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5話 特性追跡者 5

 新田が電話をかけてきた理由に思い当たったのは、ふとした瞬間だった。

 ロケ先が上原雄介の選挙区にあたる場所だということに気づいたのだ。

 つまり、ここには上原の実家がある。新田が僕に伝えたかったのは、そういうことかもしれない。

 あの電話の裏には、僕を利用しようとする意図があったのだろう。上原の死後、その影響がどのように選挙区に広がっているのかを調べさせるために。


「実家……」


 僕は静かに呟いた。とはいえ、今の僕には上原の実家など何の関係もない。

 半年前、彼が自殺する前であれば話は別だったかもしれない。

 上原の政治的な野望や影響力に興味があった頃ならば。


 とはいえ、せっかくここまで来たのだ。ついでに上原の地元を訪れてみるのも悪くないかもしれない。何か新たな発見があるかもしれないし、そうでなくとも気晴らしにはなるだろう。


「ねえねえ、師匠、どうしたん?  なんか考えごとしてるっぽいけど」

 サダコが僕の横にぴょんと飛び出してきた。

 彼女は相変わらず元気いっぱいで、どんな時でもその明るさを振りまいている。

 僕が考え事をしていることに気づいて、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、大したことじゃない。ちょっと、ついでに寄り道してみようかと思ってね。上原の実家がある場所に行ってみようかなって」

「へぇー、なんかおもしろそー!  行く行く、私も連れてってー! 」

「いや、君を誘ったつもりはないんだが……」

「それって、例のカリスマ政治家の実家だよね?」


 サダコはまるで冒険に出かけるかのように目を輝かせている。

 僕が冗談で言ったつもりのことも、彼女の耳には本気で聞こえるらしい。まあ、彼女の無邪気さに付き合うのも悪くないかもしれない。


「そうだな。じゃあ、行ってみるか。でも期待するなよ。ただの田舎町だぞ?」

「あれれ? 師匠ってここの生まれだっけ? なんか縁でもあるの?」

 時々、鋭いことを言う奴だ。

「前にちょっとな。それに気にもなるだろ? カリスマ政治家が育った町なんて」

「うーん。どうだろ」とサダコは首を捻っている。

「やっぱり、一人で行くよ」

「嘘うそ! 気になる! 気になる!」

 

 サダコは勇んで、僕の隣を歩き始めた。

 その姿を見ていると、少しだけ気が楽になる。

 新田のことや、上原の過去、そして自分の中の疑問や葛藤。

 それらすべてが一瞬でも薄れていく。

 今はただ、目の前にある現実に集中しよう。

 サダコの無邪気な笑顔が、僕の心をほんの少しだけ明るくしてくれる気がした。


 ☆☆☆


 上原の実家の近くまで来ると、ふと懐かしい香りが鼻をかすめた。僕の足は自然とその方向に向かっていた。

 その香りに誘われるように、見覚えのある洋食屋の前に立ち止まる。古びた木製の看板には、変わらない店名が手書きで書かれていた。「洋食屋オオキ」。

 いつも頼んでいたハンバーグが忘れられない。


「懐かしいな……」

 思わず店に入った僕は、どこか落ち着いた気分になっていた。

 店内の香りや雰囲気が、過去の記憶を呼び起こすようだ。

 座った席は幼い頃に座っていた窓際の席だった。


 おばちゃんが厨房から出てきて、僕の顔をじっと見つめた。

 上原の時に行っていた店である。

 ()()()()()()()の面識はないはずなんだが――


「ええと――まだハンバーグ定食ってやられてますかね?」

 僕がそう言うと、おばちゃんの顔に驚きが広がった。


「ああ! あなた、テレビで見たわ! ごめんなさいね。じっと見ちゃって!  オカルト教授って呼ばれてる――あれだよね? 名前は……サインいただいてもいいかしら?」

 予想外のリクエストに、僕は少し驚いた。オカルト教授で認識されるとは思っていなかった。しかし、おばちゃんの目は期待に輝いている。

 僕は軽く笑って、サインペンを受け取り、手近な紙に名前を書いた。


「はい、どうぞ。僕なんかのサインで良ければ」

 おばちゃんは嬉しそうにサインを受け取り、何度もお礼を言ってくれた。

 その間も厨房では、ハンバーグがじゅうじゅうと音を立てている。

 僕はその音に耳を傾けながら、かつての上原雄介だった頃の時間を思い出していた。


 しばらくして、おばちゃんが特製ハンバーグを持ってきた。

 香ばしい香りが鼻をくすぐり、僕の食欲をそそる。

 久しぶりの味だ。ナイフとフォークを手に取り、一口食べると、思わず目を閉じてしまう。

 変わらない味、懐かしい味。僕が愛してやまなかったこのハンバーグは、今でもそのままだった。

 僕はスマホで撮影しているサダコに「冷めないうちに食べなさいよ」と言った。


 ☆☆☆


 食べ終わり、満足感に浸っていると、おばちゃんがふと神妙な顔で僕に近づいてきた。

「あのね、ちょっとお話があるんだけど、いいかい?  一緒にバックヤードへ来てもらえる?」


 その声には緊張感が滲んでいた。

 僕は首をかしげながらも、クリームソーダがエモいとか言ってるサダコを置いて、おばちゃんについていくことにした。

 狭い店内を抜け、バックヤードに入ると、そこには小さなテーブルと椅子があり、ひとつの封筒が置かれていた。


おばちゃんが封筒を指差す。

「これね、上原の坊ちゃん――いや、上原雄介って政治家は知ってるかい?」

 僕は戸惑いながら「ええ。もちろん」と答えた。

 

「雄ちゃんが、あんたが座ってる席でいつもみたいにハンバーグを食べた後でこれ……手紙を預けられて――オカルト教授に渡してくれって。年内には来るはずだからって」

 僕はごくりと唾を呑んだ。

「来るはずって――そう言ったんですか? 彼が?」

「私だって半信半疑だったよ? でも、その後、雄ちゃんがあんなことになったでしょ? それで……」

「いや、疑っているわけではないんです。しかし、その……」

「本当に来るもんだから、私もなにがなんだか……私も何が書いてあるのか知らないけど、まあ、遺言みたいなもんだし。確かに渡したからね?」

「ええ。はい。受け取りました。ありがとうございました」と僕はおばちゃんにお礼を言った。


 ☆☆☆


 封筒には、僕の名前が手書きで書かれていた。

 オカルト教授ではなく、ちゃんとした本名で『長谷川 智也(はせがわ ともや)さまへ』とある。


 それを見た瞬間、心臓が一瞬止まるような感覚に襲われた。

 まさか、こんなところで上原からの手紙を受け取ることになるとは思ってもみなかった。


 手が震えながらも、僕は封を開けた。

 中には何枚かの便箋があり、見覚えのある上原の筆跡でこう書かれていた。


「三周目の僕へ」


 その一行が目に飛び込んできた瞬間、僕の頭のなかは真っ白になった。

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