未来のためなら、悪役にだってなってやる。
「エリカ・サンライト!貴様の悪事もここまでだ!今すぐその王座から降りろ!!」
玉座に座るわたくしに向かって、そう叫ぶ殿方。形だけの大臣や騎士はわたくしを守り、殿方を止めることはなく。寧ろ殿方の側について、わたくしを責め立てる。
嗚呼、これでいい。これでいいのよ。
ここから物語は始まる。この物語は動き出す。
ずぅっとこのために準備していたんだもの。ふふ、ようやく、ようやくなのね。
◆ ◆ ◆
王国歴318年・王宮──
「この国はもう、駄目かもしれないわね」
そう独りごちる。
わたくしの名前はエリカ・サンライト。ここサンライト王国の王女にして、王位継承権第1位を賜っているわ。
なぜ王女のわたくしが王位継承権第1位を持っているかというと、お父様──国王陛下とお母様──王妃陛下との間に男児のお世継ぎが恵まれず、特例により王女のわたくしに継承権が回ってきたの。
わたくしは恵まれている。王女教育を担当していた教師はわたくしが王位に就く可能性が高いと知り、喜びながらよりレベルの高い教育をしてくれたわ。おかげで政治学はかなり身につけることができたわ。
わたくしは恵まれている。優秀な妹もいる。それを支える、信頼できる、これまた優秀な婚約者もいるわ。妹は王位継承権第2位ではあるけれど、わたくしが頼んでわたくしと遜色ない教育をしてもらっている。
わたくしは恵まれている。けれど、未来が恵まれているとは言い難いのが現状ね。先の通り、お父様とお母様は残念ながら男のお世継ぎに恵まれなかった。それのせいで、2人とも不安定になり、最近は政務に集中出来なくなっているそう。
ああ、勘違いして欲しくないのは、お互いに責任を擦り付けあって喧嘩している訳ではないの。
寧ろ、お父様は「俺のせいで」、お母様は「いいえ、わたくしのせいで」と、お互いがお互いを愛しているがゆえに自分のせいにしたがっているのよ。相手に責任を擦り付けるよりはマシだけれど、そうやって自分で塞ぎ込んでいるから精神的に不安定に。
側室を設ける話もあったそうだけど、2人ともが愛し合っているが故に取らなかった。取らないでいてしまったの。
そんな無限ループを繰り返しているうちに、お父様もお母様も子作りが難しい年齢になってしまったわ。
それで仕方なく、特例で、わたくしが時期女王候補になったの。けれど男性主義な考えの残る我が国では、それに反発する貴族が出てきたわ。当たり前よね、これまで男が王位についてきたというのに、いきなりわたくしを王位につけようとするんだもの。
そんなわたくしを守ろうとしたお父様たちは、更に不安定になってしまった。負の連鎖が発生してしまったわ。
その影響もあって、わたくしは政務を少しずつ引き継ぎ始めたのだけれど…。
お父様が政務に集中できなくなってしまったことで、我が国の治安は悪化。また貴族の腐敗も進行し、悪に手を染める家も出てきたらしいわ。
だから、さっきの発言に繋がった。
「この国はもう、駄目かもしれないわね」
こんな状態で、わたくしが王位に就いたところで、王家の威光は失墜。新たな王を求め国内は混乱に陥り、野心の高い貴族たちによる内戦、そしてそれによる国力の低下を狙った他国による戦争…ああ、だめね。教育のレベルが高かったがゆえに、悪い想像がいくらでもできてしまうわ。けれど、きっとこうなるという予想ができてしまうのはなぜなのだろう。
そんな中、隣国から輸入されたとある小説が人気なんだそう。わたくしも興味があり、こっそり買ってもらったところ、それは──
『悪の令嬢の陰謀に屈せず、逆にそれを解き明かし幸せを掴み取るヒロインとその婚約者の恋愛』
と、
『実は悪役令嬢は自身の安全を守るために悪を騙っていたのであり、その後辺境の地で穏やかに暮らす物語』
だった。
その時、これは使える、と思ったわ。国中で読まれていると噂の物語。中でも、前者の評判が良く、作中でも実は王子だった婚約者が王となり、ヒロインは王妃となり。それを民衆が歓迎する──という終わり方だったわ。
使用人たちの話では、やはりこういったハッピーエンドものは特に人気で、ヒロインに憧れるご令嬢も多いのだとか。けれども、後者の作品も陰ながら人気があり、悪役令嬢の真の姿に感涙した者も多いらしいわ。
ふむ…。もし、現実でこんな物語のような出来事があったなら。
それが、王家で行われたのなら。
民は、国は歓迎してくれるかしら?
────決めたわ。わたくし、未来のため。穏やかな未来のため、悪役になってやるわ。わたくしがこのまま即位して国が割れるというのなら、わたくしは王位なんて捨ててやる。むしろ、優秀でかわいい妹が即位して、その婚約者が王配として政治をすれば、未来は明るいかもしれないから。
◆ ◆ ◆
悪役になる決意をしたわたくしは、まず貴族の腐敗からどうにかすることにした。作中、悪役の彼女はまるで横暴に貴族を害しているようで、実は裏で悪事を働いていた貴族を粛清していたわ。
ならば、わたくしも。幸い…いえ、不幸なことに、現在の我が国では、悪事に手を染めた貴族がそれなりにいる。いてしまっている。彼らは貴族としての責務を放棄して、私腹を肥やしているわ。
と意気込んで入るわたくしを訪ねる方が。
「エリカ殿下、大丈夫ですか?」
「ガイルですか」
わたくしの婚約者である、ガイル・ブラスタル。ブラスタル公爵令息な彼は、政略によってわたくしと婚約しているわ。
お父様と、国内での発言力を強めたいブラスタル公爵との間で結ばれた密約。わたくしとガイルとの間には、さほど愛はない。むしろ、もともとガイルには懇意にしていたご令嬢がいたにも関わらず、わたくしの婚約者になってしまっている。なんだか申し訳ない。
「ねえ、ガイル。もしわたくしが何か大きなことをしようとしても、あなたはわたくしを信じてくれる?」
「何を急に…。まあ、俺は殿下の婚約者ですから。信じるしかないでしょうに」
「そう。ならいいの。……待ってなさい、いつかあなたに『幸せだ』と言わせてあげるから」
「はぁ…、やれるもんならやってみろって話ですけどね」
今のやり取りから分かる通り、わたくしとガイルの間に愛はない。悲しくはないわ。何せ、わたくしは悪役なのだから。
さあ、こんなことで一喜一憂している暇なんてないわ。
◆ ◆ ◆
困ったことがあった。どうやって妹をヒロインに、わたくしを悪役にすればいいのだろう。
わたくしは妹が好きだ。その気持ちは、わざと妹に冷たい態度をとることも困難にするくらいには強い。
さて、どうしたものか。
熟考の末、わたくしは妹と距離をおくことにした。そして、感情のこもっていない、薄っぺらい嫉妬心を呟き、まるで妹の才能に嫉妬しているように見えるようにした。噂好きのメイドたちの間でそのことは瞬く間に広まり、わたくしは妹の才能に嫉妬する駄目な姉だと噂になった。
ああ、自分を殺し、嘘の仮面を被ることはこんなにも心が痛いのか。
「ごめんなさい、シェリル。こんなお姉ちゃんでごめんなさい。未来の為とはいえ、あなたを嫌うような演技をしてごめんなさい」
その日、わたくしは久々に涙で枕を濡らした。
◆ ◆ ◆
妹…シェリルをヒロインにする基礎はできた。次は、国中にわたくしが悪役であると知らせなければならない。そうね…よし、ここにしよう。
そこはエスニール伯爵家。影からの報告により、奴隷商と手を組み奴隷売買を行っている容疑がある。
つくづく、王家の影は優秀だと思う。このように腐敗した貴族の情報から、民衆の間で流行していることまで全てを知ることができる。彼らには感謝してもしきれない。
わたくしは証拠となる取引書(影が回収した)を持ってエスニール伯爵に突撃した。
「これはこれはエリカ殿下。本日も麗しゅうございます。して、この度は何用でございますか?」
「ごきげんよう、エスニール伯爵。実は、最近このエスニール伯爵領で行方不明事件が頻発しているとの報告を受けたの。何か知らないかしら?」
社交辞令もそこそこに、わたくしは切り出す。エスニール伯爵はひどく動揺し、
「な、なんと!私のところにはそのような情報は入っておりませぬが」
「ええ、そうでしょうね。なぜなら、この情報は"影"からもたらされたものだから」
「っ!そ、そうですか」
それから、何度か軽く問い詰めたものの、知らぬ存ぜぬの繰り返し。仕方ないので、証拠を見せることにした。
「では伯爵。この取引書はどう説明するのかしら?」
「な、なぜこれを!」
「認めるようね。伯爵、あなたはどうしてこのようなことに手を染めたのかしら」
「く、くそっ。だれか──」
「言っておくけれど、わたくしを害そうというのならこちらにも考えがあるわ。それに、わたくしは王女なのよ?王女を害そうとするなら…伯爵家は取り潰し、一族郎党皆処刑でしょうね」
「ぐっ、ぐぅぅ…」
「終わりよ、伯爵。沙汰は追って伝えるわ。あなたはわたくしの発表することに全て同意しなさい。絶対によ。もし違えようものなら、今度こそ一族揃って処刑してあげるわ」
そうして、わたくしは王宮へ戻り、エスニール伯爵家で奴隷売買の現場を摘発した、と発表した。
そして、エスニール伯爵家はその責を負い領地を縮小するとも。
■ ■ ■
王都──
「なあ、見たか?今朝の新聞」
「ああ。まさか、エスニール伯爵領で奴隷売買があったなんてなぁ」
「だよなぁ。エスニール伯爵様、いい人なんだけどなぁ」
「おい、俺はやばい情報を仕入れちまったかもしれねえ」
「どうした?」
「いや、噂で聞いただけなんだけどよ、あの奴隷売買、実はエスニール伯爵様が解決したって」
「はあ?けど新聞にはエリカ殿下が解決したって書いてあるぞ?」
「いや…最近、エリカ殿下はシェリル殿下の才能に嫉妬してるって話だ。そんな妹に嫉妬する人だ、ひょっとして、エスニール伯爵様の手柄に嫉妬して、横取りしたんじゃないか?」
「王女殿下が?それをして何になるんだよ。陛下に次いで1番権力持ってる人だぞ?」
「第2王女殿下との後継争いじゃないか?シェリル殿下はそうとうな才女だって聞くし」
「まあ…確かにありえんこともないが…」
■ ■ ■
シェリル派のメイドの変装をして、「エスニール伯爵領での事件は実はエスニール伯爵自らが解決されたもの」という噂をそれとなく広めてみたところ、無事に巷で噂になってくれた。よし、順調に悪役になれているわね。
その調子で腐敗貴族を秘密裏に摘発していると、わたくしはどうやら
「横暴に貴族に処罰を与える悪女」
という評価をうけているようだった。情報統制のおかげか、わたくしのところまでその評判が聞こえてくることはないけれど、影からの報告で知ったの。
傍から見れば最低な悪役。しかし実は陰で悪事を止める…ふふ、本当に物語の悪役令嬢になったみたいだわ。
さて…次、なのだけれど。ガイルの父、ブラスタル公爵。彼もどうやら悪事を働いているらしい。内容は、脱税。正直わたくしが直接罰する程のことでもないけれど、わたくしはこのことを、「ガイルに幸せだ」と言わせるための材料として使うことにした。
「ブラスタル公爵…残念だわ、あなたがこのようなことをするなんて」
「掴まれてしまったのなら仕方がない…何を望む、殿下」
「そうね…ガイルとの婚約を破棄しようかしら」
「な、なっ…」
「わたくし、罪を犯した家と結婚なんてしたくないもの。了承してくれるわよね?」
こうして、わたくしとガイルの婚約はあっさりと消えた。
ガイルには、わたくしの心の一切こもっていない、薄い表面だけの嫌味のような台詞と共に、両想いであったご令嬢を紹介した。その後2人は婚約したらしい。めでたいことね。
■ ■ ■
「おいおい、殿下は婚約を破棄されたそうだぞ」
「本当かよ?ガイル様ってブラスタル公爵令息だろ?彼以上に婚約者として務まる人なんているのかねぇ」
「知ってるか?殿下がガイル様に宛てがったっていうフィオナ様なんだけどよ。実はガイル様と両想いだったらしいぜ」
「なに!?王女め、ざまあみろ。国のことを見てないからこうなるんだよ、ってな」
「違いねぇ!」
「「はっはっはっ」」
■ ■ ■
ガイルとの婚約が無くなって、わたくしはようやく独りになれた。
ここでわたくしは開発を依頼していた物が出来上がったという報告をうけ、見に行くことにした。
そこには、縦に5mほどに立てられた2本の柱。その間には巨大な刃が取り付けられており、その上部は紐で括られている。その下には、首がすっぽり入るくらいの丸穴が空けられた横板が取り付けられている。この横板は上下に別れるようになっている。その穴の高さに合わせて、人が1人乗るくらいの台が置かれている。輸入された書物から再現したこの装置は、それまで剣で切り落とす形だった処刑方に革命をもたらしたというわ。これなら1度で確実に首を切り落とすことができて、かつ苦しまずに逝けるのだそう。ただし刃の形は言及されていなかったので、干し草を束ねたものを代用し、刃の形を決めることにした。
干し草は束ねるとどうやら人の首と同じくらいの強度になるらしかったわ。
実験の結果、横一直線、つまり長方形の刃では確実に切り落とすことはできないようだった。そして様々な試行錯誤の末、約30度程の角度をつけた斜め刃であれば確実に切り落とせることが分かり、正式に採用されることになった。これは書物の著者の「ギャイロティン博士」にあやかり、「ギロチン」と名付けられた。
◆ ◆ ◆
ついにこの時が来た。お父様が隠居されるらしい。わたくしはお父様とお母様の寝室をこっそりと伺った。
「お父様、お母様。お疲れ様でした。そしてわたくしたちをここまで育てて頂き、ありがとうございました」
「ああ、エリカ。すまなかった、おまえを守るのに精一杯で、無理をさせてしまったね」
「いいえ、いいのです。わたくしの路は、わたくしで切り開きます。お父様とお母様は、今まで塞ぎ込んできた分、お互いを見てあげてください。これは、わたくしの我儘です」
「ふふ、それは可愛い我儘ね」
しばしわたくしはお父様とお母様と談笑したわ。今まで中々話せなかった分、今日くらいはたくさんお話したかったから。
「それで、お父様、お母様。わたくしの、最初で最期のお願いを聞いて下さいますか?」
「…聞こう」
わたくしがいつになく真剣なので、お父様もお母様も姿勢を正した。
「これからわたくしが即位することになりますが、わたくしはシェリルに王位を譲るつもりです。理由は、シェリルの方が女王としての資格があるから。あの子は才能に溢れています。それに婚約者のシドルも政治学に明るい方です。彼らなら、この国をより良いものにして行ける、わたくしはそう思っています。そこで、なのです」
わたくしは1拍おいて、
「その際、わたくしがどのような形でそれを行い。その結果、どうなったとしても、介入しないでいて欲しいのです。そして、わたくしの後を追うこともしないで欲しい」
「………分かった」
「お父様…」
「おまえは覚悟を決めた目をしている。これを言うまでに、沢山の葛藤があったのだろう。沢山悩んだのだろう?俺たちにはそれを受け止める権利はあっても、それに反対する権利はないのだろう。だがこれだけは覚えていてほしい。俺たちはいつでもおまえを想うし、おまえのことを信じている」
「っ……はい」
お父様もお母様も、わたくしのお願いを、問いただすことなく受け入れてくれた。ああ、今日は久々に枕を濡らすことになりそうね。
◆ ◆ ◆
王国歴325年・王宮──
わたくしが即位して1年。わたくしが女王として君臨していることに対する反発は多い。けれどそれは、わたくしが女であるからというよりも、わたくしが悪女であるからというのが大きいそう。
これは良い傾向ね。即位したのが女であることに対する拒否はほとんどない。これなら、シェリルが即位しても大丈夫だろう。
もうすぐ。もうすぐよ。
わたくしは、影に最後の命令をする。
「あなたたちに最後に2つの命令をするわ。1つは、わたくしがシェリルを疎み亡きものにしようとしている、と嘘を流すこと。2つ目は、これ以降仕える人間を、わたくしからシェリルに移すこと。いいわね?」
「姫様…」
「わたくしがいなくなった後、誰がシェリルを護るの?シドルといえど貴方たちよりも素人なのよ?あなたたちにはわたくしのかわいい、最愛の妹であるシェリルを護るという大役があるということ、忘れないこと。いいわね?」
「……はっ!」
影は目頭を押さえた後、鼻声で返事をして消えた。わたくしも卑怯者ね。自分の口からは到底シェリルに言えず、影を使うなんて。
「これでいいの。これでいいの…」
その日、わたくしは自己暗示を掛けながら眠るのだった。
■ ■ ■
「しっ、シドル様!シェリル様!大変です!」
「どうした、騒々しい」
シェリルの執務室として宛てがわれた部屋に、役人が飛び込んでくる。その部屋にはシェリルの夫であるシドルの姿もあった。
「ハァ、ハァ、じ、実は──」
役人はつい先程自分が聞いてしまった話──影の、エリカがシェリルを殺そうとしているという嘘の話である──を2人に伝える。
「何だと!?悪女め、ついに肉親を手にかけようか!」
「そんな…お姉様が?私を?」
信じられないシェリル。きっとそうなるだろうと予想していたことが現実となり、憤るシドル。
「もう我慢ならん。俺は明日、陛下を問い詰める。そして必要ならば…斬る」
「………」
決意を固めるシドル。固まって言葉を発せないシェリル。
(お姉様…一体いつから?いつから、何があなたをそうさせてしまったの?昔は大好きなお姉様だったのに。…ううん、きっとお姉様は変わってしまったんだろう。前例のない女王となる重圧が。思えばいつからか、お姉様は私に負い目を感じているようだった。ああ、お姉様。きっとあなたは何を考えているのか、私に言ってくれることはないのね)
「…分かりました。シドル、もしもの時は、私が継承権を持っています」
「!…分かった」
運命の時は近い──。
■ ■ ■
王国歴325年、王宮──
わたくしは今日、珍しく玉座に座っている。それはやることがないからではない。これからやるべきことのため、覚悟を決めてここに座っているの。
玉座には、歪な装飾がされている。鳥や狼を象った金属の像を付けたり、意味もなく剣を取り付けてみたり。これらは予算が余った時に仕入れたもので、これから価値が上がると確信されているものたち。
今日は、この国にとって大きな転換点となり、始まりとなるのだろう。そして、わたくしという悪女をシェリルというヒロインとシドルというヒーローがやっつける、そんな物語のクライマックス。そしてこれから、シェリル女王の物語が始まる。
楽しみ、と言うのとは違うのだろうけれど、わたくしはこれで良かったのだろう、と思う。わたくしではあの状態の国を立て直すことは出来なかった。それこそ、国民が団結するような何かが怒らないかぎり。だから起こした。それだけの話。わたくしが犠牲になって紡がれる、美しい物語が始まり、終わるわ。
そうこうしている間に、扉の前がうるさくなった。きっと来たのだろう。などと思っている内に扉は開け放たれ、我が最愛の妹シェリルと、その夫であるシドルが入ってきた。
「エリカ・サンライト!貴様の悪事もここまでだ!今すぐその王座から降りろ!!」
玉座に座るわたくしに向かって、そう叫ぶ殿方。形だけの大臣や騎士はわたくしを守り、殿方を止めることはなく。寧ろ殿方の側について、わたくしを責め立てる。
嗚呼、これでいい。これでいいのよ。
ここから物語は始まる。この物語は動き出す。
ずぅっとこのために準備していたんだもの。ふふ、ようやく、ようやくなのね。
「よくいらっしゃったわね、シドル、シェリル。何か御用かしら?」
「貴様の悪事は全て分かっている。観念しろ!」
「あら、怖いわね。はい、これでいいかしら?」
わたくしは両手をあげ、膝をつく。
「っ、貴様を縛らせて貰う」
「どうぞ、牢屋でもどこでも連れて行って」
「連行しろ」
「はっ」
騎士がわたくしを立ち上がらせ、連行する。わたくしは努めて抵抗せずにいた。
その後、わたくしは地下の牢屋に監禁されることになった。最低限の食事と寝床は用意されており、不自由は少なかった。
しかし、何を勘違いしたか、見張りの騎士が体を求めてきた。断りたかったけど、今のわたくしには抵抗する力も手段もない。それに、もし断って騎士が逆上でもしようものなら、わたくしは斬られてしまうかもしれない。そうなったら今まで積み重ねてきたものが全て水の泡になってしまう。それだけはいけないと、わたくしは仕方なく受け入れた。
受け入れられると思っていなかった騎士はいきり立つそれをあてがうと、一気に貫いた。
「はっ、ぐぅっ」
「おいおい、処女だったのかよ?俺が貰っちまったぜ」
純潔など、今のわたくしには無意味。グランドフィナーレを迎えるために、目の前に迫っているかもしれない死を避けるためなら、なんでもしてやる。
けど…交わることって、痛いだけなのね。もっとこう…幸福感とか、気持ちよさとか。そういうのがあるのかと思ったけれど、それは物語の中だけらしい。
「やべぇ…うっ」
騎士が震え、わたくしの中へドクドクと注ぎ込まれる。妊娠してしまうだろうか?でも出産する前に終わるんだもの、好きなだけ出せばいいわ。
満足したのか、騎士は後処理をすること無く去った。いいのかな、わたくしを見張らないで。
その後、話を聞きつけた騎士がわらわらとやって来るようになり、わたくしは一日中相手をした。下だけでは足りず、口を使うこともあった。
流石にこの展開は想像していなかった。わたくしは男の欲というものを知らなかったらしい、わたくしのことなど考えず彼らは乱暴に腰を振った。痛みと息苦しさで悲鳴を挙げた。
それを聞いた別の男たち…騎士だけでなく、偶然近くにいた役人などもやって来て、犯すようになった。
それからわたくしは、どれだけ痛くても。どれだけ苦しくても。どれだけ怖くても、恐れても、声を出さないようになった。恐怖と激痛を自分の中で押さえ込んで、表面上は平然とする。
わたくしがずっとしてきたことだったからか、騙すことはできた。だけど、彼らは毎日飽きずに訪れては犯していった。
中に吐き出される感覚や、喉に吐き出されるあまりの量に息が出来なくなったり、吐き出そうにも吐き出す前に次のが挿しこまれて吐き出せなくなることに気が狂いそうになる。
そんな弱いわたくしは中に押さえ込んで、いつでも「エリカ・サンライト」という元女王を演じた。
しかし彼らも馬鹿ではないようで、食事の時とシェリルやシドルが面会に来る時は上手く逃げていた。そしてわたくしも彼らの名誉のため、出された体液を飲み込み、事前に部屋の隅で掻き出し、何も無いかのように振舞った。そしてシェリルたちが去っていくと、また集まる騎士。わたくしは毎日交わることになり、つい先日まで純潔を守っていた下は閉じることなく常に空いてしまっていた。また口の中や鼻を抜ける息に常に臭いが付きまとうようになり、それはそれで不快だったわ。
その内、何を勘違いしたか騎士たちはわたくしの首を絞めながら犯すようになった。こうすると下が締まるらしい。
苦しい。死ぬ。死んではいけない場面で死んでしまう。その日は1日中首を絞められた。痕が残らないか心配なので、1日は耐えたけれど次の日、わたくしはこう言った。
「あなた、わたくしを殺す気なの?やめておきなさい。あなたが処刑されることになるわ」
「はっ、嘘をつくんじゃねえよ」
「嘘じゃないわ。嘘だと思うなら、わたくしの身体に傷をつけてみなさい」
「お望みならそうしてやるよっ」
そう言った騎士はわたくしの右足に切り傷をつけた。痛い。
その後シェリルがやってきた時にわたくしの傷を見つけ、問い質してきた。わたくしは正直に答えたわ。
そして件の騎士は、秘密裏に処理されたみたい。それからは騎士がわたくしに傷をつけようとすることは無くなったわ。
そうそう、騎士と一日中交わっていたせいで、わたくしは少しやつれていたみたい。それを見かねたシェリルが「栄養失調かしら?」と食事を良い物に変えてくれた。おかげで体調は回復した。食事と睡眠時間があったから良かった。これがなければわたくしは牢屋で死んでいただろう。
わたくしは耐えた。いつか来る日の為に。
そして、遂にその日はやってきた。わたくしはシェリルに連れられ、王宮前の広場にやってきた。
そこには制式採用されてまだ1度も使われたことのないギロチンが。
ようやく、ようやくなの。ようやくわたくしの使命は果たされようとしているわ。これでわたくしが処刑されることで、美しい物語が完成する。我が国は、王家の威光は存続される。
「これより、悪女エリカの処刑を執り行う!」
民衆からワアアッと歓声があがる。民衆は娯楽を欲する生き物だ、彼らにとって、公開処刑は娯楽の1つなのだろう。
「罪人・エリカ!言い残すことはあるか?」
「そうね…シドル、シェリル。これからは、あなたたちを主役とする新たな物語が始まるわ。精々輝いて、幸せに生きることね」
この間、民衆は石を投げている。が、その全てを騎士たちが弾き、斬り、粉砕している。頼もしいことね。
「っ…、お姉様、どうしてこんなことになってしまったのですか」
ああ、愛しのシェリル。そんな顔をしないで。
「どうして…そうね。未来のため、かしら」
わたくしはギロチンに首を固定される。視界には雲ひとつない青空が広がっている。
「綺麗な空ね。こんないい天気の日に死ねるだなんて、わたくしは恵まれ」
ザシュッ
ていた、と言い切ることはできずにギロチンがわたくしの首を撥ねる。
しかいがぐるりとまわって、いしきがきえる。わたくしがしぬ。しぬ。しぬ──。
■ ■ ■
かくして、稀代の悪女「エリカ・サンライト」の処刑は終わった。民衆は歓声をあげ、シェリルは悲痛な表情を、シドルは複雑な表情を浮かべる。
だが、エリカは一つだけミスを犯していた。
それは、「残された者」のことを考えていなかったこと。自分が犠牲になればという考えに囚われ、他人を巻き込まないようにと尽力した悪女は、ここに散ったのだった。