地下施設侵入編はここで終了なのじゃ!!
☆☆☆
リーダーを倒した左近は競技区画北地区に向かって歩を進める。はっきり言って先の戦いで消耗し、万全とは良い難い状況。このコンディションなら何時もであれば無理を押して作戦を継続することはない。
(…が、ここで引き下がれば蓮に認められるのはずっと先になるじゃろう。
それはダメじゃ。
このチャンスを確実にものにする。)
見返すと決めた相手がいるのだ。こんな所で足踏みする訳にはいかない。それに一度デパートの屋上に戻り、リーダーが使用していた避雷針を幾つか拝借しておいた。この先の戦いで役に立つだろう。
左近は現状の分析の中に幾分か希望的観測を交え、自身を鼓舞する。そうしていると、地面の一部に陰りが生まれる。光を遮る物体。ドローンの文字が左近の脳裏に浮かぶが、どうやら違うようだ。影はドローンよりも大きく、何より静音だった。
上空に目を向ければ蓮がむささびの術で左近の上を滑空している。
「おまたせ!」
蓮は目が合うと、むささびの術を解いてこちらへと降りてくる。そのまま両の足で着地をすれば折れることは無くても捻ってしまうだろう高さ。しかし、蓮は見事な五点着地を披露すると、左近の隣まで歩み寄ってくる。
その動きは実に精細で先程まで戦っていたとは思えない程の余裕を感じる。
左近とは大違いだ。その様子に左近は頬を引き攣らせる。
(これでは見返すどころか、落胆されてしまうではないか!)
左近は体に活を入れる。バレないように取り繕わなければ!
その一心だった。…その後、無理をしていることがバレた方が後々迷惑になる、ということは頭から抜け落ちていた。
「ふぅ、その様子。お主も余力を残して敵人を打ち倒せたのじゃな。」
「うん、武装もある程度温存できたよ。…この後の方がきっと厳しい戦いになるからね」
「ふっ、そうだな」
ここまでは上手く取り繕えていた。
しかし、次の瞬間――
「一緒に頑張ろう!」
蓮が思い切り左近の背中を叩いた。
左近の意識が一瞬とぶ。そして、意識を取り戻した時には既に地面は直ぐそこまで来ていた。
「でゲブッ」
無様にも顔から地面に激突する。鼻頭を思い切りぶつけ、ぼたぼたと両の鼻から血が流れる。それも濁流のように…は少し言い過ぎだが、今すぐ止まりそうな雰囲気ではない。鼻をぶつけたことが直接的な原因ではあったが、戦いの中で頭を酷使し過ぎたことや戦いを通して、心拍数が上がり血流の流れが良くなったことも関係しているのだろう。
とはいえ、今重要なのは何故鼻血が出ているのかよりも――、
「大丈夫かい!?」
蓮にどう思われるかだ。
左近は蓮の家臣になると決めたのだ。だから、こんな所で――。
「…うむ、大したことは無い。少し休めば直ぐに良くなる。
いや、このままの状態でも作戦には支障がないくらいじゃ!」
――左近は体に鞭打ち、表情筋に力を入れた。本当は今すぐにでも目を瞑ってしまいたい。何時もは意識せずとも瞼を開けられるのに、今は何故だか、意識しても瞼が下がってきてしまう。
それを傍から見ていた蓮にも見透かされてしまったのだろう。
表情を強張らせると、目尻を吊り上げる。般若と言わぬまでも橋姫の面を付けているのではと錯覚するほどにその表情は険しい。
「…君は米太郎達がいるホテルに戻れ」
「何故じゃ!儂は!儂はまだやれる!戦えるのじゃ!」
何時もの中性的とも取れるアルトの音域からかけ離れた猛獣の唸り声のように低く、重い声と、眉間に出来た皺の濃さから蓮が怒っているのは左近にも伝わった。けれど、だからこそ余計に左近は焦ってしまう。焦って自身の有用性を示そうとしてしまう。
それが良くなかった。
「ボクは君みたいな無理をする奴は嫌いだ。
君は君が倒れることによって仲間が危険に晒されるとは思わないのかい?」
「あっ」
ここに来て初めて左近は自分のしようとしていたことが如何に愚かであったかに気づく。
蓮は左近の体を支えると人目に付かない路地の裏まで連れて行き、優しく左近を下ろす。
そして、通信機を使って米太郎へと連絡した。
「今から米太郎が迎えに来てくれるから君はそこで待っていろ」
役に立とうとして結局失望された。それに蓮は米太郎を頼った。自分が頼りないから…頼りになる仲間を呼んだ。
(くそっこんな筈では…)
気持ちは更に逸る。だが、この状況から挽回する言葉を、左近は持っていない。
左近はただ、蓮の背中を見守る事しか出来なかった。
☆☆☆
左近と別れた蓮は戦いの途中左近と合流した時のことを思い出していた。
(やはり、ボクがあのオールバック男と戦うべきだったか…)
蓮は初め、左近と入れ替わり、オールバック男と戦うことを提案した。けれど、その提案に対し左近は――、
「…いや、儂が倒す。言ったじゃろう?大船に乗ったつもりでいるんじゃな、と。ここで約束を違えるわけにはいかない。それに近づければ勝機がある。問題は相手にこちらの手札が露見していることじゃが…」
「成程、近づければ勝機が…でも話を聞く限り、君とオールバック男は相性自体最悪だ。それに僕が戦ってた茶髪の男は近接戦がメイン。君とは相性がいい。無理してオールバック男を相手取る必要はないだろう?」
「そうかもしれん。が、その想定には一つ重要な見落としがあるじゃろう?」
「…見落とし?」
「うむ、お主がオールバック男に勝てるかどうか、という問題じゃ」
「それは…」
確かにその懸念が無かったと言えば嘘になる。相手はサイボーグで話を聞く限り、どこにどんな武器を隠しているかも分からない。左近よりは優位に立ち回れても、それが勝てることに繋がるとは限らないのだ。
ただ――、
「それは茶髪の男が相手でも変わらないよ。
そもそも勝つか負けるかなんて結果論だ。終わってみなければ結論は出ないだろう?」
「そうかもしれん。じゃが、今の蓮の状態を見る限り少なくとも茶髪男相手ならある程度安全に立ち回れるのじゃろう?」
「それは…まぁ、そうだけど、でもボク自身も茶髪男に有効打が与えられていないって状況だ。」
「それなら、やはり儂がオールバック男を倒すべきじゃ、その後、蓮の戦闘が終わっていないのなら今のように合流して共に茶髪男を倒せばいい」
「…でも、君が倒されたら結局は僕らが不利になる。
君の言い分は一見筋が通っているように見えるけど、何か別の理由を隠しているようにも思えるんだ。
…他に理由があるのなら、今教えて欲しい」
蓮は左近の心の内を覗き込むように、瞳を合わせた。心中で揺れる波紋を一つ足りとて見逃さない。そういう意思が込められた瞳に左近は息を呑む。
そして、数秒、目を閉じ、蓮の瞳から逃れると、観念したように深く息を吐く。隠し通すことはどうやら出来そうもない。口から忍としてのプライドの一部が漏れ出ていき、自然と体が弛緩する。
「儂は、お前に有用性を示したいのじゃ。言うたじゃろう?見返してやる。お主に家臣になってくれと言わせてみせると」
「…たったそれだけのために?
…あの時も言ったけど、ボクは君を家臣にするつもりなんて毛頭ないんだ。
君のその気持ちすらボクは煩わしく思っている。そもそも、なんでボクなんだ?
会ったばかりだぞ?」
「それは…お主の考え方に惹かれたから…」
「考え方?」
「そうじゃ!お主は忍として厳しい鍛錬に耐え抜いているというのに、忍であることに頓着しておらん。もっと大きな大望のために自らの研鑽すら利用しようとしているのじゃ。
ならば、その夢を共に追いたいと思うのは特段可笑しなことじゃないじゃろう?」
左近の言葉には熱があった。心の底から、今口に出した言葉が本心であると蓮にも伝わるほどの熱を宿していた。
けれど、その熱が蓮に届くことは無い。
「そうか、けれどそれは多分、君が今まで狭い世界で生きてきた弊害だと思う。
忍術協会の養成施設に通っていればボクみたいな奴が他にもいると知れるし、他の分野でもボクと同じような考えの奴は五万といる。
君が心動かされたと言ったその感情は初めて食べたものに感動する。そう言ったものと大差ない。」
突き放すように紡がれた言葉に左近は言葉を詰まらせる。
本当に崖の上から突き落とされたような浮遊感に襲われる。体が重く、頭が重く、蓮と目を合わせられない。
けれど、それでも、それでも…左近は自分の直感を信じてしまう。いや、もしくは目の前が真っ暗になり、近くにいた蓮に縋りついただけかもしれない。
「…それでも、儂は、儂がオールバック男を倒す。」
「…そうか、分かった。それなら、変装術を駆使するというのはどうだろう?」
「変装術?」
「そうだ。ボクの姿に変装すれば、敵は君に近づくことへの警戒を緩めるだろう?」
「確かに」
「それと、ボクの棒手裏剣を幾つか君に預けるよ」
蓮は懐から専用武装である棒手裏剣を取り出すと、左近に使い方の説明をしていく。
説明を聞いている内に左近も得心が行く。確かにこれだけ強力な中距離武装であれば相手は絶対に近接戦に移行したいはず。それに左近が相手だと疑うことも無いだろう。それら諸々を含め戦況をこちらの優位に運ぶことが出来そうだ。
「成程、これは助かる。ありがたく使わせて貰うとしよう。」
「うん、それじゃあ。ボクは行くね。そっちも任せたよ!」
「うむ!」
こうして蓮と左近は別れた。蓮はこの判断を間違っていたとは、今でも思っていない。というよりも左近が意固地になっており聞く耳を持ってくれなかったため、説得は不可能だと諦めていた。
ただ、それはそれとして、現状左近がいない中、敵の守りを突破するにはハイリスクハイリターンの択を取り続け、その全てでリターンを取る必要がありそうだ。それこそ、石橋を百回叩いても効かない程の綱渡りだ。
「…なんで彼はあんなにもボクに」
そうぼやかずにはいられない。
とはいえ、意味のない思考にリソースを注ぎ続けるのは利口とは言えない。特にこれからが、この戦いの大一番だ。蓮は気合を入れ直す。
競技区画北地区前までは順調に来ることが出来た。後はどうやって中に入るかだが…。取り敢えず蓮は物陰に身を隠しながら様子を伺う。情報を収集し、慎重に行動するつもりだ。するとその最中奇妙なやり取りが目に入る。
「おい!ちょっと待て。撤収するってどういうことだ!?」
「あ~、悪い。リーダーが駄々こねちまって。」
「はぁ、駄々!?」
「おう、侵入者共は俺がいずれ倒すから手を出すなってよ」
「お、お前、それ本気で言ってるのか!ここで侵入者を見逃せば紅の狼の名に傷が付くんだぞ!」
「いや、ほんとリーダーには困ったもんだ。ま、あんたも気の毒だけどよ。今まで散々悪事に手を染めて来たんだろ?年貢の納め時って奴なんじゃねぇか?」
どうやら、サン☆ボーイと警備兵の一人が言い争いをしているようだ。内容は兵の撤収について、意外にも蓮に都合よくことが運んでいる。
蓮は暫くここで様子を見ることにした。
☆☆☆
サン☆ボーイは自分から胸を張って言える位には持っている側の人間だと思っている。周りの人間は大人も含めて自分を持て囃したし、その期待に応えられるくらいには勉強も運動もそつなくこなせていたと思う。
今思い返せば取るに足らない有象無象の恨みは買っていたと思うが、結局そいつらは自分の人生に影響を及ぼすことも出来ない塵芥。気にする必要のない存在だった。
そう。例えば小学生の頃、運動も勉強も出来ない癖にいつも楽しそうにしてる奴がいた。そいつが笑っているのがなんとなく気に食わなかった。それ以上の理由はない。取り敢えず、揶揄ってやることにした。
「よぉ、モンキー。今日も猿みたいな顔してんな!」
この日からそいつのあだ名はモンキーで固定された。周りの奴も嬉々としてそう呼ぶようになったのだ。
けれど、生意気にもそいつはこの俺に文句を言ってきやがった。
「あのさ、そのモンキーってあだ名、嫌なんだけど」
「うん?ウキッウキッ?わりぃ、猿語分かんねぇんだわ」
「ほんとはっ!分かってるだろ!」
しつけぇな。そう思っていると俺の取り巻きの一人が「はいはい、分かった」とか言って手を挙げた。お調子者で場を和ませる奴だったから傍に置いていた。今となっては顔も思い出せねぇが、要は俺を楽しませるピエロだ。
その取り巻きは俺に文句を言ってきた奴の前で猿の物まねをする。
「ウキッウキッ、おいらお腹が空いたウキッ」
「ははっ、確かにそうかもな。けどわりぃ、バナナ持ってないんだわ」
俺と取り巻きでそう嘲ってやるとそいつは唇を咬んで自分の席に戻っていった。
それで終わりだと思ったのだが、この後そいつは教師にこのことをチクりやがった。
流石の俺もこの時は不味いと思った、思ったのだが、教師に呼び出された俺の脳は急速に回転してある突破口を導き出した。
そう、そいつは確かにあの時、俺に突っかかって来た。けれど、何時もはへらへらとしながら流すか、若しくは口では嫌だと言いつつも冗談めかして言うことが多かった。大方、怒ることが大人げないとでも思っていたのだろうが、馬鹿な奴め、そのふざけた態度を俺は利用してやることにした。
「えっ?お前本気で嫌がってたのか?だって、お前、何時も笑ってたじゃん。」
俺が心底驚いたという風を装ってそう発言をすれば、教師はそいつへと視線を移す。
「そうなの?」
そいつは視線を落とし、何も言わない。これによって俺はこれからはそのあだ名を使わないと言う口約束と共に解放された。
ま、所詮は口約束だ。俺がこのことを仲間内で広めれば全員が憤り、そいつへの当たりはより苛烈になった。
これが俺の小学生の頃の成功体験。
この後、俺は別の地域へ引っ越すことになった。
なので小学校の仲間とは離れ離れ、けれど、そこは俺、中学でも常にクラスの中心に俺はいた。ただ中学では一人、俺から露骨に距離を取ろうとする奴がいた。小学校の頃同様そいつも揶揄ってやろうと思った。なのにそいつは休み時間には席を立ち、どこかにいなくなる。後を付けたこともあったが、特定の場所に留まっていないため、待ち伏せも出来なかった。
とはいえ、俺はやはり天才だった。席を立つということはその間そいつの持ち物はそいつの目の届かない場所にあるということだ。だから、俺は仲間たちとそいつの持ち物を隠して遊ぶことにした。初めは教壇やロッカーの上、その後はベランダやトレイの中など範囲を広げた。特にそいつが戻ってくるタイミングを見計らって女子トイレの中にぶち込んでやったのは傑作だった。
次の日から、そいつの存在は女子トイレに入った男として学校中に知れ渡った。それと、教師からも厳重注意をされたらしい。その際に俺達のことを喋りやがったが、中学は小学校よりも教師の目が届きづらい、しらばっくれるのは簡単だった。
高校は地元で有名な進学校に入学した。
けれど、ここでの生活は今までとは違った。先ず、周りの奴の我が強く、俺の下につこうとする奴が中々現れなかった。とはいえ、そこは俺、一年もすれば周りには仲間がいた。問題はこの後、俺の気に食わない奴が勝手に死んじまったことだ。
そのせいで、学校に警察が押し入り、俺も事情を聴かれる羽目になった。白を切りとおすことは出来たが、そこでやり過ぎれば面倒なことになると知った。
とはいえ、それは学び。証拠を掴めなかった警察は「お前みたいな奴は社会で必ず痛い目を見る。」なんて負け惜しみを言ってきやがったが、実際はどうだ?大学で始めたdotubeでも俺は成功をおさめ巨額の富を手に入れた。
そう、何もかもが俺の思い通りに行っている。
そう、だから、だから――、
「悪いが、俺達の仕事はここまでだ。撤収させて貰う」
こんな筈はないのだ!!
「おい!ちょっと待て。撤収するってどういうことだ!?」
こっちは高い金払って雇ってやってるんだぞ!!
「あ~、悪い。リーダーが駄々こねちまって。」
駄々、駄々だとそんな幼稚な理由でこの俺の依頼を反故にするつもりか!!
「おう、侵入者共は俺がいずれ倒すから手を出すなってよ」
そんな、そんな理由で?
「お、お前、それ本気で言ってるのか!ここで侵入者を見逃せば紅の狼の名に傷が付くんだぞ!」
「いや、ほんとリーダーには困ったもんだ。ま、あんたも気の毒だけどよ。今まで散々悪事に手を染めて来たんだろ?年貢の納め時って奴なんじゃねぇか?」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!くだらない理由で俺の依頼を反故にしたかと思えば、腹の足しにもならない善悪論だと!?この俺がそんなもので破滅するとでも言うのか!?
あらゆる難局を溢れ出る知性と度胸で乗り越えてきたこの俺が!?
あり得ない。あり得ない。あり得ない!!
そうだ。この難局も乗り越えて俺はアイツらに復讐してやる。
俺のことを舐めて、裏切りやがった傭兵共に。あいつらが侵入者の対処に必要だというからVIP共を宥めてこの競技区画北地区に押し留めてやったというのに、その俺の慈悲すらもこいつらは無駄にしやがったのだ。許せることじゃない。
俺がそう思っている間にアイツらは撤収作業を終えてこの場から去っていく。
そして、入れ代わるように死神がやってきた。
「どうやら、事態はボクに都合の良いように動いたみたいだ」
背の高い美男子。俺も整形などをしてそこそこ顔は整えているが、この男はまぁそれ以上と言ってもいいだろう。
そいつが俺へと銃口を向けてくる。警備兵共が持っているような大ぶりなものじゃなく、持ち運びのしやすいハンドガンだ。
「一応、君のことは殺すつもりなんだけど、一つ質問に答えてくれれば気が変わるかもしれない」
見え透いた罠。尋問のテンプレート。話した所で殺されるのが関の山。だが、話し合いのテーブルにつかせられるのは悪くない。
「何について知りたいんだ?」
「林魔十郎について知っていることを全部話せ」
林魔十郎。その名は当然知っている。この日本において、有数の資産家の一人。だが、残念ながら俺の支援者の中にその名は無い。
ただ俺の支援者、つまりVIPの中に林魔十郎と繋がっている人間は何人かいる。だから、噂程度なら幾つか耳に入ってくる。
例えば
「人体実験をしてるって話は聞いたことがあるな。何でも時輪の秘術を蘇らせる、とかなんとか。後はさっき出た時輪?って一族を探してるって話は聞いたことがあるな」
「…成程、他には?例えば人体実験の場所とか、林魔十郎の居場所でもいい。何か知らない?」
「いや、悪いが、何も知らない。」
「嘘ついても意味ないけど。本当に何も知らないの?」
「ああ、誓って嘘じゃない」
俺は真摯に答えてやってるいうのに、死神は俺の足を撃ってきやがった。
「ッ、本当だ!何も知らない」
「…そう。分かった。じゃあもう死んで良いよ」
「ちょっと待て!」
「どうしたの?命乞いなら聞かないけど?」
「いや、命乞いなんかじゃない。…いや、少し違うな。もしかしたら命乞いに聞こえるかもしれないが、俺は本心から今回の件を反省している。というよりも、もう俺に挽回する札はない。だから、お前が俺を警察に突き出すというのなら俺は甘んじて司法の裁きを受けよう」
司法の場に持っていけば、弁護士が何とかしてくれる。俺には頼れる支援者もいる。上手く揉み消して――、
「悪いけど、君を司法に預ける気はない。何故なら、司法が正義なんじゃない、ボクが正義なんだ。」
格好つけじゃなく、本心からそう思っているのだろう。奴の瞳には迷いが無かった。
…クソっ、イカれた偽善者か。だが、それならそれでまだ手はある。俺はポケットからこういう時の為に用意していたスイッチを取り出す。
「そうか、だが、俺がこのスイッチを押せばこの建物は崩落する。そうすればお前も俺も生き埋めだ。お前も死にたくはないだろ?取引だ。俺を見逃し、ここから出ていくのなら俺はこのスイッチを押さない。仮にお前が――」
そこまで口にしたところで発砲音がなる。それと同時にスイッチを持っていた手に激痛が走る。よく見れば撃ち抜かれてどくどくと血が溢れ出している。
痛みで、スイッチも落としてしまった。不味い俺の交渉材料が。
俺は残った手でスイッチを拾おうとしたが、それよりも早く、偽善者がスイッチを拾ってしまう。
不味い。非常に不味い。
このまま、スイッチを壊されたら、俺の命は――、
「はっ?」
思わず、口から惚けた声が出る。だが、それも仕方がない。
だって、あのイカれた偽善者――
「…押しやがった。それ、本物なんだぞ!?脅しじゃない。押しちまったら、本当にこの施設は崩落する!お前死にたいのか!?」
「死にたい訳ないだろ?単純に脱出の手段を用意しているだけさ。
ああ、素敵なプレゼントをありがとう。お陰で君を殺した後に一人ずつVIP共を殺して回る手間が省けたよ。」
そう言うと、イカレ野郎は俺のこめかみに銃口を当てて、引き金を引いた。
衝撃と共に、どんどんと頭が回らなくなる。
嘘だろ?どんな苦境も打破してきたこの俺が?常に遍く全ての中心にいたこの俺が?
こんな呆気なく死ぬのか?
今まで不幸なことなんて一つも無かっただろ?やり過ぎて罰が当たったことなんて無かっただろ?dotuberとしてその他の有象無象とは比べ物にならない程の巨額だって手に入れた。何処でだって俺は通用したのだ。
なのに、なのに、こんな、呆気なく、ただ、ゴミを捨てるみたいに作業的に殺されるのか?
嘘だろ?なぁ嘘って言ってくれよ。
誰か?
あれ?
なんで、俺の周りに誰もいないんだ?
☆☆☆
大きな音共に建物が揺れる。ホテルで作業をしていた左近は思わず外を確認する。
爆発物が使われた形跡はない。ならば今のは何の音だろうか?
同じくホテルの中で作業をしている人々も不安から顔を見合わせていた。
すると、近くにいた米太郎がこの場にいる全員に聞こえるように声を張り上げる。
「皆!縫ったカーテン、結んだカーテンを持って外に出よう」
そう、先程まで左近たちはカーテンを縫う係と結ぶ係に別れて作業をしていたのだ。この作業が何の役に立つのかさっぱり分からなかったが、左近が戻ってきたころにはホテルでの戦闘が終わっていたため、左近もカーテンを結ぶ係として作業を手伝っていた。
米太郎の指示に従い外に出ると、地下施設の中央が崩れて太陽光が入ってくる。状況を正確に把握出来ていないが、先ほどの爆発と言い、何か不味いことが起こっているのは確かだ。
そう思っていると米太郎は結んだカーテンを体に巻く様に支持を出す。先ほどから何がしたいのか分からない。けれど、次の指示で左近も米太郎のしようとしていることに予想が付いた。
「縫ったカーテンは僕が預かっているので、指示を出したら、皆さんもカーテンを掴んでください」
まさか、いや、そんなこと出来る筈…。
左近が一人頭を悩ませていると、蓮がやって来る。目的は果たせたのだろうか?
「準備は出来てるかい?米太郎」
「うん、そっちは?」
「サン☆ボーイは倒せたよ。けど…」
「蓮君の言う通りだったね。」
「ああ、やはりサン☆ボーイは自爆用の仕掛けをこの地下施設に施していた。」
彼らはそれだけ話すと、カーテンを自分の体に巻き付けた。
そして、周りを見渡し、全員がカーテンを巻き付け終えたのを確認すると――轟音が辺りに響く。
先程までは地に足を着けていた筈なのに猛烈な浮遊感と共に景色が切り替わった。流石に地上までは届かないが、下を見れば先ほどいたホテルと同じくらいの高さに達していることが分かる。
これは――
「米太郎の秘術。浮上鼯鼠。可燃性のガスを腹に溜めて肛門から凄い勢いで噴射する秘術だよ」
「そうなのか…いやまて?可燃性?」
「そう、可燃性さ、だからこの秘術はまだ完成していない」
蓮がそう言うと同時、米太郎はマッチを擦るとそのまま、マッチを下に放る。
次の瞬間、地下施設のホテル区画北地区全域に渡り、火の手が上がる。いや最早これは火の津波だ。
仮にあそこに人がいれば消し炭になっていることだろう。それだけの熱気と勢いを遠くに居ても感じ取ることが出来た。
「成程のう、予想以上じゃ」
思わず言葉が零れる。自分に勝てると豪語するだけはある威力。というか、普通にこの秘術から逃れられる忍なんていないだろう。
左近が米太郎の秘術の威力に気を取られていると、米太郎がカーテンを掴むように指示を出した。
それに従い殆どの人間がカーテンを掴む。
突如生まれた熱波により、上昇気流が発生し、それをカーテンが受け止めることにより左近たちの体を空高くへと持ち上げていく。
左近たちは瞬く間に地下を飛び出し、地上の、それも遥か高くへと到達する。
「すごいすごい!飛んでるよ」
子供の無邪気な声が聞こえてくる。
…確かにこれは見事だ。
「蓮、米太郎。お主たちはこの後どうするんじゃ?」
「ん?ボクたちは捕まってた人を一端忍術協会で保護するよ」
「…そうか、儂はやることがあるからここで失礼する」
米太郎は自身に巻き付いているカーテンを解くとむささびの術で実家へと帰っていく。この後やらなくてはならないことが出来たのだ。
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地下施設での出来事から数日が経過した。
蓮と米太郎はいつも通り、学校に登校して他の生徒たちと共に教師が来るのを待っている。現在の時刻は8時10分ホームルームの前だ。
すると、何時もよりも早く教師が教室へと入ってくる。ゲームをしていた生徒が急いでゲーム機を机の下に隠した。
教師はその生徒をちらりと横目で見るが咎めたりはしない。授業中でないため大目に見てくれたようだ。教師はそのまま教壇に上がると生徒たち全員に視線を向ける。
「お前たち、実は今日この学び舎に仲間が増える。ゲームなどに現を抜かしていると直ぐに差をつけられてしまうから気を引き締めろよ!
入っていいぞ」
教室の扉が開けられる。そして――
「雷電左近じゃ。よろしくの!」
左近が教室へと入って来た。




