大船に乗ったつもりでいるんじゃな!!
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左近たちが侵入した地下施設には休憩小屋と呼ばれる囚われた人々が収容される施設が存在する。大部屋でプライベート空間のない簡素な作り、いつもなら誰もが暗い表情をしており、顔を上げることなど滅多にない、にもかかわらず今日は珍しく多くの者が顔を上げていた。それも運よく怪我を負っていない者だけではない。怪我を負って横になっている者も含めて顔を上げている。
それは何故なのか――、結果から言うと収容されている建物の扉が開いているからだ。しかも、扉の前には見慣れぬ格好をした子供達が立っている。
子供の一人が前に出る。
「あなた達を助けに来ました。一緒に逃げましょう!」
子供は力強くそう訴えかける。握り拳を胸に当て、安心させる口ぶりで、強い意志宿った瞳で、そう、訴えて来た。
大の大人も含めて一瞬子供から目が離せなくなる。
けれど――、
「……助けにって、本当に助かるのかよ」
「…そうだよな。捕まって今より酷い目に遭う可能性もあるんだよな」
「競技に無理矢理出されるのは嫌だけど、それ以外で困ってないもんね」
囚われていた人々の反応は芳しくなかった。理由は二つ。一つは心が既に折れていること。彼らは既に脱走を試みて射殺された人間を見ている。そのため、やった所で意味が無いという諦観を抱いていた。とはいえ、それだけなら気骨のある者が脱走を試みる可能性は残っていた。更に言えば脱走が失敗しても、死ねるのならそれで良いとそう思う者がいても可笑しくはなかった。
けれど、実際はそうなっていない。
それこそが二つ目の理由。サン☆ボーイが競技以外で彼らに危害を加えることを禁止したのだ。勿論サン☆ボーイ自身彼らに暴力を振るうことは無かった。
勘違いして貰っては困るがこれは何もサン☆ボーイが屑でない、という話ではない。
サン☆ボーイは救いようのない屑で、最低最悪の下種野郎だ。
ただ、サン☆ボーイはそれと同時にヘイトコントロールが上手かった。Dotubeにおいて彼が多くの人に嫌われながらも、一定の人気を得た理由だ。
囚われた人々の心を完全に壊し、無気力にするのではなく、十分な食事と休息を与え、肉体的な余裕を作り、彼らの尊厳を守ることで精神的な余裕を作った。
死にたくないと願えるように、現状維持を祈れるように、壊すのではなく、心を縛る方法をとったのだ。
古くから飴と鞭と呼ばれる手法であり、昨今で問題視されるDVと同じような状況を意図的に生み出していた。
これによって、囚われた人々は脱走に踏み切れず、けれど死にたくないという思いから競技には迫力が出る。
そのため、この中に脱走に前向きなものはいない。
だが、子供達とてはい、わかりましたと引き下がれるほど、軽い覚悟でここまで来ていない。
「それで良いんですか!何時死んでも可笑しくない場所にいて見世物にされる人生で!」
囚われた人々は子供のその言葉に顔を見合わせる。そして、一人の大人がぼそりと呟く。
「…でもなぁ、君らと一緒に行って助かる保証はないし、奴らの気分を害したくないんだよ」
「そ、そうだよな」
「ああ、今の環境もあいつらの掌の上、機嫌を損ねるべきじゃないよな」
現状生殺与奪の権利を他人に握られているのに、その状況を打破しようとするのではなく、逆に機嫌を取ろうとするやり方に語り掛けた子供は唇を強く噛む。
ここまで、落ちぶれてしまった人の心を動かす術を子供は知らない。何故なら子供はきっと彼等よりも精神が強靭で、凡百の彼らの心を理解することが出来ないから。
狂人と言って差し支えない子供には万人の心を動かす言葉を持ち合わせていないから。
だから、子供の献身はここまで――そう物語は終わらない。
「俺は、俺は!戦う!戦うぞ!」
一人の男が立ち上がった。どこにでもいそうな特徴のない男。
そんな男の目には強い覚悟が宿っていた。彼は周りを見渡すと演説をするように声を張り上げた。
「お前たちは良いのか!こんなチャンス次はない。明日はもっと酷い目に遭うかもしれない!明後日はこの中の誰かが死んでいるかもしれない。今日ここで一歩踏み出せば地上の空気を吸えるかもしれない。なら動くしかないだろ!」
「で、でも、動いた所で俺たちなんてすぐ殺されるのがオチなんじゃ…」
男の言葉に別の男が反論する。
それに一つ頷くと男が子供の方へと向き直る。
「武器は?武器は無いのか?兵士とやりあえる武器」
「それなら、ボクらのもう一人の仲間が制圧したホテルの中に兵士から奪った武器を集めてくれています。」
「銃か?」
「はい、銃もあります。」
「だったら、出来る!俺たちなら!あの命懸けの競技と比べたら鉄砲の撃ち合いなんて楽勝だろ!」
再度、子供達から目を離し、周りの人たちに語り掛ける男。
「…で、でもよぉ」
けれど、まだ、あと一押し足りない。それを空気感から察した子供が更に条件を開示する。
「勘違いしないでください。皆さんが真正面から戦うことはありません。皆さんには制圧したホテルに籠城しつつ、兵士たちの気を引いてもらいたい」
「…それだけで、良いのか?」
「はい、構いません。それに皆さんのフォローは米太郎…こちらにいるボクの仲間が行います。」
子供、否、蓮が後ろへと視線を向けると、米太郎が前に出る。
「よ、よろしくお願いします。」
少し頼りなさそうな少年。だが、条件は悪くない。既にホテルの一つを制圧しているなら籠城も不可能ではないのでは?そんな前向きな雰囲気が場を支配する。
「や、やれるんじゃないか」
「ま、まぁ、確かに何時死んでも可笑しくないし、やってもいいかもね」
「ああ、まぁ、やるだけやってみるか」
「子供達が安全な場所にいれるなら」
「なら、やって見るか」
全員の覚悟が決まった所で蓮たちは移動を開始した。
そして、暫く移動した所で蓮は最初に声を挙げてくれた男に小さな声で語り掛ける。
「扇動ありがとう。左近君」
「二ヒヒ、言ったであろう?儂は役に立つと」
男はそう言うと、囚われた人々の行列に紛れ姿を消した。
☆☆☆
競技区画北地区。
VIPや雇い主に事情を説明し、この区画から出ないように忠告したリーダーは集めていた警備兵の下へと向かう。
VIPの中には騒ぎ出すものもいたが、そこは雇い主が言い包めてくれるだろう。
暫く歩くと綺麗に整列している警備兵の姿が見えてくる。場所は競技区画北地区の外周だ。
リーダーを前に警備兵たちの間に緊張が走る。こういう所も今後直していく必要があるな。リーダーは彼らの方へと歩を進めながらもそんなことを考えていた。
まぁ――、
「あっ!リーダー遅いっすよぉ!もう待ちくたびれて眠っちゃうところでしたぁ」
こういう軽薄な態度も問題といえば問題だ。
リーダーはこちらにぶんぶんと手を振ってくる兵士を睨みつける。けれど。肝心の兵士には全くと言っていい程伝わっていない。周りの兵士には十二分に伝わっており、余計に身を固くしているのだが…。
――リーダーは軽薄な兵士の存在を一端脇に置く。
「さて、余計な前置きはなしだ。今から言う者だけ残れ。先ず初めに紅の狼のメンバー全員だ。それと警備隊D小隊、E小隊、F小隊。」
この決定に警備兵達は驚きを隠せずにいる。それぞれ一部隊8人編成であり、今の話からこの場に残る兵士は紅の狼を覗けば24人しかいない。そしてそれよりも問題なのが、紅の狼を全員この場に残すと言ったことだ。
思わず、紅の狼の一人が手を挙げて、リーダーに問いを投げる。
「おいおい本気か?リーダー。俺たちを除けば後は素人しかいないんだぞ?」
「ああ本気だ。デイブ、副隊長という名目で紅の狼以外の面子に経験を積ませていたよな?」
手を挙げた男デイブはリーダーの言葉を受け顎に手を当てながらも、首肯する。
「あ、ああ、一応、これからのことも考えて少しずつ隊長の仕事を振っていた奴もいるが……おいおいおい冗談だろ?」
「いや、冗談なんかじゃないさ。そいつらに警備隊を率いて侵入者の捜索をしてもらう。」
デイブだけではない。この場にいた全員がその言葉に動揺を露わにした。それもその筈で警備隊は全部でⅤ小隊まで存在する。その内4小隊が地上の警備を担当し、この場に3小隊残る。つまり彼らを除いた116人を素人に率いろ、そう命令しているのだ。紅の狼の人間24人が部隊を抜けるため正確には92人になるが、ベテランの傭兵部隊である彼らが抜けることはむしろ部隊としてはマイナスだ。
それらを考えた結果、出される結論は当然――、
「お、俺達だけで動くのか?」
「馬鹿っ!私語厳禁だろ!」
新兵達の不安という形で現れる。
敵は手練れで施設内を引っ搔き回していると聞く。そんな相手に自分達だけで対応できるのか、これだけの数の指揮を一体誰が担うのか、マニュアルにない動きを求められた際にどう対処すればいいのか、そんな状況で不安を感じるなという方が無理だ。
口には出せなかったが、誰もが同じことを考えていた。勿論その不安はリーダーとて分かっていた。だからこそ、安心させるように言葉を紡ぐ。
「安心しろ。お前たちの役目は侵入者の捜索だ。
居場所が分かったら逐一俺に報告してくれればいい。
その後、追加で指示を出すこともあるが、あくまでもお前たちの役目は敵を捕捉し続けることと侵入者を北地区まで誘導することだ。」
「誘導?悪いがリーダー今の話の中に敵を誘導できる要素があったようには思えないんだが…」
「良い質問だ。デイブ。
今回の敵の動きから考えて何処まで想定通りに動かされたと思う?」
「あ、あ~、まぁ、競技区画北地区に俺達が集まることは想定済みだったんじゃねぇか?向こうからしてもそっちの方が動きやすいし」
「そうだ。そして、相手は俺達が守りを固めると考える筈だ。」
「成程、だから敢えて大部分を捜索に向かわせ、相手の裏を掻く。そういうことだな?」
「はっ、馬鹿デイブ。チェスや将棋じゃないんだぞ?そんな回りくどいことする訳がない」
「…はっ?じゃあなんのために捜索に向かわせるんだ?相手の狙い通りだとしても守りを固めた方が断然いいだろう?」
デイブの考えは一見間違っていない様に思える。敵の数が3人でこちらが100人超、基本的に長期戦はこちらが有利だ。勿論食料を駄目にされれば長期戦が不利になるのは人数の多いこちらだが、敵の数から考えて、一挙に食料を潰すことは出来ない。守りを固めつつ、一部の部隊に食料集めを命じれば十分長期戦が可能だ。それに反して敵は3人。どう考えても長期戦は不可能。こちらが兵を小出しにし圧を掛ければ敵地で体力を擦り減らし、何処かで決定的なミスをする。
一応こちらにも競技区画北地区に押し込められたVIPたちが不満の声を挙げるという欠点はある策だが、それでも安全に敵を処理できるはずだ。
そう思うのだが、リーダーは首を横に振っている。
「分かっていないな。デイブ。その策は不確定要素を加味していない。もっと完璧な策がある」
「完璧な策?」
「そうだ。」
「そんな策があるのか?」
「ある」
「本当に?」
「本当だ」
「それは一体」
「俺が行ってぶっ飛ばす!つまり、暴力で分からせる」
「「「あぁ~」」」
この瞬間、紅の狼のメンバーの心が一つになった。そう言えばこの人こういう人だったなぁ、と。リーダーは時には頭を使うこともある。仕事を教えるのは上手い方だ。仲間を信頼してない訳でもない。
けれど、あくまでも最後に信じるのは己の拳。もっと言えば、策を弄するのは、敵の狙いを理解しようとするのは、自らの手で確実に敵に拳を叩きこむためだ。
そして、敵の位置と向かう方向さえわかれば待ち構えられる。リーダーの目的はそれだった。
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ホテル街東地区、他のホテル街と比べると商業地区まで少し遠く、所感立地の悪い場所にある。米太郎と蓮、左近の三人はそんな東地区にあるホテルの一棟で向き合っていた。
「それじゃあ米太郎は囚われた人をお願いね。ボクと左近で暗殺に向かうから」
「うん、気を付けてね」
「なぁに、儂がいるんじゃ、大船に乗ったつもりでいるんじゃな!」
蓮と左近は米太郎へと一時の別れを告げると、競技区画北地区へと駆けだす。
勿論駆け出すと言っても、出来るだけ敵に見つからない様に物陰に隠れながらの移動を心掛け、時に屋根の上、時に路地の裏などを縦横無尽に行き来している。
忍者ならではの移動法だ。
そんな中、表通りへと視線を向けた左近は蓮に話しかける。
「蓮の予想に反して兵士の数が多くないかのう?」
「うん、ボクもそう思う。相手には何か策があるのか?
…いや、取り敢えず競技区画北地区に向かおう。そこに行けば何か分かるかもしれない。」
「うむ、承知した。」
その後、警備兵の多さに見つかることも増えた。ただ、身を隠すだけなら兎も角、競技区画北地区に向かう関係上どうしても他人の目を避けては通れない場所があったのだ。だが、幸運なのか、それとも相手に何らかの狙いがあったのか、こちらを積極的に攻撃してくることは無かった。
(なんじゃ?こ奴らは何がしたい?)
左近はその不可解な行動に眉間を寄せるが、答えが分かる訳もない。
答えが分かったのは、実際に相手の策に嵌ってから、いや、これを策と呼んでいいのか分からないが――、
「随分好き勝手に遊んでくれたじゃないか?糞餓鬼ども。少し灸をすえる必要がありそうだ」
警備兵の服を着た男達が突如空から降ってきて左近と蓮の前に立ち塞がった。
一人は金髪オールバックにサングラスを掛けた男。もう一人は――、
「どもども~、お邪魔しま…お邪魔されてます~。自分はリックっていうんですけど。あなた達の名前教えて貰ってもいいですか~」
殺し合いの前とは思えない軽薄な態度の男だった。
次話を22時30分に投稿します。




