その時になるまで
ケ「「陽祐編」、なんとか終わりましたね。お疲れ様でした」
陽「ケア……本当に、無事で良かった……」
ケ「ありがとう、陽祐くん。私がこうしていられるのも、陽祐くんや、他の皆さんのお陰だよ」
陽「そうだな。皆にも、感謝している。それに、謝らなくちゃな……」
ケ「陽祐くん……」
陽「お前を助ける為とはいえ、俺は大切な親友を裏切ってしまった。人一倍、人を信じる事が苦手な奴だってのに……だから、ちゃんと謝らないと」
ケ「朔来志輝くん、だよね。左右の目の色が違うから、不気味がられて生きてきたって聞く……」
陽「あいつ、無意識には人を信頼できてるのに、信頼って言葉が出た途端に拒絶しようとするんだ。そんなの辛いし、寂しいだけじゃねえか。独りぼっちが嫌なのに、自ら他人を拒絶するなんて……」
ケ「……仲、良いんだね。二人は」
陽「幼なじみで親友だからな。だから……今はちょっと辛い」
ケ「私ね、陽祐くんのその想い、志輝くんにぶつけてみればいいと思うの。友達の事をそこまで考えてくれる陽祐くんだもん、志輝くんは、絶対分かってくれるよ」
陽「ケア……ありがとう」
ケ「ううん、こっちこそ」
陽「それにしても、レジストが突然「戦い」を休戦させるなんて……俺達の「戦い」はどうなっちまうんだ?」
ケ「それは……今回のお話を読んでくれれば分かると思うよ。物語が大きく動く回になると思うから」
陽「新章突入って感じか?うーん、まあ見てみりゃ分かるか」
ケ「では、本編が始まりますよ」
放課後。授業を終えた僕はかなめと共に、僕の家であるさくらい孤児院へと帰る。
「いや〜個性的なお客さんばかりだね。志輝、いつの間にこんなにお友達を作ったんだい?」
客間から出てきた慎次郎さんと入れ違いになるように、客間に入る。
うちの客間は、他の部屋に比べれば広いほうなのだが……人が多く、窮屈に感じる。
何故なら。
「来たね、シキ。カナメも」
褐色肌に黒いスーツ姿の長身の女性……レジストが、真っ先に僕達に声を掛ける。
「お邪魔してます」
続いて、濃い赤色の髪を左右で束ねるケアが、その髪を揺らしてぺこりとお辞儀をする。
その横には、申し訳なさそうに萎縮している陽祐が座っている。
「時雨は?」
「隣の部屋を借りて、寝かせてもらっている。解毒薬は飲ませたから、後は回復を待つだけだ」
僕の問いに答えたのは、見たことのない、薄墨色の長い髪を後ろで一つに纏めた女性だった。瞳を閉じ、冷静で知的な様子が窺える。
雰囲気で分かる。彼女が、時雨を担当する実行委員なのだろう。
「アエリアちゃん、まだ起きないんですか?」
客間の奥に敷かれた布団で、アエリアは静かに寝息を立てていた。
かなめが心配そうに、アエリアに駆け寄る。
「今は近付かない方がいいですよ」
そんなかなめを、片手を伸ばすことで制したのは、またも見覚えのない実行委員。眼鏡を掛け、冷たい眼差しでかなめを見据えている男性だ。アエリアの担当だと思うが、名前は確か……バリアだったか?
「今下手に彼女に触れたら、貴女まで凍ります。軽くタッチしただけで凍傷にもなるでしょう」
「えっ……」
男性の鋭い声を受け、かなめの動きが止まる。
「自らの力量を超えた力を行使しようとするから……全く、不器用な困り者ですよ」
一人ぼやきながら、伸ばした手でかなめの肩をポンと叩いて離れるように促す。
渋々僕の隣に戻ってくるかなめは、小さくため息をついた。
いつも笑顔を絶やさない、かなめらしくない。
常識を砕かれたのだから、仕方のない事だとは思うが。
「でも、大丈夫なんですか?皆落ち着いてるけど……」
「やれる事はやりました。後は彼女次第ですよ」
これ以上話す事は無い、とでも言いたそうな冷たい視線をかなめに突き付ける男性。かなめはさらにうつむいてしまった。
「……それじゃ、改めて話をするよ。あんた達能力者同士が命を奪い合う「戦い」は、私達実行委員が休戦を宣言した。これからは殺し合いなんて止めてくれ」
「ふざけんな」
場が静まったところでレジストが口を開くのだが、部屋の壁に寄りかかり腕を組むレオがすぐさま反発した。
「俺達はてめェらが言う“絶対”ってヤツを求めて戦ってんだ。休戦とか言ってんじゃねェよ」
そう。能力者は、唯一無二の“絶対”を求めて、この「戦い」に身を投じている。
僕はまだ“絶対”の存在を完全に信じてはいないが、僕以外の能力者は、恐らく明確な目的があって“絶対”を手に入れようとしているのだろう。
それを手にする者を決められないのなら、この「戦い」や“絶対”はどうなる。
昼の戦闘の終わりから、ずっと僕も考えていた。
「そうする必要があるんです。いえ……殺し合いなんかやっている場合じゃない、と言うべきでしょうか」
次に口を開いたのはケアだ。
どういう事なんだ、「戦い」をやっている場合じゃないとは。
「貴方達が求める“絶対”が、危険に晒されているんです……一部の、実行委員の者達によって」
“絶対”が危険?一部の実行委員によって……?
「“絶対”の管理はお前達実行委員の仕事じゃないのか?」
「管理していた実行委員が私達を裏切ったのだ。“絶対”を持ち出し、行方を眩ませた」
僕の問いには時雨の実行委員が答えた。また、裏切りか。
しかし、“絶対”を奪われたのなら……その力を使われ、裏切った奴らの願いが叶ったということか?
「“絶対”を使う事ができるのは、参加者に能力を与えた実行委員だけです。だから、彼らは今“絶対”を扱えない。宝の持ち腐れという事ですね」
眼鏡の縁を指先で撫でつつ、男性が続ける。
「“絶対”を奪い返す。私達で協力して」
エリクシルが締めると、部屋に沈黙が降りる。
成る程。「戦い」の景品と言える“絶対”が無ければ、戦う必要は無いからか。
しかし、“絶対”を奪う実行委員か……実行委員会の中で分裂するとは。
「……でも、そいつらが適当な奴に能力を与えてしまったら?俺達が戦うより先に、そいつらは“絶対”を扱えるようになってしまうんじゃないか?」
静かな客間に、陽祐の声が響く。確かにそうだ。彼らが先に能力者を得てしまえば、共闘するまでもなく“絶対”を使われてしまう。
「その点は大丈夫。奴らは私達と違って“選ばれなかった”実行委員だから、他の人間に能力を与える事ができないのさ」
その質問にはレジストが答え、壁に寄りかかるレオに近付く。
そして、不意にその腕を掴んだ。
「私は、こいつに能力を与えた。与えたって言うよりは、私の持つ特別な力をきっかけにして、こいつ自身が持っていた潜在能力を引き出したって方が正しいんだけどさ」
今度は掴んだ腕を無理矢理引っ張る。……普段あまり曲がらない方向に。
「な、に、しやがるんだババアッ!?」
「そういう、何かに影響されて自身が目覚める能力の事をデザイン能力って言うんだ。そして、デザイン能力を与えられる力を持つ私達はクリエイターとも呼ばれる」
レオが痛みと怒りに顔を歪めるがレジストはスルーして続けた。……よく分かりづらい説明だが。
「彼らはクリエイターじゃないから、能力者を作ることができないという事か?」
「そういう事。シキは理解が早くて助かるよ」
言うとレジストはレオの腕を解放し、元いた場所に戻る。何をしたかったんだろうか。
「だからといって油断はできない。能力者さえ揃えば“絶対”は完全に堕ちる。拉致され、“絶対”に触れるだけで封印は解かれるのだから」
女性が目を閉じたまま、今までの会話に補足する。
「私達を襲撃し、能力者を一人でも奪った時点で彼らの勝ちだと言える。だから、彼らとの「戦い」は負けるわけにはいかない。……戦うべき相手が、参加者から実行委員になっただけだと思えばいい」
「……へっ、最初からそう言えばいいんだよ」
レオは怪しげな笑みを浮かべ、拳をボキボキ鳴らす。
「とまあ、一度に色々喋っちゃったけど。“休戦”と“共闘”の意味、分かってくれた?」
改めて、僕、陽祐、レオの順に顔を見回す。僕と陽祐は無言で首肯するのだが……
「解せねェな。何で俺が雑魚共と仲良く助け合わなきゃならねェんだよ。倒さなきゃいけねー奴がいるなら、俺一人で十二分だろォが」
レオは僕と陽祐を挑発するように、嘲りを含めた笑みを見せる。
「雑魚だと?昨日の戦闘で、勝っていたのは俺だったじゃないか」
安っぽい挑発だったのだが、陽祐が反応してしまった。
昨日、僕が眠っている間に、この二人は戦っていたのか……
「あァ?何なら今ここで昨日の続きをしてもいいんだぜェ?このガキが!!」
さっきまで理不尽にレジストに腕を捻られていた事もあるのだろうか、溜め込んでいた苛立ちを一気に爆発させる。
五月蠅いな、他の部屋にいる子供達や慎次郎さんに聞こえたらどうするんだ。時雨だって寝ているんだし……
「え……昨日のレオの怪我、陽祐がやったの……?」
そこで、思わぬ所から声が聞こえた。かなめだ。
「か、かなめ?レオの怪我って……」
「私昨日、ボロボロになって倒れてたレオを手当したんだよ?足とか酷い怪我してて……」
驚く陽祐に、かなめは次々と言葉を放った。昨日、かなめがレオの怪我を……?
だから、今日の戦闘に、レオが助けに入ってきたのか?自分の怪我の手当をしてくれたかなめを、護ってやるために。
「本当に助かったよカナメ。そのおかげでこいつ、妙に張り切って、「あいつに借りを返す」って言って、あんた達を助けに行ったのさ。親切はしとくもんだね」
「てめェら余計な事をべらべら喋んじゃねえ!!」
レオの爆発が一段と凄みを増した。扉の外の皆が怯えてなければいいが。夢積に至っては、レオに殺されかけているのだし。
「だいたい俺ァ助けてくれなんて言ってねえし!今日だって隔離空間の境界と、そこのガキの炎が見えたからぶち殺してやろうかと……」
「はいはい。素直じゃないね、この坊やは」
レオの怒りを遮るように、レジストは手でレオの口を無理矢理塞ぐ。
見ていて、この二人は本当は親子なんじゃないかと錯覚してしまう……あくまでイメージの母親像なのだが。
「とにかく、奴らは色んな手を使って私達を襲撃して来る。その時は私達で協力して撃退するんだ。……あんたの“願い”の為でもある。分かったね」
願い、と言われてレオの目が大きく開かれる。
レジストの手を剥がすと、後ろを向いて舌打ちをした。
レオにも、この「戦い」に参加する理由が……願いがあるのか。
そうだろうな。“絶対”を手に入れた参加者は、どんな願いでも叶える事ができるという事と同義だろう。僕は自分の失態から参加する羽目になってしまったが、他の参加者には明確な理由があるのだ。
自分の命を懸けてまで、叶えたい願いが。
「そこで、シキにお願いがあるんだ」
一つ話に区切りが付いたのか、レジストはさっきより明るい口調で僕に話し掛けてきた。
「私達はしばらく運命共同体って事になる以上、皆がバラバラだと戦闘の効率が悪いっていうのは理解できるだろ?」
それは、まあそうだろうが……
何だ、嫌な予感がする。
「この建物を私達の拠点にさせてくれないか?私達皆を、ここで寝泊まりさせてほしい」
「……却下だ」
まさかそう来るとは思わなかったが、当然それは受け入れられない。
「ここは孤児院で、多くの子供達が暮らしている。ただでさえ生活が苦しい上、同居するだけで子供達に良い影響を与えられない奴らばかりだというのに……」
「志輝……気持ちは分かるけど、お母さんみたい」
僕が理由を説明している間にかなめが何か言ったようだが、耳に入らない。
「勿論、家計の邪魔はしないつもりだ。食料は各々で用意するし、家賃だって払うよ。そこの坊やはともかく、私やレイズなら家事を手伝ってやることもできる。お願いできないか?」
僕の手を取ると、ずんずん迫ってくるレジスト。何でそんなに必死になるんだ?
それはそうと、あの女性……時雨の担当の実行委員は、レイズと言うのか。名前を呼ばれた時に、無表情を装って焦っていた様子だったが。
「頼むよシキ、あんただけが頼りなんだ!」
くっ、顔が近いせいで余計に声が大きい……
しかし、折れるわけにはいかない。こんな得体の知れない危険人物達を、子供達と同居させては……!
「だ……」
「勿論構いませんよ!!」
駄目だ、と言う僕の声は、別の声に遮られてしまった。
この声……何でこの人が。
「なるほど。大事なお話と言うのは、住む場所を探している事でしたか。それならば私朔来慎次郎が、皆さんの受け入れを許可しましょう!」
客間の扉を勢い良く開き、慎次郎さんが高らかと宣言してしまった。
「ありがとうございます、シンジロー・サクライ!!」
「いやあ〜美しい人が住む場所に困っているようでしたからね。あっはっはっ」
……すごく生き生きしている。可愛い女性が好きで美しい女性も好きって慎次郎さん、もう女性だったら何でもいいのか?
「部屋はたくさん空いてますから、好きに使ってください。家賃は家事の手伝いってことにして、お金はいりませんから」
「慎次郎さん、それは言い過ぎだ!」
「よく考えなよ志輝!こんな素敵な方々と一緒に暮らせるんだぞ!これでお金まで貰っちゃ、申し訳ないだろう?」
慎次郎さんの暴走が止まらない!!
結局、僕というストッパーを無視して暴走特急と化した慎次郎さんは、実行委員と参加者(計九人)の受け入れを承諾してしまった。
「陽祐くんも来るんだね?」
「……お願いします」
「分かったよ。……色々大変だったね。しばらくは、ウチでゆっくりしていってね」
「あ……ありがとう、ございます……」
温かな慎次郎さんの言葉に、陽祐は目を潤ませる。
「しっかし、本当にケアちゃんは、月乃ちゃんにそっくりだね〜……」
即席で作った受け入れの名簿に記入をする際、陽祐はケアの事を慎次郎さんに話していた。
半壊の家に迷い込んでしまった少女、という設定で、「戦い」については勿論話さなかった。
「まああんまり「似てる」って言われてもつまらないだろうし、ケアちゃんはケアちゃんのままでいいと思うよ」
「は、はい……」
戸惑うケアに笑い掛けると、慎次郎さんは陽祐とケアの頭を優しく撫でた。
「かなめちゃんはどうするんだい?」
「わっ、私は、その……」
慎次郎さんに話を振られて、かなめはびくっと肩を跳ねさせた。
かなめは「戦い」に関係無いのだから、同居する必要は全く無い。
「お家から近いですし、私がお邪魔しちゃっても迷惑ですから……」
「そうか……私も志輝も、すごく残念だよ」
そこで何で僕の名前を含ませるんだ?僕は別にかなめがいないからって残念だとは……
「気軽に遊びに来てね。かなめちゃんならいつでも大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございます、慎次郎さん」
慎次郎さんの笑顔に、かなめも笑顔で答える。
「でも、今日は泊まっていってもいいですか?」
「勿論さ!」
それで話は終わっていなかった。
「かなめ!?」
「いーじゃん、昔はよく志輝と一緒に泊まり込みで遊んでたんだし!」
それは小学生の頃までの話だ。
「よーし、今日は賑やかな夕飯になりそうだ!早速だけど、料理が得意な人は手伝ってくれるかな?」
一人、キャンプ気分で盛り上がる慎次郎さん。彼らは遊びに来たわけじゃないのに……
「レイズ、ケア、行こうか」
「う、む……」
「はいっ」
レジストに手を引かれ、レイズとケアが慎次郎さんと共に部屋から出ていく。
「あっ、私も手伝いますっ!」
その後をかなめが追う。
「付き合いきれねェ……」
「どこに行くのですか?」
「散歩だ、散歩」
問い掛ける男性……バリアを睨むと、レオも客間を後にする。
「…………」
エリクシルも立ち上がると、どこかへ去っていってしまった。
残ったのは、僕、陽祐、バリア、眠るアエリアだけになった。
あれだけ騒がしくなっていた空間が、今では静寂に包まれている。
「……朔来志輝」
気まずくなった空間の中で、バリアが僕の名を呼ぶ。
「……彼女は最近、「戦い」の話と同じくらい、貴方の話をしてきますよ」
眼鏡を指で押さえ、その奧の鋭い眼光を僕に向ける。
「貴方と出会い、彼女は変わっているような気がします。少しずつ、“過去”の彼女から」
その視線が眠るアエリアに向かうので、釣られて僕もアエリアを見る。
まるで自身がコールドスリープしているかのように、微かに冷気を放ちながら、眠っている。
いつまでも眠り続ける、お伽噺の眠り姫のように。
「朔来志輝。貴方は彼女の事を、もっと知ってあげてください。彼女が、貴方を知りたがっているように」
アエリアが、僕を知りたがっているだと?
「どういう意味だ?」
僕の問いには答えず、バリアはアエリアの様子を見守る事に専念したようだ。
「……志輝、場所を移そう」
「……ああ」
陽祐が耳元で囁き、僕と陽祐は客間を離れて庭に出ることにした。
「久しぶりに来たな、さくらい孤児院」
大きく腕を真上に伸ばし、夕陽を望む陽祐。
「いつ来ても、賑やかで温かい場所だ」
「子供達が騒がしいだけだ」
「ははっ、そうかもな」
暖かい、春の風が吹く。
「……今までごめんな、志輝」
「何を今更」
「今更でも。ちゃんと、謝りたいんだ。本当に……ごめん」
ケアを護る為に、陽祐は僕を裏切った。
そして今、裏切る理由が無くなった陽祐は、これまでの親友として戻ることにわだかまりを感じ、こうしてうつむいている。
分かっている。陽祐が、今心から謝罪している事を。
分かっている。あの時陽祐が言った、あの言葉は本当なのだと。
でも、心の奥底で……それでも僕は、陽祐を許せないでいた。
「あの拳は、効いた」
廊下で対峙した時、陽祐は利き手である左手で、僕の顔を殴った。
何かを説く時は、平手打ちがセオリーだと思っていたのだが。
「あの時は……志輝が、ゲームの約束を破ったからだ。裏切るとかは関係ない」
また出た、ゲーム。
「そのゲームって、一体何なんだ?」
「……へっ?まさか、忘れてたのか?志輝。ゲームの事」
心底驚いたようで、素っ頓狂な声を上げる陽祐。
「昔、俺と志輝がケンカした時に、かなめが提案した遊びだよ。覚えてないのか?」
僕と陽祐がケンカ?昔に何度もした記憶があるから、すぐに思い出せないのだが……
「ほら、ゲームの制限時間内に嘘を吐いたら、そいつを殴っていいってやつだよ」
……ああ、ようやく思い出せた。
小さい頃、お互いに吐いた嘘から始まったケンカの時。
幼い僕と陽祐がボロボロになりながら叩き合う中に、割って入ったかなめが提案してきたゲーム。
それは、決められた時間の中で嘘を吐いた方は、大人しく正直者に殴られろ……というものだった。
それから謝ってきた陽祐に、それは嘘だと言った僕が殴られた事も思い出せた。
「そんな昔の遊び、忘れていた」
「あ、ひっでーの。昔俺達がやってた事、俺は大抵覚えてるってのに」
子供のように無邪気に笑う陽祐。
月乃を失う前の、“いつも”だった時の陽祐の笑顔だった。
その笑顔に、僕も釣られてしまったようで。
「あ、志輝が笑ってる」
「う、五月蝿いな。僕だって、可笑しいと感じれば笑う」
口元に笑みを浮かべていたらしい。
「……まだ、ゲームは続いてんだぜ、志輝。だから言う。もう二度と、俺は志輝を裏切らない。この拳に、俺達の友情に誓って」
陽祐は左手をぐっと握り、拳を作ると僕に向けて伸ばした。
「“絶対”を取り戻せば、敵になる」
「本当に志輝はキツい言い方するよな……じゃあ、“絶対”を取り返すまで。その時になるまで、俺はお前も護ってみせるよ」
僕の言葉に肩を落としつつも、突き出す拳と、力強い目は変わらない。
……幼なじみのよしみ、か。
「……期待はしないがな」
僕の右手の拳を、陽祐の拳に当てた。
「へへっ、少しは期待していいんだぜ!」
すると、陽祐はより一層の笑顔を見せた。
沈みゆく夕陽は、二人の合わせた拳を照らしていた。
夜、かなめに呼ばれて僕は自室を出る。
リビングに向かうと、凄まじい光景がそこに広がっていた。
いつもは夕飯の時、子供達は長テーブルを囲うように座っているのだが。
「遅かったね志輝。皆待ちくたびれてるよ」
定位置に座る慎次郎さんが呑気に笑っている。いや、笑っている場合じゃないだろう。
子供達が座るはずの位置に、参加者や実行委員が座っているのだから。
「ああ、子供達は先に食べ終わっているから安心していいよ。レジストさんが大活躍でね、号令も任せちゃったよ」
な、何だと……
「子供って元気で無邪気で可愛いだろ?それで相手をしてたら、かなり懐かれちゃってね」
うっとりした様子で、レジストは自分の世界に入る。きっと頭の中で、子供達の笑顔が浮かんでいるのだろう。
まあ、彼女は母親みたいな性格をしているから、子供達も嬉しいのだろうけど。
しかし、僕が気になるのはそこだけではない。
「……レオ・マイオール……」
「うるせェ、刻むぞ朔来志輝」
レオが腕組みをして、他の奴と同じように待機している様にこの上ない違和感を覚える。
散歩とか言っておきながら、逃げていくものだと思っていた。一匹狼という印象が強いからな。
「逃げたから捕まえた。それだけ」
お茶の入った湯飲みを手に、エリクシルが言った。
「神出鬼没にも程があるってんだよ……」
どうやら実際逃げたのだが、エリクシルに捕まったらしい。エリクシルが部屋を立ち去ったのは、レオを捕まえる為だったようだ。
謎の多い奴。
「まあまあお話はその辺にして。ほら志輝、席に座りなよ」
慎次郎さんの朗らかな笑顔には逆らえない。他にも色々突っ込みたい事があるのだが……
渋々僕の定位置に座ると、慎次郎さんは元気良く音頭を取った。
「それじゃあ皆さん、続いてくださいね。いただきます!」
『…………』
ついに誰一人として、慎次郎さんの後に続かなかった。
「も、盛り上がると思ったのになあ……しょんぼり」
黙々と食べ始める僕達を見てしょぼくれる様子は、とても寂しそうに見えた。
この顔触れなら仕方ないだろう。習慣として僕は釣られそうになったが、周囲の重い空気のお陰で口走らずに済んだ。
しかし……もしこの場にアエリアがいれば、周りを気にする事無く口を開いていただろうな。
『…………』
全く会話が無い。僕としては静かなくらいがちょうどいいのだけど……並べられた料理はいつもより美味しいなのに、味気なく思えてしまう。
気まずい空気に包まれた夕食は、最後まで無言なままだった。
こうして……参加者と実行委員による、本来敵同士である僕達の、奇妙な共同生活が、始まってしまった。