プロローグ
背中から羽交い絞めされて、彼は動けない。斬られた足と胸元が痛むのも、力が入らない要因だろう。荒い息を繰り返して、倒れている仲間に視線を向ける。倒れている女と、それを庇うように覆いかぶさる男。死んではいない、気絶しているだけだが安心はできない。
宮殿は先ほどまでの戦闘で半分崩れ落ち、時折小さく崩れ落ちる音が辺りに響く。折れた自分の愛刀が、足元に転がっている。砂埃が風に舞い、焦げた匂いや呻く兵士の声も聞こえていた。英雄と呼ばれた四人と二千の軍隊が――異端者に敗れた。
「――お前が悪い」
彼を羽交い絞めしている男が、背後から耳元で低くそう呟いた。まるで呪いを込めるかのように、低く押し殺した声音で。
「逃げろ!」
倒れている兵士たちの陰に隠れて助けに来ようとしている、もう一人の仲間の気配を感じて男は叫んだ。助けに行こうとした女は、その声にぴたりと足を止めた。もう、魔力もあまり残っていない。このままでは彼を助けられず、反対に自分も捕まり彼に迷惑をかける結果になる事を、女は理解したからだ。
「せめて……せめて、お前だけでも逃げてくれ! 俺達の事は……もう、諦めろ……」
「そうか、諦めて俺と共に来るか。心配しなくても、気を失ったあの二人も連れて行ってやる――これから世界は、俺達のものだ。お前は今は逃げても構わん、いずれ必ず俺の配下に加えてやる!」
羽交い絞めをしている男が、狂ったように笑いだした。かつての仲間を裏切り二千の兵を倒した男は、世界を自分が支配する夢に酔っていた。
「――待っていて、必ず……必ず、助けにくる。何年、何千年経っても――必ず助けにくるから! あなた達を――貴方を、助けるから! アリスタイオス!」
女は涙をあふれさせて、男に聞こえるように叫んだ。その姿が、瞬時に消える。アリスタイオスと呼ばれた男は、安心した様に深く息を吐いて瞳を閉じた。
その時大きな音を立てて、宮殿が崩れ落ちた。激しい土埃が視界を遮り暫く何も見えなかった。
それが薄れる頃には、アリスタイオスも倒れていた男と女も、異端者の姿もなかった。
ただ、激戦があった跡だけが残っていた。沢山の死者、瀕死の戦士の声、あちこちに上がる火。そして、崩落した宮殿に――アリスタイオスの折れた剣。
空が暗くなり、雷が鳴り始めた。そうして、戦の跡を洗うかのように長い雨が降る。
ジリリリリリ!
派手に響くアラーム。布団から手を伸ばしスマホのアラームを止めると、パジャマ姿の大きな瞳の少女が大きな欠伸をした。
「……また、この夢だ。これで、二週間ぐらい続けて見てるなぁ」
パジャマの袖で目を擦ると、制服に着替える為ベッドから降りた。この時、少女は知らなかった。この夢が、自分に関わりがあるという事に。
剣を握り締めて戦わなければならない、自分の未来であることを。




