺は喉を枯らすまで叫び続けた。

俺の中に僅かに感じた、獣の気配を吐き出したかった。

レジストの遺体まで残さず、俺の炎は空間を焼き続けた。

家族を奪った、あの炎のようだった。



吹雪が轟と吹き荒れ、僕の身体を枯葉のように吹き飛ばす。

その勢いに逆らわず、強化された身体能力で宙を返り、なびく木の幹をクッションに着地を試みる。

同時に、足に力を込める。手に握った氷刀の刃を、獣に届かせるために。

「はああッ!」

跳ぶ。吹雪く風の勢いが少し落ち着いた一瞬を見逃さずに、獣に向かって。

以前の僕なら未来眼で予知していたところを、今の僕なら経験的に予測する。

今までの戦いは、僕を成長させている。

腕を伸ばし、一直線に獣の身体へ狙いを定め突撃するのだが。

「ビュアアッ!」

しなやかに身体を捻らせて突きをかわした獣は、その回転を利用して氷を纏った大きな尾を振り回す。

僕は避けられたことで刀が地面に突き立った衝撃を腕のバネに転用し、大きく前転するように宙を舞って尾の追撃を回避した。

なんて動きだ。魔王眼の身体強化は僕に体操選手以上の運動能力を与えてくれている。

衝撃の痛みも感じない。身体中に満ちる熱い力の感覚の方が何より勝って麻痺しているのだろうか。

獣の攻撃によって、アエリアが遺した刀が砕け散る。時雨の形見の日本刀とは違い、今度は刀身の根本から粉砕されている。これでは小刀として使うこともできない。

さて、どうするべきか。

「ビュオオオオッッ!!」

獣が吠える。狼の遠吠えのように、この声は周囲に響き渡っているだろう。

まずい。ファミリアが獣の存在に感付いて、力の結晶たるこいつを回収しに来てしまう。

邪魔が入られてたまるか。こいつは、僕が殺らなきゃならないんだ。

僕は手近に飛んできた刀身の破片を掴み、獣に投げつけて注意を引く。

獣が僕に向かって吹雪を吹き付ける。僕は足を取られないように木々の中に紛れ込んだ。

木々が吹雪から守ってくれる。身を隠しながら、次の手を考えよう。

今利用できるのは、この周囲の木々、自然の力だけだ。魔王眼を試す方法もあるが、失敗した場合一旦途切れる身体強化であいつからの攻撃を受ければ致命傷だ。

今の僕には何もない。強いて挙げれば“絶対”と同じ小さな黒水晶がポケットにあるが、こいつで吸収できるような能力ではないだろう。

『貴方には、大切な何かを引き替えにしてでも、戦い抜く覚悟はありますか?』

あんなことを言っていた彼女だ。強い精神力を持って、この「戦い」に臨んでいた。そんな彼女が生み出した「氷装骨」。簡単に失えるモノではないはずだ。

僕はあの時、あの問いに答えられなかった。エリクシルに勝手に未来眼を与えられ、巻き込まれるように「戦い」に参加した僕には、そんな強い意志を持つことはなかった。

だが今なら。「戦い」を経た今なら、答えられる。

「覚悟を決めた。絶対に生き残ってやるぞ、アエリア」

彼女の成し得なかった目的を引き継ぐのではない。時雨の意志を引っ張るのでもない。

僕は僕の意志でこの「戦い」を生き残って、“絶対”を手に入れてやる。

手に入れて……

「あはっ、志輝くんみっけ」

思考が止まった。



後頭部に、何かを押し付けられている。

振り返れないが、後ろにいる人物には思い当たる節がある。

「何故お前がここにいる、河水樹白里」

「安心して。今日は志輝くんに正式なプロポーズをしてもらいに来たの」

僕は動けないまま、拳を強く握る。今はお前の戯言に付き合っている場合じゃないというのに。

「志輝くん。あのコ、アエリアちゃんだよね?」

河水樹の声は鋭く、僕の耳を切りつけるように届く。

「あいつは僕が殺す。お前は手を出すな」

「嫌。あたしがあのコを殺すことで、命を救ってもらった志輝くんは私に永遠の愛を誓ってくれるの」

「いい加減にしろッ!」

脳裏に文字が浮かび上がり、魔王眼が開く。

僕は後頭部に当てられていた砲身の下に素早く潜り込み、弾が発射される衝撃の届かないところまで駆け抜けた。

砲台が緑色の光に還ってゆく。その奥にいる麦わら帽子の少女の目を、僕は見た。

こいつの思考は愚かな程単純だ。僕のことか、獣を殺すことしか考えていない。

思考を読むことはできるが、シンプルすぎる故にこちらから干渉したり掌握することはできない。身体を動かすことはできても、簡単に支配を解かれてしまうだろう。

「志輝くん、期待してるんだね。分かってる。あたし、絶対にあいつを殺すね」

「このッ……!」

僕が支配を強めようと意識する前に、彼女は創造心の能力で自身のコピーを作り出し、僕の支配するべき意識をコピーに向かわせた。

魔王眼が対象を誤認する程、このコピーはオリジナルに近い存在なのか。

オリジナルはすでに木々から抜けて、獣に向けて多くの大砲を発射させていた。

余計なことをするな、あいつは僕が倒さなくてはならない相手だ。

僕が、殺さなくてはならない獣だ。



吹雪の勢いが止んでいる。その様子を見計らい、僕は再び広場に飛び出す。

河水樹白里が作り出した砲台が四方八方、獣を中心に取り囲んでいたのだ。

「着火ッ!」

河水樹が指を鳴らすのを合図に、一斉砲火が始まる。

一発撃った砲台は光に消え、その横に新たな砲台が作られては発射する。

点滅する砲台による無数の集中砲火によって、僕の視界は煙と爆風に塞がれてしまった。

砲撃の音が止む。獣はどうなったのか、今のままでは確認できない。

煙に目が染みてしまう。一旦下がり、仕切り直す。

そう考えていた僕の身体に、冷たい風が吹き抜けた。

「ビュオオオオオッ!」

獣の声が上空から聞こえる。どうやら獣はその脚力で跳び上がったようだ。

油断した。風に煽られ、僕の身体が後方に押し出される。

煙が冷気で晴れ、獣の姿が視認できる頃には、獣は攻撃のための準備を整え終えていた。

獣の両前足に、青白く渦を巻く冷気があった。

それが着地によって触れた瞬間。

「志輝くんっ!」

獣を中心に、圧縮されていた冷気が解き放たれる。

地を這い空を凍み渡る冷気は、この山の頂から麓までを一瞬の内に白く染めてしまった。

あまり雪の積もらない太刀川市で、まさか氷山を見ることになろうとは。

ドライアイスをぶちまけたかのように広がっていく冷気は、そのまま街の広範囲までに広く、霜を降ろした。

「い、生きてる?」

「河水樹……」

山頂付近からこの広場は冷気が一番強く影響したエリアだ。霜どころではない。天然のスケート場かと思えるくらいに、分厚い氷の壁や床が世界を占めている。

銀世界なんてものではない。鏡のように美しい氷が隔離空間の紫に染められ、氷の地獄と言って間違いはない悍ましい景色だ。

その冷気の間近にいながら、僕は河水樹の創造心が創り出した四角形のシェルターによって氷漬けになる事態から脱却できていた。

魔王眼によって熱くなっていた身体でもすぐに冷え切り、凍えないために生存本能が働いて身体を震わせている。

直撃でなかっただけ、命があっただけありがたい話だが。河水樹に救われたというのが気に入らない。

「礼は言わない」

「今はいいよ。後でまとめてもらうから」

シェルターが光となって消滅すると、途端に強烈な冷気が僕に吹き付ける。

氷の壁の天井を、河水樹は創り出す巨大なドリルで突き進んでいた。

大小散らばる氷の破片が降り注ぐ。僕を助けたいのか殺したいのか理解できない。

河水樹が空けた穴を、掘り進んだドリルの痕に手足を引っ掛けて登りきる。



氷獄と化した山頂の中心、より高い氷の層の上に、獣は立っていた。

戴冠式を終えた国王のように、獣としてはあるまじき気高き風格を纏って、僕と河水樹を見下ろしている。

「志輝くん、あの獣を殺したいんでしょ?」

唐突に河水樹は告げると、彼女の周囲に様々な武器の山が積み上がった。すべて、彼女の能力によるものだ。

「自由に使っていいよ。でも、あたしだって殺して志輝くんに認められたい。だからあたしよりも早く、あの子を殺して見せてよ」

それだけ言って、河水樹は獣に向かって駆け出した。

相変わらず得体の知れない奴だ。こうして挑発してくるのも、平然と僕に戦う術を与えるのも、いい迷惑だ。

お前から与えられた力であいつを殺しても、僕はこの胸の内のざわめきを止めることはできないだろう。

僕は、河水樹の力を借りずにあいつを殺してみせる。

魔王眼の身体強化を生かしにくい状況ではあるが、やらなければならないんだ。

それが、あいつの最期の願いを果たすことになるはずだから。

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