神を凪ぐモノ
志「何故、何も答えないんだ、エリクシル……」
ケ「志輝くん、ファミリアさんが言っていた事は、気にしなくていいと思いますよ。私達を仲間割れさせるための発言だと思います」
志「嘘や出任せなら、最初からそうだと否定すればいい。だが、あいつは口を閉ざす。「戦い」のパートナーである、僕に対してさえも。だから怪しい」
ケ「……変な言い方になってしまいますけど。もし志輝くんはエリクシルさんが本当に潔白だと言って、信じる事ができますか?」
志「……だとしても」
ケ「エリクシルさん、もしかしたら今回の騒動で重要な事を知っているのかもしれません。だからファミリアさんはエリクシルさんを危険だと言って信頼を失わせ、エリクシルさんの知る真実を嘘だと思わせるつもりなのかも……」
志「……真実を、嘘に、か」
ケ「志輝くん。エリクシルさんは今きっと、この騒動の裏で、一人だけで戦っているのだと思います。だからどうか、パートナーとして少しだけでも、エリクシルさんを信頼してあげてくれませんか?」
志「……僕は、他人を信頼するなんて事……」
ケ「では、本編が始まります」
志輝達とキュリオの戦闘が始まる、少し前。
太刀川市を大きく二分する太刀川、その対岸を繋ぐ数ヶ所の橋の一つ……鞘橋。
「ねえねえ、そこのお兄さん。ちょっと時間いーい?なんちゃって」
その橋の中央で、一人の青年と、一人の少女が対峙していた。
「……何者だ、てめェ。俺ァ今腹が立ってんだよ」
青年は銀色の髪を掻き上げ、鋭い睨みを少女に向ける。
対して少女は、話し掛けた時の笑顔から全く表情が変わらない。青年の威圧感に、気圧される様子が感じられない。
「怒ってるならちょうどいーや。何でもいいからテンション上がっとけば、「戦い」も楽しくなるってもんじゃない?」
夜の闇の中、まるで月のように真っ白な服が映える少女は、深々と被った麦わら帽子を空に放る。
「「戦い」だァ?てめェ、何でそれを知って……」
「あんた、殺し合いが好きなんでしょ?レオ・マイオールくんっ。能力者同士、仲良くケンカしよ!」
宙に舞う麦わら帽子が緑色の光を纏うと、その形を一瞬にして変化させる。
魔法のように……麦わら帽子が、白銀の砲身のバズーカへと変化した。
「てめェ、六人目の能力者かよッ!!」
「その通りっ!あたしは河水樹白里、よろしく!!」
バズーカは少女の肩に乗り、砲口を青年……レオに向ける。
少女……河水樹白里の自己紹介と共に隔離空間が発現され、同時に白銀のバズーカが巨大な弾を発射した。
「はッ、久し振りに楽しめそうじゃねェか!あァ?河水樹白里とやらァッ!!」
瞬時に足を突風に変えて、着弾点から離れるレオ。瞬風脚の能力を発動したのだ。
「刻まれる覚悟はできてんだろなッ!!」
レオは嬉々として吼えると、自らを中心に大きな風の渦を巻き、白里を狙って攻撃する。砲台が強風に飛ばされ、消滅する。
「きゃ、イタズラなスゴい風っ!スカート押さえなきゃ恥ずかしいから、攻撃できないよ〜っ」
風の渦が襲ってきているというのに、白里は風に煽られるスカートを押さえて喚いている。
もし次のバズーカが現れたとしても、この状況なら反撃はない。
予期せぬ好機に、レオは一気に攻めようと風の勢いを強める。
このままいけば、白里は太刀川に吹き飛ばされるだろう。
「きゃーっ!やーらーれーたー……なーんて、言うと思った?」
「あァ?」
徐々に細い身体が押し出される中、白里は、笑っていた。
「いーこと教えたげるよ、レオくん」
白里は片手でスカートを押さえつつ、空いた片手を空に伸ばすと。
レオの風が唯一届かない無風の一点……レオの身体がある渦の中心に、緑色の光が現れバズーカを形作っていた。
「さっきのバズーカをわざわざ手で発射したのは、あんたを騙す為のフェイク。あたしの「射吼血」が創り出すバズーカは、自動発射できるのよ!」
「んだとォ……?」
渦の中心で滞空するバズーカが、ひとりでに音を立てて動き出す。
「華麗に、着火!」
空に伸ばした手で指を鳴らすと、同時に白銀のバズーカが弾を発射した。
「チィッ!!」
レオは回避の為に攻撃を中断し、ありったけの風を一度に放って弾と爆風をどうにかかわす。
着弾したコンクリートの地面は大きくクレーターが出来、焼き焦げた煙からは鉄の臭いがする。
弾の元となるのは、彼女の血液だからだ。
「もー!女の子ってただでさえ貧血気味なんだから、避けないでちゃんと当たってよね!血を無駄遣いなんてしたくないんだから」
「だったら大人しくボコられてろよォッ!!」
レオの咆哮に呼応するように、再び両足が風に変わり、凄まじい強さで吹き荒れる。
「うはー、こんなに可憐でキュートな女の子をボコるって……男としてあるまじき発言ね」
白里はため息をつきつつ、新たに創り出したバズーカを構える。
吹き荒れる強風に煽られる事なく、照準をレオの頭に向けて。
「お仕置きが必要だわっ」
「やってみろォッ!!!!」
白里へと放つ風が、全てレオの足元で収束し渦巻く。
そこへ容赦なく、白里のバズーカが火を吹いた。
「んなもん当たるかァッ!!」
レオの激昂と共に風が解放されると、弾が着弾するよりも迅く、白里の背に回り込んだ。
突風の勢いを利用した、レオの回し蹴りが白里の背中を強打する。
「かはっ……」
「吹ッ飛べ!」
体勢を崩した白里に、風の追い討ちを加えて一気に吹き飛ばした。細い身体は橋を転がり、間合いを開いていく。
「はッ、道理であのガキの炎が強ェわけだ」
レオは自分の足を見て、納得する。
学園の校庭での戦闘で、最後に日向陽祐が放った技。あれは、自身の操る炎を極限まで収束する事で一撃の威力を高めていた。
だからそれを応用し、自分の風を操り一点に収束させ、強化する。
常時能力を発動し続ける、似たタイプの陽祐の攻撃を参考にしたのだ。
今のレオの脚は小型の竜巻と言える。元々能力者の中では一番能力を使い込み、そのスペックはかなり上がっている。その分力任せで今まで戦ってきたが、工夫する事でさらに楽に、楽しく戦える事にレオは気付いたのだ。
過去の彼なら、他人のやり方を参考にするなど、決してしなかっただろう。様々な能力者と戦ってきた中で、彼自身も成長したと言える。
全ては、他の参加者を倒す為。
強くなり、“絶対”を手に入れる為に。
「っつ……ほんと、手加減、してくれないんだぁ……ちょっとショック」
ふらりと、全身に擦り傷を負った白里が立ち上がる。
肺の辺りを押さえ、ひゅうひゅう鳴る息を整えようとする。
「やらなきゃやられる。分かって「戦い」に来たんだよなァ?河水樹白里」
「へへ、あったりまえじゃん……あたしだって、“絶対”を使って叶えたい願い事があるんだもん」
おぼつかない足下で、それでもレオに向かって一歩ずつ歩いてくる白里。血が滲み、片手を庇い、それでも戦う為に、勝つ為に歩く。
(しぶてェ奴だな……)
その姿を目にし、不思議とレオは感心していた。
彼女と自分に、似た所があると感じたのだ。
戦いを好み、己の力を使い自らの手で勝利を掴みたい。
そこにあるのは、自分の願いを叶える為にも負けられないという、強い執念。
(だがまァ、嫌いじゃねェな)
レオの口元に、笑みが浮かんだ。
それを受けてか、白里の必死な表情にも、僅かに柔らかさが戻った。
「……えへへ、意外と紳士的なんだね、レオくんは。こんな隙だらけのあたしに、攻撃してこないなんて……」
「あァ?雑魚を踏み潰したくらいじゃつまんねェだけだザーコ」
「うへえ〜……言葉遣い悪っ」
ふらふらしながらも、着実に近付いてくる白里に、レオは少しだけ何か……違和感のようなものを感じた。
「でもさ、あたしとあんた、本当に気が合うみたいだね」
気のせいか……しかし、白里の動きには、何かがおかしいと感じた。
「あたしもそうだよ。だって……」
そう、動きがまるで、演技をしているように大振りで。
「ただの雑魚にはキョーミない人間もんっ」
庇われた腕の陰で見えなかった手が、パチンと強く指を鳴らす。
すると、レオの周囲の景色が歪み……突如として四方八方を、数多のバズーカに囲まれていた。
「て、めェ……」
「てへっ、ばれちゃった☆そーだよ、あんたが紳士的な雑魚だったお陰で、形勢逆転って事」
砲口は全て、レオに向いている。
これだけ大量のバズーカを、何かに隠されながら一度に創り出すなど。
またレオは、いつの間にか姿勢を正している白里を見て、驚愕した。
あれだけあった擦り傷が、じわじわと“治っていく”。
「驚かせちゃったかな?スゴいでしょ、これは「回帰骸」、私の命が続く限り、肉体の損傷が自動で修復されちゃう能力なの」
嬉しそうな、それでいて悲しそうな曖昧な表情をしつつ、笑顔で説明をする。
二つ目の、能力を。
「待てよ……どういう事だ、“能力が二つある”なんてよォ……」
呆然と白里を見るレオに向けて、白里は白く細い腕を伸ばす。
「いいじゃない。この「戦い」で参加者が持つ能力は一つだけ、なんてルールは、生憎だけど実行委員から聞いてないもの」
白い髪、白い服、白い砲台。それら、彼女を表す白が、邪悪な黒に染められたかのように錯覚した。
「あんた、なんだかんだで結局一人も殺せてないんでしょ?良かったわね。じゃあきっと、天国に逝けるわ」
そして思い出す。この言葉の言い方……朔来志輝との戦闘で、レオが言った言葉をわざとなぞっている。
「てめェ、馬鹿にしてんのかァッ!!!?」
「じゃあね、おやすみ。レオ・マイオール」
もう一度、指が鳴った。
それを合図に、数多のバズーカが一斉射撃を放つ。
砲台が取り囲む中央の、レオに向かって。
逃げ場は、ない。
無数の爆撃音を背に踵を返すと、白里は歩きだす。
この空間を解けばすぐにでも、実行委員特殊部隊キュリオが彼らを襲うだろう。
だから、今日の彼女の目的は果たしたと言える。
だが。
「……うん、面白そうだし、見てみよっかな。他の参加者」
白里は立ち止まると、くるりと振り返って反対方向へと向かった。
レオの死体は……なかった。代わりに橋には無数のクレーターが開いている。あれだけの数と威力だから、きっと死体の一辺も残らなかったのだろう。
死体がないなら大丈夫か、と白里は隔離空間を解除する。
橋のクレーターは何事もなかったように消え、車が通るようになる。
この世界からすれば、向こうで死ぬことなんて一瞬の出来事だ。
「あたしは、せめてこっちの世界で死にたいなあ……」
一人ごちた所で、返す人間がいるわけもなく。
ふぅ、とため息をつくと、ぐっと大きく伸びをして盛大に欠伸をする。
目の端に浮かんだ涙を指先で弾いて、麦わら帽子を深々と被り直す。
「はやく会いたいな〜っ、あたしの大好きな親友、エリクシルちゃんに!」
夜の静寂に抗い声を張り上げ、白里はさくらい孤児院を目指す。
ちょうど、橋の向こう側に赤い隔離空間が発現した時だった。
エリクシルが出ていき、ベッドに倒れこんだ僕は、そのまま寝るだけだった。
……寝るだけだったのに。
トントン、と僕の部屋の扉が叩かれた。
「誰だ?」
ベッドから扉は離れているので、少し声を張り上げて問い掛けるのだが。
扉を叩いた人間は、一切応えない。
……子供達の悪戯か?
この時間はほとんどの子供達は寝ている。それに悪戯なら、叩いた後に逃げ出す大きな足音が聞こえてくるはずだ。
足音すら聞こえないのなら、その人物はまだ、扉の前にいることになる。
怪しいな……
左目に手を掛けつつ、扉を開けようとすると。
「あ、開けないで、ください……」
扉の向こうから、震えた声が聞こえてきた。
この声……アエリアか。
扉に掛かる手が止まる。泣き顔を見せたくないのか。
「何の用だ」
「……志輝くん……私……」
何かが、扉に当たった音がした。
広い範囲で、扉に少しだけ体重が掛かっている。扉を背に、座り込んだのだろうか。
「私……見ていたんです。……一ノ宮さんの……」
震えた声が、扉の向こうから聞こえてくる。
長い話になりそうだな。
僕も扉に背を付けて、その場に座り込んだ。
「一ノ宮さんの、死んでしまう、ところを……」
……そうだったな。
こいつは恐らく誰よりも近くで、時雨が食われるところを見てしまったんだった。
鮮烈な映像が蘇り、眠れなくなる理由も分かる。
「……それと、全く同じモノを……夢、で……」
しかし、話は思わぬ方向へと向かった。
「夢……だと?」
「長い眠りに、就いていた時です……一ノ宮さんが、食べられてしまう、その光景を……」
まさか……アエリアが予知夢を?
「何故言わなかった?」
「私は言おうとしましたっ……けれど、志輝くんは聞いてくれなくて……」
……学校帰りの、あの時か。
あの時は疲れ過ぎていて、誰かの話を聞く余裕もなかったからな……
「私、怖いんです……この事があってから、私の見た夢が、全て現実になってしまうんじゃないかって……」
声の震えが一層強まる。
偶然……にしては出来過ぎている。アエリアには何かがあるのだろうが。
「まさか、お前の腕も?」
問い掛けてみれば……肯定も否定も返さない。そう、だったんだな。
「もっと早く、皆さんに伝えられていれば……もしかしたら、一ノ宮さんは……」
堪えていた感情が溢れたのか、アエリアは静かに泣き始めてしまった。
女に泣かれると対処に困るというのに……
……しかし、何故アエリアは予知夢を見れた?
アエリアが長い眠りに就いたのは、陽祐との戦いに於いてコールドスリープを破られた時だ。
多大な負荷を一度に背負い、衰弱したものだと思ったが、もしかしたら何か他の要因が絡んでいるのかもしれないな……
「……ごめんなさい」
「お前が謝る事なのか?」
「だって……私がちゃんとしていれば、一ノ宮さんは死なないで済んだかもしれません……」
「「戦い」の参加者は、いずれ一人を残して皆死ぬ。時雨はそれが……」
言って、気付いた。
「……志輝くんは、一ノ宮さんのこと、何とも思ってないんですか?」
まさに僕は、エリクシルが僕に言った事とほぼ同じ事を、アエリアに言っている。
「ファミリアって方と同じように、私達参加者同士の「戦い」が楽になったと……折れてしまった刀しか残らない一ノ宮さんを前に、そんな事くらいしか、感じなかったんですか?」
……いい加減にしろ。
「感じないわけ、ないだろう……僕にだって、人の死を偲ぶ思いはある!」
あいつと僕が同じだと……
そんな事、あるわけがない。
僕はあいつと、同じはずがない。
拒絶され、否定され、裏切られ続けて生きてきた僕と、同じだなどと。
「……部屋に戻れ」
僕は頭を掻きつつ、腰を上げる。
「で、でも……まだ……」
「戻れ」
アエリアの反応を無視し、ベッドへ戻ろうとして一歩進んだ。
その時、扉の向こうで物音がした。
何事かと扉を開くと。
「か、はぁっ……」
「んおっ?ちょっと、好みどストライクなんだけど」
まだ夏には早いこの時期に、ノースリーブの白いセーラー服を着た少女が、狭い廊下を塞ぐような大きさのバズーカの砲身をアエリアに突き付けていた。
砲身はゼロ距離でアエリアの喉元に触れている。壁とバズーカに挟まれ、左腕だけで何とか砲身との間に隙間を作って呼吸している。
何が……どうなっているんだ。
「この人、エリクシルさんを……」
「ねえっ!」
アエリアの擦れた声を、白い少女の声が掻き消す。
突如現れ、アエリアを命の危険に晒す少女が、僕に近付いてくる。
距離を置こうと後退りをするが、一歩一歩を大股で歩く少女にすぐに追い付かれてしまい……
「結婚を前提に、あたしと結婚しよっ!」
訳の分からない言葉で隙を作られた僕の左腕に、あろうことか抱きついてきた。
「……誰だ、貴様は」
強引に振りほどこうとするが、両腕で絡め取られている上にしがみ付いている。
「恥ずかしがらなくていいんだよ?朔来志輝くん♪」
心底鬱陶しい甘えた声で、さらに抱きつく力を強くする少女。
もう僕は、大抵の見覚えのない人間にフルネームで呼ばれる事にも慣れていた。だから敢えてそこは問わない。
こいつは「戦い」の関係者。そして能力によって創られたであろう白銀のバズーカ……恐らくは、今まで契約が出来ていなかった、六人目の参加者だろう。
「あたし、河水樹白里。深い愛を込めて、白里って呼んで?志輝……」
「さっさと離れろ河水樹白里」
「あ、フルネームで呼ぶならもういっそ、朔来白里って!なんちゃってなんちゃってきゃーっ!!」
「……黙れ」
やかましい……頭が痛くなってくる。
しかし、今の状況下で加わった参加者だ。裏切り者の実行委員と共闘する新たな人間、と言える存在なのだろうか。
いいや、こうしてアエリアに銃口を向けている時点で、共闘する仲間になるとは考えられないが。
「ねえ志輝きゅん、これからあたしとの人生設計について話を……」
「アエリアを解放しろ」
変な事を言い出す前に、こっちから話を切り出す。
「うーん……嫌だけど、志輝くんが言うなら仕方ないなあ……」
白里は心から嫌そうな顔をしつつ、右手をバズーカに伸ばすと指を鳴らす。
するとバズーカは消滅し、アエリアが解放された。
ようやくまともに呼吸し、膝が折れて座り込んでしまうアエリア。
「「戦い」の参加者か」
「うん、皆が待ってた六人目だよっ」
せっかく離れていた右腕が戻り、再びがっしりと捕まってしまう。
「ここに来た目的は何だ」
「あ、あたしに興味を持ってくれるんだあ……嬉しいなっ」
「さっさと答えろ」
こいつの耳は何の為に付いているんだ……
人の話をまるで聞かない人間は嫌いだ。
しかし、これだけ邪険に扱っても河水樹は離れようとしない。
「目的はねー、あたしの友達のエリクシルに会いに来たの」
……また、エリクシルなのか。
あいつはついさっきまでこの部屋にいたが、どこかへと去っていった。
「エリクシルはここにはいない。帰れ」
「えーっ、ここじゃないの?だって志輝くん、エリクシルといつも一緒なんでしょ?」
得体の知れない人間が、次々とエリクシルの名を出していく。
ファミリアから、河水樹から……
エリクシルとは、何なんだ。
「志輝くんから離れてください!」
「何よあんた、あたしの志輝に何しようと、あたしの勝手でしょ?」
思考を巡らせていると、アエリアと河水樹がお互いに睨み合っていた。
「し、志輝くんだって困ってます!」
「愛する二人が寄り添ってるのよ?嬉しいに決まってるじゃない」
「……愛してなどいない、離せ」
馬鹿な奴同士の会話など、頭が痛くなるだけだ。
「ぶーぶー、何なのよこいつ、やっぱり殺しておけばよかったかなあ……」
河水樹は物騒な事をぼやきつつ僕を解放すると、僕とアエリアの顔をそれぞれ見比べる。
「殺すって……貴方は私達と共に、“絶対”を取り戻す為に実行委員と戦う仲間じゃないんですか?」
出会い頭に銃口を突き付けられたにも関わらず、河水樹に仲間かと訊くアエリア。やはり馬鹿な奴だ。
「……何言ってんの?誰があんた達と一緒に戦うってのよ」
僕の予想通りの反応を、河水樹は返してきた。ふんと鼻を鳴らし、頭の上で腕を組む。
「あたしはあんた達の言う実行委員側の人間よ。委員会から奪った“絶対”を保護し、他の参加者を殲滅する為に選ばれた能力者。純粋に「戦い」を進める為に創られた六人目」
実行委員側の、能力者だと?
ちょっと待て、どういう事だ。
実行委員の奴らが僕達を狙うのは、“絶対”を行使する為に参加者が必要だからじゃないのか?
だから、今日だけでも二回の襲撃をしたんじゃないのか?
この言葉は、予想外だ。
「ま、詳しい事はまた今度ね。今日は一人落としたし、能力を使い過ぎて疲れちゃったから、もう帰るよ。エリクシルもいないみたいだし」
パチンと指を鳴らすと、緑色の光が宙に現れ、それが麦わら帽子へと変化した。
出てきた麦わら帽子を深々と被ると、河水樹は軽い足取りで正面玄関へ向かって歩きだす。
こいつ、まさか玄関から入ってきたのか?戸締まりはしっかりしたというのに。
「待ってください!一人落としたって……」
アエリアが後を追い、河水樹の手を掴む。
「あんた達のお仲間の一人、レオ・マイオールよ。キュリオが戦闘を始める少し前に、形も残らないくらいに爆撃しちゃった」
振り返る河水樹は、髪や服、肌の白さをどす黒く染め上げるような“邪悪”を見せる。
その狂気に当てられ、吐き気が込み上げてきそうだ。
あの強い能力を持つレオが……死んだというのか。時雨に続いて……
暗闇の中で煌めく薄紅色の眼光が僕を、アエリアを順に見て……アエリアの、失ってしまった右腕で視線が止まった。
「……あんた、志輝くんの事好きなの?」
「はいっ!?な、なな何ですかいきなりっ!?」
河水樹がアエリアにしか聞こえないくらいの声で何かを囁き、アエリアが困惑している。何を話しているんだ。
「図星なんだ。分かりやすいね、あんた。そういうの、あたし嫌いじゃないよ」
何かに感心したように頷くと、アエリアの右腕に手を当てる。
巻かれた包帯を器用に外していくと、溶けない氷の絆創膏が顕になる。
アエリアはその様子を僕に見られたくないらしく、自分の身体をずらして隠そうとする。
「何を……」
「身体的なハンデの差で、恋のライバルに勝ちたくないから。嫌なんでしょ?好きな人に、傷付いた自分を見られるの」
「!!」
「じっとしてて」
右腕の肌の部分を掴むと、河水樹の手が緑色に発光した。すると右腕の断面図からも緑色の光が現れ始め、氷の絆創膏が砕け散った。
「あっ……くうっ……」
「変に動かないでよ。気持ち悪い感覚かもだけど、素数でも数えて落ち着いて」
緑色の光の輝きが強まると、その姿が見えなくなる程強い閃光が廊下を包んだ。
目を閉じるしかない。何かがぐちゃぐちゃとグロテスクな音を立てているのが気になるが……
閃光が消えて、目を開けると。
「そ……そん、な……」
「馬鹿な、あり得ない……」
河水樹に掴まれていたアエリアの右腕が、“元に戻っていた”。
キュリオに食われた先の部分が、何事もなかったかのように。
アエリアは右手をぎゅっと握り、開き、指先を動かしてみるが、問題はなさそうだ。
「志輝、アエリア。あんた達も、いずれあたしが殺しちゃうから。……じゃあ、またね」
「あ、あのっ……」
アエリアが声を掛けるが、河水樹は止まらず、暗い廊下を走り去っていった。
どうなっている?あいつの能力は、バズーカを創り出すモノじゃないのか?
キュリオが食らったはずのアエリアの腕が、戻っていた……もしや、新たに創られたのか?
他の能力者が使う能力とはまるで違う、魔法のような、今の能力。その回復能力は勿論、自身にも使う事ができるだろう。
河水樹白里……あんな得体の知れない奴とも、戦わなければならないのか。