日本に住む、とある姉妹のお話。
夢を見る。
日本ではないどこかの国の王女になって、悪女と呼ばれ。最後に処刑される夢。
その夢では私の意思に関係なく場面は進み、私がどれだけ「こうしたい」「こっちに行きたい」と思っても、体はそれに従うことはなく、毎回必ず同じ行動・同じ結果をとる。
1度や2度ではない。前は一月に何度かだったが、今は毎日この夢を見るようになった。
その夢を見始めるようになったのは、中学生になった頃だったような気がする。今の私は高校2年生なので、もう5年もこの夢を見続けていることになる。
でも毎回処刑される夢ではなくて、悪女と呼ばれる夢だったり、昼間でも明かりがなく暗い地下牢で男たちに上も下も犯される悪夢だったり。そして、悪女と呼ばれ沢山の人間の怒号が飛び交う中、ギロチンに首を斬られる純然な悪夢だったりする。
「今日はまだマシだったな…」
今日は悪女と呼ばれる″だけ″の夢だった。
それでもメンタルへのダメージは馬鹿でかいし、ほとんど寝れないけど。
私は部屋から出て学校へ向かう。
「あら?絵里、隈がひどいわよ?」
「あー、昨日あんまり寝れなかったからさ。いってきまーす」
「気をつけるのよ!」
私は暗闇が嫌いだ。夢の中の地下牢を思い出して、「私」と「わたくし」が恐怖し震える。あとどれだけ犯されればいいのか。あとどれだけ首を絞められれば解放されるのか。そんな夢と現実が混ざって、存在しないはずの男たちを幻視しそうになる。
■ ■ ■
「あの子、大丈夫かしら…」
「お母さん、どうしたの?」
「ああ栞莉、絵里のことなんだけど」
「お姉ちゃん?…そうだよね、何年か前から急にだもんね」
「病院に連れて行っても、異常はないって言われちゃうし…」
■ ■ ■
鎧を着た男たちが私に群がる。声を出すとそれを聞いてさらに男たちがやって来てしまうので、黙っているしかない。性行為は重ねていると気持ちよくなるって聞いたけど、そんなことはない。何人に犯されても、何回犯されても痛い、苦しい。痛い。口も犯され、息ができない。
苦しい、苦しい。
首を絞められる。苦しい、息ができない。死んでしまう。
「っは!ぜぇ、ぜぇ、カヒュッ」
目が覚める。恐怖で体がしきりに震え、うまく呼吸ができない。
今日は油断して、部屋の電気を全て消して寝てしまった。だから今部屋は暗闇。「わたくし」が出てくる。終わりのない恐怖に震える。こういう時、家族に助けを求めたい。特に妹の栞莉は一緒に寝ると悪夢を見ないから助けになる。
だけど、今栞莉に会うのはまずい。栞莉は私より可愛くておっぱいも大きい。そんな栞莉が男たちに見つかれば、間違いなく犯されてしまう。
訳も分からず犯されるのは私だけでいい。私が我慢すれば、妹は無事でいられる。
そんな夢と現実がごっちゃになりながら、私は恐怖に震える。
たかが夢、ただの夢。そう思いたいけど、その夢の内容を忘れることはできなくて。まるで実際に体験したかのように、痛みも、臭いも、その時の異常な空気も覚えているの。
その夢を見始めた中学生の頃なんて、まだ性知識なんて全然なくて。クラスの男どもが下ネタで盛り上がってるのを見てもなんとも思わなかった。
そんな時期に、あんな夢を見たら歪むよね。突然犯されて、しかもそれを覚えてるんだから。
誰にも許したことの無い処女を破られる感覚、濡れてもいない中を無理矢理出し入れされる激痛、そして子宮に注がれる感覚。
更には喉を通る体液の粘ついた感覚やその臭いも、ぜんぶ覚えてる。
だから、夢を見るようになってからは男子の下ネタを聞くと怯えと震えが出てきて呼吸が不安定になるようになった。ひどい時は保健室で休んでも治らなくて、早退したことも。
かなりオブラートに包んで担任がクラスに伝えてくれたけど、相手は多感な男子中学生。
1度囲まれて、下ネタを言われ続けたことがあった。止まらない震えや呼吸不全を私は耐えられず、教室で倒れた。
それ以降私がいる時は教室で下ネタが聞こえることはなくなった。それでも廊下で不意に聞こえてくることもあって大変だったけど。
そんなことがあったから、私は迷わず女子校に進んだ。偏差値的にはそれなりの共学にも行けたけど、私は男と同じ教室というものが耐えられなくて女子校に行った。
あの頃はまだよかった、のだと思う。毎日夢に悩まされることがなかったから。
でも最近は毎日夢を見るようになったせいで、慢性的な寝不足だ。
だって、今みたいに恐怖に怯えて震えてるから。
助けを呼びたい。お母さんか栞莉のところに行きたい。
けど、声を出すとそれを聞いて男たちが来るかもしれない。栞莉やお母さんが標的になるかもしれない。
そう思うと、相談なんてできない。
◆ ◆ ◆
最近は夢が酷くなってきている。それまで
「悪女と呼ばれる夢」
「男たちに犯される夢」
「処刑される夢」
がそれぞれ別の夢として見ていたんだけど、最近は
「悪女と呼ばれ周りから味方が消えていく夢」
と、
「地下牢で男たちに犯され処刑される夢」
を見るようになった。つまり、それまで3つに分かれていた夢をまとまって見てしまうようになったんだ。
特に後者はヤバい。
散々犯されて、痛みと苦しさに気が狂いそうになった後に、「悪女を殺せ」とか「死ね」とか言われながらギロチンで首を撥ねられるの。
夢の中の「わたくし」、エリカは最後、「恵まれていた」とか言ってるけど、そんな平然でいられるわけが無い。
自分の首を斬るギロチンが嫌でも視界に入ってきて、それが落ちてくるまでの僅かな時間を待つことしかできない恐怖。
エリカも平然としてるけど、内心恐怖に溺れて、悲鳴をあげたくなるのを無理矢理我慢してたってこと分かってるんだからね。さも「私は冷静ですよ」面しとんじゃコラ。
今日も夜中に目が覚める。恐怖に支配され、声も出せなくて1人孤独に震える。
「もう…気が狂いそう…」
助けを求めちゃ駄目なのに。
私が犠牲にならなきゃいけないのに。
もう限界だった私は──
「誰か…助けてよ…」
そう、願ってしまった。
そんな時だった。
「お姉ちゃん?」
妹が…栞莉が部屋にやってきたのは。
■ ■ ■
(side:栞莉)
あたしは、よく夢を見る。と言っても色んな夢、例えばお菓子作りをするだとか、警官になる夢だとか、そういう夢を見るという意味じゃない。日本とは違う国、ファンタジーに出てくるような「サンライト王国」というところで王女さまになる夢。
一見幸せそうな夢だけど、あたしにとっては悪夢。
なぜならその夢であたしは、エリカ・サンライトという姉を処刑するから。
夢の中で、人を殺すんだ。
それに、夢はそこで終わるわけじゃない。その夢ではエリカは前半悪女と呼ばれ、ひどい人に映る。そして処刑の後、エリカの部屋を訪れた「私」は真実を知るんだ。実はエリカは悪女なんかじゃなくて、国のために自分をとことん犠牲にしていただけだったんだ。
そのことを知った「私」は後悔に苛まれる。そこで夢は終わる。
多分これは、あたしの前世ってやつなんだと思う。
あたしは産まれた時から、何か忘れちゃいけないものを忘れているような、経験していないはずの後悔をしているような感覚があった。
それを踏まえて、夢の内容を思い出すと不思議と腑に落ちるものがある。
きっとあたしの前世は「私」で、シェリル・サンライトだったんだ。
あたしには2つ上のお姉ちゃんがいる。お姉ちゃん…絵里お姉ちゃんは、とっても素敵な人。だけど夢に出てくる「エリカ」と容姿が瓜二つで時々胸が締め付けられる。エリカと絵里、名前も似ていることも関係してるのかもしれないけど、あたしはお姉ちゃんとエリカが重なって、夢と現実がごっちゃになりそうになることがあるんだ。
◆ ◆ ◆
あたしは中学3年生、もうすぐ高校生になる。高校の志望先は、お姉ちゃんと同じ女子校。あたしはつくづくお姉ちゃんと離れられないらしい。
というのも、最近前世の記憶を全て思い出したらしい。思い出したというか、前世の内容を全て夢に見るようになった。だから「私」が、シェリル・サンライトがエリカの死後、どう思って生きて、どう思いながら死んだのかまでを思い出した。
そして、あたしとシェリルは真に同じになったんだろう。それから前世の夢を見ることは減ったけど、時々エリカを処刑する夢を見ては涙を流す。
◆ ◆ ◆
最近、お姉ちゃんの…絵里お姉ちゃんの様子がおかしい。隈がひどいし、ふとした時に時折やけに怯えたように震えることがある。あたしはそんなお姉ちゃんを見て、どこか手の届かない所に行ってしまうんじゃないか、と怖くなることがある。
お姉ちゃんはよく1人で抱え込む。どう見ても無理してるのに、
「大丈夫」とか「なんでもないよ」
って平気で言っちゃう。
お姉ちゃんは前世のエリカと同じような性格をしている。だからこそ思う。
「今度は1人にさせないから」
今度こそ、誰も失わくていいように。遅くなる前にとめられるように。
◆ ◆ ◆
久々に夢を見た。エリカを処刑する夢。あたしにとっての、そして「私」にとっての悪夢。
時計を見ると、どうやら夜中だった。
眠れなくなったあたしは部屋を出て、水を飲みに行った。
その帰りのことだった。
ふとお姉ちゃんの部屋の前を通ったとき、異変に気づいた。
『ぜぇ、ぜぇ』
周囲の音がないからかろうじて聞こえた、おかしな息遣い。
『気が狂いそう…誰か助けて…』
寝言なんかじゃないと判断したあたしは少しドアを開けてお姉ちゃんの様子を伺った。
お姉ちゃんはベッドの上で膝を抱え、震えていた。
尋常ではないと思い、慌てて声をかける。
「お姉ちゃん?大丈夫?」
■ ■ ■
(side:絵里)
なんで栞莉が。ここに来てはいけないのに。ああ、そうだ。私が助けを求めたから。声を出してしまったから。駄目、こっちに来ては。すぐに男たちがやって来てしまうから。犠牲になるのは私だけでいい。だから、
「逃げて…栞莉…」
震える口でそう呟いた。
「お姉ちゃん!」
その時、突然体が暖かいものに包まれた。
栞莉に抱きしめられているのだと理解するのに少し時間を要した。
「逃げて…早くしないと来てしまうから…」
「わたくし」がそう言う。
「大丈夫、誰も来ないから。落ち着いて」
誰も来ない?本当に?その内男たちがやって来て、栞莉も襲われてしまうんじゃないか、そう思ってしまう。
「大丈夫、ここは日本だよ?人様の家に入ってくるような人はいないわ」
ニホン…日本?そうだ、ここは日本で、私はエリカじゃない、絵里なんだ。
栞莉に優しく言われて、初めて震えがなくなった。
「しお…り…」
「うん、あたしはここにいるよ」
ああ、暖かい。誰かに抱きしめられたのは、初めてかもしれない。いや、夢の中で1度だけ、エリカの幼少期に妹のシェリルから抱きしめられたことがあったっけ。
「ひぐっ、ぐすっ」
黙っていなきゃいけないと思って、泣いちゃいけなくて。そんな呪縛から一時的にだけど解放された私は泣き出してしまった。それまで耐えてきた分の恐怖が一斉に襲いかかる。
「よしよし…」
栞莉は何も言わず、私が落ち着くまで撫でてくれていた。それが嬉しくて、さらに泣いた。
◆ ◆ ◆
「夢?」
「そうなの…」
落ち着いた私は、信じて貰えないと思いつつ、それでも誰かに聞いて欲しくて夢のことを栞莉に話すことにした。
「どんな夢なの?」
「えっと…」
ここまできて、悩む。こんな重たい話をしていいだろうか。ドン引きされて、私を好きでいてくれる妹じゃなくなってしまわないだろうか。気持ち悪いと思われないだろうか。
「…絶対に引かないって言ってくれる?」
「もちろん。あたしはお姉ちゃんの妹だし」
「日本じゃないどこかの王女になって、悪女と呼ばれて処刑される夢」
私はあくまで上澄みの、タイトル部分にあたる部分だけをかいつまんで話した。
「……ごめんやっぱり引くかも」
「嘘つき!」
「だってそんなに重たい話だと思わなかったんだもん」
まあ、確かに。いきなりそんなこと言われたらしょうがないのかもしれない。
「でも、それとさっきの『逃げて』とはどう繋がるの?」
「う…」
栞莉は鋭い。果たしてこんな重さの比が違う、ぐちゃぐちゃで気が狂うような話をしていいだろうか。でもそれを求められているから、仕方ない。「私」が「わたくし」を呼び起こし、夢の内容を思い出す。
「最初は、悪女って呼ばれるまでを夢に見るの。正しいことをしているのに、それをなぜか自分から悪く広めるの。国のため、未来のためだって」
「え…」
栞莉が絶句する。まだ序の口も序の口だけど、こんな調子で耐えられるだろうか。
「でもその夢はまだいいんだ。悪女って呼ばれて、心が痛むだけだから。けど、本当の悪夢はここから始まるんだ」
正直、話すだけで震えがやってくる。思い出したくない、だけど嫌でも思い出されてしまう悪夢。
「悪女として女王になった私は、妹とその婚約者に断罪されて、地下牢に捕らわれるの。ここからが、悪夢の始まり」
その先のことを思い出して、恐怖に支配される。呼吸が上手くできなくなる。でも伝えなきゃ。知ってもらわなきゃ。私が私でいられるうちに。
「鎧を着た男が、私の体を求めてくるの。断ると殺されちゃうかもしれないから、受け入れるしかない。そして私は純潔を失うの。初めてはただただ痛くて、苦しいんだ。そして終わった後、男は居なくなるの。だけどその後、たくさんの男たちがやってきて次々に私を
犯していくの。上も下も使われて、痛くて苦しくて悲鳴を挙げる。そしたら、それを聞いた別の男たちがやって来るんだ。だから少しでも早く終わってもらうために、声を出さないようにするんだ。痛みに耐えて、体液が喉に詰まる苦しさにも耐えて。そうやって、食事の時と眠る時以外は一日中男たちに囲まれて、犯されるんだ」
「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。無理しないで」
無理、はしてる。全部を思い出そうとして、その時の異常な空気や、注がれる感覚や、喉に吐き出される体液の臭いやどろりとした感触、そしてその苦しみも全て思い出してしまった。けどこうなると止まれない。全てを話し終えるまで、「わたくし」は消えない。
「大丈夫。そして何日も犯されて、心も体もずたずたになって。ある日は首を絞められながら犯されるんだ。その方が締まるからって。窒息して死にそうで、耐えられなくて、気が狂いそうになるの。でもそれは永遠に続く訳じゃなくて、ある日突然夢の中の妹がやってきて、私は処刑されるの」
「お姉ちゃん、もうやめて!」
「あと少しだから、もう止まれないや。それで、私の心はとっくに壊れてて。でもずっと嘘でそれを騙して、なんでもないように振る舞うんだ。そして処刑の日、私はギロチンに首を固定される。仰向けにね。だから刃が落ちてくるまでの間、私は嫌でも巨大な刃を見せられて、いつ落ちてくるか分からない恐怖に気が狂いそうになるの。だけど騙すのが上手な私は、最後にこう呟くんだ。『私は恵まれていた』って。けど、それを言い切る前に私の首は撥ねられて、夢は終わり」
こわい。ふるえがとまらない。こきゅうができない。
「お姉ちゃん!!」
ぎゅっ、と強く抱きしめられる。栞莉は私を抱きしめ、ずっと撫でてくれてる。すると、どういうわけか震えはとまり、あれだけ支配していたはずの恐怖もなくなって呼吸も出来るようになった。
「お姉ちゃん、相当無理してたんだね」
そう優しく言う栞莉の姿が、夢の中の妹である「シェリル」と重なる。そういえば、シェリルと栞莉はよく似ている。というか瓜二つだ。こんな偶然もあるのだろうか。
「もしかしてだけど、お姉ちゃんの見る夢は、お姉ちゃんの前世だったりするんじゃないのかな?」
「前世?」
私の前世が、エリカ?けど私、エリカほど頭いい訳じゃないし、取り繕うのも下手だし…。
「違うんじゃないかなぁ?」
「あれ?そう?」
そう言うと、栞莉は栞莉も夢を見ていたことを話してくれた。そこでは栞莉も王女さまになって、とある悪女を処刑するんだとか。そして栞莉はそれを前世だと言った。
「へえ…栞莉も夢、見てたんだ。てか栞莉も前世王女さまだったなんて、そんな偶然あるんだね」
そう言って2人で笑い合う。不思議と恐怖や震えは起きなくて、今なら眠れそうな気がした。
「それにしても、私の前世がエリカかぁ」
ふと呟いた時、栞莉が「えっ」と漏らした。
「どうしたの?」
「あ、えっと…」
栞莉の声が震えている。
「あの…シェリルって名前に、心当たりはある?」
「は?」
わけが分からない。なぜ私の夢にしか登場しない名前を栞莉が知っているんだ。まさか、まさかまさか…。
「栞莉の前世…シェリル、なの?」
栞莉は無言で泣きながら頷いた。そんなこともあるのか。どういう運命の繋がりだろうか。色んなことが頭を巡る。けど、私の口をついて出たのは──
「冷たくしてごめんなさい。辛い役目を背負わせてごめんなさい。──先に1人で逝ってごめんなさい」
「わたくし」がずっと思っていた後悔だった。
「あたしこそ、気付いてあげられなくてごめんなさい。処刑以外の方法が思い付けなくてごめんなさい」
私たちは泣きながら抱きしめ合う。まるでお互いの存在を確かめ合うかのように。
今度は1人で背負い過ぎない/今度は1人で逝かせない
今度は冷たくしない/今度は何があっても信じる
今度は愛を隠さない/今度は愛を隠さない
もう、未来のために悪役を演じる必要はないんだから──。
〜Fin〜
これにて完結。最後までお読み頂きありがとうございました!この作品が面白かったと思っていただけたなら幸いです。