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人魚の彼女と一年離れて

作者: 丘野 境界

 夕暮れの海岸を、潮風が優しく撫でていく。

 この浜辺は、人間と人魚のデートスポットとして人気で、海辺には魚人の姿もちらほら見える。

 波の音に混じって、カモメの鳴き声が遠くから聞こえてきた。

 浜沿いのカフェでは、潮騒をBGMに恋人たちが語らい合い、ゆっくりとした時間が流れていた。

 そんな中、カイは目の前に座るリュミナの言葉に、耳を疑っていた。


「ごめん、カイ。貴方とちょっと距離を置きたいの」


 エメラルド色の髪が夕日に照らされてきらめく。瞳も同じ色をしていて、まるで宝石のようだった。カイにとっては、自慢の彼女。


「え」


 リュミナは小首を傾げた。申し訳なさそうに、けれどその瞳は揺るがない。


「ごめんね?」


 ちょっと悲しそうな笑み。


「えええ、えっと、その、距離を置きたいって、どれぐらい?」


「んっと……一年ぐらい?」


「ひぇ」


 思ったより長くて短い悲鳴が、カイの喉から漏れた。


「これは別に別れ話って訳じゃなくて……カイ、聞いてる?」


 リュミナはカイの目の前で手を振る。


「キーテルヨ?」


 耳には入っている。だが、頭にまったく入ってこない。

 「一年、距離を置きたい」という言葉が脳内で反響し、思考が完全に停止していた。




 カイが我に返ったのは、それから三日後、自分の部屋のベッドの上だった。


「ふぁっ!」


 飛び起きたカイは、急いで自分の頭の中にある記憶の断片をかき集めた。

 あの日、どうやってリュミナと別れたのかも、まったく覚えていなかった。

 気が付けば部屋に戻っていて、食事も睡眠もろくに取らず、ただ天井を見上げていた。


 急いで海岸に向かったが、浜辺にリュミナの姿はなかった。

 そりゃそうだ。

 他の人魚達に話を聞いてみると、リュミナは三日前に姿を消したとのことだった。

 つまり、カイと別れてすぐということなのだろう。

 人魚達は沖の方、深い海底に街を作って暮らしている。

 その場所には一度だけ行ったことがある。

 魔女が営む薬屋で、水中で呼吸ができるキャンディを買い、それを使って訪れたのだ。

 そこで、カイはふと思い出した。

 あの魔女――ヴァーラなら、この問題を解決してくれるかもしれない。




 魔女の家のドアを勢いよく開け放ち、カイは叫んだ。


「ヴァーラちゃん、いる!?」

「わぁっ!」


 店の奥で鍋をかき混ぜていたヴァーラが飛び上がった。

 彼女の手元からパスタが跳ね、茹で汁がぶしゃっと飛び散る。


「大声を出すな! パスタが台無しになるところだったではないか!」


 ヴァーラは十代前半にしか見えない少女だった。

 紫の髪に金の瞳、魔女の証である三角帽子と黒いローブ。

 だがその実年齢は不明で、カイの父親が子どもだった頃から、彼女はこの町に住んでいたという。

 ヴァーラの家は薬屋でもあり、左右の薬棚には様々な薬が並んでいる。

 定番の傷薬や栄養剤はもちろん、目薬、風邪薬、虫下し。

 化粧品、石鹸、洗髪剤。

 海が近いので、日焼け止めや酔い止めは人気商品だ。

 変わったところでは、カイも使ったことがある水中でも呼吸ができるようになるキャンディ(連続使用禁止)、暑さを感じなくなる薬(皮膚は焼ける)、一週間眠らなくてもよくなる薬(効果が切れたあと三日眠り続ける)などがある。

 凄腕の魔女なのは間違いなく、カウンター近くの棚には姿絵を生み出す魔導具と、それで写されたであろうヴァーラと一緒にローブ姿の子ども達の姿絵が沢山飾られていた。

 ヴァーラ曰く、みんな彼女が育てた弟子達なのだという。

 まあ今は、パスタを無駄にしかけて憤慨している、子どもっぽい姿なのだが。

 それより、カイには大事な話があった。


「パスタのことはどうでもいい!」

「よくないわ! 私の大切なお昼だぞ! 食べ物を粗末にするヤツは、私は許さん!」

「お、おう、それはごめん」


 カイは勢いに押されて少し頭を下げ、深呼吸して落ち着いた。


「分かればよい。それで、何の用か?」

「えっと、その、俺、リュミナに振られちゃって……」

「ほう?」


 この店には、以前リュミナと一緒に来たことがある。

 カイが彼女をヴァーラに紹介したこともあり、彼女のことはよく知っている。

 カイは、一年距離を置きたいと言われた顛末を語った。


「それで色々考えたんだ。俺、ちょっと頼りないかもだし、思い込みも激しいし、早とちりも多いし」

「自己分析はできとるがの」


 ヴァーラはまったく否定せず、むしろ当然といった顔をしていた。


「何より種族差が大きいと思うんだ」

「まあ、人間と人魚だからの。デートする場所も限られとるし?」


 リュミナは陸に上がるとき、特別な薬で一時的に足を得るか、車椅子での移動になる。

 逆にカイが海底に行く時は、水中呼吸が可能な魔法のキャンディが必要だった。


「そう。そこでヴァーラちゃん。魔女のヴァーラちゃんに一つ頼みがあるんだ! 人間がエラ呼吸ができるようになる薬って、作れるかな!? つまり、肺呼吸とエラ呼吸、両方できるように身体自体を変質させる薬!」


 その提案に、ヴァーラは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにふんと鼻を鳴らす。


「いやまあ、それぐらい作れるけど」

「効果は、死ぬまでなんだけど……」


 短時間だけの変化では意味がない。カイは本気だった。


「水中で呼吸できるキャンディで不満なら、そういうことだろ。それぐらい、読み取れるわい。作れるよ」

「本当かい!?」

「疑うなら――」


 不満げなヴァーラに、カイは急いで頭を下げた。


「今のは言葉の勢いで、信じてますとも!」

「ただ、レシピが厄介でね。ちょっと待ちな……ほれ、こんなに必要」


 分厚い魔導書を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。

 『若返りの薬』『負の感情を消す薬』『不老不死の薬』『相手の本音が分かる薬』『影の中に入れる薬』といった、様々な薬が記されていたが、これらはカイには興味がない。

 そして、目的のページ『人にエラを生やす薬』をカイに差し出してきた。


「結構多いね」


 見開きいっぱいに並んだ素材の数に、カイは目を見張った。


「そりゃ、人間の器官を変える薬だからね。これでも少ない方さ。こんだけの素材を全部集めるとなったら、一年は掛かるだろうね」


 カイはメモを取り出し、手早く素材名を書き写した。


「なるほど、大体分かった! じゃあこれ全部集めてくるよ! そうと決まれば早速、旅支度をしないと! ヴァーラちゃん、ありがとう!」


 勢いよく礼を言って、カイはドアを開けて飛び出した。


「いやちょっと待ちなよ! 薬の調合にも金が掛かるし、そもそもアンタが欲してる薬は――」


 ヴァーラの声は届いていたが、既に旅に出ることを決断したカイの頭には入らなかった。




 カイの、素材集めの旅が始まった。

 地図にも記されていない深い森。

 目的は、満月の夜にしか採取できないという花の蜜だ。

 湿った苔の香りが鼻をつき、巨大な昆虫が周囲を飛び交う。

 剣の刃先に滴る露を払いながら、カイは慎重に歩を進めた。


 ある日は、火山口の縁で吹き上がる熱風に耐えながら、灼熱の岩場からしか採れない鉱石を掘り出した。

 呼吸するたびに肺が焼けるようで、汗は滝のように流れた。

 水をガブ飲みしながら、作業を進める。

 作業が終わる頃には、肌はすっかり小麦色に焼けていた。


 別の日には、闇に包まれた洞窟の底で、目を凝らしてしか見えない青く輝くキノコを摘んだ。

 一度でも光を当てると消えてしまうその植物は、慎重さと根気の象徴だった。

 何せライトも使えないので、カイはもはや視力は無駄と目を瞑り、残りの四感を頼りに洞窟を進んだのだった。


 依頼もこなし、モンスターと何度も死闘を繰り広げた。

 剣の使い方も、呪文の扱いも、旅の中で磨かれていった。


 ――そして、最後の素材は遠い沖合に棲む怪物鯨の肝だった。

 その鯨が現れるのは常に荒れ狂う海域で、並の船では近づくことさえ叶わない。

 カイは所持金をかき集め、腕利きの漁師に頼み込み、漁船に乗せてもらった。

 空はどす黒い雲に覆われ、海面は牙のように尖った波が立ち並ぶ。


「兄ちゃん! 悪いがこれ以上は無理だ! 船が転覆しちまう!」


 船長が声を張り上げた。

 長年の経験からか、危険の匂いを誰より早く察していた。


「いや、充分だ! これだけ近付けば、ちゃんと届く!」


 カイはずぶ濡れになりながら、両手で銛を握った。

 その銛には、無数の細かな呪文が彫り込まれている。

 先端には、ドラゴンの鱗さえ貫くと言われる特殊合金が使われていた。


「つーかマジか!? そんな細っこい銛一本で、どうにかなる相手じゃねえぞあの怪物鯨!」


 海の彼方に、黒い影がうねる。

 嵐を呼ぶと言われるその姿は、まさに自然災害そのものだった。

 鋭く切り裂くような風が吹き付け、船が大きく傾く。

 カイは足を踏ん張り、全身の力を銛に込めた。


「色々魔術を掛けまくってる銛なんだ。少なくとも届くし、貫ける――はずっ!!」


 叫びとともに、銛を放った。

 風を切り裂き、一直線に飛んだそれは、巨大な鯨の脇腹に突き刺さった。

 その瞬間、天地を震わすような咆哮が響いた。

 怪物鯨の身体がのたうち、海がますます荒れ狂った。


「おおおおお、マジか」


 船長の叫びが、波音にかき消される。


「やった……けどっ!」


 暴れる怪物鯨に縄が引っ張られ、甲板に固定していた支柱が悲鳴を上げた。

 裂けるような音とともに、板が割れる。

 カイは抗う間もなく、海へと投げ出された。


「兄ちゃん!」


 船長の絶叫を背に、カイの身体は深く、深く沈んでいく。

 海水が全身を揉みくちゃにし、海面がどちらなのかも分からない。


(まずい……このままだと、溺れ死ぬ……)


 視界が暗くなり、耳が詰まる。

 ロープを手放せば助かる。

 でも、それだと素材が手に入らない。

 この一年間、全てをこの一瞬に懸けてきたのだ。

 その時だった。


「カイ、どうしてこんな所にいるの?」


 水の中、不意に響いたその声に、カイの意識がかすかに戻った。

 目の前には、エメラルドの髪を揺らす少女がいた――リュミナだった。


(ああ……リュミナに会いたいあまりに、幻覚が見え始めてる……)


 しかし、幻覚は言葉を続けた。


「幻覚じゃないわよ。大変、このままだと死んじゃうわ。私はカイには死んでほしくないんだけど」

(いや、俺だって嫌だよ! 死にたくないよ!)

「じゃあ、助けるわね?」


 柔らかな唇が、カイの唇に重なった。

 空気が、命が、流れ込んでくる――。


(これは……本物だ……え、本物のリュミナ?)


 カイの目が覚めた。

 手にまだ縄は握られている。

 そこには、リュミナの手も重ねられていた。

 このリュミナは、現実らしい。


「これでちょっとは持つと思うわ。今の内に、水面に出て?」


 だがカイは首を振った。

 ここで、撤退する訳にはいかない。


「どうして?」


リュミナの疑問に、カイは必死で身振り手振りを返す。


(この怪物鯨を倒す為に、俺はここまで来た。それに海は大荒れで、浮かんでも波にさらわれるだけだ。ここで決着を付ける)


 何とかジェスチャーは、リュミナに伝わったようだ。

 海流は荒く、時折小石のような泡の渦が二人を飲み込もうとしていたが、リュミナはじっとカイを見つめ返してきた。

 カイは何となく分かった気がする。

 この大荒れの海は、嵐のせいではない。

 怪物鯨が、その巨大な身体で海をかき回し、波を狂わせていたのだ。

 大雨はよく分からないけど、まあ多分コイツのせいだと思う。

 なので、コイツを倒せば、すべてが収まるはずだ。

 駄目なら駄目で、その時である。


「そう。なら利害は一致してるわね。一緒にやっつけちゃいましょう」


 リュミナの目が、ちょっと楽しそうに細められた。

 そういえばリュミナ、結構好戦的なんだよなあ、とカイは思い出した。

 海辺でのデートだと、ナンパが多いのだが、リュミナが一人でこれを(物理で)蹴散らすことも多いのだ。


(利害? いや、それよりまずはコイツの相手が先決か)


 利害の意味はちょっと分からなかったが、やることは怪物鯨を倒すこと。

 それは間違いないのだ。


「いくわよ」


 カイはリュミナに頷き、剣を構えた。

 肘を絞り、両手で柄を握る。

 リュミナが短く呪文を唱えると、剣身に水流がまとわりついた。

 細く渦巻く水が、まるで生き物のように刃を包む。

 濁流を割って、怪物鯨が姿を現した。

 大口を開けて突進してくるその姿は、巨大な岩の塊のようだった。

 このままだと、二人揃って丸呑みだが、そうはいかない。

 カイは躊躇なく剣を振るった。

 水流と一体となった刃が、一直線に突き進んでいき――次の瞬間、怪物鯨の身体が中心から裂けた。

 海に広がっていた荒れ狂う力が、スゥッと引いていく。

 ……静寂が、海に戻ってきた。




 空は澄み渡り、海はすっかり凪いでいた。

 先ほどまでの荒れ狂う波が嘘のように、水平線の向こうまで静けさが広がっている。

 甲板では、漁船の船長たちが怪物鯨の引き揚げ作業に追われていた。

 その巨大な身体を網で絡め、慎重に巻き上げる様はとてつもない大仕事だ。

 そんな中、カイとリュミナは船の一角で小さな会話を交わしていた。

 リュミナは船の縁に腰掛け、尾鰭を甲板に垂らしている。

 カイはその隣で、小さな樽を椅子代わりにして腰を下ろしていた。


「それでどうして、リュミナは今ここにいるのさ?」

「私には怪物鯨の肝が必要だったの。それで来てみたらカイがいてビックリしたわ」

「こっちもビックリしたけれど、怪物鯨の肝?」

「そう」

「俺もそれを求めて来たんだけど」


 カイは説明するまでもないと思ったが、あえて言葉にした。

 自分が欲していたのは、人間の身体を水中生活に適応させる薬を作るため。そのために必要な素材の一つが、この怪物鯨の肝だった。


「え? カイには必要ないでしょ、あんなの?」


 リュミナが首を傾げる。


「……いや、必要なんだよ」


 カイは即座に答えた。

 同時に気になったのは、リュミナが同じ素材を求めていた理由だった。


「リュミナは怪物鯨の肝で何をする気だったんだ?」

「魔女のヴァーラ様に相談したの。私の、この足鰭なんだけど」


 リュミナは軽く尾鰭を振って見せた。


「うん」

「これを人間の足にしたかったの。で、その薬には怪物鯨の肝が必要だったの」


 カイは絶句した。

 リュミナが何を考えていたのか、理由は聞かずとも理解できた。

 彼女も、自分と同じように、相手に近付きたいと願ったのだ。


「他の素材は一年近くかけて集め終わったわ。どうしたの? 変な顔して?」


 リュミナが不思議そうに訊ねてきた。

 どうもカイの顔は、かなり間抜けな表情になっていたらしい。

 カイは旅立つ前、魔女ヴァーラが自分の背中に声を掛けてきた時のことを思い出した。

 あれはつまり、リュミナが一足早く素材を集めに旅立っていたことを、伝えていたのだ。

 だが、せっかちな自分は、肝心な部分を聞き逃していた。

 頭を軽く振る。


「……いや、俺達、似た者カップルだなぁと思って」

「仲がいいってことね」

「気も合うねえ。……先に話してくれればよかったのに」

「言ったら、止められると思って」


 そんなことはない――そう言いかけて、カイは思い直す。


「それは、確かにそう。絶対止めてたと思う」


 自分が一年かけて素材を集めるのは構わなかったが、リュミナが同じことをすると聞いたら、間違いなく危ないと止めていただろう。


「でしょ? だから頑張って集めたの」

「俺も似たような感じだったけど、問題が一つ生まれたな」

「何?」


 カイは、怪物鯨の巨大な死骸を引き揚げている船長たちに視線を向けた。

 さて、どうしたものか。




 魔女ヴァーラは、窓辺に肘をつきながらしかめっ面でつぶやいた。


「あの肝の量だと、薬は一つしか作れないね」


 カイが一年近くかけて集めた素材は、すべてヴァーラの家の裏手にある倉庫に収められていた。

 その中には、先日引き揚げられた怪物鯨の肝も含まれている。

 確かに立派なサイズではあったが、それでも分量としては薬一つ分が限界なのだ。


「それじゃあ、カイの薬を作ってあげて」


 部屋の隅、車輪付きの大きな水槽に腰を落ち着けたリュミナが言う。

 下半身を水に浸しているのは、地上で長く過ごすには必要なことだ。

 もちろん、水槽をここまで運んできたのはカイである。


「いやいや、リュミナも苦労して素材を集めたんだから、そっちの薬を作るべきだと思う」


 今度はカイが譲歩の姿勢を見せた。 

 こうして、お互いの遠慮が交差するばかりで、話は一向に進まない。

 ヴァーラはうんざりして、ため息をついた。

 手をひらひらと振る。


「……どっちでもいいけど、早く決めてくれないかね?」

「じゃあ、薬を半分ずつとか……」


 カイが淡い期待を込めて訊ねたが、ヴァーラは首を横に振る。


「それなら効果も半分だよ。アンタの薬だと、中途半端なエラになったり、ずっとじゃなくて期限付きになっちまうかもしれないけど、それでもいいのかい? そしたらまた、別の怪物鯨を捕りに行くことになるけど」

「んんー……それはマジで嫌だなぁ」

「どうしよう、カイ」


 二人して頭を抱えていた。

 しょうがないねえ……。

 ヴァーラは助け船を出してやることにした。


「一応、一つだけ解決する方法があるよ」

「あるのなら、先に言ってくれよ!?」


 カイが半ば叫ぶ。


「話し合いで済むなら、それに越したことはないと思ったのさ」


 肩をすくめながら、ヴァーラは続ける。


「それで、方法」


 リュミナの問いに、ヴァーラは唇の端を持ち上げた。


「あんた達が、これまでの一年の旅で手に入れたお宝の類を、全部くれたら両方作ってやってもいいよ。一応、怪物鯨の肝はウチの在庫にも一つある。……まあ、この一年の間にたまたま手に入ったモノだけど、高価な素材だから、安い金額じゃ渡せない。どうする?」


 ヒッヒッヒッと笑ってやる。


「それならこれとこれとこれ」


 カイは迷う様子もなく、腰の袋から宝石やら金貨やらを取り出し、テーブルに積み上げていった。


「私もこれだけあるから全部あげる」


 リュミナも負けじと、水槽の脇から小さな宝箱を出してテーブルに並べた。

 金貨がチャリチャリと音を立て、宝石が転がり落ちる。

 テーブルの縁からはみ出した財宝が、床にこぼれていった。


「ちょっ、多い。多い! 多すぎてテーブルからこぼれちゃってるじゃないかい!」


 口では文句を言いつつも、ヴァーラの目には驚きが浮かんでいた。

 まさか本当に全部出してくるとは思わなかったのだ。

 普通、ちょっとは懐に残すだろうに、この様子だと本当に全部だろう。


「……これはちょっと予想外だったね」


 ポツリと呟く。


「足りるか?」


 カイの問いに、ヴァーラは頷いた。


「調薬料込みでも多すぎるぐらいだよ。約束はちゃんと守る。……とはいえ、あんた達、薬の必要がないぐらい仲良くないかい?」

「だからこそだよ」

「もっと一緒にいたいから、薬は必要」


 見事なバカップルである。

 口をそろえて言う二人に、ヴァーラはつい肩をすくめる。


「分かった分かった。胸焼けするから今日はもうさっさと帰りな。一週間ぐらいしたら、また来るといい。ちゃんと用意しておくよ」


 二人は、手を繋いでヴァーラの家を出て行った。

 その背中を見送りながら、ヴァーラは改めてテーブルの上に目を落とす。

 そこには、まだ収まりきらないほどの金貨と宝石が山となっていた。


「……それにしても、これはちょっともらいすぎだよ。お釣りはあの二人の結婚式のご祝儀にでも、するかね」


 小さく笑いながら、ヴァーラはポンと手を叩いた。

連作短編予定の作品の一つです。

人間と異種族カップルがテーマの、ラブコメ短編集。

今回は女性側が異種族ですが、男性側が異種族のパターンもあり。

ほぼ半々、一つだけ例外あり(予定)。

いやまあ、全部作ってから出せやと言われると言葉もないのですが、書きながら一つ悩みがありまして。

一応今回『異世界恋愛』で出しましたが『異世界ファンタジー』にするべきなんか……? という。

今回みたいな冒険譚もあるんですけど、一応全部ラブコメ要素ありやし戦闘ない話もあるし、異世界恋愛でええよな? となっとる訳です。

そんな訳で、様子を伺うためにとりあえず一作アップです。意見求む! 好きにせえよという意見はごもっともなので、時間に余裕のある人は「このままでいい」か「異世界ファンタジー」か書いてもらえればと思います。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
とてもよかったです
これ、下手したらカイが人魚(魚人)に、リュミナが人間になるすれ違いオチもあり得たかもしれないので、話し合い大事だなーと思いました。 とりあえず、末永く爆発してくださいって気持ちになったので、異世界恋愛…
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