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ア「志輝くん、大丈夫でしょうか……」

陽「あいつ、人一倍疑心暗鬼っつうか、裏切られることが本当に怖いんだ。そりゃ皆そうだろうけど、あいつの場合は特に」

ア「エリクシルさんが志輝くんのパートナーじゃないなら、誰が志輝くんに能力を与えたのでしょうか?その不可解さも、今の志輝くんを追い詰めているはずです」

陽「くそ、こんな状態で敵に遭遇したらあいつ、相当ムチャしそうだ」

ア「街の外には行かないと思いますし、この辺りを探してみましょう」


ア「志輝くん、無事でいて……!」

『どうして、ぼくからにげるの?』

暗闇にぼんやり現れる、幼い少年の影。

『どうして、僕を裏切る?』

その影はぼんやりと輪郭を広げながら、やがて僕と同じ姿になる。

『僕は人を信じたかった。だが人は簡単に僕を裏切る。信じる心を破壊する』

言葉は続き、次第にその姿を鮮明に表していく。

『あいつも結局そうだった。僕を殺し合いに巻き込んでおいて、人を信じさせておいて、裏切った』

眼前の僕の右目が銀色に染まっている。鏡に映った僕、なのだろうか。

『全てに裏切られ続けるのなら、いっそ誰も信じなければいい。誰も、何もかも』

ああ。僕もそう思うさ。こんなことならあの時、苛立ちに任せてあいつを挑発しなければよかった。

そうすれば能力も「戦い」も、何も知らずに生きていけただろうに。

『だけど、それでも僕は人を信じたかった。裏切られ続けてきたからこそ、次こそは絶対に裏切られない、そんな絆が欲しかった。僕はあいつの言う通り、寂しい奴だから』

……どうでもいい。

どうせもう死んでいるのだろう?あの獣に、なすすべもなく無残に殺されたのだろう?

もうどうにもならない。

なら、どうにでもなればいい。

『ここから先は僕の番だ。お前は暗闇の中で、ただ目を閉じているだけでいい。ただ辛いだけの世界なんて、もう見なくていい』

僕よりも表情が動き、僕よりも哀しい顔を見せる僕が、僕の目を手で覆う。

『目を閉じろ。朔来志輝』

僕の姿が、暗闇に消えた。

『今度は、僕が世界を視よう。それが残酷な世界でも……僕が、信じたかったモノだから』

僕の世界が、閉じる。



志輝が孤児院を出てからなかなか帰ってこないことを不審に思い、アエリアと陽祐の二人は手分けして街中を探していた。

その途中でアエリアが見たものは、折れ曲がった街路樹や倒れた街灯など、まるで台風でも過ぎ去ったかのような乱雑な風景だった。

「何これ……戦いの、痕?」

異様な光景の中を進む。

もしかしたら志輝が戦闘に遭ったのではないかと不安になるアエリアの目に、当たってほしくなかった推測の答えが倒れていた。

「志輝くんっ!」

血に塗れ、無数の切り傷を身体に残した志輝が、ピクリとも動かず地に臥している。

そばまで駆け寄り抱き起こすが、その身体は冷え切っていた。

耳を口元まで近付けるが、呼吸音も聞こえない。

アエリアの脳に、この状況から推測できる状態が浮かぶ。

嫌。認めたくない。信じたくない。

「志輝くん、目を覚ましてください!志輝くん!」

涙が零れ、志輝の頬に落ちる。次いで雫は落ちながら、まるで志輝が流した涙のように伝っていく。

志輝の閉じた右目に、アエリアの涙が落ちた時。

「……雨、か……?」

掠れた声が、アエリアの耳に届いた。



起き上がろうにも、身体中が痛くて力が入らない。

雨かと思って薄く目を開くと、どうやらアエリアの涙のようだった。

「志輝くん……なんですか?」

「僕が僕以外の何だって言うんだ……お前は」

「あ、……それも、そうですね……良かった」

僕の顔を覗き込むアエリアの笑う泣き顔に、僕はおかしくてふと笑ってしまった。

「……志輝くん、今、笑いました?」

「僕が笑って何がおかしいんだ。僕だって、可笑しいと感じれば笑う」

「そう、ですよね……ごめんなさい、珍しいからつい」

相変わらず変な奴だ。でも、今は助かった。

「来てくれてありがとう、アエリア。すまないが、陽祐を呼んでくれるか?今の僕では帰れない」

「え……あ、はい。そうですよね」

またもや変な顔をして僕を見るアエリア。今度は「お礼を言うのが珍しい」とか言うんじゃないだろうな。

陽祐に携帯で連絡を取ると、そう時間も掛からずに駆けつけてくれた。

流石、僕の幼馴染だ。

「バカ野郎、一人でふらふらしてるからこんな目に遭うんだ」

「そうだな。次からはお前の助けをアテにしよう。護ってくれるんだろう?」

素直に思ったことを言っただけで、陽祐は目を大きく見開いた。アホの顔だ。

「お前、そんなこと言う奴だったか?」

「そんなに変か?今の僕は」

「いや、いつもの志輝からは想像できない言葉の数々がさ……」

全く、彼らは僕のことをどう思っているんだか。

「ま、素直なことはいいことだけどな。さ、肩を貸そう。立てるか?」

「アエリアが支えてくれるなら、何とか」

「任せてくださいっ」

僕は二人の仲間に支えられながら、重い身体を引きずって孤児院へと帰る。

僕には、身体を預けられる仲間がいる。

終わりの見えない戦いの中で、それがどんなに素晴らしく心強いことか。

今一度の微睡みが訪れ、その重みに任せて瞳を閉じる。

左目から、伝う液体があることを感じる。

痛みもむず痒さもなく、ただ流れ行く液体は赤く。

枯れ果てたはずの僕の涙が、血となって流れていた。



朝の霞が覆う太刀川市郊外の山奥に、緑光の立体映像が浮かび上がる。

『やっかいなモノが目覚めちゃった、みたいだね』

ノイズの混じる姿のファミリアが小さく嘆息する。

『あくまで警告ってだけで、あの眼が開くのは当分先だと思っていたんだけど。レオ・マイオールのアルーフが頑張ったってことかな』

あの獣は、今は巣穴を山に掘って、その中に身を埋めている。

こういうところって本当に動物みたい、とファミリアは薄く笑う。

『でもタイミング悪いなあ。今“絶対”がこの手にあれば、あの獣の血を使ってすぐに起動できるのに。スペリオルは未だに帰ってきてくれないし、こうして能力者の血自体は獲得しているようなものだから、向こうは向こうで殺し合いを再開してくれてても全然構わないんだけど……』

ため息を残し、薄紫の髪をゆらり揺らしてその姿を木々の中に紛らせて消える。



翌朝。僕は学校へ休みの連絡を入れ、自室のベッドに横たわっていた。

処置はレジストに受けているので、わざわざ病院に行くまでもないと僕が断った。慎次郎さんも了解したから問題はない。

……あれだけの大怪我だったのにも関わらず、深く事情を聞き出そうとしない慎次郎さんに今は感謝だ。

しかし絶対安静を強く言われているので、孤児院の中を自由に歩き回れない。

何もできないとなると、思考だけが頭の中を巡り続ける。

昨晩の獣との戦闘で、自分は一度死んだと思っていた。

獣の本能さえ正常に機能しているのなら、獲物として狙われた僕はこの肉を餌にされていてもよかったはずだ。なのに、何故僕の息の根を正確に止めに来なかったのか。

それに、アエリアの助けによって目覚めた時、戦闘で受けていた痛みが少し軽くなっていたような気がする。

骨も折れていたんじゃないかと思っていたのだが、何故か外傷だけで、骨には異常がなかったというレジストとバリアの診断結果に納得がいかない。

「奇跡……か」

帰ってきた僕の怪我を見て、皆が口々に言った言葉だ。

普段まるでそういったものは信じない僕ではあるが、実際自身を以て体験してしまった以上、こういうことも稀にあるのだと理解するしかなかった。

その奇跡の代償かどうか、わからないが。

「やはり……視えない」

意識を左目に向けても、左手を翳してみても、コンタクトを外してみても、未来眼の能力が使えなくなってしまったのだ。

僕は昨晩、手当を受けている間にまた一度気絶するように眠ってしまったようで、実行委員の彼らに詳しく話を聞くタイミングを失ってしまっていた。

孤児院まで運んでもらう途中で血涙を流していたとアエリアに言われたが、それが原因なのだろうか。

「戦い」の参加者が能力を失ってしまった場合、その参加はどうなるのか。

前にアエリアが、コールドスリープさせることによって僕の脱落を狙っていたことを考えると、やはり何らかの手段で参加者の能力が無力化させられると脱落になる、と考えるのが妥当なところだろうか。

もしそうなるのであれば、僕は脱落扱いになるのだが……

「……“絶対”を、世界を、手に入れるための「戦い」……」

あいつが巻き込んだ、残酷な殺し合い。

悲しいことばかりが起こるこの「戦い」から抜け出せるというのなら、それはどんなに喜ばしいことか。

だが、「戦い」そのものは終わったわけじゃない。この殺し合いを行う参加者で河水樹白里以外は孤児院に集まっていて互いに協力し合っているし、実行委員の一部が奪った“絶対”を取り戻さなければそもそも「戦い」が成り立たたない。

河水樹、獣、実行委員の特殊部隊。依然として敵が多い中で、僕の未来眼が使えなくなってしまったのは戦況的に不利になってしまっただろう。

未知の能力を秘めた相手との戦闘に於いて、先読みができるこの眼は貴重な戦力だったというのに。

実行委員の誰かに聞けば、能力を取り戻す方法がわかるだろうか。

そう考え、真っ先に思い浮かんだのは、僕にこの眼の能力を与えた張本人だった。

「……くそ」

振り切るように、寝返りをうつ。

両目をぐっと瞑ると、僕はまた睡魔に襲われる。

そういえば、変な夢を見た気がする。

鏡に映るもう一人の自分が、全てを諦め絶望し、どうでもいいと嘆いていた夢を。


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