表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/47

第十四話 辛い時は頼ってもいいんじゃない?

雨が降った日の匂いが、なぜか頭の片隅に残っていた。


この世界では見たことのない“白い歩道”や“信号機”といった。でも、記憶の断片と一緒に、それはふいに浮かんでは消える。

それが夢なのか、昔のことなのか、アルにはもう確かめようがない。


でも、胸の奥でずっと疼いていた。

ほんとうは、あの日、誰かに――「たよりたかった」んじゃないかって。


登校何日目かの朝。

窓の外には青空が広がっていて、どこかしら、昨日とは違う匂いがした。風が変わったのだ。

アルは、朝食の席で静かにスープを飲んでいた。母の言葉を聞き流すふりをしながら、頭のなかでは昨日の教室のことを思い出していた。

(……“たより”、か)

ふと、昨日見つけたあの「ひみつのたより」のことが頭に浮かぶ。

この世界に本当のことってあるのかな、

小さな紙。

誰が書いたのかも、どうして置かれていたのかもわからない。アルの目には、あの紙だけが異様に光って見えた。


学校では、施設の見学も終わり、今日からは本格的な“授業”が始まった。

とはいえ、まだ子どもたちは学ぶというより、遊びや慣れを重視している。

文字の練習、道具の使い方、話すことと聞くこと。ゆっくりと、ゆっくりと。


アルの隣の席では、ノエルがこっそりと指を噛んでいた。

「ねえねぇ、きょうはなにをするのかな?」

「なんだろ」

「……たのしいのがいいね」

「そうだね」

ノエルは少しだけ、笑った。

その笑みは、いつもより少しだけ大人びて見えた。

アル、俺は考えていた。あの紙は何を言いたいのかと。


分からなかった。

でも心の中で、なにかが“ふれる”ような感覚がした。誰かが、過去の自分に触れたような、そんな痛み。


昼過ぎ。

教室の空気が緩み出した頃、突然ノエルが立ち上がり、先生に言った。

「せんせい。アルくん、なんか……さっきから変です」

エレナ先生がゆっくりと歩いてきて、アルをのぞき込む。

「アル? 大丈夫? どこか痛いの?」

彼女の目は、やさしかった。けれど、どこか冷たさがにじんでいた。


アルは、わからなかった。ほんとうに心配しているのか、それとも別の何かを探っているのか。

「……だいじょうぶです」

そう言ったとき、自分の声が誰か他人のように聞こえた。

でも本当に”変な顔”をしてたんだろうな。


放課後。

家までの道を、今日はノエルと歩いて帰ることになった。

夕日が差す道の途中で、ノエルが言った。

「アルくんって、たよりたいときって、ある?」

「……あるよ」

「じゃあ、たよったらいいのに」

その言葉に、アルはふと足を止めた。

“たよりたい”――それは、たよりたくても、たよりれないそれが俺だ。

地球にいた頃、誰にも言えなかった痛み。

この世界で“家族”という形で自分を包んでくれた人たちに、なぜかまだ全部を預けきれないまま。


「……ノエルは?」

「ぼくも、たよりたいよ。ときどき。でも……やっぱり、こわい」

アルは、ノエルの横顔を見た。

不思議と、その気持ちは、まっすぐ伝わってきた。

そして別々の道になる。またねってやつだ。

「じゃあね、アル。明日もいっしょにあそぼうね!」

ノエルが手を振る。


アルは言葉を返せなかったけれど、首をこくんと動かして応えた。

その動きがちゃんと伝わったのか、ノエルは笑顔のまま駆けていく。ランドセルの紐がひょいひょい揺れた。


通学路にはまだ、柔らかい陽が残っていた。

夕焼けには遠く、けれど確かに一日が傾きかけている。足元を追いかける自分の影を見ながら、アルは家へと歩いた。


 ***

「おかえり、アル。今日も元気だった?」

玄関に響いたのは、母のいつもの声。

上靴を脱ぎかけたアルは、一瞬、返事に迷った。でも、思いきって小さく声を出す。

「……うん、ただいま」

「ふふ、おつかれ」

母はエプロン姿のまま笑い、台所から顔をのぞかせた。

たったそれだけなのに、背中にのしかかっていたものが少し軽くなる。

靴を並べて廊下を歩く。

夕飯の香りが鼻をくすぐる。なんだか、懐かしいような匂いだった。

 

***

 

そのころ、学校の職員室では――

エレナ・サリエルが、静かな机にペンを置いていた。

書きかけの書類を伏せるように閉じて、誰もいない窓の外へ視線を向ける。

「……ほんとうに、ただの“こども”なら、どれだけよかったかしらね」

声は誰にも届かない。

けれど、彼女の目の奥には、言葉とは別の熱が灯っていた。

教室の黒板に残った落書き。誰かの悪戯か、それともーー


今日の出来事すべてーー

「あの子の気持ちが、もしも“呪い”と混ざっていたとしたら」

誰にも聞かれないつぶやき。

エレナは立ち上がると、ゆっくりと職員室をあとにした。


その夜。

部屋の灯りを暗くして、机の引き出しを開けると、小さく折られた紙が一枚、入っていた。

たよりたくなるときが、あってもいいんじゃないかな。


誰が入れたのかも、なぜ自分の引き出しに入っていたのかも、わからない。

けれどその文字は、自分の筆跡だった。

アルは、紙をじっと見つめたあと、それをそっと胸元にしまった。

まだすこし、こわい。


もう何度も読んだ言葉。今夜は、少しだけ違う重さで心に沈んだ。

たよりたい。寄りかかりたい。

けれど、できなかった。


――もしもあの頃、もし。

頭の奥がちくりと痛む。

地球での記憶が、白くにじんでぼやける。名前も場所も、人の顔さえも浮かばないのに。

たった一つだけ、胸の奥の感情だけが、確かにそこに残っている。

「ひとりで、がんばらなきゃ、って……おもってた」

声に出してみた。

自分の声が、思ったよりも幼くて、震えていた。


もし、あのとき誰かに話していたら――

それだけで、救われたかもしれない。

「……でも、もうちょっとだけ。たよりたくても、こわくないって、なりたい」

自分にそう言って、紙を封筒に戻した。

少しだけ、布団があたたかく感じた。

 

***

朝が来た。

「いってきます」

「いってらっしゃい、アル!」

玄関で母と手を振って、ドアを出る。

歩き出した通学路。

いつもより、ほんの少しだけ、足が軽かった。


そしてーー

角を曲がるところで、ノエルの後ろ姿を見つける。

いつもなら、そのままついていくだけだった。

でも今日は違う。

アルは息を吸い込んで、前へ一歩踏み出す。

「ノエル!」

小さく、でもはっきりと声が出た。

ノエルが振り返る。

「あっ、アル! おはよう!」

まぶしいくらいの笑顔。

アルは、ほんの少しだけ笑った。

「……おはよう」

 

***

 

その日、アルの“心”は、すこしだけ

“たよりたく”なった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました!


第十四話、どうだったでしょうか?

今回のお話でしたが、「ようやく何かが、静かに、でも確かに動き出した」……そんな雰囲気を目指して書いていました。


アルは、まだ子どもです。

でも、普通の子供よりずっと深く、過去のことを抱えてしまっている。

そんなもの、背負わない事もできたのに――でも彼は、背負ってしまった。


それでも今回、ほんの少しだけ「誰かに頼っていいかもしれない」と思えた。

その一歩が、きっと未来を変えていくと信じています。


ちなみに、あの引き出しにあった紙、あれは本当は何も書かれていません。あれは心の中にある。アル。たかしの気持ちです。もう少しだけ、物語に寄り添ってもらえたら嬉しいです。


次回、第十五話もすでに構想中です。

苦しくもやさしくも、物語は展開していきます。


それでは、また次のお話で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ