16話 グッバイ追跡者 8
オカルト研究部の部室で雑誌を広げていると、普段は静かな部室の扉が勢いよく開いた。
上級生の一人が興奮気味に入ってきた。手には一通の封書を握りしめている。
「これ、見てくれよ! 雑誌から執筆依頼が来たんだ!」
いつもは決まった上級生が書いているオカルト雑誌の記事。しかし、今回は違った。
鏡山村の写真を見た編集者が、異例の特集を組もうという話を持ちかけてきたのだ。
部員たちの目が一斉に輝き、部室内に緊張が走った。
「特集を組むって……ただのレポートじゃなくて?」
幽霊ハンターが驚きの声を上げ、神秘学マニアが真剣な眼差しでその手紙を覗き込む。
「そう。雑誌側は、鏡山村の写真を軸に、オカルト現象や民俗的背景を深掘りする特集をやりたいらしい。それに加えて、俺たちオカ研がその調査の中心になるってさ」
UMA追跡者が手を挙げ、「この写真、特集の目玉になるんじゃないか?」と語り、超能力信奉者が「これで僕たちの研究が正式に認められるかも」と呟いた。
「雑誌から依頼まで来るとは……写真を見せたのが効いたんだな」
僕は考え込む。いつもなら記事を書くのは上級生が中心だが、鏡山村の件は特別だ。
雑誌側が強く興味を持っている以上、僕たち全員で何かしらの形で関わるべきだろう。
「さて、どうする?」
オカ研の部長が皆に問いかけると、部員たちの間で一気に議論が沸き起こった。
「全員でフィールドワークに行くべきだ!」
「まずは写真の解析が先でしょ?」
「雑誌に載るんだから、もっとネタを集めないと――」
それぞれが次々と意見を交わし合い、オカ研の熱気は一段と高まっていた。
☆☆☆
僕のスマホが突然鳴り響いた。
画面に表示されたのはオカルト雑誌の編集長の名前。
何の前触れもなくかかってくる電話に少し驚きながら、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「――あ! 先生! いやぁ、いいネタじゃないですか!」
編集長の声が弾んでいる。
どうやら鏡山村の写真のことがすっかり気に入ったらしい。
「その写真、さすがにただのレポートじゃもったいないですよ。特集記事、うちの雑誌でガッツリ組みましょう。こっちも予算を割きますんで、しっかり取材してきてくださいよ」
「え! 本当ですか?」
僕は思わず言葉に詰まる。
予算を割くということは、それだけ期待されているということだ。
雑誌側はこのネタに賭けている。
「もちろんです。原稿料も上乗せで。しっかり執筆してくれれば、それなりにいい額になりますからね」
編集長は冗談交じりに軽く笑いながら、正式に調査依頼をされる運びになった。
「了解しました。それでは、部のメンバーと一緒に進めていきます」
僕は電話を切り、ふと部室に視線を戻す。
今まさに盛り上がりを見せている学生たち。
彼らと共にこの大きなプロジェクトを進められると思うと、責任と期待が膨らんでいく。
「予算が出るぞ、みんな。編集長が特集記事に本腰を入れるってさ」
僕の言葉に、部室全体がさらに活気づいた。
再び鏡山村への取材が決まった。
今度は雑誌の特集記事という大義名分がある。
少しだけ躊躇する気持ちがなかったわけではないが、あの不可解な体験を思い返すと、もう一度足を踏み入れてみたいという好奇心が勝った。
取材チームを編成し、早速神社へ連絡を入れてみることにした。
☆☆☆
電話のコール音が響く間、少し緊張が走る。
あの村の住人たちは、外部からの者に対して警戒心が強かった。
前回の取材でギリギリの線を越えたかもしれない、と不安がよぎる。
だが、予想に反して、応答したのは穏やかな声だった。
「取材ですか? それは光栄です。どうぞお越しください。祭りのことも、村の歴史も、可能な限りお話しさせていただきますよ」
意外だった。
前回の怪訝な態度とは打って変わって、神社の禰宜は快く受け入れてくれたのだ。
村全体が何かを隠しているような雰囲気があっただけに、この歓迎は何か裏があるのではないかと感じる。
「ありがとうございます。それでは、来週あたりに伺う予定です」
電話を切った後、部室の学生たちにそのことを伝えると、皆一様に驚いた表情を浮かべた。
「歓迎? なんか裏がありそうだな」
幽霊ハンターがぼそっと呟き、他のメンバーもその意見に同調した。
しかし、すでに行動を起こさないわけにはいかない。
僕たちは準備を整え、再び鏡山村へと向かうことになった。
☆☆☆
ゼミでも鏡山村の再取材に興味を示す学生が多く、募集をかけると意外にもすぐに集まった。
中でもカップルが二人、最初は冷やかしかと思ったが、彼らが提出してきたレポートを見て驚いた。
内容がしっかりしていて、思った以上に真剣に取り組んでいるようだ。
オカルト研究部からは、当然ながら、十一人の部員全員が名乗りを上げた。
内訳は、男が七人、女が四人。僕を含めて十四人の大所帯になる。
普段の取材活動では数人がせいぜいだから、これだけの人数でのフィールドワークは異例のことだった。
「大人数だな――どうやって進めるか考えないと」
僕は人数の多さに頭を悩ませつつ、準備を進めていた。
その時、ポケットの中でスマホが振動した。
画面を見ると、発信者はサダコ。胸の奥で嫌な予感がした。
「嫌なタイミングだな……」
呟きながら、通話ボタンを押す。
サダコからの電話は、いつも何かしら面倒な事態を伴うことが多いからだ。
「もしもし、何かあったのか?」
相変わらず、サダコが何を言い出すのか予測できず、不安が膨らんでいく。
「なにか面白いことないかなーって思って」
サダコの声が無邪気に響く。僕はため息をつき、素っ気なく答える。
「ないよ」
そして、そのまま通話を切った。
どうせ、彼女の言う「面白いこと」は僕にとって面倒なことに違いない。
電話を切ったばかりの僕の耳に、オカ研の部長が突然騒ぎ出す声が聞こえた。
「え、ちょっと待って! 今、芸能人から電話かかってきたんだけど!」
部室中が一瞬にしてざわついた。
僕は「しまった」と呻いたが、もう遅い。
前回の鏡山村取材の際、身の危険を感じた僕は、サダコやオカ研の部長など関係各所の連絡先を、彼らと共有したのだった。
「誰から?」
他のメンバーが興味津々に尋ねると、部長は興奮気味にスマホの画面を見せた。
「サダコって名前なんだけど、これ……本物のサダコじゃないよな?」
「マジか?! おい! 出てみろ! 早く!」
僕は額に手を当てた。
まさかこんな形で部のメンバーとサダコが繋がるとは。
何か妙な事態がまた起こりそうだ。
☆☆☆
当日、新幹線のホームに到着すると、サダコが目に入った。
彼女はバカでかいサングラスをかけ、明らかに業界人を気取っている。
周囲の目など気にしない。堂々とこちらへ向かって歩いて来た。
「ボンジョルノ」と今朝はイタリア人のノリで、ホームですれ違う人々に挨拶している。
その姿を見た瞬間、僕は嫌な予感がした。
案の定、オカ研の学生たちはパニックに近い興奮状態に陥った。
「うわ! 本当に、サダコだ!!」
「本物だよ! サダコだ!」
興奮した学生たちは次々にサダコに近寄り、一緒に写真を撮ったり、サインを求めたりしていた。
ホームは一瞬で騒然とし、周りの乗客たちも何事かとざわめき始める。
僕はその騒ぎを避けるため、少し距離を取って隠れるようにしていたが、次の瞬間、サダコが大声で叫んだ。
「師匠おおお! どこにいるんですかああああ!」
その大きな声がホーム中に響き渡り、すぐに僕に注目が集まった。
「あぁ……もう……」
僕は衆人環視のなか、恥ずかしくて死にそうになりながらも、サダコの元へと向かうのであった。
ブクマ&評価、いいねボタン、感想などいただけると幸いです。
Xを始めました。
宜しければ、遊びに来てください。




