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40話 誰がための奇跡 7

 社務所の玄関が突然ガタガタと激しく鳴り出した。

 空気がピリリと緊張し、背筋を冷たいものが滑る。

 まるで誰かが、この異様な時間を引き裂いて侵入してきたような感覚が胸にこみ上げ、思わず手が震えた。


「マズい……誰か来た」

 咄嗟に口を開くが、声が震えているのが自分でもわかる。

 僕らは慌てて押し入れに滑り込み、息をひそめた。

 息を殺しながらも、鼓動だけはやけに大きく耳に響く。

 ドアが開いて誰かが入ってくる――想像するだけで、恐怖が腹の奥で渦巻いている。


 すると突然「出てきて下さい。先生。サダコちゃん」という若い女性の声が響いた。

 僕の心臓が凍りついた。

 誰だ?

 どうして僕の名前を知っている?


 だが、僕の動揺をよそに、サダコが勢いよく襖を開けた。

「やっぱり、阿部ちゃん!」というサダコの声が、緊張した空気を引き裂いた。


 恐る恐る押し入れから出ると、そこにはオカ研の取材で行方不明になっていた阿部さんが立っていた。

 彼女は一人で、彼氏の前畑くんの姿はどこにも見当たらない。


 阿部さんは、もともと童顔で丸い顔立ちが特徴だった。

 以前はニコニコとした明るい表情が印象的だったが、今はその笑顔が影を潜めている。

 目の周りには少しの疲れが滲み、普段の温和な雰囲気とは裏腹に、目付きは鋭い。

 彼女の口元には以前の無邪気さが消え、代わりに緊張と決意が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。


「とりあえず、ここを出ましょう。村人に見つかるとややこしいですから」と阿部さんが促す。

 彼女の言葉には焦りが滲んでいる。


「あ、ああ」

 僕はまだ鼓動が収まらないまま答えた。

 そのとき、手にしていた銅鏡をどうするか一瞬迷った。

 正直、この魔鏡を持ち帰って研究したい気持ちは強くある。


「置いて行ってください。上原が持ち帰ろうとして崖から落ちたそうですから」

 阿部さんの口から上原の名前が出てきた瞬間、僕は頭の中が真っ白になった。

 だが、今それを問い詰める余裕はない。

 彼女は何かを知っているかもしれないが、社務所を離れるのが先だ。


「ここで詳しいことを説明している暇はありません。とにかく、ご神体を持ち出したら罰が当たると考えてください」

「わ、わかった!」

 僕は急いで椅子に登り、銅鏡を神棚の奥に戻した。

 そのとき、背中に冷たい視線が突き刺さるような気がして思わず振り返ったが、何もいない。

 それでも、不安が胸にしつこく巣食っている。


 急いで社務所の鍵を掛け、僕らは山道を駆け降り始めた。

 陽はすっかり傾き、周囲を不気味な暗さが包み始めている。

 僕らは急いで下山することにした。


 ☆☆☆


 麓の喫茶店に入ると、温かい空気が僕らを心地よく包み込む。

 外の冷えた空気とは対照的に、店内は温かみのある照明で柔らかく照らされている。

 僕はほっと息をつき、落ち着いた雰囲気に少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。


 注文したグラタンが運ばれてくると、焼きたての香ばしい香りが広がる。

 トロリと溶けたチーズが表面を覆い、ふんわりとした白いクリームが香ばしさを引き立てている。

 思わず笑顔がこぼれる。

 サンドイッチもいくつか頼んであり、新鮮な野菜とハムが挟まれていた。


 紅茶を注ぐと、温かさが手のひらに伝わってくる。

 香りが鼻をくすぐり、心が安らいでいくのを感じる。

 熱いグラタンを一口頬張ると、口の中でとろけるチーズとクリーミーなソースが心地よく広がり、温かさが体の奥まで染み渡る。


 ようやく落ち着いて、僕とサダコは阿部さんと向き直った。

 心配していた彼女が目の前にいるのに、少し緊張感が残っているのを感じた。


「今までどうしてたんだい? 随分、心配したんだよ?」

 僕が阿部さんに問いかけると、彼女は鼻を啜り始め、ついに涙をこぼした。


「ごめんなさい。気を張っていたから――」

「ああ。そうだね。ゆっくりでいい。話したいことから話してくれ」

「ええ」


 阿部さんもサンドイッチをいくつか食べ、紅茶を飲むと落ち着いた様子で話し始めた。

「これを見て貰った方が早いかもしれません」


 そう言って、彼女はスマホを弄ると僕らの前に差し出した。

 画面上には、上原のブログが表示されていた。


 昔、僕がブログの掲示板に書いたメッセージを手繰る。

『もし、このコメントを読んでいるのが前畑くんか阿部さんなら、連絡をください。僕は君たちのことを覚えている。この場所が僕たちを繋ぐかもしれない。どうか僕を信じて頼って欲しい。』


 その返信に書かれていたメッセージ。

『君たちも はやく 来なさい』


 これは怪物になった上原からのメッセージだと、僕はサダコと阿部さんに伝えた。

 信じる信じないというのは個人の自由だ。

 僕は学者の末席にいる人間である。

 提示できる資料はすべてテーブルの上に載せるべきだ。

 そうしないと集合知もなにもない。


「サダコちゃん。ここに何か返信してみて」

「え? 私がですか?」

「ええ」

 サダコは阿部さんのスマホから何かを書き込んだ。


『行きましたよ~ん』

 もうちょっと、なんというか……

「見てて」と阿部さんがスマホを僕らに見せる。

 ページを更新する。

 上原のメッセージが消えた。


「上原が反応したのか?」

「違うわ。消したの。サダコちゃんが」

「消した?」

「先生もサダコちゃんが特殊な生まれだと知っているはずです」


「待ってくれ。どうして君がサダコが重複者だと知っているんだ?」

「まだ気がつきませんか?」

「気がつくってなにを――」


 阿部さんが上目遣いでじっと僕を見つめてくる。

 その視線に目が離せない。

 なんだ。この何もかも見透かしたような瞳は。


 僕ははっとしたが、口に出すのを躊躇った。

 そんな馬鹿な。


「思ったことを言ってみてください。先生」


「……君なのか。恵理」


「ええ。私です」


 阿部さん――いや、国民的女優、杉山恵理は輝くような笑顔で頷いた。

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