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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

英雄様のお返し作戦〜邪竜を添えて〜

作者: 山下愁

 本日はホワイトデーである。



「そんな訳で、ファブニールを殺しに来ました」


「来ました、じゃねえんだわ」



 冥府総督府の最下層、深淵刑場に勤務する獄卒のリアム・アナスタシスは飛んできた批判に対して「はて?」と首を傾げた。


 現在、リアムがある人物たちを連れてやってきたのは暗い宮殿である。壁や床、天井に至るまで全て黒曜石によって建造された異質な宮殿だ。壁に等間隔に配された松明がぼんやりと周辺を照らしている。

 取り付けられた窓から見える景色は殺伐としており、土が剥き出しの荒野に分厚い雲で覆われた暗黒の空がどこまでも続いている。空では稲妻らしきものまでピカピカと明滅しており、どこからどう考えても邪悪な雰囲気しか感じられない。


 リアムは同行者として連れてきた人物たちを見回し、



「何か不満?」


「こっちは真面目に仕事をしていたんだぞお前」



 同行者その1である呵責開発課の課長、オルトレイ・エイクトベルが唸る。



「事前に相談しろとあれほど言っただろうが」



 そして同行者その2である獄卒課の課長、アッシュ・ヴォルスラムが部下のリアムに注意してきた。



「吾輩、こんな場所に連れてこられるとは想定外な訳だけれども。そもそも戦力として数えられているのかね?」



 さらに同行者その3である送迎課の人気渡守、アイザック・クラウンが苦言を呈する。



「わくわく」


「キクガ、お前はアム坊を注意せねばならん立場だ。決してわくわくするような立場にはいないということを分かっていろよ?」


「わくわく」


「ダメだこいつ話聞いちゃいねえ」



 トドメに同行者その4である冥王第一補佐官、アズマ・キクガは年甲斐もなくわくわくしちゃっていた。この冥王第一補佐官、冥府総督府に於いて上から2番目の強権と実力を持っているのだが、どうやら仕事に戻る気はないようでリアムの奇行に期待を寄せている始末である。


 リアムは、いつもつるんでいる4人を連れて黒曜石で作られた宮殿を訪れていた。

 何も目的なしにこんな場所まで足を運ぶ訳がない。現世でもかなり奥まった土地に存在し、人々が簡単に足を踏み入れない『禁足地』に指定されている場所である。不用意に足を踏み込めば間違いなく命はサヨナラグッバイという風になるのだが、すでに死んだ人間にとっては冥府総督府に強制送還となるだけなので大した痛手にもならないのだ。


 まあ要するに、今日がホワイトデーなのでこんな辺鄙な場所まで足を運んだのには理由がある、という訳である。



「今日はファブニールを殺しに来たんだよ」


「ファブニールって、邪竜ではないか。簡単に殺せる相手ではないが?」


「そうなの? オルトさんでも難しいことってあるんだね」


「法律に決まっておろうが戯けが」



 リアムはキョトンとした表情で首を傾げる。


 ちなみにリアムは与り知らない事実だが、邪竜ファブニールと呼ばれる幻想種が現世には存在する。世界でもたった1体しか存在せず、それ故に討伐となると色々と制約がついて回るのだ。邪竜ファブニールから得られる資源と討伐された際の喪失を天秤にかけると、生きている間から色々と搾り取った方がいいと言われているのが理由である。

 この邪竜を倒すには特殊な装備と特異な立場でなければならない、という制約がある。何事にも倒すのはそれなりの地位と名誉と装備が必要なのだ。そんなに邪竜がホイホイと生まれる訳ではないので、討伐する人間もごく限らなければならない。


 ところが、



「え? でもぼく、普通に3回ぐらい倒したけどなぁ」


「『倒したけどなぁ』?」


「頼まれて」


「頼まれてぇ!?」



 いちいち驚く反応を見せるオルトレイに、リアムはますます首を傾げるばかりだ。


 ちなみに説明すると、これもまた事実である。リアムは生前、邪竜ファブニール討伐を3回ほど成功させているのだ。

 世界でも1体しか存在しないと言われている邪竜を三度も討伐しているという頭がおかしなことになりかねないが、つまりは生まれるたびに討伐していたのでそんな回数になっちゃった訳である。詳しくは魔導書『英雄リアムの冒険譚〜邪竜討伐編〜』を参照である。


 頭を抱えるオルトレイに、キクガがポンと彼の肩を叩いた。



「オルト、仕方がない訳だが。彼は英雄だ。世の中にリアム君以上の英雄が現れれば邪竜の討伐を定期的に依頼されるだろうが、現在ではそのような英雄がいない訳だが」


「そうだ、こいつ頭ポンチ野郎でも英雄だったわ」


「しかも下手すりゃ七魔法王セブンズ・マギアスと同じぐらいに知名度があるぞ」


「さらに無様な死に方まで後世に語り継がれているしなぁ」


「キクガさん以外、ぶん殴られたくなければ黙っていた方がいいよ。今のぼくは強いよ」



 何だか不名誉なことまで言ってくるオルトレイ、アッシュ、アイザックの3人に、リアムは借りてきた武器を見せつけながら威嚇する。


 神造兵器レジェンダリィであった。

 もう一度言おう、どこからどう見ても神造兵器であった。


 片方は光り輝く黄金の剣、もう片方は黒く禍々しい闇色の剣である。神造兵器の『エクスカリバー』と『ダインスレイヴ』と呼ばれる2振りの剣だが、現在はヴァラール魔法学院の用務員の手に渡っていたはずだ。



「この日の為にハルアから借りてきたんだから。お土産持って帰らないと」


「まさか邪竜討伐を目の前でやるのか? え、オレ生前見たことないんだが興奮しちゃうだろう!?」


「話に聞く英雄様の実力ってのが見れるのか。楽しみだな」


「ほほう、これはまた渡守のネタが出来たなぁ。うむうむ、多少の脚色は許してくれたまえよ」


「わくわく」


「え、何言ってるの?」



 リアムは琥珀色の瞳を瞬かせ、



「誰が『お茶飲んで観戦してて』って言った? だったらぼく1人でここに来てるよ」


「「「「え?」」」」


「ぼくしか邪竜を倒せないからぼくが邪竜を倒すけど、みんなは邪竜を解体してよ。その為に連れてきたんだから」


「「「「は?」」」」



 とんでもないお願いを英雄様からされちゃった冥府総督府のトンデモカルテットは、お目目をキラッキラに輝かせながら親指を立てて受け入れた。



「面白いではないか!! よかろう、邪竜の解体を引き受けてやろう!!」


「ちょっと肉とか味見していいか!?」


「邪竜の解体など話のネタに尽きないではないか〜!!」


「絶対にちぎれない鎖を持っていて正解な訳だが」


「やっぱりこの人たち好きだなぁ」



 我が子同様にノリのよろしいおじさんたちを前に、リアムはホクホク顔で頷くのだった。



 ☆



「――そんな訳で討伐して解体作業までしてきたのだ。いやぁ、楽しかった!!」


「嘘だろ親父、邪竜討伐なんて七魔法王セブンズ・マギアスでも出来ねえんだぞ!?」


「そりゃお前たちは魔法使いであって英雄ではないからな。英雄が邪竜討伐をするなど当然だろうに」



 冥府総督府の愉快な獄卒たちで邪竜を討伐し、ホワイトデーのお返しと称して名門ヴァラール魔法学院まで解体された邪竜を引っ張ってきた訳である。我が子の頭が大混乱するのも無理はない。


 広々としたヴァラール魔法学院の校庭には、それはそれは見事なドラゴンの死骸が鎮座していた。全体的に部品単位で解体されており、鱗や腕、足、尻尾、翼などの付属品までおまけで残されている。その鱗の色は邪竜の証である闇に溶ける漆黒だった。

 リアムが討伐したばかりの邪竜ファブニールである。校庭の真ん中まで引き摺られてきたので、生徒や教職員がわらわらと集まって見物していた。そのうち騒ぎを聞きつけた学院長もやってきて資材が云々と叫びそうな気配がある。


 そして当の邪竜を討伐した張本人のリアムは、自分の遺伝子から作られた人造人間であるハルア・アナスタシスを撫でくりまわしていた。



「ごめんね、ハルア。バレンタインでドーナツをくれたから、ぼく嬉しくてね。いっぱいお返しの内容を考えたんだけれど、結局いいのが思いつかなかったからドラゴンにしたよ。ぼくにはこれしか出来ないからね」


「…………」


「あ、あとこれ返すね。助かったよ。ありがとう」



 我が子を撫で回しながら、リアムはハルアから借りた神造兵器レジェンダリィを返却する。これらは元々リアムが所有していたものだが、現在の所有者はハルアなので返却するのが当然である。

 邪竜を討伐する際、刀身にいくらか血糊がついてしまったが、ちゃんと川の水で洗ったので平気だろう。今の時期に濡れた剣を返すとちょっと冷たいだろうが我慢してほしい。


 無言で貸した神造兵器を受け取るハルアに、リアムは不安を覚える。何だか嬉しくなさそうだ。



「どうしたの、ハルア。嬉しくないかな? 他の奴がいい?」


「ううん」



 ハルアは首を横に振り、



「父ちゃん」


「何?」


「――――すっっっっっっげええええね!?!!」



 ハルアの感情が爆発した。琥珀色の瞳はキラッキラに輝き、弾けるような笑顔で父親たるリアムを見つめる。「凄え凄え凄え!!」なんて叫びながら、後輩のショウと一緒になってリアムの周囲をぐるぐると走り始めた。

 どうやら今まで感情の処理が出来なかった様子である。ここまで喜んでくれたのであれば、頑張って討伐してきた甲斐があるものだ。


 リアムは少し誇らしげに、



「えへん」


「オレもやってみたい!! 邪竜討伐したい!!」


「ハルアなら出来るよ、ぼくの子だもん。でも邪竜は倒しちゃったばかりだから、赤ん坊が育つまで待ってあげてね」


「うん!!」



 自分自身の遺伝子を使用した人造人間だからこそ同じ顔をしているので、おそらくハルアにも邪竜討伐の制約は適用されないはずだ。



「そうだ、次は東洋地域の『不死鳥』を狩りに行こうね。ショウも連れて行ってあげるからね」


「わあい!!」


「わあい」



 英雄にだけ許された討伐の仕事に、ハルアとショウは「楽しみだね!!」「わくわくだな」なんて言いながら笑い合う。そんな2人を、リアムは普段の無表情をほんの少しだけ緩めて見守っていた。





「おい、さっき『不死鳥』って言ったよな?」


「言ったな」


「不死鳥って確か、邪竜と同じく制約があるって奴だったよな」


「もしかしなくてもそうだな」



 のほほんと我が子を見守る英雄様に、オルトレイとその娘であるユフィーリアは戦慄の眼差しを向ける。

 さすが神々どころか現在でも全世界の人間に語り継がれて愛される英雄様は、考えることが違う。制約が課された魔物でも討伐できちゃうとは英雄と呼ばれる人間にのみ許された行いだ。


 とりあえず現状は聞かなかったことにするとして、



「つーか、邪竜なんてどうやって処理すれば」


「肉は料理にして食え。足の肉と尻尾の肉はしっかりと弾力があるのでステーキに向いているが、胸と頬の肉は崩れやすいから煮込むとお勧めだぞ」


「やったのか親父」


「やったぞ親父」



 ニッコニコの笑顔で言うオルトレイは、



「ほれ、とりあえず魔法の触媒に使えそうなブツは片っ端から引っこ抜いてきてやったから我らが英雄様に感謝せいよ」


「英雄様、万歳!!」


「ばんざーい!!」


「万歳♪」


「いきなり何?」



 邪竜の心臓や爪や眼球など高価な魔法触媒の材料をずらりと並べられ、ユフィーリアたち大人組もつい英雄リアムを讃えてしまうのだった。ご本人からは大層気味悪がられた。

《登場人物》


【リアム】単体で七魔法王と同等に知名度を誇る神々にも人々にも愛された英雄。七魔法王でさえ倒せない魔物を倒す権利を持っているマジモンの英雄様。


【ハルア】邪竜討伐できる父親の遺伝子を使って作られた人造人間。いいなぁ! 邪竜討伐したいなぁ!

【ショウ】とりあえず、このあと邪竜の眼球で水晶玉っぽいのを作る。「何か綺麗だった」という感想。

【ユフィーリア】邪竜の肉でお料理するの楽しみ。魔法触媒は学院長と副学院長に高値で売り払ってやろう。

【エドワード】邪竜の肉なんて初めて食べる〜!!

【アイゼルネ】邪竜の血液をワインに混ぜて飲むと肌が綺麗になると言われたので実践した。実際、お肌のハリが良さげ。


【オルトレイ】キャッキャと邪竜解体を楽しんだ。解体の手際はよかった。

【アッシュ】オルトレイの次に解体作業の手際がよかった。オルトレイに報酬として作ってもらったステーキが美味かった。

【アイザック】早々にオルトレイから戦力外通告を受けて隅に追いやられたので、キクガの手伝いをしていた。

【キクガ】冥府天縛で邪竜を宙吊りにして解体作業のお手伝い。この中で年甲斐もなくはしゃいでいた。

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やましゅーさん、こんにちは!! ホワイトデー特別編、すごく面白かったです!!リアムさんが主人公のものすごいお返しにビックリしました。ドーナツのお礼にまさか邪竜を討伐して眼球やら肉やらお返しに持ってくる…
さすが英雄!お返しもスケールがでかすぎるぅ! え?眼球を水晶玉にしちゃったのか。なんか凄いこと起きない?未来が見えたりして
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