儂はこの瞬間を求めていたのかもしれん
☆☆☆
「ああ、因みにボクの名前は蓮。よろしくね」
蓮はそう名乗った後――、
「ゆっくりと話しをしたいんだけど、ここだと少し目立つね、場所を変えない?」
――と左近に提案を持ちかけて来た。
実際、今いるのは裏路地の一角、ふとした拍子に見つかっても可笑しくはない。左近からしても受け入れる理由はあっても断る理由のない提案であったため、二つ返事で――失礼、ぶつくさと文句を言いながらも受け入れる。
そして、左近たちは蓮の誘導の下、中心地から少しだけ離れたホテルの一室へと移動していた。
その間一度として敵に捕捉されることは無かった。これは事前に監視カメラへと細工を施していた、というだけでは説明のつかないことだ。何が言いたいかというと、この結果は蓮の索敵能力が純粋に高いレベルに達している証左だった。
(…何か特別なことをしていた訳ではない。当たり前のことを当たり前ではない精度でやってのけよった。
反復による地力と優れた判断能力に裏打ちされた索敵スキル。達者なのは口だけではない、か。)
左近は蓮への評価を一段上げる。
しかし、それとは反対に――、
(米太郎、と言ったか…ハッキリ言って見直す部分が一つとしてないのじゃが…。)
米太郎への評価は厳しいものだった。
それもその筈で、外見通り軽業や隠密といった忍の基礎が全くと言っていい程になっていない。道中彼のせいで見つかりかけたこともあった程だ。
(秘術に特化した指導方針を取る家もあると聞くが…鼯鼠家がそうなのか?)
蓮が大口を叩いたのだから、使い物にならない、ということは無いのだろうが、今の所は良いとこなしだ。
左近は自身の心中を見透かされないように直ぐに米太郎から視線を切る。
所詮、蓮とも米太郎とも今回限りの共闘だ。これ以上窮地に陥るような真似さえしなければそれで良い。
それよりも重要なのは――、
「さてと、一息ついた所で、本題に移ろうではないか」
「そうだね。でもその前に自己紹介だけしよう。さっきも言ったけど、ボクは蓮。養成施設の生徒。姓はない」
(姓がない。ということは親を亡くした一般家庭の出身か、態々こんな世界に入ってくるとは物好きな奴じゃな。)
左近は直ぐに蓮の背景を察し、多少の同情を蓮へと向ける。けれど、蓮は同情の視線には気づくことなく、マイペースに言葉を続けた。
「好きなものはケーキに、アイスに、ホットケーキ…ホットケーキもケーキの仲間なのかな?
後は、日曜8時からやってる魔法少女プリクリ‼今年で20周年なんだ!プリクリの魅力と言ったらやっぱり――」
そこから、凡そ30分にわたり、プリクリの魅力について延々と語り続けた。
やれクリーンスカイの変身バンクはカッコよさと可愛さを両立しているだの、初めてクリーンスカイとクリーンプラズマが合体技を披露した回はあまりの感動に画面が良く見えなかっただの、左近には良く分からないプリクリの話が気の遠くなる時間続いた。
そんな中、隣を見て見れば米太郎は穏やかに聞き役に徹している。それが気になり、蓮に気づかれないように米太郎へと声を掛ける。
「こ奴、もしやいつもこうなのか?」
米太郎はコクリと一度頷いた。
その返答に左近は泣いた。けれどそれは何時もこのプリクリ語りを聞かされている米太郎への憐憫の情からではない。むしろ、この下らないプリクリ語りを穏やかな表情で聞き続けられる米太郎の器の大きさ、人間としての度量の違いに魅せられ、尊敬の余り涙が零れたのだ。
「――プリクリについては以上かな?伝えたいことはまだまだあるけど、全部伝えるとなると一日じゃ終わらないからね。
…なんで泣いてるの?」
プリクリ語りが一段落つき、周りに意識を向けられるようになった蓮は泣いている左近を見て目を丸くする。けれど、左近は何も語らない。自身が胸に抱いたこの想いは自分だけの
ものだからだ。
誰かに聞かせるものでは決してないのだ。
――閑話休題
そんな調子の左近に首を捻りながらも、蓮は米太郎へと視線を向けた。
「取り敢えず、次は米太郎。自己紹介お願いね」
「うん、と言っても僕の自己紹介はさっき言ったので全部かな。鼯鼠米太郎。
秘術使いの家の出身だよ。秘術の関係もあって基本的な忍者の技能はすっごく苦手で皆の足を引っ張っちゃうこともあるかもしれない。よろしくね」
「ふむ、秘術の関係…か。そこまで言うのであれば秘術は余程強力なものなんじゃろうな?」
「…えっと、まぁ、そうだね。自分で言うのもなんだけど、秘術ありなら、一対一でも雷電君よりも僕の方が強いかも」
「ほう…大きく出たな」
気弱な少年。そんな印象を持つ米太郎が放った強気な発言に左近は目を細める。経験上、こういうタイプが強気に出た時は注意が必要だ。舐めてかかるといつの間にか喉笛を嚙み千切られており、取り返しが付かなくなる。
(基本的に秘術使いに秘術の内容を聞くのは御法度じゃが、探りを入れて置いた方がよいな)
現在、忍術協会により忍者が管理されているため、忍者同士の諍いは無いに等しいが、戦国から続く忍としての血が左近に探れと指示を出す。
「…のう米太郎、足を引っ張る自覚があるのなら、せめてお主の秘術を聞いておきたいのじゃが、良いか?
場合によってはお主の秘術で難を逃れられるかもしれなんからのう」
形だけの懇願。仮に断られようものなら、徹底的に追及する心持ちだった。
ただ、そうは問屋が卸さない。それは米太郎が口籠ったのもそうだが、何よりも――、
「その必要は無い。ボクらは必ず米太郎の助けを借りる。必ずね」
「ふむ、しかし、そうだとしてもそれが秘術の詳細を語らぬ理由にはならんじゃろう」
「見た方が早いのさ、それに米太郎の秘術は一日にそう何度も使えるものじゃない」
このように蓮が米太郎を庇う様に口を挟んできたのだ。
協力する以上はあまり諍いを起こすのは得策ではない。ここが引き時だと左近は納得する。秘術の内容についてもある程度は引き出せた。結果は上々だろう。
「さて、次は左近、自己紹介お願い」
「うむ、雷電左近じゃ、よろしく頼む」
「秘術については?あれだけ米太郎に聞いてたのに自分の能力は話さないの?」
蓮が頬に人差し指を当てながらそう問うてくる。左近は頬が引き攣るの自覚しながらも急いで考えを纏めて口に出す。
即ち――、
「儂の秘術は電気を扱うものじゃ。お主らも見ていたのじゃろ?」
真実を一部隠すという選択を取った。
しかし――、
「正確には人体で生成される生体電気の量を意図的に操作する、でしょ?それも本来人間では作り出せない莫大な量の電気を作り出せる特異体質。」
「…お主知っておったのか」
「言ったでしょ?雷電家は有名なんだって」
蓮はしてやったりと笑みを浮かべて舌を出す。
対称的に左近は苦虫を嚙み潰したような渋い顔をする。それもその筈でここまでのやり取りでも分かるように左近は秘術使いの家系らしく非常にプライドが高い。
自分が他者を出し抜くのなら兎も角、他人に出し抜かれることを激しく嫌う性格をしているのだ。
――とはいえ、ここで癇癪を起すのは流石にみっともない。何よりもプライドは高いがそれと同時に損得勘定は出来る人間だった。
故にこの話をこれ以上突かれないように、早々に話を打ち切った。
「手札を隠そうとして悪かったの。して、お主らは何が目的でこの施設に潜入したのじゃ?」
「う~ん、どこから話すべきか…。
取り敢えず目的はこの施設を運営しているdotuberのサン☆ボーイの暗殺かな?」
「ほう、dotuber?サン☆ボーイ…。
――一応聞いておきたいんじゃが、dotuberというのは何じゃ?」
聞き馴染みのない単語に思わず首を傾げる。すると、今まで話に入ってこなかった米太郎が口を挟む。
「dotuberっていうのはdotubeっていう動画配信サービス、簡単に言えば誰でも芸能人みたいに世間に顔出しが出来るサービスを使って活動している人のことだよ。」
「ほ~う、つまり芸能人の真似事が出来るのか、なんというか珍妙なさーびすじゃのう。」
「最初にdotubeの存在を知った時は僕も同じこと思ったな。態々世間に顔出しして、何がしたいんだろうって、その後の人生で絶対不利になるのにって。
でも、このdotubeで成功すると、それこそ芸能人と同じくらいの人気者になれるし、お金とかも凄い額稼げるみたい。」
「ほ~う、成程のう」
「それに、芸能界と違って周りの圧力とかもなくてある程度自由に活動できるんだって。
まぁ、忍である僕らには縁のない話だけどね」
「…うむ、そうじゃのう」
真剣に変装の術を使ってdotuberデビューをしようか検討していたのだが、米太郎の言葉もあって冷静さを取り戻す。
(危ない、危ない。
儂としたことが金に目が眩んでらしくもない決断を下す所じゃった。
…うむ、雷電の秘術を衆目に晒すなど言語道断。
情報は武器じゃ。儂は忍、命を左右する情報を金になど変えられん!)
内心で米太郎に感謝しつつも、誘惑を振り払うように次の話題を蓮に振る。
「それで、そのサン☆ボーイとやらの特徴は?」
「サン☆ボーイは虹色の髪をした男さ。一目で分かる。」
「ふむ」
一目で分かるのならこれ以上暗殺対象の情報を聞く必要もない。そう思い報酬の話に移ろうとするも、蓮が矢継ぎ早に話を続けるため、変え時を見失ってしまう。
「サン☆ボーイはとんでもない奴なんだ。
元々、女性関係でいくつも問題を抱えていたり、仲の良いdotuberや芸能人の悪口も平気で
いう奴だったんだけど、遂に裏家業の人間ともつるみ始めてね」
「ほう、話を聞く限り周りの人間が離れていきそうな性格をしておるな。それより――」
「そうだよね!分かるよその気持ち!只でさえ裏家業の人間とつるむなんて碌なことが起こらないのに、そんな奴が態々接触したとなれば絶対良くないことを企んでると思ってね。その情報が入った日からボクは単独で張り込みを始めたんだ」
「ほう、それはさぞ大変だったじゃろう。それより――」
「まぁ、大変じゃなかったと言えば嘘になるかな。でも、大変だからって行動を起こさなかったら関係のない人が泣きを見ることになるからね。
実際、サン☆ボーイはこの最悪の娯楽施設を作っていたんだ。」
「そうか」
「この娯楽施設は借金で首の回らなくなった人やその家族、サン☆ボーイや裏家業の人間に都合の悪い人が無理やり集められた命懸けの見世物小屋だ。」
そう言いながら蓮はタブレットを取り出し、動画を流す。
動画内ではシートベルトの無い車でアクション映画も真っ青な悪路を突き進む車が何台も映っている。
転倒、炎上は当たり前、逃げ出そうものなら、観客から鉛玉が飛んでくる。文字通り悪夢のような光景。
そして、それを眺めて下品に笑う観客たちは差し詰め悪魔のようだった。
「なるほどのう」
「こんなことが許されていい筈がない!!君もそう思うだろう!?」
「まぁ、確かに、悪趣味にも程があるのう」
「そうだろう。だからこそ、ボクらが正義を成さないといけないんだ」
「そうか――まぁ少し落ち着け」
「これが落ち着ける訳ないだろう!!」
怒りからか顔をトマトのように赤く染め、唾を飛ばしながら顔を近づけてくる蓮に左近は顔を顰めながら、距離を取る。
左近には男の顔を間近でジロジロと見る趣味は無いのだ。後、唾を付けられて喜ぶ趣味も。
これがせめて女子であれば、ある程度は寛容に対応できたが、それは意味のない過程だ。とは言いつつも、蓮の顔を間近で見たことでふと下らない思考が――水中を漂う気泡のように浮かび上がる。
(こ奴が変装術で女子に変じればさぞ映えるじゃろうな。それこそ、権力者に取り入ることも出来るのではないか?)
それ程までに蓮の容姿は整っていた。
とはいえ、それだけ整っているのなら、男子であろうと潜入で有利に働くことには変わりはない。
左近は下らない思考を中断する。そんなことよりも重要な話があるからだ。
「お主の義憤はよくわかった。それで報酬について話をしたいんじゃが、率直に言おう。儂が5割で良いかのう?」
大分吹っ掛けてはいるが、最初はこのくらいの方が後々有利に働くだろう。その想いからの発言であったのだが、話は予想外の方向へと転がり始める。
「報酬?」
蓮が不思議そうに首を傾げる。それに多少訝しみながらも一つ頷くと――、
「そうじゃ、お主らが雇い主から受け取る報酬についてじゃ」
「ないよ?」
「なに?それは、雇い主については言えない、ということかのう。それならばそれで」「違くて、報酬がないんだよ」
「報酬がない。いらないと断った、ということかのう?それなら改めて儂の分だけでも「それも違くて、報酬も雇い主もいないんだよ!」
「は?」
――思考が止まる。何を言っているのか理解できなかった。
雇い主を言えない。それならば分かる。養成施設の生徒が任務を受けている時点で忍術協会が関わっていないことは明白であり、怪しい筋から依頼を受けているのは分かり切っていたからだ。
報酬をいらない。これも分かる。主君に真に忠誠を誓うなら、時に報酬を受け取らないという選択を取ることもあるだろう。
けれど、雇い主がいない。
これに関しては意味が分からなかった。
ならば、何故こいつらはここにいるのか?
「…もしや、忍術協会が警察からの協力要請を受けているのを知り、独断で潜入した、ということかのう?」
「いや、確かに警察に情報提供はしたけど、どうやら、手をこまねいているみたいでね。
流石にこれ以上待ってられないと思って、独断で動いたんだ」
「協力要請は?」
「出てないよ?」
(……こ奴は何を言っておる?)
――左近の思考が再度止まる。
けれど、それも当然だった。
忍術協会の指針、それは徳川幕府第8代将軍徳川吉宗が当時の御庭番に命じた「徳川という血ではなく、日ノ本という国を守れ」という言葉にあった。
故に、忍は戦局を見定め、国を良き方に導く権力者に肩入れしてきた。そして、自分たちの独断で国を乱さぬよう権力には従順に従ってきたのだ。
勿論それは吉宗の言葉だけによるものでは無い。忍の在り方にも関係のある話だ。忍とは主に使える道具。結果として、善行を働くことがあったとしても、それは自身の独断ではあってはならない。これは秘術使いも同様だ。
当然生粋の忍である左近からしてもそれが常識だった。
「忍が独断で動き始めたのなら、それは物の怪と変わらん。お主がしたことは徳川吉宗の命に反し、警察の領域に土足で踏み込み、権力の均衡を崩す行為じゃ。」
「…どう思って貰っても構わないよ。でもボクは力ある者は弱きものの為に力を振るうべきだと思う」
「――お主は…
…お主は忍では無いのか?」
それは純粋な疑問だった。少なくとも、蓮の考えは大半の忍とは考えを異とするものだった。
左近からすれば自身が忍であるということが己を形成する全てだ。如何に忍者らしくあるか、如何に他者よりも秀でるか、それを日々考え研鑽する。
それが当たり前だった。だからこそ、蓮の忍に執着しない考えは不可解を通り越して異質に映った。もっと言えばそんな姿に無意識の内に惹かれていた。
「ボクは手っ取り早く力を付けられるから、忍になった。そして、力を欲したのも目的があったからだ。
仮にその目的が達成できないのなら、忍であることを捨てることも厭わない」
――その言葉を心の中で咀嚼し、飲み下す。
「成程のう。
流石に報酬の払えん奴とは手を組めん」
「…そうか」
目を伏せる蓮。けれど、こちらを引き留めようとはしてこない。
きっと、蓮からすれば左近という存在も目的を達成するための代替可能な部品でしかないのだろう。
だからこそ――、良い。
物心ついたと時から、自身が忍であると自覚した時から持っていた不可思議な飢え。
金銭や安全を欲するような幸せになりたいという生物の本能に訴えかけるものとは根本から違う感覚。
その正体が漸く分かった気がした。忍としての血が疼く。
この瞬間をきっと――自分は求めていたのだろう。自然と胸が高鳴るのを感じる。体が熱い。
少し、早口になりながら、次の言葉を発した。
「――じゃが、現状儂は主君のいない身、じゃから、お主を儂の主にしてやる。まぁ、あくまでも仮の、じゃがのう。
お主が儂の働き分の報酬を用意するまでお主に仕えてやる。
――よろしく頼むぞ?主殿」
左近自身、自覚していたかは分からない。
けれど、この時、この瞬間、確かにこう思った筈だ。
こいつが今後どのような結末を辿るのか見て見たい、と
二人の後をつけ工業地帯に潜入した時のように、気まぐれにも、そう思った筈だ。
5話を明日の22時30分に投稿します。




