第二十五話 冒険の扉が静かに開く
ダンジョン最深部。
そこは意外なほど静かだった。
湿った空気に満ちた地下の奥、苔むした石壁が淡い光に照らされ、床には崩れた装飾品の破片が散らばっている。まるで誰かの失われた王国の残響。だが今、その静寂を踏み鳴らす足音が二つあった。
「……案外、あっさり来れたね」
カリナがポニーテールを揺らして振り返る。額に汗を浮かべてはいるが、その目には明らかな余裕があった。
「うん。初級って言われてたの、伊達じゃないかも」
アルも頷く。実際、これまでに遭遇した魔物は数も少なく、質も高くなかった。ゴブリンに毛が生えた程度のものばかりで、アルの魔法とカリナの剣術で難なく突破できていた。あいつは強かったけど。
アルはなんとなく違和感を覚えていた。
拍子抜けするようなこの展開。それが逆に、最後の部屋に何かがあるという予感を強くさせた。
灯火の魔法を浮かべながら前を見つめていた。目の前には重々しい扉。装飾こそないが、圧倒的な魔力の壁が感じられる。
「……どうする? ちょっと休憩してから入る?」
「いや、今が集中してる。行こう」
「アル、構えて」
扉の前でカリナが声をかける。アルが小さく頷くと、カリナが思いきり扉を蹴り飛ばす。
――ガンッ!
開いた扉の先。そこにいたのは巨大な岩の魔物だった。
ごろごろと音を立てながら起き上がるその姿は、まるで石像が命を得たようだった。
「ゴーレム……か」
アルは眉をひそめた。魔法が効きにくい敵だ。構造が単純で、魔力の干渉を受けにくい。下手に火球を撃っても、弾かれるだけかもしれない。
「よし、私がひきつける! アルは後ろから!」
「わかった!」
カリナが先に走り出し、ゴーレムの正面に飛び込む。剣を振り抜くが、カン! と高い音が鳴って弾かれる。
アルはその間に周囲を観察していた。
――なにか……できるか?
床に落ちていた石の欠片に触れた瞬間、何かが脳裏に流れ込んだ。
世界が、変わる。
自分が触れた物質。その構造、その性質が手に取るようにわかる。
――いや、これは……感じているんじゃない。“操作できる”!
「……これが、“構成”?」
意識を集中する。
すると、手の中の石の硬度が変化し、滑らかに光る球体へと変わった。さらに集中すると、魔力を通す導線のような紋が刻まれていく。
「……いける!」
アルは作り変えた球体を放り投げる。球体はゴーレムの足元で炸裂し、魔力を攪乱する煙が広がった。
その隙を突いて、カリナが胴体に渾身の一撃を叩き込む。石肌がひび割れ、ついにゴーレムは崩れ落ちた。
――勝った。
「やったーーーっ!」
カリナが跳ねるように喜ぶ。大きな瞳を輝かせ、全身で嬉しさを表現していた。
「いやあ、初級ダンジョンとはいえ、結構手こずったね……アル、あんたの今の何? 煙玉?」
「……違う。たぶん、“構成”って能力だと思う。触れたものの形とか、硬さとか、変えられるみたい」
「なにそれ、ずるいわよ。私だって…」
「でも、最後の攻撃のおかげで勝てたんだ。カリナ強いね」
パァーっとカリナには満面の笑みだった。
二人は笑い合う。互いに支え合い、ダンジョンを攻略したという確かな実感がそこにはあった。
そして、その笑顔の裏で――
アルの内側に眠る何かが目を覚そうとしていた。
地上へ戻る石階段。夜風がひんやりと火照った頬を冷ました。カリナは深く息をつき、大剣を肩に担ぐ。
「ねぇ……正直怖かった。でもさ、あんたとなら”特級”も夢じゃない気がしてきた」
「だね。俺も……この力をものにし、英雄を探すそして魔王を倒してもらう。でも英雄を探すには、もっと強くならなきゃ先には進めない。」
カリナがニッと笑い、右手を差し出す。
「じゃあ決まりね。次は中級ダンジョン行くわよ。強くなって、英雄に追いつくんだから!」
アルも手を重ねる。
「ねぇ、アル聞きたいんだけど私達が英雄目指しちゃうのはどう?なれるかどうかじゃなく、本気で目指してみるっていう。」
考えた事がなかった。自分が英雄に?なれるのか?
無理だ。でも
「目指して見るのはいいな。」
「なら決まりね!明日から頑張ろ」
探して家族を守ってもらう他人任せの人生より、俺の手で今の”大切”を守る人生の方が何より自分にとっても幸せだ。もしそれで死んでしまったら?
それはその時だ。もう後悔はしたくない。
「ほら、アル手を合わせて」
「うん」
「これあげる。私のペンダント。
アルにあげる。」
「ありがと」
えっ。なになに。嬉しい。これもしかして俺に惚れた?
「これには私が危ない時赤く光。その時助けてね。」
あ、そういう事では無かったのね。
でも、
「任せてナイトとして、お供するよ。俺はカリナと仲良くなりたい。」
「なにそれ、」
どっちともほんのり赤く頬に熱がこもっていた。
二人の手の中で、構成の魔素がほのかに光った。新しい旅路が始まる合図のように。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
アルとカリナの冒険がこれから始まりますね。
楽しみにしてて下さい。