【眼鏡が本体】ただいま貸し出し中。中身は俺の親父(魂入り)なので異世界でも説教が止まりません。
異世界に召喚されたのは──父親の眼鏡でした。
神器扱いされた黒縁眼鏡、その中には父の魂。
めちゃくちゃサポートしてくれるけど、口うるさいのも全部リアル父親そのまんま。
戦闘、買い物、恋愛、ぜんぶに口を挟んでくる。
そんな“眼鏡オヤジ”を、ある日他人に貸し出すことになったんですが──
当たり前のように中身もフル稼働。
結果、説教・分析・謎の好感度評価が止まらない一日になりました。
父が“道具”になっても、親子はやっぱり親子です。
少し騒がしくて、少し不器用で、でもちょっとだけ優しい物語をどうぞ。
異世界に来て半年。
父親の魂が宿る眼鏡を装備したまま、俺は今日もクエストの報酬交渉に失敗した。
「光太、お前な。値切るときはまず相手の目を見ろ。それから間を置いて──」
「うるっせえ! 交渉中に口出しすんなって言ってんだろ!」
交渉相手のギルド員が苦笑いしてる。そりゃそうだ、急に独り言でキレ出す16歳とか完全にヤバいやつだ。
俺はバンと机に置いていた眼鏡を外し、テーブルに投げた。
「もー無理。今日は外す。今日だけ絶縁だ!」
「光太ァ! メンタル的にお前は補助輪が必要なんだって! 外すな! 置くな!」
「補助輪って言うな、父親が!」
「……ああもう、頭いてぇ……」
*
俺の名前は日比野光太。
高校生だったが、父親と共に異世界に召喚された。
……いや、正確には「父親の眼鏡」と共に、だ。
召喚陣に現れたのは、父さんの愛用してた黒縁眼鏡で。
しかも中から「おい光太!」って声がして。
ほんとに眼鏡の中に、親父の魂が入ってた。
そしてこの世界のルールはぶっ壊れていて、「魂を宿した道具」は“知性型レリック”として認識される。
結果として、俺のオヤジは“神器級のしゃべる眼鏡”として扱われている。
性能はバケモノだ。
視界情報を戦術解析、敵の動き予測、アイテムの鑑定、記憶の再生……。
だけど問題は──
「光太、それ汚れてるぞ。鼻パッドのとこ、ちゃんと拭いたか?」
「おい、さっきの娘。悪い子じゃなさそうだな。親としては応援したい」
──うるせぇんだよ。全部に口出ししてくる。
親バカフィルター越しの助言なんて、マジで集中できない。
*
「光太……それ、外しても大丈夫なの?」
控室で腕組んでいたのは、俺の仲間──セリナ。
魔法剣士で、いろんな意味でめんどくさい。
「外したままだと、視界がほんのり霞む。ついでに、うるさい声もしないから平穏が訪れる」
「……あの声、けっこう好きだったけど」
「は?」
「じゃ、私がつけてみていい?」
え。今、なんて?
「……ちょ、ちょっと待って! お前が俺のオヤジ装備してどうすんだよ!」
「興味あるじゃん。『神器級レリック』って言われてるし。戦闘中だけね」
そして──セリナはあっさり、眼鏡を装着した。
黒縁がそのまま彼女の整った顔にフィットする。意外と似合ってて悔しい。
「おいおい、急に視界が狭くなったぞ……って、誰だお前! 女子か!?」
出た。即反応するオヤジ。
「えっと……はじめまして。セリナです。光太くんのパーティの……まあ、なんというか……」
「光太の……なんだ? 言ってみ? 父さん聞くから」
「いや……そ、そんなんじゃないです!」
なんだこの地獄空間。
*
数時間後。
──セリナ、無言で眼鏡を外す。
「……疲れた」
「……だよな」
「戦闘サポートは確かにすごい。でも、ずーっと話しかけてくるんだもん……しかも、“光太ならここで斬ってるぞ”とか、ずっと息子基準で見てくるの。変なプレッシャーだった」
「それが日常なんだよ……俺の……」
正直、ちょっとスカッとした。
俺以外の人間にもオヤジのめんどくささを味わってもらえたのは、なんか仲間ができた気がして。
でも、眼鏡を静かに机に戻すセリナの表情は、どこか名残惜しそうでもあった。
「……なんか、あれだね」
「ん?」
「ちゃんと“見ててくれる”って、いいもんなんだね」
──それを聞いて、少しだけ俺の胸がチクリとした。
*
それからしばらくして、
俺は魔導学院跡地にある小さな書庫に来ていた。
「……貸してほしい?」
俺の前にいるのは、レーネ=アークライト。
元レリック研究者で、今は半ば隠居中の知性派お姉さん。
「興味があります。彼の構造と──それから、彼そのものに」
「構造って言うな。魂だぞ、親父の」
「ふふ……安心して。あなたの大切な家族を、モルモットにはしないわ」
そう言って、彼女はゆっくりと眼鏡を持ち上げ、装着した。
*
「おお……これは……なるほど。視覚共有、魔素感知、空間予測……。噂に違わぬ高性能ね」
レーネ=アークライトは、眼鏡を装着したまま、静かに周囲を観察していた。
眼差しは冷静で、しかしその奥には明らかな興奮がある。まるで希少な魔導遺物を手にした学者のような、そんな輝き。
「な、なんか……大丈夫か?」
俺はソファの隅で縮こまりながら尋ねた。
レーネと父──いや、眼鏡が会話しはじめてから、もう二十分は経っている。にもかかわらず、俺の挟まる余地はゼロだ。
「……おい、光太。こいつ……いや、このレディ、すごいぞ。説明しなくてもこっちの意図を先読みして話してくれる」
「たぶん、父親として生まれてから初めて“話の通じる大人”に出会ってるんだろうな……」
レーネは苦笑交じりにレンズを軽く押し上げた。
「あなた、“視る”という行為に、随分とこだわってるわね」
「そりゃあな。人間、目で判断することが多いだろ? 本音も、嘘も、目に出るんだ」
「……でも、あなたの“目”は他人を見つめるためじゃなくて、“息子を守る”ために開いてる気がする」
「……っ」
オヤジ(眼鏡)が、言葉を止めた。
「あなたは、見ることに固執しすぎてる。全部を見ようとしてる。でもね、時には……見ないことも大事なのよ」
「それは……どういう……」
「息子の未来は、あなたの視界の外にある。あなたは今、その端っこに立ってる。それだけで、十分じゃない?」
沈黙が降りた。
いや、違う。
眼鏡の奥から──“オヤジの息遣い”が、聞こえた気がした。
*
「……なあ、レーネさんよ」
「なに?」
「俺は、ただの眼鏡だ。肉体もなけりゃ、手も声も触れられねえ。どうして……そんなふうに、俺に向き合ってくれるんだ?」
レーネは少しだけ視線を落とし、それから――小さく笑った。
「“魂が宿った遺物”なんて、いくつも見てきた。けれど──あなたほど、人間らしい存在は見たことがない」
「……俺が?」
「そう。あなたは、人間らしすぎる。“親”という存在であることに、あまりに真っ直ぐすぎて。ちょっと、不器用で、誠実で」
そして、彼女はごく自然に口にした。
「そんなあなたが、“誰かの大切な人”じゃなかったとしても。
私は──たぶん、惹かれていたと思う」
*
「……ただいま」
部屋に戻ってきた俺は、その空気に一瞬で気づいた。
レーネが眼鏡を外して手渡してくる。
オヤジが、何かを言いたげに沈黙してる。
「なんか……変なこと、言ってなかった?」
「ええ。変なことしか、言ってなかったわ」
「うわ、マジかよ……」
俺は手の中の眼鏡を、そっと見つめた。
この世界に来てから、ずっと一緒だった存在。
喧嘩もしたし、邪魔だと思ったこともある。
けれど──
「おかえり、光太」
「……ただいま、親父」
──こいつが居てくれて、よかったと思う。
*
別れ際、レーネが俺に尋ねた。
「……ねえ、光太くん」
「ん?」
「また、“彼”を、貸してもらってもいいかしら?」
「……は?」
「研究じゃないの。ちょっと……彼と話がしたくて」
その言葉に、眼鏡が震えた気がした。
気のせいじゃない。俺の手の中の“親父”が、明らかに動揺してる。
「な、なんなら俺も行くけど?」
「あなたがいると、彼、照れるのよ」
そう言って、レーネは微笑んだ。
*
帰り道。
俺は、眼鏡をかけながら言った。
「なあ、親父。……お前、惚れた?」
「うるせえ。口に出すな。恥ずかしいだろうが」
「いやいや、魂だけのくせに赤くなってんじゃねーよ」
「黙れ息子」
俺は笑った。
空は、いつもより少しだけ明るく見えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
「神器として召喚された眼鏡の中身が父親」
という一発ネタみたいな発端から、
“しゃべる眼鏡”を貸し出したらどうなるかを描いてみた読み切り短編でした。
うるさい、でも離れがたい。
そんな父親が、道具の姿で息子や周囲と関わっていく中で、
ちょっとだけ“個人”として向き合ってもらえる瞬間があったなら──
それだけで、この話は十分だったのかもしれません。
またどこかで、“眼鏡の中身”が出しゃばる物語が書けたらと思います。
感想・評価など、もしお気に召しましたらお寄せくださいませ。