第五章 10
「何もないところから……あの大きな木が生まれる?」
ルカは、目の前の大木を見上げながら、ぽつりと呟いた。
どんぐりの中には、何もないように見えた。
ただの、小さな白いかたまり。
それが――あの巨大な存在になる。
「何もなくても……生まれる……」
自分に言い聞かせるように、繰り返す。
その時。
「本当に、何もないのかな?」
あの声が、静かに問いかけてきた。
「だって、あなたは生きているし……体だってあるんじゃない?」
「……でも」
ルカは、拳を握りしめる。
「僕には、強さがなかった!」
「だから……みんな、いなくなったんだ……」
声が震える。
あの日の光景が、胸の奥で蘇る。
すると――
「私はね」
やさしい声が、そっと重なる。
「強さよりも、優しさが好きだな!」
ルカは、はっとして顔を上げた。
「あなたには、強い優しさがあるんじゃないの?」
「……でも」
首を振る。
「優しさじゃ、人は守れないよ」
「踏みにじられるだけだ……!」
その言葉に――
「本当にそうかな?」
静かな声が、返ってきた。
「あれを見て」
次の瞬間、景色が変わる。
目の前に広がったのは、壮大な光景だった。
大地の中央に――
巨大な岩を突き破り、空へと伸びる一本の大木。
圧倒的な存在感。
「……これ……」
言葉を失うルカに、声は続ける。
「硬い岩を割るのは、柔らかい植物なのよ」
「雨水だって、長い年月で岩を砕くわ」
静かに、確かに。
「それが……優しさの力なんじゃないの?」
ルカの胸の奥で、何かが揺れる。
「あなたが生きることが――優しさの力を証明することになるんじゃない?」
「……」
ルカは、ただその光景を見つめていた。
何も言えず。
だが――確かに、何かが変わり始めていた。
その時。
「……ねぇ」
ルカは、ゆっくりと声を出す。
「あなたは……」
言葉が詰まる。
それでも、絞り出すように続けた。
「何もできなかった僕を……恨んでないの?」
静寂。
そして――
「お姉さん……」
そこにいたのは。
優しく微笑む、一人の女性。
成長した姿の――ルカの姉だった。
「あなたを恨む私も、どこかにか、いるかもしれない」
静かに、そう言う。
「でもね」
一歩、近づく。
「ここにいるのは――あなたを大好きな私だけよ」
その言葉は、まっすぐに届いた。
「私は、あなたの生きる姿を……ずっと見ているわ」
「……」
ルカの視界が、滲む。
「……あの時……」
声が震える。
「あの時、何もできなくて……ごめんなさい」
大粒の涙が、頬を伝った。
姉は、やわらかく微笑む。
「私も、あなたを悲しませてごめんなさい」
「でも、それも――人生の一場面よ」
そっと、言葉を重ねる。
「それに……あなたは、それでも優しさを捨てなかった」
ルカは、涙を拭いながら頷く。
「……うん」
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「だって……」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「僕は――ルカルドだから!」
その言葉に。
姉は、心から嬉しそうに笑った。
「うんっ……私の、英雄」
その姿は、少しずつ光に溶けていく。
消えていく中で――
最後まで、優しく見つめていた。
やがて。
すべてが静かに消えた。
気がつくと――
ルカは、元の場所に立っていた。
「あれ……ここは……」
見覚えのある空間。
そのすぐ近くに――
一人の存在が佇んでいた。
「やっと帰ってきたか」
落ち着いた声。
「待ちくたびれたぞ」
陽摩羅だった。
ルカは、少しだけ大人びた表情で微笑む。
「はい」
静かに、しかしはっきりと答える。
「今、帰りました」
その声には――
確かな“変化”が宿っていた。
――
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