第五章 5
ルカを追って踏み込んだ空間。
――濃い。
異様なほどの霧。
視界は白に塗りつぶされ、音すら吸われる。
だが――
陽摩羅の足は、止まらない。
「……問題にもならぬな」
霧を切り裂くように、進む。
迷いはない。
ただ一直線に。
ルカの気配だけを辿って――
……やがて。
ピタリ。
足が止まる。
前方。
空間が、わずかに歪んだ。
〝待て!どこへ行くつもりか知らぬが〝
〝ここは、異質な者が立ち入る場所ではない!〝
〝早々に、立ち去るべき!〝
声だけが、響く。
姿は見えない。
だが、確かに“そこにいる”。
陽摩羅は、薄く笑った。
「弱々しい威嚇じゃな?」
「本気で脅すつもりがあるのか?」
一歩、踏み出す。
圧が、揺れる。
「まずは、名を聞こうか?」
〝私は、ベルナ!〝
〝この縫合宮の繭の管理者〝
空間が、わずかに震える。
名乗りと同時に、存在が濃くなる。
「ふっ、そうか!」
陽摩羅の口元が、さらに歪む。
「では、お主には我が何者か、理解できるであろう?」
間。
「我に逆らう事は、存在の危機になる……それも、理解できるな?」
一歩。
さらに距離を詰める。
「おとなしく、ルカを返すがよい!」
〝…………〝
一瞬、沈黙。
〝あの者は、ガーディアンを率いる存在になるべき〝
〝そう、ベルナは希望している……〝
「……ほう?」
空気が、変わる。
「お主、我を怒らせたいのか?」
圧が、跳ね上がる。
霧が、ビリビリと震える。
「お主が大事にしておる、この場所とともに、消されてもよいのか?」
静かに。
だが、明確な“死”の宣告。
「心して、返答せよ!」
〝………………〝
わずかな間。
〝ベルナが、だれの願いでここを管理しているか……〝
〝あなたには、理解できるはず……〝
〝ベルナの邪魔をするのは、やめるべき!〝
「それは、我には脅しにならんぞっ!」
即答。
一歩も引かない。
「言いたい事は、それで終いか?」
〝………………〝
沈黙が、少し長くなる。
やがて――
〝では、あの者を目覚めさせる〝
〝そして、あの者にベルナの願いを話したい〝
「……まあ」
陽摩羅は、わずかに目を細める。
「それは、ルカがそう望むのならば許そう」
あっさりと。
しかし、その言葉には重みがある。
〝約束は、かならず守るべき!〝
「管理者のくせに、くどいヤツじゃな?」
肩をすくめる。
「我は、一度約束した事は守る!」
〝………………〝
また、沈黙。
「何か……ムッとしておらんか?」
ほんの少し、からかうように。
〝ベルナは、そんなつまらない感情は、持つべきでない!〝
わずかに、強い否定。
「わかったから……」
陽摩羅は、手を軽く振る。
「ルカを急いで解放せよ!」
「しっかりした、管理者よっ!」
その直後――
奥。
霧の向こうから。
ふわり……
光が、漂ってくる。
小さな、光の玉。
ゆらゆらと。
ゆっくりと。
こちらへ近づく。
その中に――
人影。
「……ルカ!」
陽摩羅の目が、細くなる。
光の中に浮かぶのは――
ルカだった。




