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与えられたモノ

翌朝、ニュースでは昨日の事故について取り上げていた。

犯人は早々に捕まった。警察への連絡が早く、すぐに車の捜索ができたからだと言う。

僕の帰り道を遠回りさせた報いだ。

「じゃあ、行ってきます」

孤児院の人達に軽い挨拶をして、僕は今日も学校へと向かう。

いつもと変わらない、一日が始まる。



私立姫梨ヶ丘学園。ここが僕の通う学校。

ここ太刀川市周辺では一番大きく、市外でもそれなりに名の知れた有名校だ。

昇降口で靴を履き替え、教室に向かう途中。

くい、と制服の袖が引っ張られた。

「お、おはよ、志輝」

振り返ってみれば、袖を掴んでぐったりしている女子生徒がいた。

「あ、歩くの速いよ……朝から走っちゃったぁ」

荒い息を整えるために深呼吸をする。僕はそのまま去ろうとしたが、未だに袖を掴まれているために動けない。仕方ないな……

「珍しいな。かなめが僕を追いかけて、走ってくるなんて」

「見かけたから声掛けたのに、無視するんだもん」

ようやく袖を解放し、大きく伸びをしたこいつは千種チグサかなめ。クラスメートであり、昔からの幼なじみだ。

「声?聞こえなかったけど」

「えーっ、あんなに大きい声出したのにぃ」

賑やかで元気でやかましい人間だ。何故僕に関わってくるのか分からないくらい性質が違っている。

「噂なんだけどさ、今日ね、うちのクラスに転入生が来るんだって」

転入生?まだ一学期も半ばな、こんな時期に?

「今日は水曜日だ。例え転入生が来るにしても、せめて区切りのいい月曜日になるんじゃないのか」

「むむ、確かにっ」

かなめには、頭ごなしに否定するより、理屈っぽく言った方が話を聞く。

もし単刀直入に言えば、真っ向からあのやかましい人間にぶつからなくてはならないのだ。そんな面倒はごめんだ。面倒なことこの上ない。

かなめはむーっと唸っている。気にせず教室へと歩みを進めた。



教室は、いつにも増して騒がしかった。

どうやら転入生の噂で盛り上がっているようだ。

どうせ来るにしたって月曜日だろう。誰が流した噂か知らないが、騒がしくて落ち着かない。全くもって迷惑だ。

頬杖をついて、周りの騒音の中、目を閉じる。特に雑談する必要はないし、朝から無駄に体力を使いたくない。下手に関わらないのが一番だ。

少し経ち、担任が教室へと入ってきた。朝の軽い出欠確認を終えると、黒板に何やら文字を書いていく。

『転入生紹介』

……な、に?

呆然とする僕と対照的に、クラスの連中が一斉に湧いた。

担任が促すと、教室の扉の前に立っていた人影が、静かに入ってくる。

騒音がピタリと止んだ。転入生である女子生徒が現れたからだ。

……一言で表せば、優雅。

気品ある歩き方で担任の横まで来ると、ふわりと舞うようにクラス全体にその姿を向けた。

スカートの裾をつまみ、貴族のような挨拶をする。

「アエリア・サダルメリクと申します。皆さん、よろしくお願いしますね」

綺麗に透き通った氷のような青の髪を揺らし、上品な笑顔で言った。

それを皮切りに、再び騒がしさが教室に戻る。

まさか本当に、今日、転入生が来るとは……



アエリアの席は、かなめの隣になった。

僕の席とは離れている。良かった。僕の席の近くで周りの奴らに騒がれたら、迷惑以外の何物でもない。

しかし転入生に興味津々のクラスの女子達が集まり、大声で会話をするから嫌でも話が耳に入ってくる。

……やかましいな。

次の授業まで時間もある。教室を抜け出し時間を潰す事にした。

とりあえず図書室を目指す。

廊下を進み、階段を降りていく。

と、階段を降りきる先に、見覚えのある少女が立っていた。

「な……何故お前がここにいる?」

つい昨日、僕の目の前で車に引かれたはずの、ピンク髪の少女だった。

何故だ?素人目に見ても、手術が成功したからといって、一日で退院できる程度のケガではなかった。

少女は無表情のままこちらを見据え、小さくつぶやいた。

「ついてきて」

幽霊でも見ているような気分になりながらも、僕は何故か、少女に頷いていた。



校舎と部室棟を繋ぐ渡り廊下に立ち止まると、少女は振り返って言った。

「あなたに、未来眼の能力を与える」

「何?」

昨日もそうだが、こいつは本格的に頭が飛んでいるな。

僕はそんな胡散臭い能力ちからなど……

「未来は常に不確定だ。それをたかが視覚ごときで捉えられるはずがない。それでも与えられると言うならやってみろ、無理だろうがな」

こんな事なら図書室で本を読んでいた方が有意義だった。僕は来た道を戻ろうと振り返る。

不意に、少女の手が僕の手に触れた。反射でビクッと僕の肩が跳ねる。

「……何のつもりだ」

手は強く握られ、少女の手の冷たさが僕の手に染み込んでいく。

振り払う力が出ない。ただぐっと、力強く握られ続けるだけ。

為す術もなくそのままにしていると。

「与える」

ギンッ!!

突然、抉るような痛みが、僕の左目を襲う。

「うが、があああああああああああああああああああっ!!!!」

自分でも訳の分からない奇声を上げ、暴虐的な痛みに苦しむ。

握られたままの左手の代わりに右手で左目を押さえるが、痛みが和らぐ気配はない。

「全てを与え終えれば、痛みは引くから」

少女の言葉だけが、苦痛の中ではっきりと僕の頭に響き渡った。



永遠に感じられた短い時間が過ぎ、ようやく少女は手を離した。

それと同時に、今まで僕を蝕んだ痛みが嘘のように消え去る。

突然重力が消えたかのような体内の浮遊感に似た感覚に、吐き気が全身を駆け巡る。

部室棟廊下の近くにあった水のみ場にふらふらした足で近寄り、排水口に胃液を吐き出した。

「これで、あなたも「戦い」の参加者。「世界を手に入れるための戦い」の」

口に残った胃液の気持ち悪さを消すため、水のみ場の水で口をゆすぐ。

身体中に疲労感が残り、痛みに緊張していた力が解けた脱力感によって力なく座り込む。

僕の前に立ち、見下ろしている少女は、ただ無感情に左目を指差した。

「コンタクトを外してから数秒間、あなたの右目に見えているものの未来が、あなたの左目に映る」

僕は反応する気力すら失せ、無言のまま左目に手を被せる。

霞む目で少女を見上げ、左手を下げると共にコンタクトを外した。

すると、左目の視界が、銀色の薄いフィルターがかかったような状態になった。

その視界の中、右目で捉えているはずの少女が、左目では映っていなかった。

何故なら、未来の少女はそこにいないから。映っている未来では、すでに少女は場所を移動しているのだろう。

数秒経つと、左目の視界のフィルターが消えた。能力の有効時間なのだろう。

「詳しい事は、自分で調べて」

少女はきゅっと靴を鳴らすと、校舎側の廊下へと体を向けた。

「戦いは、もう始まってる」

小さくささやき、少女は僕を一人残して幽霊のように消えていった。



あれだけ大きな声を上げたにも関わらず、誰一人として僕の声を聞いた者はいなかったらしい。

あの後保健室で休んでいたため、授業を一時間潰す事に。暇じゃない時間まで潰してしまった。

授業の間の休み時間に教室に入ると、未だに転入生の席の周りには人が集まっていた。

その中心にいるアエリアは、俺と偶然視線が合うと、首を少しだけ傾げて優雅に微笑んだ。何なんだ。

「あ!志輝っ、どこ行ってたの?」

その隣の席から、かなめがこっちに向かって駆けて来た。

「保健室で休んでた。体調不良で」

養護教諭は、原因不明の左目の激痛を訴えられて目を点にしていたが。

大きな病院で検査する事を勧められたが、目自体の痛みよりも身体中の疲労感の方が辛かったから丁重に断った。

「あの志輝が体調不良なんて……新型のウイルス?」

……僕だって体調くらい崩す。

かなめに軽くつっこみを入れつつ、僕は自分の席へ座った。


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