15話 グッバイ追跡者 7
東京に戻り、いつもの民俗学のゼミ室へと足を運んだ。
鏡山村の写真を手に、オカルト絡みの話題としてはこれ以上ないネタを提供する気分で、教室の扉を押し開けた。
「おっ、またオカルト教授が何か持ってきたぞ!」
学生たちの間からそんな声が飛び交う。
オカルト番組にも出演している僕のことを、半ば冗談交じりにそう呼んでいるのだ。
今回は特に盛り上がっていた。
鏡山村の写真が写す異様な光景と、連射した中に残る不気味な文字の話をすると、学生たちは次々に興味を引かれ、ゼミ室は異様な活気に包まれた。
机の上に広げた写真に群がる学生たちは、それぞれにスマホで撮影したりメモを取ったりしていたが、僕はそこに一つ条件を付けた。
「ただし、くれぐれもネットには流さないように。何かあったら困るからな」
そう言いながら、用意しておいた念書を机の端に置いた。
ネットリテラシーに関して厳しい講義をするつもりはないが、今回ばかりは僕自身も何か不穏なものを感じていた。
鏡山村の住民たちの無言の圧力、そして村祭りの謎めいた儀式。
その背景に何が潜んでいるのか、まだ確証はなかったが、あまり軽率に扱うべきものではない。
学生たちは口々に「マジかよ」「念書まで取るのか?」といった反応を見せながらも、しぶしぶ署名していく。
中にはやや不服そうな顔もあったが、写真に対する興味が勝っているようだった。
写真に目を落とす学生たちの間に、ざわざわとした期待感が広がっていた。
僕もまた、あの奇妙な文字に隠された真実を解き明かそうという期待と、不安が入り混じった感情を抱きながら、その光景を静かに見守った。
写真を興味深そうに覗き込む学生たちに、僕は少しニヤリとしながら言った。
「それと、何か分かったらレポートで提出してくれ。特に、遅刻や欠席の多い奴はこれで挽回のチャンスだぞ」
その一言に、教室内の空気がピリッと変わる。
ざわざわしていた学生たちの中には、気まずそうに視線を交わし合う者もいた。
冗談めかしながらも、事実として遅れがちな学生に課題を与える絶好の機会だった。
「教授、これ本気で点数に入るんですか?」
一人が冗談めかして尋ねてきた。
「もちろんだ。これを機に、少しは真面目に取り組んでみろよ」
そう返すと、学生たちから笑い声が起きたが、明らかに皆、興味津々だった。
鏡山村の謎が、彼らの好奇心と成績への危機感を同時に刺激したことは明白だった。
果たして、誰かがこの奇妙な儀式の背後にある真実に辿り着くのか――僕自身も、彼らのレポートを楽しみにしながら、ふと自分が踏み込んでしまったこの未知の領域に思いを巡らせた。
☆☆☆
僕が主催するオカルト研究部でも、同じようなアプローチを取ってみた。
学生たちの情熱を刺激し、彼らを焚きつけることで新たな発見を期待する。
なんと言っても、大学やオカルト雑誌からも予算が出ているのが、この部の強みだ。
下手な出版社や興信所よりも、よほど取材力があると言っていいだろう。
「こんなに?」と驚くほどの予算が大学から下りてくることもあるが、それは僕がテレビや雑誌に顔を出している影響が大きい。
オカルト研究の第一人者として、表向きは真面目な学問を探求しているように見せかけながらも、実際は時折、謎めいた現象や不可解な伝承を追いかけることが目的だ。
部の学生たちは、どちらかと言えばマニアックな者ばかりだ。
一般的な研究室やゼミでは物足りないと感じていた連中が集まり、心霊現象や未解決事件、古代の儀式に異様な関心を示す。
彼らの熱心さは、時に僕自身の研究を超える鋭さを持っていることもある。
「うちの部は取材力があるからな。現地に赴いて情報を引き出すとなると、どこにも負けない」
そう豪語できるほど、部の活動は本格的だった。
そして、次なるターゲットとして、あの鏡山村の件を研究部でも取り上げることにしたのだ。
オカルト研究部の部室に入るやいなや、僕は鏡山村で撮影した写真を机の上に広げた。
見慣れた光景だが、今回は一気に熱が入る。
ここの連中は意気込みからして違う。
言い方は悪いが、常軌を逸した情熱を持っている人間しかいない。
彼らは当然のように、ゼミでの僕の課題をすでに聞きつけていた。
「これが例の写真か!」
神秘学マニアの学生が目を輝かせ、古代宗教オタクがすぐさま手に取る。
まるで秘宝を前にしたかのような表情で、皆がじっと食い入るように見つめる。
あの夜、黒塗りの男たちの顔に書かれた白い文字が映る写真が、特に注目の的だった。
「この文字――何かの呪文か?それとも古代文字?」
「梵字じゃないか? でも、それにしては変形しているな」
「いや、待て。これ、数字にも見えるぞ。何かの暗号だろうか?」
超能力信奉者が食いつく一方、幽霊ハンターはすでに何度も写真を拡大しているスマホを取り出し、「取り憑かれたような目をしているよな。これは絶対に普通じゃない」と呟いた。
「待て、顔の黒塗りと白い文字……これは伝統的な呪術の儀式だろうか?」
「それはそうだろう! そうじゃなければトランス状態にまでなるわけがない!」
「いや、もっとシンプルに、村の祭りの一環だって線もあるだろ。けど、それにしては雰囲気が異常すぎる」
学生たちは次々に自分の意見を出し始め、その声が交錯する。
もちろん僕は、子供たちだけの盆踊りや、村人に詰め寄られた件なども話して聞かせた。
そのような体験談は、一般人なら引いてしまうこともあるが、ここでは違う。
彼らは、ピラニアの群れに生肉を放ったかの如くに食い付いてきた。
部室は異常なまでの盛り上がりを見せ、まるで何かが彼らを駆り立てているかのようだった。
UMA追跡者は既に地図を広げ、鏡山村の位置や周辺の怪異情報を探し出そうとし、都市伝説マニアがインターネットで関連する話を調べ始めた。
「この文字、数字、呪文、先生の取材――全てが繋がっている可能性が高いな」
「いや、待て。これまでに似たような儀式の記録がないか調べる必要がある。フィールドワーカー班が現地調査を再度行うべきじゃないか?」
学生たちは口々に提案し、次なる行動を考える。
ゼミとは異なり、ここでは学生たちの情熱が剥き出しで、抑制が効かないほどの異常な興奮が渦巻いていた。
☆☆☆
「学生時代の情熱は馬鹿にできないからな」
そう自分に言い聞かせながら、僕は机の上に散らばる鏡山村の写真を片付ける。
さて、どうなるだろうか。
彼らの好奇心と競争心、さらには成績へのプレッシャーをうまく利用したつもりだが。
翌週には、すでに何人かの学生が興味深い報告を持ち寄ってきた。
誰もが鏡山村についてネットで調べ、過去の伝承や似た風習を引っ張り出してきていた。
ある者は、顔に文字を描く儀式について古代の呪術と関連づけて論じ、別の者は死者との契約という風習に神道や仏教の要素が絡んでいる可能性を指摘してきた。
「面白いな。彼らの熱量が、この不可思議な村の謎を解き明かす手がかりになるかもしれない」
僕自身、ここまで深く掘り下げるつもりはなかったが、学生たちが火をつけられたことで予想以上の成果が出始めていた。
馬鹿にできない――彼らの情熱が、僕が感じている漠然とした不安や好奇心を越えて、何か新しい発見に繋がるのではないかという期待が膨らんでいく。
その釣果を見て、僕は少し満足しながらも、彼らが掘り出してくる情報を内心で待ちわびていた。
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