第五章 7
霧のような意識の中で、ルカはゆっくりと目を開いた。
――そこは、見覚えのある場所だった。
懐かしい匂い。
柔らかな光。
聞こえてくる、穏やかな日常の音。
「……ここ……」
思わず、言葉が漏れる。
そこは、幼い頃に過ごした町だった。
だが、その景色は、ただの思い出ではない。
ルカにとって――
すべてが始まり、すべてを失った“運命の場所”。
平穏だった日々は、ある日、突然に崩れ去った。
地を揺らす咆哮。
空気を裂くような異音。
そして――迫り来る、大型魔獣の群れ。
「逃げろ!!」
誰かの叫びが響く。
人々は混乱し、我先にと逃げ惑う。
泣き声と怒号が交錯し、町は一瞬で地獄へと変わった。
その中で――
「ルカ、こっちよ!」
母の声に導かれ、ルカは必死に走る。
すぐ隣には、姉の姿。
だが――その時だった。
両親は足を止める。
「……ここに隠れなさい」
震える声で、母が言った。
近くの茂みに、ルカと姉を押し込む。
「絶対に、動いちゃダメよ」
「すぐに戻るから」
優しく、だが強く――そう言い残して。
父と母は、振り返らなかった。
そのまま、魔獣の群れの方へと飛び出していく。
「ま、待って……!」
声にならない声が、喉の奥で詰まる。
次の瞬間――
轟音と悲鳴が、すべてを飲み込んだ。
――静寂。
いや、違う。
ルカの耳には、自分の心臓の音だけが響いていた。
ドクン、ドクン、と。
隣では、姉が震えている。
ルカも同じだった。
体は硬直し、指一本動かせない。
声を出そうとしても、喉が凍りついたように動かない。
ただ、恐怖だけが、全身を支配していた。
どれくらいの時間が経ったのか――
やがて、足音が近づいてくる。
ザッ……ザッ……と、規則的な音。
それは、魔獣のものではなかった。
視界の端に映ったのは――
奇妙な防護服に身を包んだ、複数の人影。
無機質な装備。
顔すら見えない仮面。
その一人が、手にした機器に目を落としながら、通信を行っていた。
「……はい。反応を確認」
低く、感情のない声。
「核の保有者らしき対象を発見しました」
一拍の間。
そして――
「……了解。対象者以外は、緊急対処します」
その言葉の意味を、ルカは理解できなかった。
だが、本能が告げていた。
――危険だ、と。
次の瞬間。
強引に腕を掴まれる。
「っ……!」
抵抗することもできず、ルカは引きずり出される。
「やめて……!」
姉の声が響く。
だが、それもすぐに遮られた。
無機質な手が、二人を引き離す。
「いやだ……!」
届かない。
届くはずもない。
ルカは――何もできなかった。
ただ、恐怖に縛られたまま。
声すら出せずに。
引き裂かれていく、唯一の繋がりを――
見ていることしか、できなかった。
――それが。
ルカの、すべての始まりだった。
――
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