マイ・レコーディッド・ドリームズ
1
8月の眩しい太陽がわたしを憂鬱にさせた。ビーチパラソル、崩れた砂の城、叫び声に人だかり。なぜあの時、眠気に襲われてしまったのか。私を責め立てる妻。悪夢だ。これは悪夢に違いない。
そう思った瞬間目が覚めた。汗で下着が湿っていた。
窓際の水飲み鳥に水を与えた。わたしが起きてまずやる事だ。10年前からこの習慣を絶やしたことはない。
動物アレルギーのエマに、誕生日のプレゼントとして水飲み鳥をあげた時、エマは大喜びし、ずっと水をあげ、大切にしていた。
2
新しいセメスターになり、わたしは脳科学概論を学生に教えているが、講義中いつも気になる学生がいた。女学生で、いつもすり鉢状の講義室の真ん中中央に座り、授業中ノートもとらず、両手で頬杖をついて、わたしをジーッと見つめているのだ。
講義が終わり、周りの学生やわたしが帰り支度をしている間もずっとわたしを見つめていた。
あまりにも気になるので、ある時講義室で他の学生がいなくなるまで待った。そしてその学生と二人きりになった。彼女は黒髪のショートボブに賢げな琥珀色の目をしていた。
「君は授業中いつもノートもとらず、ずっとわたしのことを見つめているね。名前は?」
「ソフィア・ミラーです。ノートはとらなくても授業の内容は頭の中に入っています。いつかこの日が来ると思っていました。おそらく神の思し召しです。」
彼女は瞬きせず遠くを見つめるように、わたしに言った。
「神の思し召し?一体どういう事なんだい?」
「夢です。夢を通して教授を助けるよう私は導かれています。」
「偶然かもしれないが、わたしは夢の研究をしているんだ。夢を通して、という事は君は夢占いができるのかい?」
「占いというか解釈、解き明かしです。旧約聖書のヨセフやダニエルのように。」
「そうか、では君にぜひ見てもらいたいものがある。あの赤煉瓦の研究棟の3階にわたしの研究室があるから、いつでも来たい時に来なさい。」
わたしは棟を指さして言った。
「では明日伺いましょう。」
彼女はそう言うと、リュックを背負って去っていった。
3
その晩、自宅の本棚の奥から、埃の被った革張りの聖書を取り出して読み始めた。聖書を開くのは何十年ぶりだろうか。思い出せなかった。ヨセフの夢の解き明かしが書いてある創世記37章から41章。そしてダニエルの夢の解き明かしが書いてあるダニエル書の2章と4章を読んだ。
しかしあの時以来、わたしの中で神は死んでいる。
4
次の日、夕方になってソフィアは研究室に現れた。わたしは彼女に説明した。
「コンピュータ、アルゴリズム、AIを駆使して睡眠中の脳波から人が見る夢を99.9%正確に生成する装置を開発することに成功したんだ。音声つきでね。このヘッドギアを被って眠るんだ。そうすると夢が自動的に録画される。君に昨日見た夢の解き明かしをしてもらいたい。覚えていない夢も録画されているが一つずつ見てみるかい?」
するとソフィアは首をふって
「覚えている夢こそ意味があるのです。」
と言った。
「じゃあこの夢かな。」
わたしは彼女に映像を見せた。
バーでブラッディ・マリーを注文したが、運んできたウェイターが手を滑らせ床にグラスを落としてしまった。赤い液体とグラスが粉々に割れてあたりに飛び散るという夢だ。
「これは簡単です。赤い落下物に注意して下さい。」
ソフィアはそっけなく言った。
5
休日、マンション沿いの道を歩いていたら目の前に何かが落ちた。赤い林檎だった。果肉がアスファルトに飛び散った。上を見上げると、窓から子供が身を乗り出し無邪気に笑っていた。思わず注意しようとしたが、できなかった。その子供はエマに面影が似ていたからだ。
とりあえず人間が落ちてこなくてよかったと思った。林檎と人間ではだいぶ話が違ってくる。ブラッディ・マリーが飛び散る映像を思い出しぞっとした。確かにソフィアの言う通りだ。偶然かもしれないが。
6
「君の忘れ物だ。」
講義室でわたしはロザリオをソフィアに手渡した。
「君の解釈通りになったよ。ささやかな形だったけれども。でも偶然かもしれない。なぜ君はそんなに神を信じているんだい?」
「私は両親を5歳の時に亡くしました。それからは祖父母に育てられ、祖母が深く信仰していた神に頼って生きてきたんです。困った時はいつも神に祈りました。そのうちに夢の解き明かしができるようになったんです。この夢を通しての巡り逢いがすでに神を証明していると思いませんか?私はますます信仰を深めましたよ。」
5歳と聞いてわたしはエマを思い出した。
「君がそんな苦学生だったとは知らなかった。余計なことを聞いてしまったね。」
「いやいいんです。両親は今天国にいますから。」
7
研究室でソフィアにまた夢を見てもらった。
美しいユリの花が切り取られ、白い花瓶に生けられたが、やがて枯れ落ちるというタイムラプスのような夢だった。
彼女は説明した。
「ユリは女性を表しています。切られる事は何かのアクシデントです。花瓶に生けられたまま枯れるのは、ある状態から抜け出せずそのまま死にゆくという事です。」
数日後、姉からの一報を聞いて愕然とした。
8
ショックが大きく講義に集中できなかった。
「何かありましたか?」
ソフィアが聞いてきた。
「母が脳出血で倒れて寝たきりになった。君の解釈通りだ。でも神がいるのなら、なぜこんな不幸を許されるのかい?もううんざりだ。」
「それはお気の毒です。しかし原罪と人間の自由意志で不幸が起きるのです。もしくは神から試されているのかもしれません。それは永遠の謎なのですよ。教授はお母さま以上に何か大きな苦しみを抱えていらっしゃる。それは分かります。具体的に何なのか教えて下さいませんか?」
わたしは彼女に全て打ち明けた。彼女は全てがはっきりしたという顔をして、わたしに言った。
「心から神に祈って下さい。そうすればあなたは救われるでしょう。本当に心から祈るのです。」
9
その晩、ソフィアに言われた通り神に深く祈って寝た。ヘッドギアを被って。
すると、エマが夢に現れた。そして夢の中で話をした。
「エマかい?あのときはパパが眠ってしまって悪かったね。苦しくなかったかい?」
エマは答えた。
「パパは悪くない。私がパパの言うこと聞かなかったからいけないの。私どうしてもヒトデが欲しくて、パパが眠ってる間に海の方に行っちゃったの。最初は苦しくて怖かったけど、神様は私を天国に連れて行ってくれた。おじいちゃんもいるわ。ママは元気?」
「それが、別れたんだ。」
「私のせいで?」
「うん。」
「私悲しい。また仲直りして。お願いだから。」
そこで夢が途切れた。
わたしは起きると、この録画された夢を何度も繰り返して見た。泣きながら。
ソフィアにも見せると、彼女は笑顔でわたしにこう言った。
「夢を解き明かす必要などないでしょう。これがエマちゃんからのメッセージですよ。教授は救われたんです。ぜひ別れた奥さんにもこの映像をシェアしてあげて下さい。」
10
その後、ノース博士は元妻と復縁し、毎週日曜日、近くの教会に通うようになった。(完)




