第二十七話 二人だけの秘密
教室の窓から、柔らかい陽が差し込んでいた。
カリナが机に突っ伏しながら「……アル、ねえ、結局どうなったのよ、あの魔獣」と口を開いたのは、三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った直後だった。
「ん? ああ、朝のやつか?」
「そう、それ。朝から遅刻ギリギリで走ってきたかと思えば、服、土だらけだったじゃない。何があったの?」
「まー、ちょっと家が荒れただけ。魔獣が迷い込んでさ。父さんが仕留めたから平気だったけど。」
「……さらっと言ってるけど、家に魔獣って、普通にやばいわよ、怪我は? 家は無事?」
「俺は無事。母さんは少しびっくりしてたけど、父さんがいたからすぐに終わったよ。屋根がちょっとだけ壊れたけど、修復魔法で直した。」
「もう……あんたの家、いっつもなんかドラマチックね」
そう言いながら、カリナはほっとしたような笑みを浮かべた。
「てか魔獣がなんで家にくるのよ…」
「え?魔獣の匂い消すの忘れてた。」
「…..ばっかじゃない!そんな事も知らなかったの?」とニコニコ笑っている。
な、なんだよ。知らなかったんだ。俺は悪くない。うんうん。。。
ごめんなさい。
隣で話を聞いていたノエルも、興味ありげに眉を上げる。
「魔獣って……どんなやつだったの? 」
「うーん、見た目はイノシシっぽいけど、背中に棘があって突進してくるタイプ。威嚇の咆哮もあったから、近所には響いてたかもな」
「……ほんとに、あんたの日常って異常だわ」
カリナが呆れたように目を細める。だが、その瞳にはどこか安心の色が浮かんでいた。
ノエルが興奮気味に言った。
「私なら絶対逃げてる……というか、戦うとか無理だし! カリナはどう? ああいうの来たらさ」
「私? ふん、さすがに家に侵入されたら戦うでしょ。この剣でボコボコにしてやるわ」と腰に隠していた剣を出す。
おいおい。剣まだ持ってる事バレたら怒られるぞ。
「カリナちゃん!そんなもの持ってたらだめです。没収です」とエレナ先生に没収された。
「え、えぇー!」しょんぼりとなってるカリナだった。
「俺と一緒に後で謝りに行こう。」
「うん。」
実に素直だった。
ーー
さっきの話に戻る。
「カリナってまず寝起き悪いから朝起きれないでしょ?。絶対布団にくるまって震えてるよ」
「はあ!? あんたそれ、朝の私を知ってる前提で言ってる!?」
わいわいと賑やかに笑い声が飛び交う。
アルはふと思う。いつこの二人が仲良くなったのだろうと。
横目でカリナを見る。
この場にはノエルもいた。
自分の中にある魔力の構成。
“構成魔法”という、今の段階では誰にも知られていない力。
その力のことを、話すなら……今はカリナだけでいい。
机の下でそっと手を握る。
自分だけの秘密。
放課後になれば、少し時間がとれるはず。
そのときに話そう。
信じてもらえるかは分からないが、試してみたいと思えた。
カリナなら、きっと。
ーー放課後
俺が先頭にたち、カリナとノエルの二人が俺を囲むように屋上を歩いていた。
カリナが口を開きかけたそのとき、アルは静かに言った。
「……今から話したい事、カリナにだけ話すよ」
ふいに空気が変わった。ノエルが目を丸くしてアルを見つめる。
「え? あたしにはダメなの?」
「……ごめん。でも、今はまだ。ノエルは安全な所にいた方がいい。」
そう言って、アルは正直にノエルに頭を下げた。
ノエルは少し唇を尖らせて、えっ?っていう顔をしていたが、やがてため息をついて肩をすくめた。
「しょうがない。……カリナ、しっかり話聞いてあげて」
そう言って、ノエルはその場を立ち去った。校舎の屋上に吹く風が、少しだけ柔らかく感じられる。
ふたりきりになった屋上。カリナは緊張した面持ちでアルの前に立っていた。
「なんか、すごく大事な話みたいだね……」
「うん。実は俺、“構成という魔法”が使えたじゃん?」
その瞬間、カリナの表情が一変する。眉をひそめ、目を大きく見開いた。
「構成、あの凄い能力でしょ。ずるいわよ。でも」
「そう。でも俺が使えるのは、まだ序盤の序盤。思うような事は出来ない。例えば石の剣を鉄の剣みたいなことはまだ出来ない。」
アルはポケットから取り出した小さな木片を、手のひらに乗せた。そして、そっと目を閉じる。
「構成、展開」
風が揺れる。木片が淡く光ったかと思うと、みるみるうちに形を変えていく。木の指輪、羽根ペン、小さな玩具の馬……次々と形を変えながら、最後には元の木片へと戻った。
「……すご」
思わずカリナが呟いた。
「これ、俺が組み上げた“構成魔法式”で作ってる。魔導具もない、杖もない。魔力と頭だけで形にしてるんだ」
「頭だけで……構成してるの?」
「そう。頭で創造する。そしてその創造したものを浮かべながら元となる材料に魔力を込めると変化する」
「思ってたよりすごいわね…それ、他の人にも言わないの?」
アルは首を横に振った。
「言ったらきっと、研究対象になるかも、誰かに狙われるかも」特に魔王のやつらだ。もしこの能力が呪いであるなら、神聖派と異端派どちらとも関係を持つことになる。今はそんな危険は避けたい。
「もしかしたら、もっとひどいことになるかもしれない。だから隠そうって思ったんだ。ノエルは他の理由だ。俺のために巻き込むのは違うと思った。ただそれだけだ。」
しん、と風の音が消えたような気がした。
カリナは数秒沈黙し、それから真っすぐアルを見つめた。
「なんで……私にだけ話してくれたの?」
その問いに、アルは迷いなく答えた。
「……信じられると思ったから。君が、正面から向き合ってくれそうだったから。後気が合いそうだったから。」
カリナの顔が、ふいに真っ赤になる。
「なっ、な、な……! あ、あんた、そういうのは反則よ!」
「え? 何が?」
「そ、そういう、真顔で言われると……もう……!」
ぷいっと顔をそむけたカリナは、少しだけ笑っていた。
あ、考えてみて分かった。俺がどれだけ恥ずかしい事を言ったのかを。
二人は顔を赤く染めながら、無言という気まずいままそれぞれの家へ帰宅した。
途中、カリナがありがと…とぼそって言っていた。が俺は恥ずかしさのあまり話す事ができず、家に帰って枕に顔を埋めていた。
今回の話では、アルの日常と、非日常の狭間にある“秘密”をテーマに描きました。
朝の魔獣事件という非現実的な出来事や。
秘密誰かに話すこと——特にカリナという存在を選んだことは、アルにとって大きな意味を持っていると思います。
カリナは、アルの世界を一歩深く知る重要なキャラ。
この先、彼女とアルの間にどんな物語が描かれていくかも、ぜひ楽しみにしていてください。
では、次回へまた会いましょう!