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冷たい手、求めるモノ

陽「志輝、あれから未来眼が使えなくなったって聞いたけど……」

志「……ああ」

陽「ああって……お前、大丈夫か?」

志「……ああ」

陽「……どうしちまったんだよ、急にフレンドリーになったかと思えば、ちょっと前みたいに塞ぎ込むようになっちゃってさ」

志「……さあな」

陽「……本当に、このまま志輝の奴、この「戦い」を“棄権”しちまうのかよ……」


志「僕は……」

「ほうっほうっほうっほう、ここが問題の街か。うーん、ここまで長かったな!」

二メートルを超えた巨体を元気に振り回しつつ、一人の男性が鞘橋の中心で景色を見まわす。

身体の大きさに合わないハットを被り、迷彩柄のリュックを背負ったその姿は、それらしい外観も相まって“登山家”と呼ぶに相応しい。

だがそれにしては、厚手のズボンの裾が汚れ、破け“すぎて”いる。

裸足は黒ずんでいて、ここに至るまでの足跡がくっきり残るほどだ。

「あとはあの女っ子に会ってこいつを渡すだけなんだが……どこにいるんだ?あの山か?」

橋から少しだけ見える郊外の森を見据え、閉じているように見える目を開くと。

「そこに山があるのなら、登ってみればいいんじゃないか!ぶわっはっはっはっはっ」

登校中の学生達の目も気にせず、男性は森へと向かって歩み始めた。

背負ったリュックの中身から緑色の光が零れていることに、彼も誰も、気付くことはなかった。



獣の襲撃から一週間が経過するが、今日も獣どころか実行委員の襲撃すらなくなった。

油断を誘っているのか分からないが、何の動きも見られないのは不気味だ。

ただ、こいつだけは現われる。

「志・輝・きゅーんっ、一緒に帰ろー!」

「断る」

「えーっ、今日でもう一週間だよ?一回くらいいいじゃん」

「お前に帰る家があるとは知らなかったぞ、河水樹」

「もっちろんあるよ?あたしの創造心さえあれば志輝くんとの愛の巣だって思いのまま……」

「帰れ」

「ぶーぶー!今ならエリクシルちゃんだって付いててお得なのにぃ」

「黙れ」

何故か河水樹だけが毎日僕の目の前に現われては、戦闘ではなく行く手の邪魔ばかりを行っているのだ。

昇降口にいる僕の足止めに勤しむ彼女であるが、校舎内にも関わらず生徒でない河水樹が平然とここにいて、しかも周りの生徒達の誰もが部外者であることを疑わないのは、彼女の創造心による制服の創造が精密であることを表していると言える。

どこのクラスだ、くらいは考えないのだろうか。アルビノの見た目はやはり目立つだろうに。

「お前、「戦い」をしに来たんじゃないのか?」

「え?だって志輝くん、もう左目視えないんでしょ?じゃあもう殺す必要ないもん」

へらへらと笑う河水樹を置いて、さっさと帰路に着く。

「ちょっとー、無視だけはやめてよね、寂しいじゃない」

「うるさい」

「そんなにショックなの?「戦い」の参加者じゃなくなったことが」

足が止まる。

「今日で一週間だもんね。結局使えないんでしょ?未来眼」

河水樹は表情を何一つ変えず、貼り付けた笑顔のまま、明るい声のままで僕の背に現実を突きつけた。

襲撃後にレジストらから聞かされた、「戦い」に於ける例外、棄権。

この「戦い」の参加者が受け取った能力は、一週間以上発現されなくなると、その人物の意志に関係なく消滅するという。

能力は使うたびにその威力を高めていけるのだから、生き残るためには頻繁に、いや回数の上限まで毎日行使するはずである。たとえその仕組みを知らないとしても、他の参加者が襲い掛かってくるのだから、戦闘になれば否応無く行使せざるを得ないだろう。

その理由から、実行委員達も説明の必要はないとして、上層部から説明を省略するように言われていたらしい。

エリクシルは「戦い」が終わるまで消えないと説明していたように記憶しているのだが、あいつのことだ、用意されたテキスト以外は気にも留めなかったんだろう。

しかし僕の未来眼は、獣の襲撃以降、行使したくてもできなくなってしまっていた。

襲われた時のダメージが影響しているのではとバリアは言うが、左目は失明でなく、あくまで未来眼としての能力だけなのだからいまいち腑に落ちない。

何度試し続けても視えない未来。そうして無駄に費やしてきた時間も、今日で一週間になってしまう。

「残念だったね、リタイアになっちゃって。“絶対”を手に出来る権利、もらえなくなっちゃったんだもんね」

止まってしまった僕の周りに執拗に纏わりつき、笑みを絶やさない河水樹。

「でも安心して志輝くん」

正面に立ち、手を僕の顎から首元に這わせる。

「あたしが、すぐにこの「戦い」を終わらせちゃうから」

全身に痺れを感じ、身動きが取れない。能力では、ないはずだ。

河水樹は人目も気にせず、回した腕をより絡めるように抱き寄せて、その唇を僕の耳にあてがう。

「志輝くんがいないなら、残りの二人なんてすぐに殺せるよ。それで私が“絶対”を手に入れたら、私と志輝くん以外の人も殺して、ちょっと寂しいけどエリクシルも殺して、二人だけの素敵な世界を作るの。それが、今のあたしの願い」

吐息と共に脳内を巡る、狂気の囁き。

河水樹はそのまま身を引き、じゃれる猫のように僕の周囲を一周する。

「ファーストキスはまだ取っておくからねっ、あたしのアダムさん♪」

バイバイ、と手を振ると、河水樹の姿は瞬間、緑色の光となって消えた。

今の今まで、僕が会話していたのは河水樹の創り出した分身だったようだ。

本人と寸分も違わない精巧な創造能力。彼女の能力もまた、日増しに強力になっているのだろう。

化け物め。

ふと思って、僕は左目に手をかざした。

小さい頃の記憶の映像、変色した左目を見た両親の言葉が蘇る。

『もう家の子ではない、出ていけ!二度とその眼を見せるな!』

『この……化け物め!』

……僕も、同類だったか。

異質な銀色の瞳。その唯一の意義だった未来視の能力がなくなった今、僕はこの眼と向き合うことはなくなるのだろう。

今までのように、カラーコンタクトで閉ざしたまま、自分の左目は最初から黒であるように振舞って。

他人を拒絶して、裏切られる前に否定して、ついに「朔来志輝」も認めなくなって。

ただ空っぽの傍観者として、生きていくことになるのだろう。



虚ろな気分を抱いたまま帰宅し、部屋に荷物を置きに行くと。

「あ、帰ってきましたっ!」

「お帰りなさい」

千里とエリクシルが、僕のベッドの上でトランプを広げていた。

「えっ、ま、待ってーお兄ちゃーん!お兄ちゃんが来るの、待ってたんですからぁー!」

扉越しでも聞こえる大声で僕を呼ぶ千里。悪いが、人を裏切ったあげく平然と裏切った相手の部屋にいるような奴の顔は見たくない。

他の能力者や実行委員はいないのか?最近の孤児院への来客は怪しい奴らばかりだから、せめて一人は実行委員がいるはずだが。

「まーつーのーでーすーっ!むきゅううううっ!!!!」

「ぐあっ!?」

ずんずん廊下を進む僕の背に、駆けつけてきて頭から突進してくる巨大な砲弾。

僕をそのままうつぶせに倒し、その背に二段重ねで千里の身体がのしかかる。

「何で逃げるんですか?一緒に大富豪やりましょーっ!」

「ふ、二人でやっていろ……僕はやらない」

「恵莉ちゃん強いんです~……ずぅっと大貧民は大変なんですよぅ……」

知るか。千里がカードに弱過ぎるだけで、僕には何の関係もないだろう。

「どけ、千里」

「一緒にやってくれるなら!」

「いい加減にしろ」

「ダメです!」

「千里ッ!!」

二人の言い合いが、突然止まる。

僕の大声が、廊下に重い沈黙を運んできた。

強く言い過ぎたか……だが、頑固にわがままを言う千里も千里じゃないのか。

気付くと、上で千里が震えていた。

「……って…………だってぇ……」

泣かせてしまったようだ。声も震え、鼻を啜る音も聞こえる。

「最近のお兄ちゃん、わたしと遊んでくれません……最初みたいに、怖いお兄ちゃんに、なっちゃったみたいでぇっ……いつもの……優しいお兄ちゃんに……会いたくてぇっ……」

最初の怖い僕、その言葉を受けて、血が上っていた頭が一気に冷めていく。

そんなに……怖かったのか、今の僕は。

「戦い」が始まってから、千里とはほとんど遊ばなくなっていたのも確かだ。そんなことをしている場合じゃなかった。

そうやって距離を置いていれば、千里からすれば拒絶されたと思うのも当然だ。

たとえ僕自身がそんな事を思わなかった、無意識的な行動だったとしても。

僕は、千里を裏切ってしまったのか。

千里も僕と同様、両親と繋がりの切れた、ただの弱い人間だというのに。

「ごめん、なさい……お兄ちゃん……わたしを……嫌いに、ならないで……」

服を握る力が強まる。制服の上から、千里の体温を感じる。

この温もりは、僕の優しさを欲している。幼い頃から満足に人の温もりを与えられなかった、寂しい人が何よりも求めているものだ。

孤独の世界にいるのは、僕だけじゃない。

「……すまなかった、千里」

「……ごめんなさい、お兄ちゃん」

決めたじゃないか、僕は。

昔、似たように千里を泣かせてしまったあの時に。

この孤児院の、僕と同じ苦しみを持つ彼女たちの前では、僕が優しいお兄ちゃんになってやるんだと。

他人ではなく、家族になってやるんだと。

「じゃあ……お兄ちゃん、一緒に、遊んでくれる……?」

……だが、だとしてもその優しさで、僕はエリクシルとまた対面しなければならないのか。

仕方がない。不服だが。

「ああ……一緒に遊ぼう、千里」

「うんっ!」

涙と鼻水を拭いて、千里は元気いっぱいに答えた。

「えへへ、お兄ちゃん大好きです~っ!」

「抱きつくな。このままじゃ立てないし、風邪引くぞ。遊べなくなるぞ」

「わわっ、ごめんなさいですっ!」

元気を出した途端、さっきまでのようにぴょんぴょん跳ね回る千里。

お前には勝てないよ。いつもいつも。



深呼吸を繰り返してなるべく平静を保ちつつ、僕は慎重に扉を開けた。

「お帰りなさい」

最初に部屋に入った時と変わらない様子で、九品恵莉ことエリクシルは出迎えた。

「遅かった。お茶、飲み終わった」

「えへへ、ごめんね恵莉ちゃん。今お代わりを淹れてきますっ!」

お兄ちゃんの分も、と千里は意気込んで、早速部屋を出て行ってしまった。

話が違う。

千里がいるから、エリクシルが居たとしても気を紛らわせることができると考えて自分を納得させて来たというのに。

「久しぶり。河水樹白里はよく貴方に会いに行っているみたいだけど」

平然と、今までの出来事などなかったかのように、エリクシルは話しかけてくる。

「分かっているのか?お前は……」

「貴方ではなく、河水樹白里のパートナー。創造心の能力を与え、彼女を勝利させるためのサポート役」

まるで今日の天気を聞かれたような自然な口調で、僕を裏切った事実を肯定する。

「……前々から思っていたが、お前、何を考えているんだ。何故僕のパートナーであるように振舞った」

僕のずっと抱いていた疑問。会う機会も、会う意志もなかったから聞けてなかったが、今こうして対面した以上は聞き出さなければならない。

「僕に未来眼の能力を与えた実行委員は、誰だ?」

「……実行委員の、上の人間」

上の人間……キュリオなどの特殊部隊と呼ばれる実行委員を動かせ、「戦い」の賞品であるはずの“絶対”を自らのモノにしようとする、この「戦い」を企画したと同時に混乱に陥れた張本人か。

そんな馬鹿げた奴らの誰かに、僕は能力を与えられたのか?

「待て。だとしたら、僕は既に上層部の実行委員と関わっていると言うのか?」

「そうね」

「誰だ!?」

僕は人との関わりを極力断って生きてきた。親しい、などと言える人間など、居たとしても数えるくらいしかいない。しかも大半がこの孤児院の子供たちになる。

外部の人間との接点など無いに等しい。なのに、既に僕はその人物と関わっている。

有り得ない。

「ファミリア」

「ファミリア、だと?」

「私が正式に河水樹白里のパートナーになった際、貴方の担当はファミリアになった。そして、彼女は最初から貴方の担当になるはずだった」

「なっ……」

「でも、実際に貴方に触れたことは無い。彼女は実際に貴方に能力を与えた人物の代理として、担当になった。そしてその実行委員は、上の中でも特に力の強い部類の誰か」

淡々と告げられていく、衝撃の言葉の数々に思考が止まりかける。

僕の担当はファミリアで、だけどエリクシルになって。

ファミリアを操る実行委員の上層の誰かが、実際に僕に未来眼の能力を与えた。

彼女は、そう言ったのか。

「レジストは言っていたぞ、ファミリアでは特殊部隊を動かせない、上の人間の裏切りによって特殊部隊が動かされたと」

「彼女の地位については私と一部の上層部の人間しか知らない。彼女は身分を偽って、私たちと同じ立場から実行委員を監視する役目に就いている」

ではレジストたちの認識は間違いで、ファミリア自身が直に特殊部隊を動かしたということか?

だとしても不可解だ。

「何故そんな回りくどいことを?ファミリアや、上層の人間は何が目的なんだ」

この問いにもすぐ答えが返ってくると思いきや、意外にもその様子はどこか返答を迷っているように見えた。

そして、空いた間を埋めるように、意を決したエリクシルの唇が動く。

「“絶対”を用いた、世界の破壊と創造。過去と未来、平和と争いを繰り返す人間の歴史を、最初からやり直させること。今の世界を否定すること。それが彼らの……この「戦い」の目的」

……返す言葉が、出ない。

途方もない、御伽噺のような夢物語を、まさか現実感を帯びて聞くことになろうとは。

しかし、まだ手放して忘我するには早い。新たな疑問が、僕の思考を回す潤滑油となっていた。

「まるで、自分自身は違った目的で動いていると言いたげだな。実行委員としてではなく……エリクシル、お前の目的は、何だ」

今度は、それまでと同じように、いやそれ以上の強い語気を含めて、エリクシルは毅然と答えた。

「世界を守る。“絶対”を手に入れて、“星の意思”を在るべき場所へと帰すことが、私の目的」

その言葉は、自分の所属している組織への反逆の意志を示す。

彼女は、組織をも裏切ろうとしているのだ。

「貴方の担当として動いたのも、私の目的を果たすため。「戦い」のシステムを捏造して、ファミリアから私に担当を変えさせたから。ファミリアから与えられた能力を私が“操作”して、別の能力、未来眼として発現させるために、貴方に近付く必要があった」

「星の、意志?……僕の能力を、操作?」

更に混乱を招く言葉の羅列が続き、僕は無意識に椅子に座り込む。

二つのキーワードを、エリクシルは一つずつ説明するようだ。

「“絶対”はこの星に満ちる“奇跡の確率”が目に見える形を持った集合体。奇跡が起きるのは、人間一人ひとりに与えられた運命に転機が訪れる時に、星がその恩恵を与えるように賽が振られた結果。一般的に耳にする「神のきまぐれ」を、起こすために必要な要素が、“絶対”の構成要素」

理解の処理が容易でない言葉の数々に、頭が痛くなる。

僕が獣に襲われたにも関わらず生きていた奇跡も、星が僕を生かすように賽の目が出たから、と言いたいのだろうか。

「私の持つ「操作指ハッキング・フィンガー」の能力は、私の指に触れたモノの性質や要素を自在に捏造し書き換えることができる。貴方に触れたことで、私は貴方の能力を未来眼へと捏造した」

エリクシルはそう言うと、トランプの一枚……予備の白紙のカードを一枚つまみ、僕の目の前にその白い面を見せる。

すると、トランプはいきなり青白い炎を纏って燃え上がり、その炎の揺らめきが白面に道化の絵を焦がして刻んだ。

炎は勢いが弱まると、空中の一点に収束する。そこから氷の粒が現われ、カードに落ちるとそのまま砕け散った。

魔法でも使っているのか、そう思えるくらい自在に、彼女は空気中の様々な要素を操って現象を起こしていた。

「この能力は、私がイメージしたモノがイメージした現象へと書き換えられる。だから私のイメージと、対象の要素が噛み合ってないと失敗する場合がある」

そのために、僕に初めて会った時、既に何かしらの能力を得ていた僕に「未来眼」の能力を持っていると誤認させたと言う。そうして互いに「朔来志輝の能力は未来眼」というイメージを共有させて、彼女のハッキングの精度を高めたということか。

フィアーズとの戦いで僕たちを守った円形のバリアらしき現象も、彼女の能力を考慮に入れれば納得がいく。彼女の指に触れたモノ、それは発動さえすれば“空気”にも触れていることになるのだとしたら。

だが、ここまで様々なことを話すエリクシルの真意に、僕はまだ到達していない。

「何故そこまで僕に話した。目的、能力、お前の多くを語るからには、あるんだろう?……僕に、求められる対価が」

彼女の最も不明瞭な部分。無口な彼女がここまで喋ったのだ、タダで帰ることなど決してしないだろう。

彼女も、僕に接触することで何らかの得が得られると踏んでいるのだろう。だとするなら、彼女が得られる得とは何だ。

エリクシルは相変わらず無表情のまま、僕の目線だけ捉えて離さない。

「私と共に戦ってほしい。「戦い」を止めるために、貴方が必要だから」

「……馬鹿か」

何かと思えば、仲間になれとのお誘いか。ずいぶんと都合が良いものだ。

「お前は僕を既に裏切っているんだぞ。お前を信じたところで、また裏切られるだけだ」

「……私は、貴方を裏切ったの?」

信じられないと言っている僕に対して、さらに信じられないことを平然と返してきた。

「私は確かに貴方と「戦い」でのパートナーではない。でも、私は私の「戦い」のパートナーに、貴方が良いと言っている。……どこが?」

どこが?じゃないだろう。こいつ、本当に馬鹿だ!

「お前は僕を騙していたじゃないか!」

「ごめんなさい。実行委員の目論見を崩すにはそれしかなかった」

謝るんじゃない!僕を惑わそうというのか!?

「貴方はしばらく、私よりファミリアの言葉を受け入れていた。だから、私の言葉が届くようになるまで、距離を置いただけ」

「何っ……?」

僕がファミリアの言葉を受け入れていた?何の話だ。

見ると、それまで無表情だったエリクシルの顔に、僅かながらに感情が篭っているようだった。

そういえば前にも同じような状態で、僕は彼女のその顔を見たことがあった。

鋭い、というよりも、むしろ子供が拗ねているような、そんな感情が垣間見える。

「パートナーと意見が食い違う時は、黙ってしばらく距離を置けば時間が解決すると、前にレジストから聞いていた。私は待った。だから、こうして今、貴方とまた話せている」

緑色の瞳は、やや俯きがちにその視線を泳がせる。

いや、もしかすれば僕の視線の方が、エリクシルを直視できずに彷徨っているのかもしれない。

落ち着け。状況を整理するんだ。どうも話が噛み合わないようだが、その原因は何だ。

まず、エリクシルが僕を騙して裏切った。

「十分距離を離したから、また戻った……だけ」

……まさか、その前提が……?

「…………け、ないだろ」

仮にそうであるなら、僕は大馬鹿だ。

だとしても、彼女の行為が全て僕の誤解で済むわけではない。

それに、彼女が話したことがすべて真実だとも限らない。

僕はどうかしていた。何故か、彼女のこととなると普段の僕の判断が下せなくなる。

彼女は僕を、自分の目的の遂行のために利用したいと考えているだけだ。ただの道具としてしか見られていない。

現に一度、使えないと判断されて使い捨てたとも取れる行為を被っているんだ。また同じようなことがあるだろう。使えなければ僕を捨て、利用価値が戻ればまた拾おうとするのだろう。

彼女が求めているのは僕じゃない。僕の持つ何らかの能力だ。

冷静になればすぐ理解できる。できるはずなのに、何故彼女となると思考が掻き乱されるんだ。

未来眼が見えなくなって、僕の精神力が更に弱くなってしまったのだろうか。僕はそれほどまでに、誰かに信じられたいと思ってしまっているのだろうか。

誰かを……彼女を、信じたいと思っているのだろうか。

「信じて」

いつの間にか抱えていた僕の頭上に、柔らかな声が届く。

見上げれば、エリクシルはいつかのようにじっとこちらを向いたまま立っていた。

あの日。彼女が僕に初めて未来眼の存在を告げた、あの病室の時と同じように。

「……相変わらず、胡散臭いな」

違うのは、僕が彼女と向かい合っていることと。

「利害が一致している間だけ、だ。勘違いするな、エリクシル」

どう考えても理解できない彼女を、理解したいと思い始めていることだ。

「貴方なら、そう言うと思った」

返すエリクシルは、口の端をほんの少しだけ緩めると、僕の手を取り、指を絡める。

冷たい手だ。学校で未来眼の能力に書き換えられた時と、その温度も感触も変わっていない。

そして、僕の全身に、左目に、右目に、襲い来る、痛みも。



永遠のような一瞬を過ごし、激痛の名残も嘘のように消えて目を開く。

僕の部屋だ。目の前にはいつもの無表情のエリクシルがいる。

だが外の景色は、紫色に染まっていた。しばらくなかった隔離空間の発現にも、僕は戸惑うことはない。

「実行委員が送りつけた特殊部隊の一人が、アエリア・サダルメリク、日向陽祐と交戦中。そこに河水樹白里も向かっている」

エリクシルの報告に僕は頷き、ふらつく足を何とか立たせて部屋を出る。

彼女が僕に何をしたのか、もう聞かなくても理解している。

エリクシルが書き換えた未来眼。その元となった、僕が実行委員によって目覚めさせられた能力。

今の僕には、その本来の能力が備わっているのだ。

「私が貴方の能力を書き換えた理由は単純。貴方のその能力は強過ぎて、貴方自身にも制御し切れない可能性が最も高かったから」

外に出て、彼女の道案内に任せて駆け足になる中、エリクシルは続ける。

「その能力は貴方自身をも蝕む諸刃の剣。でも、それに非常に近いモノである未来眼を貴方は使いこなせた。だから、私は貴方に掛けた未来眼という“呪い”を解いた」

その行き先は、太刀川市郊外の山林。見ればそこから陽祐の炎であろうオレンジの閃光がたびたび煌いている。

「僕の眼のことだ。僕が一番分かっている」

「なら十分。覚醒したばかりだから、無茶さえしなければ」

「分かっている」

鞘橋を抜け、悪くなる足場の先を目指し、獣道を進んで……

「僕はもう行くぞ。この能力を使って」

「そう」

「ああ」

立ち止まるエリクシル。だが僕は歩みを止めない。

左目のカラーコンタクトを外す。僕の銀色の左目が外気に触れる。

「貴方の帰りを待ってる」

「お前が自分の仕事をしていれば勝手に戻っている」

「……そう」

続いて、僕は“右目”に手を翳す。その右目に、未来眼の時よりももっと熱い、マグマのような力の流れを感じる。

「星の意志を、世界に帰すと言ったな」

「ええ」

「なら星の意志は、今のこの世界には存在しないのか?」

「今も、“絶対”の構成要素として吸収され続けている。世界が枯渇するまで、あまり時間は無い」

「そうか」

熱を帯びた全身が軽くなるように感じる。感覚が研ぎ澄まされていき、自分を取り巻く世界そのものが自身に順応したかのような錯覚さえ覚える。

「吸収され尽くして、意志が枯渇すると世界はどうなる?」

「奇跡が存在しなくなり、世界全体の営みが停止する。それは、世界の終焉と言っていい」

「……そうか」

とうに二人の距離は通常声の届く範囲を超えている。でも、僕とエリクシルは何故か互いの意思疎通が出来ている。

これが、星の意志の引き起こした奇跡だと言うのならば、僕は奇跡を操る能力を手にしていると言える。

「ならば、僕がこの世界に見せてやろう」

「……」

「僕の眼を通じて、この世界にはまだ奇跡が残っているということを」

「……ええ」

険しい木々を抜け、開けた場所へと出てくる。

そこで僕が見たモノは、大柄な男性の足元で力尽きている、二人の友の姿だった。

「し、志輝……か……?」

「来ちゃ、ダメです……っ志輝くん……逃げて……!」

二人の掠れた声に気付き、男は僕の方へ振り返ると満足そうな笑顔を貼り付けて言った。

「んー?何だ坊主、お前さんも参加者か!ぶわっはっはっ、今日はついてるぞ!なんたって一度に三人も参加者を狩れるんだからな!」

あの男が、エリクシルの言っていた特殊部隊か。僕より倍近くありそうな巨漢だ。

だが、圧倒はされない。

僕の右目が、意識を向けることで一層熱くなるのを感じる。

そしてその視線は、男を睨み付けて威圧する。

「「魔王眼ディアボリック・アイ」……開け」

僕の言葉が、この能力を開放する最後の鍵。

瞬間、僕の右目の視界に黒いフィルターが降りる。

そして。

『Open Your Eyes……』

「な、何じゃあっ!?」

僕の脳裏に、声ではない音と見たものではない文字で一文が現われる。それは“対象”である男にも同じ現象が起こったようだ。

未来眼の時とは違う。僕には手に取るように、この能力のことが分かる。

ちょうどいい。陽祐とアエリアで遊んでくれた礼だ。

実験台になってもらうぞ、特殊部隊……!

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