十話 故郷を助ける
「良かったら、さっき話した三船先生に話を聞いてみませんか? 先生は前世に詳しいみたいだし、ボクたちの夢をまとめて何か答えを出してくれるかもしれません」
学校の近くの喫茶店だし、三人がそれぞれ違う視点で夢を見ている事は分かった。でも、だからどうなのかは全く分からない。話をまとめてくれる人が欲しかった。
「その先生も同じ夢を見ないのかなぁ? 仲間だと心強いんだけど――麗空、どうする?」
翔惟の言葉に「本当ね」と呟きながら、麗空は頷いた。
「ええ、良ければ会いたいわ。この夢に意味があるなら――私たちが出会った事に意味があるのなら、それを知りたい」
麗空は、おっとりして優しげな雰囲気だが意志は強いようだ。二人の言葉を聞いたありすが、カップのココアを飲み干した。
「じゃあ、行きましょう! 翔惟さん、麗空さん!」
「俺の事は翔惟でいいよ」
「私も、麗空でいいわ――アリスタイオスとは、幼馴染なんだもの」
少し照れたように、麗空が言った。彼女の夢だと、彼らが揃うのは今で言う小学六年生ぐらいからだ。それまで、アンジェリキとアリスタイオスの二人で一緒に育ったという。
「じゃあ、君はありすね。アリスタイオスは筋肉質な青年だったから、こんなに可愛いのは何だか不思議だなぁ」
「ふふふ、そうね。でも、黄色のリボンがアリスタイオスの金髪みたいだわ」
三人は、会計を済ませて喫茶店を出た。喫茶店に入る時より、心が少し軽くなって三人は昔からの友人の様に心の距離がぐっと近くなっていた。
「ありす! 危ない!」
急ごうとしたありすは、向こうから車が来るのに気が付いていないようだ。横断歩道の信号は点滅していて、赤に変わりそうだった。その横断歩道に飛び出したありすに、車が近づいていた。
「ありす!」
麗空が、思わず大きな声を上げた。ぶつかる――誰もがそう思った時だ。しかし何故かその車がぴたりと止まったのだ。ありすに気が付いた運転手は焦った表情のまま、彼も時間が止まったように動かない。
「見つけた!」
その時。知らない声が聞こえた。その声の主は、突然姿を現すと驚いて動きが止まっていたありすに抱き着いた。長く白い民族衣装のような服装の、ポニーテールの女性が笑顔でありすを抱き締めている。
その顔には、三人共見覚えがあった。
「ディミトラ!」
呼んだのは、翔惟だ。その声を聞いて、ありすを抱き締めたままのディミトラが彼女に顔を向けて微笑んだ。
「カイロス、アリスタイオスだけではなくアンジェリキも見つけてくれて有難う。これで――オモルフォスを助けられる。有難う!」
「――待って、どうして……私たち以外が止まっているの?」
麗空が、辺りを見渡して不思議そうに声を漏らした。喫茶店の扉は揺れたまま止まっているし、辺りを歩いていた人も止まっている。空を見上げれば、飛んでいる鳥も止まっているのだが落ちてくる様子はない。四人以外の全てが、ぴたりと止まった時間の中にいた。
「そっか、あなた達記憶が封印されたままなのね」
ディミトラの声音は、何処か寂しそうだった。その悲しそうな顔は、アリスタイオスに「逃げろ」と言われた時と同じ顔だった。
「私の話を聞いて欲しいの――あなた達が産まれる前の話よ。私たちは、仲間だった。一人の裏切り者が現れるまで。その裏切り者が私達の故郷――オモルフォスを奪った。その裏切り者を倒して、オモルフォスを助けて。あなた達――いいえ、私達ならできるわ。故郷を助けて!」
「アリスタイオスたちを助けるの?」
ディミトラに抱き着かれているありすが、不思議そうに訊ねた。裏切り者に捕まっている彼らを助けて、戦って貰うのかと。
「いいえ――アリスタイオスもカイロスもアンジェリキも……死んだわ。だから、あなた達が戦うの。彼らの生まれ変わりのあなた達しか、戦えないわ」
「無理よ。私たちは、普通の高校生よ? 時間を停められるあなたのような、そんな力はないわ」
麗空が、冷静にそう言って首を横に振った。今まで生活してきて、そんな力が自分にあると感じた事はなかった。
「大丈夫よ――力を思い出すから。行きましょう、もっと詳しい話をするわ。お願い――あなた達が手を貸してくれないと、私たちの故郷は救われない」
ディミトラは、必死だった。その言葉に一番心を動かされたのは、ありすだった。
「行こう。翔惟、麗空! 夢を見ていたのは、この為だよ。行かないと、きっと後悔する!」
翔惟と麗空が顔を見合わせた。ありすの言葉が正しいのだろう。はっきりと思い出せない裏切り者が、前世の自分たちの故郷を支配している。裏切り者を倒して故郷を解放しなければならない使命が、自分達にはある。
「……怖いわ」
麗空がそう言って、自分の身体を抱き締めた。しかしその肩を、翔惟が力強く抱き締めた。
「俺も怖いよ……多分、ありすも。でも、俺たちにしか出来ないのなら――行こう」
翔惟の言葉に、麗空は一度視線を伏せた。そうして瞳を開けると、ありすに視線を向けた。ありすは、優しく微笑んでいた。
知っている、この微笑を。この微笑に、ずっと助けられていた。
「――分かったわ。行く……行きましょう、私たちの故郷を助けに。ディミトラ、詳しい話を教えて」
「有難う! ――本当に、有難う」
ディミトラは未だありすに抱き着いたまま、うっすらと瞳に涙を浮かべて三人に感謝の言葉を述べた。
「二人ともこっちに来て――みんなで輪になって、手を繋ぎましょう」
ありすから離れたディミトラは、そう言って翔惟の手を繋いだ。ありすは、翔惟と麗空の手を握った。
途端――何故か、懐かしい想いと泣きたくなるような程の感情が沸き上がって来た。色々な感情が交差して、くらくらとめまいを起こしそうだった。様々な感情が身体を駆け巡る。
しかしありすはぐっと踏ん張ると、同じように自分の手を握る翔惟と麗空に視線を向けた。彼女達も同じような顔で、全員の顔を見ている。
間違いない。記憶にないけど、心が苦しくなるほど知っている。ずっと前から――魂が、記憶しているかのようだ。
「飛躍」
ディミトラがそう呟くと、四人の姿が消えた。途端、止まったままだったドアや歩いている人たち、鳥たちが動き始めた。ありすを轢きそうだった車も、何事もなく走り出した。
彼女たち以外、何事もなく何時もの日常が再び始まった。




