一番の馬鹿は……
白「さーて早速だけど問題!今回のサブタイトルにもなってる「一番の馬鹿」とは誰でしょうっ?」
エ「貴方?」
白「ううっ……指差されて即答されちゃったよぉ」
エ「貴方以外に思いつかない」
白「失礼な言い方よね〜……本当、あたし大ショックだよ」
エ「……相変わらず騒がしいのね」
白「賑やかで楽しいって言ってよ。エリクシルって放っておくと無口だし、あたしが喋らないとねっ」
エ「余計なお世話」
白「エリクシルは毒舌っぷりが増したように思えるわ……志輝くんったら、エリクシルをこんな風にちょ……」
エ「能力の調子は?」
白「ぶーぶー、言葉を遮らないでよーっ。ふむ、能力ね〜。ちゃんと毎日上限ギリギリまで使って、着々とレベルアップしてるよっ」
エ「……あまり能力を使い過ぎない方がいい」
白「え、何で?「戦い」に勝つためには、能力を強くした方がいーじゃん」
エ「力を求めて能力を使い続けると、いずれは力に溺れ、自分を見失ってしまう」
白「……どゆこと?」
エ「最も危険だったレオ・マイオールは貴方が倒したようだけど。貴方も危険な部類だから、能力の使い過ぎは十分気を付けて」
白「えー……具体的に何が危険なのか分かんないんだけど。能力を強くし過ぎると何かが起こるってこと?よくある話みたいに、力の暴走〜っ、とかかな?」
エ「力に溺れないで……目を、開いて」
「エリクシルが、ハクリの担当になったって……?」
白里やエリクシルについて陽祐とケアから聞かされたレジスト達は、自分の耳を疑ってしまうくらいの呆気にとられた。
「戦い」の途中で担当が変更されるなど、前例がない。
三つの能力を行使できる点も相まって、河水樹白里という参加者のイレギュラーさがより際立った。
「待ってください。なら、朔来志輝に能力を与えたのは一体誰なんです?エリクシルが与えていないと言うのなら、どうやって……」
バリアは眼鏡の縁を指先で撫でる。何か思案している時の彼の癖だ。
「それは私にも分かりません……エリクシルさんは、すぐにその場から消えてしまいましたから」
「……そうですか」
静かに、しかし落ち着きはなく、実行委員達の議論が続いていく。
その部屋の片隅で、僕はただうつむいていた。
エリクシルが裏切る事が衝撃的だったわけではない。規格外の力を持つ河水樹を恐れているのでもない。
左目に手を翳す。
未来眼の能力は、エリクシルから与えられたモノだと思っていた。
しかし、実際は違うという。
僕達能力者は、クリエイターという特殊な実行委員に能力発現のきっかけを与えられて覚醒する。
僕のこの眼に能力を与えたのがエリクシルでないのだとしたら。
僕は誰から、この能力を与えられた?
未来眼は、どうやって発現したんだ?
誰が与えたのかも分からない能力を、僕は今までずっと使ってきたのか?
……気味が悪い。
「お、おいシキ?どこに……」
「どこでもいいだろう」
立ち上がり、部屋を後にしようとするとレジストが声を掛けてくる。鬱陶しい……
気にせず、部屋を出た。
裏切られることは慣れている。
人間なんて皆誰かを平気で裏切られる、そう達観すらしているくらいに。
エリクシル。
僕は彼女から能力を与えられたと思い込み、パートナーとして……自分でも気付かないうちに、ほんの僅かだが信頼感を持っていたようだ。
ショックだとか、そういうものじゃない。
少しでも誰かを信頼してしまった、気を許してしまった自分に、腹が立った。
街を歩いていると、突然空が紫色に染まっていく。
「朔来志輝、未来眼の能力を持つ参加者!」
常人の気配が消え静かになった空間に、狂喜を孕む女性の声が響いた。
姿が見えない上に声は建物に反響し四方八方から響き渡る。
未来眼、発動。
静かに眼を開き、左目に映る光景に神経を集中させる。
「貰うよ、貴方のカラダ!」
右横!左目の死角から、何かが飛び掛かってきた。
未来眼の恩恵による強化が施された身体を使って間一髪直線から外れると、その勢いで身体を捻らせて左腕を振り回す。
左腕は女性の脇腹を直撃し、その場に叩き臥せた。
「がはっ!?」
女性は何か能力を使っていたようだったが、この攻撃一つで気を失ってしまったようだ。
女性とはいえ、僕の力で、一撃で沈める事ができた。
身体が熱い。左目に感じる熱が、身体中に行き渡っているようだ。
鼓動が速くなる。
僕は強くなっている。
もう前の僕じゃない。たとえキュリオを相手にしても、ただ逃げるだけじゃなく立ち向かえる力になった。
非力じゃない。
もっと能力を使っていけば、河水樹とだってまともに戦えるようになるはず。
そして、「戦い」を勝ち上がれるくらいの力を、手にできるはずだ。
……力が、欲しい。
ふと思い出して、僕は前に襲撃があった時に拾った黒水晶をポケットから取り出す。
緑色の淡い光を自ら発している。
部屋に置いていた時は発光しなかった。僕が触れているから、これは光を放っているのだろう。理由は分からないが。
黒水晶をしまおうとすると、その手が女性に一番近付いた辺りで光がより強く輝いた。
女性に……実行委員に、いや、能力を使える人間に反応しているのだろうか。
無意識のうちに、まるで黒水晶が女性に引き寄せられていくように、その手が女性の額に伸びていく。
そして額に黒水晶が圧し当てられると、女性の身体からも淡い緑光が放たれた。
女性から発生した光が、徐々に黒水晶へと吸い寄せられていく。
光が完全に吸い込まれると、紫色の風景に罅が入り、隔離空間が勝手に解除されてしまった。
女性に、黒水晶に、一体何が起こったのだろうか。
見れば、黒水晶の呼吸するような明暗する光がさっきより強くなっている。風によって酸素が補給され、より強く燃える炎を想わせた。
……とにかく、隔離空間が解除された今、女性を気絶させたまま道に放置していくのは色々とまずい。
黒水晶をポケットに戻すと、女性を建物の陰まで引き摺り、交通の邪魔にならないようにする。
調べてみるか、こいつについて。
前が見えない。
光が届かない。
……俺はどこに居るんだ?
まさか、地獄とか言うんじゃねェだろうな。
身体が動かない。
感覚が、ない。
指先を動かしているつもりだが、動いている感覚がない。
ただ真っ暗で、そこに俺がいる。
それしか分からない。
それ以外分からない。
叫ぶ。叫んだつもりだが、耳があるかどうかすらも疑わしくなってしまう感覚の鈍さに苛立つ。
俺は、六人目の奴に、殺されたってことなのかよ。
認めねェ。あんな訳の分からねえ奴に、この俺が。
死ぬわけがねェ。俺には死ねねえ理由がある。死んじゃいけねえ理由がある。
力を、“絶対”を、手にするんだ。
邪魔する奴は皆殺しにして、うざったい奴は片っ端から吹ッ飛ばして。
叶えるんだ。俺の夢を。
『さらなる力が、欲しいかい?』
真っ暗で何も感じない空間に真っ白な文字が浮かび上がるように、頭の中に直接響く声が聞こえた。
力を、よこせ……
『この力は強大過ぎて、ついには君自身をも食らい尽くすだろう。全てを失いまっさらな状態になったとしても、それでも力を求めるかい?』
俺自身を食らう力、だと?
……面白ェ。だったら俺が逆に、食われる前に食らい付いてやる。
俺には力が必要だ。全てをねじ伏せ勝ち残る為に、“絶対”を手に入れる為に。
『そうか、そういえば君の“絶対”に望む願いは……なるほど、自分自身を懸けてでも勝ち残らないといけないんだね』
このよく分からない声の正体が、天使だろうが悪魔だろうが構いやしねえ。
『君の能力はすでに、真の力を解き放つに相応しい程輝いている。貪欲に力を求めた者だけが手に入れられる、孤高にして最も強き存在に昇華できるだろうね』
突然、暗闇の中に一筋の光が差し込んだ。
光は俺を包むように、この暗闇を照らすように広がっていく。
俺は……また、強くなる……
強くなって、敵を殺して、“絶対”を手にして……
……手にして、どうする?
俺の思考が、記憶が、曖昧になってくる。
敵を殺して、どうする?
強くなって、どうする?
力を得て、どうする?
『フフ、苦しいのは少しだけだよ。眠りでもすればすぐ感じなくなる』
世界は光に満ちているのに、そこに何も感じない。
眩しい視界の中で、次々と映像が流れる。
河水樹白里の傷が癒える様。
雑魚共との共闘。
つまらねえガキ共のお遊戯。
再会を喜ぶ日向陽祐と実行委員。
侍の余裕の表情。
朔来志輝と女が歯向かう姿。
レジストが俺に能力を与えた光景。
スラム街で喧嘩に明け暮れていた日々。
俺を家から追い出す両親の顔。
傷を手当てするユエルの白い手。
……ユエルと面影が重なる、千種かなめの笑顔。
流れていった映像は、再生する度に光となって消去されていく。
俺が、俺でなくなっていく。
『さあ、目を閉じて。次に目を開いた時、君はたった一人の強者になっていることだろう』
何も考えられない。何も感じない。
俺の中にあるのはただ一つ。
「戦い」を、求めるだけ。
声に従い目を閉じる。
“俺”の意識が、消えた。
『君は今、純粋な“力”となった。ならそこには、もう“人”としての姿なんて必要ないよね……?』
光に満ちた……いや、木々の隙間から僅かに月光が差し込むだけの山奥で、かつてレオ“だった”モノが目を覚ます。
声の主……実体のないファミリアが、くすくすと笑う。
『初めまして、アルーフ。なんて、もう今の君に言葉が理解できるかなんて分からないけれど』
レオ“だった”モノ……アルーフが、黄金の瞳を鋭く光らせ月夜を眺める。
その姿は、もう“人”ではなくなっていた。
一言で表すとすれば、それは獣。
白銀のたてがみを夜風になびかせ、鋭い鎌を先端に持つ尾を動かす。
禍々しい獣となったアルーフは、両足を暴風に変えて夜空に跳躍し姿を消した。
『レオ・マイオール脱落、と。これで残る参加者は四人だね。フフ、ここからどうなるか……』
どこかへと去っていくアルーフを目で追っていたが、姿が見えなくなるとファミリアも通信を終わらせた。
そこに残されたモノは何もない。
レオ・マイオールの存在した痕跡など、ない。
何かが、僕の眼前に落ちてきた。
「グルルゥ……」
大きな獣だ。気味の悪いライオンのように見えるが、僕の知っているライオンとはまるで違う。
身体の大半を覆いそうな白銀のたてがみや、月光に照らされ鈍く輝く鉤爪や尾の鎌。
両前足が長く、右足に至っては地面を引き摺っている。
四足歩行をしているのかと思えば、両後足が視認できない。代わりに、風が渦を巻いている。
なんだ、この化け物は。
「グォオアアッ!!!!」
獣が咆哮する。あまりの衝撃に、僕の身体が動かなくなる。
こいつは、危険だ。
本能的に叩き鳴らされた警鐘に従い、未来眼を発動させる。
左目に映る映像に、獣の姿が見えない。
速過ぎる……
「ガアッ!!」
獣の咆哮と共に、横腹に何かが衝突したかのような衝撃を受けて僕の身体が宙に飛ばされる。
道路を転がり身体中の痛みに呻く中、僕の左目が警告を発した。
小さな暴風の渦を纏う前足が、その鋭い鉤爪が、僕の背から貫こうと突き出していた。
「くっ」
間一髪、身体を横に転がす事で直撃は回避できたのだが。
長い鉤爪は僕の背に傷を付けていた。
フィアーズの時よりかは痛みは浅いが、それでも皮を裂かれているので強い痛みを感じる。
脂汗が額に滲むが、苦痛に悶えていられる余裕なんてない。
僕は転がった先に落ちていた竹箒を手にする。こいつで戦うしかない。
左目に意識を集中させる。痛みで動きが鈍ってしまうからこそ、相手の動きをしっかり把握しなければ。
「グルァッ!!」
右目の視界から獣が消える。風の勢いを利用して超高速移動を行う戦法はレオのそれに近い。
なら、瞬間的に姿を消して不意討ちを仕掛けてくる、その場所は。
「はあっ!」
僕は背後に振り向くと共に、箒を前に突き出す。
「ギャウッ!」
長い爪と爪の合間を通り、右の前足を挫く事に成功した。
向こうのスピードやこちらの強化された力によって、その一撃は重いモノとなっただろう。
悲鳴を漏らした獣は一旦飛び退いて距離を開けると、右前足を庇うようにしながら低姿勢で僕の様子を伺う。
こちらからの攻撃のチャンスともとれるが、今の一撃で箒はすでに罅が入ってしまった。
砕けなかっただけよく耐えたと誉められたモノだが、次に振るえば粉々になってしまうだろう。もう武器としては機能しない。
どうする……
獣はじっと僕を睨み続けたまま動こうとしない。
僕が動くのを待っているのか?
あまり余裕は無いが、そうして様子見をしてくれている間に思考を巡らせる。
勝つためには、どうすればいい。
……ふと、獣を睨んでいて何かを感じた。
足を風に変えて攻撃してくる戦い方、さっきも咄嗟に思ったがレオに似ている。
白銀のたてがみはレオが好んで着ていたジャケットの飾りにも似ているし、鉤爪や尾の鎌などは「刻む」とよく言っていた脅し文句と関係しているようにも思う。
こいつはレオと深い関わりがあるのではないか?
しかし、レオは河水樹に敗れたと聞く。一体どういう事なんだ。
倒せば……何か、分かるのだろうか。
僕を狙ってくる以上“絶対”を抱えている実行委員側の手先なのだろうが。
左目に意識を集中。相手の動きに常に警戒しつつ、僕は懐から黒光りするモノを手に取る。
時雨の遺した、折れた日本刀。刀身こそ短いものの、元から短剣と思えばやや長いものだと思える。
時雨、力を貸せ。
半分以下の刀身の日本刀を逆手に持ち替え、忍者の小太刀のように握る。
その“行動”を起こしたことで、獣は反応し僕に飛び掛かってくる。
そんな動き、既に見通している!
身体を捻らせて着地の位置からずれると、その回転を利用して獣の脇腹を一閃する。
「ギャアァッ!!」
鮮血が飛び散り奇声を上げながらも、獣は両足を突風に変えて移動し僕の追撃をかわす。外したか……
その隙を突こうと、突風と化していた後ろ足を部分的に解除して僕の頭を狙ってくる。
これも、やはりレオが前に見せた戦い方の一つだ。
間一髪、身を屈めることで首から上が吹っ飛ぶ事態は回避したが、髪の先が綺麗に一直線に切られてしまった。
この体勢、屈んでいる足腰をバネにして振り向きざまに奴の後ろ足を狙うこともできなくはないが……
僕も背中に傷を付けられダメージが残っている。いくら未来眼によって身体が強化されていても、この痛みを誤魔化す事はできない。
屈んだ体勢から、僕は一気に前方に走る。獣から距離を離そうとする。
獣にも蓄積されたダメージはあるはず。注意して観察すれば最初より動きは鈍いし、疲労している様な挙動も見せる。
長期戦なら、勝つこともできるかもしれないが……
「ぐぅっ!?」
走っている途中で、熱くなっている左目の内側から全身に激痛を感じる。
一度に長い間能力を使い続けた事で現れる過負荷、その痛みだ。
今この状況に於いて、未来眼を解くのは自殺行為にも等しいと言っていい。身体強化の恩恵と未来視がなければ、一瞬で獣に刻み殺されてしまうだろう。
耐え難い激痛だが、それでも僕は走る。
足を突風に変えてどんな距離でも素早く近付ける獣からすれば、僕のこの様も滑稽なモノと映っているのかもしれないが。
そういえばこの戦闘に於いて、まだ隔離空間が展開されていない。
未だ一般人に遭遇していないが、もし見つかってしまえば余計な騒ぎを生んでしまうだろう。
傷付いた僕に正体不明の化け物。世界の七不思議に数えられてしまいそうだ。
隔離空間の発現を……
「ぐっ」
しようとしたら、さっき以上に痛みが強まってしまった。過負荷が更に大きくなってしまったようだ。
突然重くなった足に重心が保てず、走る勢いのまま僕は前面に転んでしまった。
力が入らなくなり、時雨の刀も手から離れてしまっている。
未来眼が意思に反して自動で解除されると、疲労感が全身を襲って立ち上がれなくなる。
獣が見えない。
未来も見えない。
立ち上がれない。
戦う事も、逃げる事もできない。
僕には、結局力など無いのか。
獣に多少傷を負わせられた程度で、倒すことなどできなかった。
時雨は、レオは、陽祐は、アエリアは、河水樹は、それぞれ敵を倒す力を持っているというのに。
僕だけが、こうして無様な姿を晒している。
力が、欲しい。
力が……欲しい。
僕に力を……力を!
「グアァッ!!」
背後、空から獣の咆哮が轟くと、途端に巻き起こる強風の渦が僕を巻き込もうとする。
創作のアニメやファンタジー小説のように、都合良く新たな力に目覚めるなんて、できるはずがない。
僕はただ、空っぽな人間なのだから。
風に徐々に引き摺られ、身体が浮き上がってしまいそうだ。
僕には戦う意志も力もない。
ただ未来に無意味な希望を抱いていただけの、無力な人間。
この左目のせいで全てを失った僕は、未来にすがるしかなかった。
未来を求めた。だから、僕には未来眼の能力が目醒めた。
エリクシルが与えたわけではないモノだが、確かにこの能力は僕という人間を示すに相応しいモノだ。
何故僕だけが、能力に攻撃性がなかったのか。
それは僕自身が、戦う力を持たない無力な存在であるとはっきり自覚していたからかもしれない。
街路樹の木の葉や捨てられたゴミなどが風に舞い上がり、僕に叩きつけられる。
僕は、無力だ。
ついに身体が風に煽られ浮き始めた。爪先立ちになってまだ地面に留まろうとするが、獣の放つ強風はそれを許さない。
僕は、ここで死ぬのか。
恐怖よりも諦観した思いの方が強い。
目を閉じる。
『目ェ逸らすのは、弱者がする事だ』
いつかのレオの言葉が、蘇る。
本当に、その通りだ。僕はいつも、何かから目を逸らしていた。
そこにいるのに、そこにいない。傍観者気取りで、自分には関係ない事だと目を逸らしていた。
だとしたらこれは、その罰なのだろうか。無関係を装い、人を、周囲を拒絶しながら生きてきた僕への。
『忘れないで下さい、志輝くん。私達は、共に戦う仲間ですよ』
アエリア……変な奴だ。
こんな殺し合いの中で、仲間だとか言ってくるのはお前が初めてだった。
『私は、誰も殺さないと、誰かを殺させないとも決めている』
変な奴と言えば、時雨の顔も浮かんでくる。お前の逝った場所に、僕も逝くことになるのだろうか。
『“絶対”を取り戻すまで。その時になるまで、俺はお前も護ってみせるよ』
変を通り越して、陽祐は馬鹿だ。幼なじみだからって、殺すべき相手を守るだなんて。
『あんた達も、いずれあたしが殺しちゃうから』
参加者の全員が河水樹のように“戦い”に執着していれば、誰とも関わることがなければ、僕も躊躇なく殺し合いに参加できていたかもしれないのに。
近くなり過ぎてしまった。
だから、彼らの死に……心の奥底が揺れてしまった。
僕は誰も信じない。
信頼など……しない、はずだったのに。
『貴方は、寂しい人なのね』
人を拒絶し、孤独の世界から外を覗く傍観者であったはずなのに。
『私も……同じ』
知らない内に人を信頼しようとしていて、裏切られて、落胆して。
勝手に、一人で傷付いて。
「一番の馬鹿は……僕だな……」
風に舞い踊らされ、上も下も分からなくなって。
様々なモノとぶつかって、骨だって折れているだろう。
額から出た血が、風に煽られ冷えていくのが分かる。
三回目の未来眼も、発動したところで無意味だろう。いくら身体が強化されたからって、元がここまでボロボロになってしまっては戦いようもないのだから。
僕の人生なんて、そんなモノだ。
人に裏切られながら、生きてきた人生なんて。
不気味な獣に終わらされるとは、予想もしていなかったがな。
眠りに就くように、意識を遠ざけようとする。
全身から力を抜く。意識を保つ為に握り締めていた時雨の刀も、僕の手を離れる。
僕は冷静に、僕という存在の終焉を見つめる。
まるで意識が身体から抜け出して自分を見ているような、客観的な冷静さで。
ああ、僕という存在とは何だったのだろうか。
ただ人を拒む為だけに、人に裏切られる為だけに、今まで生きてきたのだろうか。
あの日、突如として変色した僕の左目。僕の人生は、そこに集約されている。
なら、こんな左目がなかったら?
僕は誰も拒む事無く、優しい父と母がいる暖かい家庭の中で生きていけたのだろうか?
……「もう、何でもいい」。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、僕の意識はそこで消えた。
獣……アルーフは、“それ”を見上げていた。
“それ”は、自身が生み出した暴風の中に紛れ込んだモノの一つ。
風に飛び交う様々なモノにぶつかり、全身に傷を負う人間だ。
アルーフに意思はない。ただ本能の赴くまま、破壊の限りを尽くすだけ。
地面を引き摺る程に長く垂れた右の前足、その先にある鋭い鉤爪をもたげる。
鉤爪を中心に風が渦巻く。それは真空の刃を生み出し、近寄るモノを切り刻む。他を寄せ付けない、孤高の腕となる。
両後ろ足のバネを使い、様々なモノが巻き上げられている暴風へと飛び込む。
孤高の腕が、勢いを利用して振り回される。そこに触れるモノ全てが、バラバラになっていく。
そしてその腕の先に……人間を捉えた。
人間も何も関係ない。アルーフは目の前のモノを切り刻み、その絶対的な力を、その存在を刻み付けるだけ。
人間に向かって、腕が伸ばされる。
その、刹那。
『Open Your Eyes……』
人間の口が動いた。だが声は出ていない。それは、アルーフの思考することのない脳に現れた“文字”だった。
「グアァッ!!」
構わず、腕を振り下ろす。人間の身体は真空に刻まれ、血肉を撒き散らして地上に堕ちていく。
……だが、次の瞬間には、その死体は姿を消していた。
「「ガガルゥ……」」
代わりに、アルーフの視界の中に、無数の“自分”が現れていた。
「ガアッ!!」
思考しないアルーフは、本能のままに、目の前に現れた多数の自分へと攻撃をする。
攻撃を受けた自分は確かな手応えと共に死体へと成り果てるのだが、次の瞬間にはやはり消えている。
殺しても壊しても、消えない自分の像。
「グ……ガアアッ!!!!」
アルーフは混乱し、自分が犇めき合うこの戦場から逃げ出した。
暴風が止み、宙に浮き続けていたモノ達が地面に落ちていく。
台風が過ぎて行ったかのような、悲惨な光景が広がる。
『Close Your Eyes……』
その中で、人間……朔来志輝は眠っていた。