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ジル Side

少し遡って入学式の日。

ジル目線のお話です。

 入学試験の日、来期生徒会長である俺は雑用に駆り出されていた。


 一目見ただけで相手を魅了する容貌を持つ俺は、無駄な混乱を避けるため、視界に入っても印象が残らなくなるという認識操作の魔法が付与されているアクセサリーを渡されて、念のため伊達メガネまでかけてさせられる。


 いつもは褒めたたえられるブルネットの長い髪も、見る角度で輝きの変わる宝石のような緑の瞳も、平均よりも高い背も、程よくついた筋肉も、魔法一つで誰の目にも止まらなくなる。

 公爵家の跡取り息子で、美しい容姿というアドバンテージが無い俺に意識を向ける者はいない。


 受験生の受付係が今日のメイン業務で、それが終わると迷った受験生を教室まで案内したり、緊張で具合が悪くなった子を医務室まで連れて行ったり、校内を見回ることとなった。


 昼食を挟んで面接試験を受ければ、入学試験は終了となる。

 筆記試験を終えた受験生たちはまだ緊張感を残しつつも少し緩んだ顔をして、昼休みに解放された食堂で各自弁当を広げていた。


 食堂を出た廊下で蹲る少年とそれを覗き込む少女の姿を見つけ声をかける。


「どうした?具合でも悪くなったのか?」


 見上げる少年の顔は青白く、なにか言葉を発しようと口をハクハクと開け、「ウェッ」と盛大に吐き出した。

 どうやら緊張で昼食を吐き戻してしまったらしい。


 俺は頭から彼の吐瀉物を浴びてしまった。横にいた少女もわずかだがかかってしまっている。


「大丈夫か?」


「はい、すっきりしました!」


 少年は吐いたことで体調不良から解放されて良い表情をしている。その予想外の爽やかさに、俺と少女は思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

 大きな菫色の瞳が俺の顔に向けられ、手を伸ばしてくる。好意の含まれないその視線の先には、先ほどかけられた彼の昼食の欠片がある。おそらくサンドウィッチ。具は卵。


「吐瀉物に直接触ってはいけないよ。感染症の危険があるからね」


 伸ばした彼女の手首を掴んで注意する。

 まぁ、頭から吐瀉物を浴びてしまった俺は今更、という感じだが。


「感染症の予防……そういえば、何かで読んだかも。凄い!博識なんですね!!」


 俺はその日、学院に来てから初めてキラキラした瞳を向けられた。

 認識操作の魔法がかかったアクセサリーのおかげで、俺の容姿で目を輝かせる者はいなかったのだ。

 彼女は俺の見た目ではなく、俺の発言で俺のことを見てくれた。


「読書が趣味で、たまたま外国の医学書を読んだんだよ」


「医学生さんですか?」


「いや、ジャンルにはこだわらず、様々な本を読むように心がけているんだ」


 会話をしながら、彼女はポケットから取り出したハンカチを使い、吐瀉物に触れないようそっと俺の額を拭ってくれる。


「目に入りそうだったので」


 なんてことなさそうに、誰にでも同じことをするだろう親切な彼女が可愛くて抱きしめたいな、と思ったけれど、現実の俺は吐瀉物まみれで、そんなことは出来ない。


 吐瀉物まみれで呑気に会話を楽しんでいる俺たちに気付いた学院の職員が慌てて寄ってきて、少年と少女は俺とは別に着替えに連れて行かれることになった。


 去っていく少女の後ろ姿を見つめる。栗色のおさげが可愛く揺れていた。


 入学式で、またきみに会えるかな、会いたいな。





 新学期を控えた休暇中、父上に執務室に呼び出された。


「改まって話とは、なんですか?」


 話なら食事の時にでもすればいいのに。こんな風に呼び出されることは稀だ。

 難しい顔をしながら、顎に蓄えた髭を手でいじっている。若く見えることを嫌って生やしている髭を触るのは、気まずい時だ。


「あと一年で学院を卒業だな。学院卒業を目途にそろそろ婚約者を決めたいところだが、意中の相手などはいるのか?」


 なるほど。恋愛に奔放な息子のお相手を聞くなど、気まずくって髭も触りたくなるだろう。


 昨今は貴族といえども恋愛結婚も珍しくないが、我がクリスター公爵家は王家に次ぐ三大公爵家の一家。

 跡取り息子である俺の結婚相手はさすがに誰でもいい、とは言えない。ある程度の品性と家格は必要だろう。


 しかし、この流れだとまだお見合い相手などは見繕っていないのか。ということは、俺の意向を汲んでくれる気があると。


 考え込む俺に父上は慌てたように「結婚相手は一人だぞ!」と付け足す。

 堅物の父と真面目で一本気な母からどうして俺のような浮ついた人間が誕生したのか、誰もが首を傾げる。息子ながら、彼らの心中を察すると同情してしまう。


「俺はね、父上。愛してる、ていうのはよくわからないけれど、可愛いとか綺麗とか素敵とか、心から思って伝えてきたんだ。これまで付き合ってきた方たちにも全員に好意を持っていたから急に一人と言われても……」


 話しながら、入学試験で会った少女のことを思い出す。

 俺の身分も外見も知らずに、キラキラした菫色の瞳を向けてくれた唯一の女の子。 


「うん、決めた!あの子にしよう!」


「おお、どこのご令嬢だ?早速こちらから婚約の打診をしよう!」


 父上が嬉しそうに前のめりだが、ちょっと待ってほしい。


「名前も身分もわからないんだ。でもきっといい子だから、大丈夫だよ!」


 身分が釣り合わなくても、何か問題があったとしても、きっと大丈夫。歴史ある公爵家ともなれば清濁併せ吞んできたんだ。相手が「うん」とさえ言ってくれたら、何とかなるだろう。


 そのうち紹介するから、と父上には強引に納得させ、待ち望んだ入学式では、栗色の髪に菫色の瞳の女の子はいなくて。


 生徒会室で書記のジョルジェットから紹介された女の子は、大きな菫色の瞳の淡いピンク色の髪の妖精みたいな女の子だった。


「初めまして」と笑うきみを俺は思わず抱きしめて、生徒会メンバーから痴漢扱いされた。女性を見れば口説くのが常識だと思ってるとか、目を合わせたら魂抜かれるとか、意味のわからないことを彼女に吹き込まないでほしい。


 父親からも結婚相手は一人だ、とわざわざ言われたことを話すとみんな笑っていた。


「だから、きみが俺の唯一になって?」


「他のご令嬢から一線を引くためのヒロイン役ですね!お任せください!!」


 生徒会メンバーがふざけ合っている間に、こっそり告白したけれど、彼女には通じなくて。俺は初めての片思いを経験することになったんだ。


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