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21話 グッバイ追跡者 13

「朝早くすまんね」と、禰宜の老人が静かに口を開いた。


「いえ、僕も眠れなかったので調度良かったです」と僕は答えたが、内心はまだ昨夜の混乱が尾を引いている。

 あの不気味な感覚、まるで現実がすり替わったかのような恐怖が、頭の片隅から消えない。


「実は……」

 言葉を切り出す僕の声は、微かに震えていた。

 手紙のこと、上原のこと、そして昨夜の不安定な現実――話すべきことが多すぎて、何から話していいのかわからなかった。


 禰宜の老人は黙って僕を見つめている。

 彼の眼差しが、僕の背中を押してくれるようだった。


「実は、あなたに話したいことがあるんです。昨日のこと、それから――」


 ☆☆☆


「わしらの世界で霊感などと言うと、馬鹿にされがちだが、そんなことはないと思うとる」と、禰宜の老人はゆっくりと語り始めた。


 僕は彼の言葉に耳を傾けながら、心の中で上原の手紙の内容が蘇っていた。

 異なるループ、分岐点、そしてこの世界を超える道――まるで手紙の内容と、この老人の言葉がリンクしていくようだった。


「この村はな……狭間の村なんだ」と老人は続けた。

「あの世とこの世、そして異なる世界が重なっている場所とでも言おうか」


 異なる世界が重なっている?

 その言葉が頭の中でこだまする。

 僕が感じていた違和感――もしかしたら、この村がその原因なのかもしれない。


「つまり、この村は……異界との境目にあるということでしょうか?」


「ああ」と老人は頷いた。

「ここでは時に、別の世界の出来事が、まるで影のように現れてくる。まるで幻のように見えることもあれば、実体を持つこともある。わしが見たあの若い政治家も、そんな影の一つだったのかもしれん」


 上原が何を経験したのか、そして僕が今直面している現実の歪み。

 それが、この狭間の村の影響なのだろうか?


「こんなことを言うと神職としては怒られるかもしれんが、個人的にはな、霊感というのも前世の記憶だと思うとる」と禰宜は静かに言葉を続けた。


 僕は驚きながらも、その言葉が妙にしっくりくることに気づいた。

 前世の記憶――僕が抱えるこの違和感、そして何度も繰り返しているような感覚が、それに結びつくような気がした。


「確かに――そう考えれば、僕の奇妙な繰り返しの辻褄もあってくる……」


 禰宜はゆっくりと頷く。

「あんたみたいなタイプは、かなり特殊だがな。自分でも気づいてるんだろう? 前世の記憶、もしくは他の何かを引き継いで生きてるような感覚があるって」


 僕は言葉を失い、ただ頷くしかなかった。

 この老人は、僕が抱える疑問を的確に言い当てていた。

 前世からの記憶、繰り返されるループ、そしてその中で僕が持つ違和感――全てが一つの線で繋がっていく感覚があった。


「長い間生きてきて、昨日だよ……パチリとな、何かが嵌まったんだ」

 禰宜はゆっくりと話しながら、懐から古びた鍵と一枚の地図を取り出した。

 鍵は時代を感じさせる重厚なもので、地図も手書きのように見える。


「これは?」

 僕は手渡されたそれらを見つめ、思わず問いかけた。


「上原にも貸したことがある。あんたも行くつもりだろうが、急ぎすぎるな。もう少し、ちゃんと調べてから行った方がいい」


 僕は驚きを隠せなかった。

 まさか上原もこの鍵と地図を持って、あの山へ足を踏み入れたのか。

 彼が何を見て、何を体験したのかが急に身近に感じられた。

 そして、これがその続きを知るための手がかりだということも。


「ありがとうございます」

 震える手で鍵と地図を受け取った僕は、ただその重みを感じながら、言葉を絞り出すしかなかった。


 禰宜は静かに微笑み、目を細めた。

「あんたも、もうすぐ分かるよ。自分が何を探しているのかってな」


 ☆☆☆


 帰りの新幹線。

 窓の外を眺めると、景色が流れるように過ぎていく。

 僕以外のメンバーは皆、どこか満足げな顔をしている。

 充実したフィールドワークの成果が得られたのだろう。

 しかし、僕の頭の中はまだ整理しきれない混乱と疑問でいっぱいだった。


 僕の隣には、相変わらず寝こけているサダコ。

 彼女がぐっすりと眠っているのを見ると、なんだか羨ましくも思える。

 僕は手にした鍵と地図の重みを感じながら、頭の中で無数の思考が駆け巡っていた。

 上原の手紙、禰宜の言葉、そして失われた記憶――考えれば考えるほど、答えは遠のくばかりだ。


 そのうち、疲れが一気に押し寄せてきた。

 思考の渦に飲み込まれるように、まぶたが重くなる。

 新幹線の揺れが心地よく感じられ、次第に意識が薄れていった。


 ☆☆☆


 夢の中、前世の記憶が断片的に浮かび上がってくる。

 新田悠也だった頃、無精髭を生やし、社会の表面をなぞるようなジャーナリストとしての日々が映し出される。


 芸能人の不倫スキャンダルや、失言をした政治家を追い回す。

 世間が求める真実に触れているつもりだったが、ふと虚しさが心に広がる。


 これが本当に価値のあることなのか?

 自分は何を追い求めているのか?

 疑念が募るばかりの毎日だった。


 その思いが強くなると同時に、世界が変わり始める。

 ある日、突然すべてが違って見えた。

 現実感が薄れ、目の前の人々や物事が別の形を取り始める。

 気づけば、俺は新田悠也ではなく、上原雄介という男になっていた。


 混乱と不安の中で、記憶が入り混じった。

 上原として過ごした日々、党首としての立場、政治家としての選択肢が走馬灯のように頭を巡る。

 いや、今はその上原雄介が自分の中で生きている。

 彼の意志、思考、そして計画が俺の中に深く根付いているのがわかる。

 俺は新田悠也なのか?

 それとも上原雄介なのか?

 もしかすると、今では二人が一つになってしまったのかもしれない。


 夢の中で、俺は立ち尽くし、無数の記憶と感情が渦巻く。

 これは一体何なんだ?

 俺は誰で、どこへ向かうべきなのか?


 ☆☆☆


 はっとして目が覚めた。

 嫌な汗が額から流れ落ち、喉が渇いている。

 隣りを見やると、サダコがビックリしたようにこちらを見ていた。

 夢の余韻がまだ残り、現実と混ざり合う不快な感覚に包まれる。


「ごめん」と口をつく。


 サダコは少し間をおいて、「いやあ、イイんですけどお」と軽い調子で返してくるが、その後に続いた一言が胸に重くのしかかった。


「ところで、前くんと阿部ちゃんは何処ですか?」


 僕はその瞬間、頭の中が真っ白になった。

 どう返すべきか、一瞬考えるが、何も思い浮かばない。

 夢と現実が絡み合い、心が揺れる中で、僕はどんな顔をしてサダコを見ていたんだろう。

 どんな表情が浮かんでいたのか、冷静な自分ですら想像できなかった。


「……お前、彼らがいたって覚えているのか?」

 僕は思わず尋ねた。言葉が喉から飛び出すように。


 サダコは「は?」と戸惑った表情で見返してくる。


「いや、存在したよな?」

 自分の声が震えているのがわかる。


 夢と現実が錯綜する中、何が本当で何が虚構なのかが曖昧だ。

 僕は焦り、サダコにすがるように言葉を続けた。


 サダコは眉をひそめ、「なに言ってるんですか?」と、まるで僕が何かおかしなことを言っているかのような調子で返してきた。いや、おかしなことを言っているのだが。


 その瞬間、胸の奥に冷たいものが広がる。

 自分だけが狂いかけているのか、それとも何かが僕たち全員の目に見えない形で変わっているのか。


「待て」と思わず自分の心にブレーキをかける。

「やはり戻って、捜索願いを出すべきか……」


 いや、存在があやふやなものをどうやって捜せというのだ。

 もし捜索願いを出したところで、証拠もない、彼らが存在したという確証も揺らいでいる。

 頭の中でぐるぐると考えが回り続ける。

 だが、どうしてサダコだけが彼らの記憶を持っているんだ?


「サダコ、お前、なんで彼らの記憶があるんだ?」

 僕はサダコに向かって問いかけた。


 サダコは驚いたように眉を上げ、「え? なんでって、普通に覚えてますけど……何が問題なんですか?」と不思議そうに返してきた。


「普通にって、どういう意味だ? 僕以外に誰も覚えてないみたいなのに、お前だけが覚えてるのはおかしいだろう」と僕は必死に詰め寄る。


 サダコは一瞬戸惑いながらも、無邪気な笑顔を浮かべて肩をすくめた。

「さあ? おかしいって言われても――記憶喪失になれってコト??」

 その返答に、ますます混乱が深まる。


「サダコ、大事な質問だ。正直に答えて欲しい」と僕は緊張の色を隠せずに問いかける。


 サダコは少し怪訝な顔をしながら「はい、何ですか?」と答える。


「お前は――サダコだよな? 他に、誰かの記憶はないか?」

 自分でも馬鹿げたことを聞いている自覚はあった。

 しかし、今の状況でまともな質問ができるとは思えなかった。


 サダコは一瞬戸惑った後、僕をじっと見つめ「師匠……本当にちゃんとした病院で診てもらってくださいよ」と、本気で心配そうな顔をした。


 もう、わけがわからない。

 気が抜けるような感覚と同時に、深い不安が胸に広がる。

 サダコがまるで何も気づいていないのか、それともわざとそう振る舞っているのか、僕には判断がつかなかった。


 答えが出ないまま、僕はサダコの顔を見つめていた。

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