他の全てを賭けてでも
志「今回で、“陽祐編”は一段落つくみたいだな」
陽「そうなのか?」
志「……まだ続くかもしれないな」
陽「どっちなんだよ……」
志「というかお前、本編ではまだ僕と敵対している最中じゃないか。何故ここに来た?」
陽「うーん、くじ引き?」
志「僕に訊くな。そしてここの担当はくじ引きで決まっているのか?」
陽「まあいいじゃないか、今回の担当は俺と志輝ってことで!」
志「……(薄いため息)」
陽「それにしても、お前には本当に、味方になってくれる能力者がついているんだな。羨ましい」
志「……まあ、役立つからな。味方というモノじゃない、お互いに好都合だから利用し合っているだけだ」
陽「志輝は相変わらず厳しい言い方をするな。たまには素直になってみりゃいいのに」
志「今のお前にだけは決して言われたくないな」
陽「そ、それは……」
志「フィアーズがいる限り、お前は僕の命を狙うんだろう?」
陽「……俺は、もう決めた。志輝、お前も本編を見てほしい。俺の答えは、きっとここにある」
志「フン、お前に殺されるより先に、フィアーズの攻撃で死を覚悟している。今更何が来ようと関係ないな」
陽「……くそ、間に合わなかったのか……?」
志「間に合わなかった……?」
陽「他の全てを賭けてでも……俺は!」
「目ェ逸らすのは、弱者のする事だ」
背に走った痛み……刃が僕の背の肉に食い込み、しかしすぐに刃は離れた。
焼けるような痛みに顔をしかめる。だが、大剣は僕を貫いていない。切り裂いてもいない。
「あっ……」
僕の肩から顔を出すかなめが、上にあるらしい何かを見て驚いている。
「情けねェ……情けねえなァ、朔来志輝よォ」
聞き覚えのある声に緊張感を欠いたのか。背の熱い痛みに、脂汗をかきながら耐えている僕は、弱々しく噴き出してしまった。
「お前まで、僕を殺しに来たのか?……レオ・マイオール」
後ろを振り返るように空を見上げれば、陽祐の炎が染めた紅蓮の空の下、足を風に変え滞空するレオを見つけることができた。
「最初はそのつもりだったんだけどよォ……殺しがいのありそうな奴を見つけちまった」
レオの視線は、レオの風によって大剣ごと吹き飛ばされたらしい、フィアーズに向いていた。
「また、能力者っ……!!」
フィアーズは奥歯を強く噛みしめ、大剣を片手に空高く跳躍する。
「何で五人の内の三人が!朔来志輝を助けに集まるんだよぉおお!!」
空中であるにも関わらず、両手で握った大剣をレオに向けて振り上げる。
「お前、馬鹿だな。俺がこいつらと仲良くする訳ねーだろォが」
レオはフィアーズの剣を容易くかわし、その眼前に強面な顔を近寄せた。
「朔来志輝はもっと強くなる。その最高にまで強くなった奴を、より最強の俺が食らってやる方が楽しいじゃねェか」
炎の魔神と同じような気迫を、人間であるレオが出してくるとは。
フィアーズはレオの殺気……いや、それよりも強く、しかし静かな……闘気に当てられて気圧される。
何があったのだろうか……初めて会った時よりも、少しだけ荒々しさが消えている。
「朔来志輝が強くなった原因には、お前も絡んでるんだろォ?餞別にくれてやらァ」
フィアーズの襟を掴むと、レオは思い切りその腕を更に上へとぶん投げた。
「てめェの炎、借りるぜェッ!!これが真の!フェニック・ガストだァッ!!」
陽祐がひたすら放出していた爆炎が、レオの瞬風脚が操る風によって竜巻へと変わっていく。
それは、天を目指して渦巻く、炎の台風。
風の勢いが、孤児院での戦闘の時の比ではないというのに。
それはもう、他を寄せ付けない圧倒的な爆炎の台風へと昇華した。
「アーッハッハッハァッ!!燃えて!刻まれて!!死んじまえェッ!!!!」
レオの笑い声が、台風の轟音に負けじと響く。
……前言を修正する。荒々しさは、消えていなかった。
ただ、何でもかんでも当たり散らすようにならなくなっているようだ。
「あんた達、無事かい?」
レオの台風の目に位置し、呆然とその様子を見ている僕達に、レオの担当の実行委員であるレジストが駆け寄る。
「かなめ……平気か?」
「わ、私は、大丈夫だけど……」
言いつつ、かなめはまた目に涙を溜めている。やはり、何か怪我でもしたんじゃないのか……?
「あんた、背中をやられてるじゃないか……」
レジストは僕の足下に垂れる血を辿り、大剣の刃が刺した背を見て唖然とする。
「すぐ治療してやりたいけど……こんな時に、ガードの奴がいてくれればね……」
「し、志輝っ……?そんなに、酷い怪我、したの?」
僕から離れ、背に回り込まれると、傷口がそんなに衝撃的なものなのか、かなめは絶句してしまう。
むしろこの程度で済んでくれたのだから、喜ぶべき事だろうに。
レオの介入が無ければ、僕は命を失っていたのだから。
「……お嬢ちゃん」
そんなかなめの肩に、ポンと優しく手を置くレジスト。
「シキ・サクライの命を救ったのは、あんただよ」
「えっ……?」
意味が分からない、と言った様子で首を傾げるかなめに、レジストは笑い掛ける。
「あんたが坊やを助けてくれたからさ。坊やは、坊やを助けてくれたあんたを、助けに来たってこと」
レジストは手に持っていた救急箱を地面に置くと、僕の怪我の応急手当を始める。
「わ、私も、手伝いますっ」
目に溜めた涙を拭うと、かなめの手が僕の背に向けて伸ばされる。
瞬間、背から全身に駆け抜けていく激痛。
「ぐっ!?」
「あ、こら嬢ちゃんっ」
「ごっ、ごめん志輝……血、拭こうと思って……」
「あーあー手が真っ赤。後でしっかり洗っておきな」
「は、はい……」
後ろの二人にひやひやしつつ、僕は上空を見上げる。
レオが、かなめを助けに来た?
かなめが、レオを助けたから?
訳が分からないが、今の時点で存在する五人の参加者が、ここに集結してしまったらしい。
どうなっているんだ、この状況は……
爆炎の台風が止む。
それと共に、今まで炎を放出し続けた陽祐も、紅蓮拳の能力を解除する。
風と炎に煽られたフィアーズは、大剣と共に校庭に勢い良く落下した。
土煙が、その姿をぼかす。
「ど、どういう……どういう事だ、ヒナタぁっ!!!!」
衣服の所々が焼け、肌まで焦げたフィアーズが、校庭の土を握り締めて吠える。
「お前まさか、こいつが隔離空間に来る事を知っていたんじゃないだろうな!?朔来志輝を助けさせる為にぃっ……」
対する陽祐は、何も言葉を発しない。距離があるために、どんな表情をしているかも分からない。
「知らないぞ……ボクを怒らせたら、ケアがどうなっても知らないって、既に言ってあるんだからな……辱めや苦痛を与えに与えて、生まれてきたことから後悔させて!!“殺さないでくれ”が“もう殺してくれ”に変わるまで、じっくりと絶望の中に引きずり込んでやるっ!!!!はは、はははは、はははっ!!」
ボロボロになりながらも、まだ狂気の言葉を吐き続けるフィアーズ。
残虐な彼の性格が、言葉となって伝わってくる。
僕は最初にフィアーズを見た時、どこか自分と似ているところがあると思ったが……流石の僕でも、ここまでは歪んでいない。
いや、もしかしたら。彼の姿は、僕の……絶望に生きた者の未来の、成れの果てなのかもしれないが。
「フィアーズ……あんた、ケアを閉じ込めたってのは本当なんだね」
僕の背からレジストが声を張り上げて、咎めるようにフィアーズに語り掛ける。
「そんなに“上”の決定が気に入らなかったのかい?自分が、参加者の担当を持てなかった事が」
「当たり前だろっ!!」
気味の悪い笑い声を突然切って、フィアーズが吠える。
「ボクは“絶対”が欲しいんだよ!そして手に入れたいんだ、この世の全てを!!真理を!!朽ちる事のない、永遠の命をっ!!!!」
……“絶対”か。
「本当はそこの女共もケアと同じように捕えてやりたかったけど、予定が変わったよ!今すぐケアに、死の恐怖を与えてや……」
「言いたい事はそれだけか」
な、にが、起こった……?
僕が瞬きをした間に、僕達の真横を伸びていった炎が、フィアーズの身体を絡めとっていた。
炎の元を辿れば、陽祐が紅蓮拳を発動させていた。この炎は火之迦具土の腕のようだが、ここまで長くはなかったはずだ。
「ヒナタ!この炎は何だ!?ケアが犠牲になると分かって、このボクに逆らうつもりか!?」
「黙れぇっ!!!!」
握られた炎の中で喚くフィアーズが、陽祐の怒号に竦んだ。
「俺は……弱いままだった。家を、家族を失って、ケアにこの能力を与えられてから、強くなったと思っていたのに……弱いままの俺は、護れるモノすら護れず、大事な親友すら裏切ってしまった」
……陽、祐。
「でも俺は……強くなってみせる。ケアと共に、志輝と共に!もう二度と誰も失わせない。誰も裏切らない。誰も奪わせない。“絶対”を手にして、俺の大切なモノ全てを、護ってみせるっ!!!!」
今、フィアーズを掴んでいる陽祐の炎の腕は、右腕。
今までの戦闘の中で、陽祐は常に炎を操る際、右腕を主に使っていた。
「よせ……止めろ、ヒナタ……」
「俺は初めて紅蓮拳を手にした時に使って、あまりの強さで封印した技がある」
そして今、小指から順に力強く拳を握ったのは、左。
魔神を形作る炎が全て、左の拳に収束していく。
「止めてくれ……離すんだ……でないと、ケアが……」
「お前の能力、一日の上限が来ているんだろう?俺は今までの中で数えて、おおよその数値を把握している。お前の能力が使えなくなった時に、逃げられずに戦えるように!」
今日の戦闘で進化した陽祐の爆炎は、一点に集中し凝縮していくと、まるで小さな太陽のように眩しく煌めき始める。
「は……離せよ!嫌だ、ボクは死にたくないっ!!」
「その思いを、お前はケアにさせているんだ!いつお前に殺されそうになるか分からない、そんな思いを抱えた日々を過ごした、ケアの苦痛を思い知れ!!」
炎の凝縮が終わった。陽祐の左の拳が、太陽を手にして光り輝く。
「やめろおおおおおああああっ!!!!」
「うおおおおおおおおっ!!!!」
左拳の太陽が、爆発する。
あまりの眩しさに目が眩み、何が起こったのか理解できない。
これが、陽祐の“利き手”の力なのか。
とっさに何かが僕の前に現れたような気配があったが、確かめることもできない。
目を閉じ、爆発が収まるのを待った。
ゆっくりと、目を開けてみる。
土煙が強く立ち上り、どうなったのかが分からない。
ただ、至近距離であれだけの力が解放されたのに、僕に影響が全くない。
すぐ後ろには、僕の怪我を治療している二人の存在も感じられる。
何かに、護られたのか……?
「邪魔な煙だ」
上からレオの声が降ると、濃い土煙が突風によって吹き飛ばされた。
一気に視界がはっきりとし、僕は状況の確認しようと辺りを見回す。
……円のような境界が地面に描かれていて、外側の地面が黒く焦げている。僕達のいる内側の地面はそのままで。
「……………」
フィアーズは煤で真っ黒になっているものの、気絶しているだけで一命はとりとめているようだ。
「……運が良かったな」
陽祐の腕に、炎は無い。あれだけの大技だ、能力に限界が来てもおかしくないだろう。
その拳から、血が垂れているのだから。
「俺の代わりに、志輝達を護ってくれたみたいだな。ありがとう」
陽祐は僕に向かって微笑みかけてくるが、誰に言って……
「……私の担当だから」
そいつは、僕が全く気付けない程静かに、僕の横に立っていた。
「エリクシル……お前いつから」
「最初から。教室でずっと見てた」
レオが起こした風になびく、ピンクの髪を軽く押さえてエリクシルが淡々と言った。
最初から、だと?
「私は九品恵莉として、姫梨ヶ丘学園で授業を受けているから。元からここにいた」
それは分かっている。分かっているが、分からない。
僕達を陽祐の炎から護れる程の力を、こいつは持っていたのか?
前に話をした時は、まるで自分は能力を持たないような口振りだったのに。
「レジスト。フィアーズの能力を」
「そうだね。坊やの怪我、後は嬢ちゃんに任せるよ」
エリクシルに呼ばれ、レジストはかなめに治療を任せるとフィアーズに向かって歩く。
真っ黒になって気絶しているフィアーズに、レジストは黒いスーツの内ポケットから何かを取り出してその額に圧し当てる。
すると、何かが緑色の光を放った。次いで、フィアーズの身体も淡く光り始める。
フィアーズの光が、緑色に光る何かに吸い寄せられ、吸収されていく。
少しの間それが続き……フィアーズの光が、全て吸い出された。
「回収完了、ってとこかね」
レジストはそれをしまうと、エリクシルに向けて肩を竦めるジェスチャーをする。
無言のまま頷いて返事に代えるエリクシルは、何もない、虚空を見上げる。何だ?
「……来る」
その囁きが耳に届くよりも少し早く、何もないその空間に罅が入った。
その裂け目は大きくなっていき、フィアーズの持っていた大剣や鎖と同じ色の景色が見える。
そして。
「きゃっ!?」
悲鳴と共に、裂け目から少女が落ちてきた。
その少女は……事件によって亡くなった、日向月乃に瓜二つで。
少女に続き、フィアーズが能力で異空間にしまっていたものが全て、雨のように校庭に降り注いだ。
様々な武器や、何かの資料。僕達に見せていた、時雨の毒の解毒薬もあった。
異空間にしまわれていたモノが全て校庭に落ちると、裂け目は徐々に閉じていった。
……凄い量だ。倉庫のような大きさの玩具箱をひっくり返したような乱雑さで、校庭に山を作る。
「ケアっ!!」
陽祐はふらふらした足取りで、ぺたんと座り込む月乃に似た少女……ケアに駆け寄る。
そして、彼女を強く抱きしめた。
「大丈夫か?怪我してないかっ?」
「うん。……大丈夫だよ、陽祐くん」
「本当か?……良かった……っ、無事で良かった、ケアぁ……」
陽祐の声は次第に震え、泣き声に変わっていく。
そんな陽祐に、ケアはくすっと優しく笑った。
「ありがとう、陽祐くん……本当に、私を助けてくれたんだ」
「あ、当たり前だ!っ……俺は、お前を護ってやるって、言っただろっ」
「……そう、だね」
陽祐の涙が伝染したのか、ケアの声まで震えてきた。
……そいつが、お前が他の全てを賭けてでも護りたかった“妹”か。
本当に、月乃に似ている。
「し、志輝……あの娘、まさか……」
月乃と面識があったかなめも、ケアを目の前に動揺を隠せないようだ。かなめからすれば、死んだ人間が、異空間から現れたようなものだからな。
「月乃に似ているが、別人だ」
「そっか……そう、だよね。だって、月乃ちゃんは……」
かなめは続きを濁してうつむいた。そう、月乃は既に死んでいる。
死んだ人間は戻ってこない。だから、彼女はケアで、月乃とは別人なんだ。
「あーあ。こういう空気の居心地の悪さったらねェな」
瞬風脚を解除し、フィアーズがしまっていた武器の一つを拾い上げてレオが言う。
「大剣持った雑魚がすぐ終わっちまって俺ァ退屈だ。すぐにでも戦いがしてェ。しかし侍と氷の女はダウン、炎のガキはわんわん泣いて、朔来志輝は背中に傷……こんなんじゃ楽しい殺し合いができねェじゃねえか」
次々と武器を拾い、右手に異形の短剣、左手にはトンファーが握られている。
「つうわけだ、帰る」
他にも手頃な大きさのモノを抱えると、レオは踵を返した。
「待ちなレオ。この際だから「戦い」に於いて、あんた達に重要な事を話す」
レジストはレオを呼び止めつつ、周囲の「戦い」の関係者達に声を掛ける。
「んな事より侍と氷の女をどうにかしてろよ。特に侍、やべェんだろ?」
「それもあるから手短に済ませたいんだよ。それくらい察しな、ガキが」
レオの額に血筋が浮き上がってくる。しかし、前のようにすぐ突っ掛かっては来ないようだ。
治療が済んだのか、軽く手を僕の肩に置くレジストは、それを支えにしてゆっくりと立ち上がる。
「あんた達能力者同士の「戦い」を、私達実行委員の名を以て、ここに休戦を宣言させてもらう」
レジストの言葉が、一瞬にしてこの空間に静寂をもたらした。
能力者同士の「戦い」を休戦する、だと……!?