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【眼鏡が本体】ただいま貸し出し中。中身は俺の親父(魂入り)なので異世界でも説教が止まりません。

作者: 月白ふゆ

異世界に召喚されたのは──父親の眼鏡でした。


神器扱いされた黒縁眼鏡、その中には父の魂。

めちゃくちゃサポートしてくれるけど、口うるさいのも全部リアル父親そのまんま。

戦闘、買い物、恋愛、ぜんぶに口を挟んでくる。


そんな“眼鏡オヤジ”を、ある日他人に貸し出すことになったんですが──

当たり前のように中身もフル稼働。

結果、説教・分析・謎の好感度評価が止まらない一日になりました。


父が“道具”になっても、親子はやっぱり親子です。

少し騒がしくて、少し不器用で、でもちょっとだけ優しい物語をどうぞ。




 異世界に来て半年。

 父親の魂が宿る眼鏡を装備したまま、俺は今日もクエストの報酬交渉に失敗した。


「光太、お前な。値切るときはまず相手の目を見ろ。それから間を置いて──」


「うるっせえ! 交渉中に口出しすんなって言ってんだろ!」


 交渉相手のギルド員が苦笑いしてる。そりゃそうだ、急に独り言でキレ出す16歳とか完全にヤバいやつだ。


 俺はバンと机に置いていた眼鏡を外し、テーブルに投げた。


「もー無理。今日は外す。今日だけ絶縁だ!」


「光太ァ! メンタル的にお前は補助輪が必要なんだって! 外すな! 置くな!」


「補助輪って言うな、父親が!」


「……ああもう、頭いてぇ……」


 



 


 俺の名前は日比野光太。

 高校生だったが、父親と共に異世界に召喚された。


 ……いや、正確には「父親の眼鏡」と共に、だ。

 召喚陣に現れたのは、父さんの愛用してた黒縁眼鏡で。

 しかも中から「おい光太!」って声がして。

 ほんとに眼鏡の中に、親父の魂が入ってた。


 そしてこの世界のルールはぶっ壊れていて、「魂を宿した道具」は“知性型レリック”として認識される。

 結果として、俺のオヤジは“神器級のしゃべる眼鏡”として扱われている。


 性能はバケモノだ。

 視界情報を戦術解析、敵の動き予測、アイテムの鑑定、記憶の再生……。

 だけど問題は──


「光太、それ汚れてるぞ。鼻パッドのとこ、ちゃんと拭いたか?」

「おい、さっきの娘。悪い子じゃなさそうだな。親としては応援したい」


 ──うるせぇんだよ。全部に口出ししてくる。

 親バカフィルター越しの助言なんて、マジで集中できない。


 



 


「光太……それ、外しても大丈夫なの?」


 控室で腕組んでいたのは、俺の仲間──セリナ。

 魔法剣士で、いろんな意味でめんどくさい。


「外したままだと、視界がほんのり霞む。ついでに、うるさい声もしないから平穏が訪れる」


「……あの声、けっこう好きだったけど」


「は?」


「じゃ、私がつけてみていい?」


 え。今、なんて?


「……ちょ、ちょっと待って! お前が俺のオヤジ装備してどうすんだよ!」


「興味あるじゃん。『神器級レリック』って言われてるし。戦闘中だけね」


 そして──セリナはあっさり、眼鏡を装着した。


 黒縁がそのまま彼女の整った顔にフィットする。意外と似合ってて悔しい。


「おいおい、急に視界が狭くなったぞ……って、誰だお前! 女子か!?」


 出た。即反応するオヤジ。


「えっと……はじめまして。セリナです。光太くんのパーティの……まあ、なんというか……」


「光太の……なんだ? 言ってみ? 父さん聞くから」


「いや……そ、そんなんじゃないです!」


 なんだこの地獄空間。


 



 


 数時間後。


 ──セリナ、無言で眼鏡を外す。


「……疲れた」


「……だよな」


「戦闘サポートは確かにすごい。でも、ずーっと話しかけてくるんだもん……しかも、“光太ならここで斬ってるぞ”とか、ずっと息子基準で見てくるの。変なプレッシャーだった」


「それが日常なんだよ……俺の……」


 正直、ちょっとスカッとした。

 俺以外の人間にもオヤジのめんどくささを味わってもらえたのは、なんか仲間ができた気がして。


 でも、眼鏡を静かに机に戻すセリナの表情は、どこか名残惜しそうでもあった。


「……なんか、あれだね」

「ん?」


「ちゃんと“見ててくれる”って、いいもんなんだね」


 ──それを聞いて、少しだけ俺の胸がチクリとした。


 



 


 それからしばらくして、

 俺は魔導学院跡地にある小さな書庫に来ていた。


「……貸してほしい?」


 俺の前にいるのは、レーネ=アークライト。

 元レリック研究者で、今は半ば隠居中の知性派お姉さん。


「興味があります。彼の構造と──それから、彼そのものに」


「構造って言うな。魂だぞ、親父の」


「ふふ……安心して。あなたの大切な家族を、モルモットにはしないわ」


 そう言って、彼女はゆっくりと眼鏡を持ち上げ、装着した。







「おお……これは……なるほど。視覚共有、魔素感知、空間予測……。噂に違わぬ高性能ね」

   レーネ=アークライトは、眼鏡を装着したまま、静かに周囲を観察していた。

 眼差しは冷静で、しかしその奥には明らかな興奮がある。まるで希少な魔導遺物を手にした学者のような、そんな輝き。


「な、なんか……大丈夫か?」

 俺はソファの隅で縮こまりながら尋ねた。

 レーネと父──いや、眼鏡が会話しはじめてから、もう二十分は経っている。にもかかわらず、俺の挟まる余地はゼロだ。


「……おい、光太。こいつ……いや、このレディ、すごいぞ。説明しなくてもこっちの意図を先読みして話してくれる」

「たぶん、父親として生まれてから初めて“話の通じる大人”に出会ってるんだろうな……」


 レーネは苦笑交じりにレンズを軽く押し上げた。


「あなた、“視る”という行為に、随分とこだわってるわね」

「そりゃあな。人間、目で判断することが多いだろ? 本音も、嘘も、目に出るんだ」

「……でも、あなたの“目”は他人を見つめるためじゃなくて、“息子を守る”ために開いてる気がする」

「……っ」


 オヤジ(眼鏡)が、言葉を止めた。


「あなたは、見ることに固執しすぎてる。全部を見ようとしてる。でもね、時には……見ないことも大事なのよ」

「それは……どういう……」

「息子の未来は、あなたの視界の外にある。あなたは今、その端っこに立ってる。それだけで、十分じゃない?」


 沈黙が降りた。

 いや、違う。

 眼鏡の奥から──“オヤジの息遣い”が、聞こえた気がした。


 



 


「……なあ、レーネさんよ」

「なに?」

「俺は、ただの眼鏡だ。肉体もなけりゃ、手も声も触れられねえ。どうして……そんなふうに、俺に向き合ってくれるんだ?」


 レーネは少しだけ視線を落とし、それから――小さく笑った。


「“魂が宿った遺物”なんて、いくつも見てきた。けれど──あなたほど、人間らしい存在は見たことがない」

「……俺が?」

「そう。あなたは、人間らしすぎる。“親”という存在であることに、あまりに真っ直ぐすぎて。ちょっと、不器用で、誠実で」


 そして、彼女はごく自然に口にした。


「そんなあなたが、“誰かの大切な人”じゃなかったとしても。

 私は──たぶん、惹かれていたと思う」


 



 


「……ただいま」


 部屋に戻ってきた俺は、その空気に一瞬で気づいた。

 レーネが眼鏡を外して手渡してくる。

 オヤジが、何かを言いたげに沈黙してる。


「なんか……変なこと、言ってなかった?」

「ええ。変なことしか、言ってなかったわ」

「うわ、マジかよ……」


 俺は手の中の眼鏡を、そっと見つめた。


 この世界に来てから、ずっと一緒だった存在。

 喧嘩もしたし、邪魔だと思ったこともある。

 けれど──


「おかえり、光太」

「……ただいま、親父」


 ──こいつが居てくれて、よかったと思う。


 



 


 別れ際、レーネが俺に尋ねた。


「……ねえ、光太くん」

「ん?」

「また、“彼”を、貸してもらってもいいかしら?」

「……は?」


「研究じゃないの。ちょっと……彼と話がしたくて」


 その言葉に、眼鏡が震えた気がした。

 気のせいじゃない。俺の手の中の“親父”が、明らかに動揺してる。


「な、なんなら俺も行くけど?」

「あなたがいると、彼、照れるのよ」


 そう言って、レーネは微笑んだ。


 



 


 帰り道。

 俺は、眼鏡をかけながら言った。


「なあ、親父。……お前、惚れた?」

「うるせえ。口に出すな。恥ずかしいだろうが」

「いやいや、魂だけのくせに赤くなってんじゃねーよ」

「黙れ息子」


 俺は笑った。

 空は、いつもより少しだけ明るく見えた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


「神器として召喚された眼鏡の中身が父親」

という一発ネタみたいな発端から、

“しゃべる眼鏡”を貸し出したらどうなるかを描いてみた読み切り短編でした。


うるさい、でも離れがたい。

そんな父親が、道具の姿で息子や周囲と関わっていく中で、

ちょっとだけ“個人”として向き合ってもらえる瞬間があったなら──

それだけで、この話は十分だったのかもしれません。


またどこかで、“眼鏡の中身”が出しゃばる物語が書けたらと思います。

感想・評価など、もしお気に召しましたらお寄せくださいませ。


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